Episode 3 【あの秋の崩壊】

【あの秋の崩壊 1/3 ─接触─】

 ──翌日。秋も、より一層深まる頃。

 ──もう直、日が沈む。


 ──『俺らこれから、どうなるんだろうな?』──


 ──『知らねー……何だか疲れたな』──


 元から、緊張状態だった日々……──そんな中、純がやられて、どっと疲れが出たようだった。ずっと張り詰めていたものが、怒りと共に弾けて、それ以降、落胆し、絶望し……──そうして、心身共に疲弊していた事に、気が付いてしまったのだろう。


「……あっ“もんじゃ”が焦げる……!」


 ──鉄板の上のもんじゃ焼き。 思わず、食べる事さえも忘れていた。もう少しで、焦げて無くなるところだった。


陽「……純のことやった奴ら、絶対許さねぇーよ。必ずブッ潰す……」


聖「けど、誰がやったんだ?」


「「「「…………」」」」


 陽介に雪哉、月、師走、高野、全員が黙り込む。

 聖が言ったように、“誰の仕業”か、分からなかったから。


 ……──ため息をついて、もんじゃ焼きを一口食べた。


「頭痛ぇー……」


 精神的苦痛で、頭が痛かった。実際に頭を痛がっている者もいたし、〝頭が痛くなるような事態〟だと、頭を押さえている者もいる。……──精神状態が、極限だ。


 ──店の席の小窓の外からは、紅く紅葉したモミジの葉が見えた。


 ──一体、どうすれば良いと言うのか? 煮え切れない……

 ──自然と、酒を飲む量が増えた。


陽「珍しい……ユキ、飲むのか?」


雪「少しだけ」


 雪哉も、自分のグラスに酒を注いだ。

 ──そうして少し飲むと、やはり雪哉は、すぐに寝るのだ。


月「白谷さんって、どれだけアルコール弱いんだ?」


 〝秒で酔って、秒で寝るよな〟と、月と高野が、可笑しそうに雪哉を眺めている。すると師走が……


師「黙れ馬鹿!! 雪哉はこれで良いんだよ!」


高「師走がムキになってる。前から思っていたが、師走は……――」


月「師走は、ホモ同性愛者か?」


 とてもデリケートな発言だ。同性愛者だろうと異性愛者であろうと構わないが、仲間内だからこそ、そこを取り間違えずに理解しておきたいのだ。

 すると、多少なりとも皆思っていたのか、ふと、皆の視線が師走へと向く。


師「ホモじゃねぇーよ!」


「「「「…………」」」」


 師走は“違う”と言っているが、いまいち皆、まだ〝本当か??〟くらいには思っているらしい。


師「違う! そういうのじゃない! 月だって星さんのこと好きだろ?! 高野だって、稲葉さんのこと好きじゃねぇーか!」


高「いやいやいや……そりゃ嫌いだったら、下についたりはしない。好きだけど……なんつーか、師走の“好き”は、俺らとは違う気がする!」


月「うん。うん! ──平気だぞ。師走!」


師「だから違ぇーよ!? ……――─―あっ! もうこんな時間だ! “姫”を迎えに行かないと……――」


「「「「…………」」」」


 そうして随分と慌てて、師走は店の外へと出て行った。“姫”と言うのは、“絵梨”のことだ。どうやら、学校へ迎えに行く時間らしい。


 師走が絵梨を迎えに行き、この場は聖、陽介、雪哉、月、高野の五人となった。

 聖は寝ている雪哉を、ため息混じりにチラッと見た。


聖「テメーみたいに、すぐに酔い潰れてみてーよ――……」


 やはり聖は、いくら飲んでも全く酔わないのだ。──この不安定な精神状態。いっそ聖も、酔い潰れて眠ってしまいたいような気分なのだ。

 すると聖は、席から立ち上がる。そして、外へと……──


高「聖、どこに行くんだよ?」


聖「……鉄板で熱い。外に涼みに行く」


高「俺も行く……」


 酔い潰れられもしないから、外へと出て、気分でも変えてみようと思ったのだろう。

 そして、純の件を受け、一人で行かせるのが不安であった高野も、聖と一緒に外へと出て行く──


 ──外には、心地のいい風が吹いていた。


聖「もう秋か――……」


 聖は紅いモミジの葉を、じっと眺めていた。


 地面に広がる、秋の落ち葉。 落ち葉の上を歩くと、カサカサと音がする。


 気分転換がてら、聖は高野を連れて、その秋の庭を歩いている。


 ──そしてそれは、どれくらい経った時であっただろうか? 落ち葉を踏み締めるその音が、増えて聞こえたのは──……


 自分と高野以外の、足音。 聖は反射的に、足音の方を振り向いた。


「……――――」


 振り向いた先、少し離れた位置に、二人の男が立っていた。


高「……面倒な奴らに会ったな」


 あくまでも、冷静な対峙だった。


 ──秋の風は、ただ吹き続ける……


 ──対峙した相手は、黄凰、丸島と東藤だった。


 黄凰の二人を見ると、誓からの忠告が、頭を過った……──


聖「……ぅわ、外になんて、出るんじゃなかった」


 聖は、隣にいる高野だけに聞こえるような声で、そうぼやいている。


高「俺は、聖について来て良かった……」


 高野も、隣に立つ聖にだけ聞こえるような声量で、そう言った。


 ──そして黄凰側は、“偶然”だと言って通り過ぎるつもりも無いらしく、足を止めたまま、聖と高野へと視線を向けている。


丸「──調度いい。稲葉、お前に用があるんだ」


聖「あ? 俺に何の用だ?」


丸「本気で聞いてるのか? 分からない訳ねぇーだろう」


聖「……まぁ~……そうだな。だいたいは、予想がつく」


 言って聖は、口角をつり上げてみせた――……


丸「……そう言えば、“高橋”、元気か? ……──」


 丸島も嫌みたらしく、口角をつり上げる。


 “純の名”を出されると、聖の目が血走った。拳を強く、握り締める──


聖「あ゛? ……――一つ、確認してもいいか? 純をやったのは、テメーらか? それとも、別の誰かか?」


丸「答えは、“白”だ。俺らは、手を汚していない」


 問いの答えを聞くと、聖の目の血走りは、いくらか引いたように見える。目付きが少しだけ、柔らかく戻った。


聖「そうか――………。さっきの言葉で、テメーの怪我、少しは軽くなるぜ?」


丸「分かってるじゃねぇーか? “用”ッつーのが、何なのか――……」


 それは本意か、意地の張り合いか……──お互い、笑ってみせた。

 ──すると丸島が、ある提案をする。


丸「場所が悪い。場所を移そうぜ?」


聖「あぁ。そうだな。俺も、この場から離れてぇ」


高「……待てよ聖。場所を移すのは危険だ。ここなら、月たちとも合流出来る」


聖「助けは必要ねぇよ。相手も二人だ」


高「どこに場所を移すんだ? ……これが罠だとしたら――……」


 ──現状は、二対二。だが、場所を移すことが罠だったなら、フェアにいかない可能性がある。高野は、そのことを懸念していた。


聖「そう思うなら――……花凛、お前はここで待ってろ。俺一人で行く」


 聖は、穏やかな表情のまま言った。

 懸念し続ける高野の眼差しは、聖の事を見ている。


聖「純のケガ、明らかに、一対一で負ったケガじゃねぇ……──なのに、俺はおじけづいて、仲間を危険にさらすのか? ……―――そんなんじゃ、純に合わせる顔がねぇんだ。 黄凰なんざ、俺一人で十分だ」


 “罠かもしれない”なんてこと、分かっていた。

 ──ただ、意地だった。傷だらけで、地面に倒れている純を見た時、まるで、この身を切り裂かれたような痛みと衝撃が走った。そんなのは、もう嫌だった。

 黄凰全員を相手にしたら、さすがに人数差で、負けは確定している。それなら、仲間を巻き込んではいけない……そう思った。


 ──揺るがない聖の瞳を、高野はじっと見ている――……


高「馬鹿が……当たり前だ。聖が行くなら、俺も行く。 俺は、“東の右腕”だ」


 高野も、揺るぎのない瞳をした。


聖「そうと決まれば早い、行くぞ」


高「あぁ」


 ──仮に、共に黄凰を相手に出来る者を上げるのならば、聖自身と高野、雪哉、陽介、月、師走、たった六人だけなのだ。もしも六人で、丸島と東藤を追い返したとて、日を改めて黄凰全員に襲撃を受けたのなら、結局、六人いようと、“六人だけでは無謀”であろう。──それを理解しているからこそ、聖は自ら、『場所を移す』と話す丸島の提案通りにするのだ──


 ──こうして場所を移す為、二人は黄凰の後をついて行く。


 聖は高野の、少し前を歩く……――

 高野はじっと、主君の背中を眺めながら歩いた。

 すると振り返らないまま、聖は言った……──


「悪いな、花凛……――お前だけは、俺の意地に付き合ってくれ」


 振り返らないままなので、高野にはよく聖の言葉が聞き取れない。それでも何て話したのか、だいたいは分かった気がした。


「俺はお前について行く。この意思は、俺の意地だ」


****


 ──こうして聖と高野が連れて来られた場所は……──


花「随分と、珍しいお客さんッスね?」


 ──連れてこられた場所は、黄凰の溜まり場となっている、巨大な倉庫だった。

 『珍しいお客さん』だと、そう言った花巻の隣には、吉河瀬もいる。


吉「とんだ面倒事が起きそうやな……――」


 吉河瀬は聖と高野を眺めるその瞳を、鋭く変える。

 聖と高野にそれぞれ鋭い眼差しを向けながら、花巻と吉河瀬は座っていたソファーから立ち上がった。そして、二人並んで、聖と高野の方へ……──

 途中、花巻が咥えていたタバコを投げ捨てる──……


花「ブラック オーシャン東のトップ、稲葉 聖――……」


吉「お隣さんは、東の右腕、高野 花凛……──久しく顔、見とらんかったわ」


 花巻と吉河瀬は、聖と高野の前で足を止める。

 聖と高野、花巻と吉河瀬が睨み合う──


聖「そんなお前らは、黄凰の幹部。花巻と吉河瀬だな」


高「その面、久しぶりだ。 覚えててもらえて、光栄だぜ」


花「なぁに悠長に構えてるんだ? 二人だけでココへ来るとは……やられに来たんかぁ? ──」


吉「そんな問い、聞かんでも分かるわ。この現状が答えや。……──お前ら、此処でやで?」


 口角をつり上げた、吉河瀬と花巻。

 次の瞬間には、聖と高野を目掛けて、拳が飛んでいた──

 拳を一度交えることなど、そう一瞬だろう……─―

 だがそこで──


丸「花巻、吉河瀬、少し待て」


 突然、丸島から制止の言葉が掛かった。


 花巻と吉河瀬の拳は、聖と高野を殴る直前で止まった。

 聖と高野も、その拳を避ける形のまま止まっている。


花「せ~っかく、久しぶりにやる気になったのに~。 ──何スか? 総長……」


吉「何や何や?」


 止められた二人は、不貞腐れたように丸島の方を振り返った。


丸「お前らが手を下す必要はねぇ」


「「……――」」


 〝どういう意味だ?〟と、花巻と吉河瀬は、じっと丸島の次の言葉を待った。


丸「お前ら二人は正真正銘、黄凰の幹部。幹部にやられるよりも、コイツらにとって、もっと残酷な選択をしたい――……」


 すると、丸島の考えをいち早く理解した東藤が、呆れた様に少し笑う。


丸「“幹部にやられる”だと? ふざけるな……そんな“華”誰が持たせてやるものか。俺らが手を下す必要なんて、


 ──〝持たせる華などない〟──


 ──そう、華のある敗北など、くれてやるつもりなどないのだ。


 かつて夜を制した、ブラック オーシャン……──王座を奪おうと、誰もが手を伸ばした。

 ……──けれど、奪えなかった。

 ブラック オーシャン四頂点の座は、どれだけ誇り高かったことだろう? ……──



 丸島のかけ声で、幹部以下の黄凰メンバーに取り囲まれる――……

 反対に花巻と吉河瀬は、前線から引き、後ろへと下がった。



 ──誇り高い、ブラック オーシャンの四頂点の一……──

 彼らにとって、一番残酷な“敗北”とは、名も知らぬ雑兵に、“負ける”こと――……


聖「舐めやがって――……」


 聖と高野、背中合わせで敵を睨みつけた。



 ──倉庫の天井に空いた穴――……

 その穴から、ヒラヒラと……──何かが舞い降りた。それは、真っ赤に紅葉した、“モミジの葉”だった……──


 ──絶対絶命の状態。けれど、逃げることなどは、全く考えなかった。

 “逃げること”……──それこそが、“一番の屈辱”だと思ったから──


聖「馬鹿なプライドが、命を削るんだ――……けど俺はまだ、クソみてぇーなプライドを、守りてぇ」


高「同じく――。……──上等だ。下っ端共が、掛かって来い」


 ──秋は穏やかに、美しく染まった紅葉に身を包む……まるで、愚かな人間たちを、見て見ぬフリをするかのように……──



****

─────────────

─────────

────


 ──そしてその頃、店の中では……──


 雪哉は相変わらず寝っている。師走は絵梨を迎えに行って、まだ帰って来ない。


陽「なぁー! なぁー! ユッキー! 起きろよぉー! あんなに人数いたのに、三人だけになっちまったぞ?! 盛り上がりにかけるんだよ! だから! ユッキー起きろ!!」


 現在、陽介、月、雪哉の三人のみ。

 陽介が雪哉を起こそうと必死だ。


雪「……ぅるせぇ……――」


 雪哉は顔を伏せたまま、寝ぼけながら返答している。──結局、起きはしない。


陽「ユキ様ぁ~起きてぇ~!! お~い!! 白雪ー!!」


月「白雪?! ……なるほど、哉の略か……」


 月は可笑しそうに笑っている。


陽「白雪様ぁ~!! 起きてぇーー!! まさかッお姫様の、キッkissが必要かぁ?!」


月「アニキ、相変わらず、冗談が得意ですね」


 またまた、可笑しそうに笑う月。

 だが、まさかの展開に……──


陽「(月)!! GO!!」


月「……はい?」


 何やら陽介が、ジェスチャーをしてきた。雪哉を指差す陽介……


陽「レッツ ゴー!! 〝 kiss time!! 〞」


月「…………ハァ!?」


 必死に首を横に振って否定する月。

 嫌がる月を無理矢理、雪哉に近づける陽介。(悪ふざけ)


月「あり得ねぇーよッ!! アニキッ?! 勘弁してくれよ!! つーか俺、お姫様じゃねぇーよ!!」


陽「いいから、いいから! きっとユッキーは目覚めるさ!」


月「目覚めねぇーよ!!」


陽「絶ッ対! 目覚める! キモすぎて……」


月「?! ……――そんなことをしたら、しっ師走に怒られる……」


陽「そう言う問題か?!」


 そうしてやはり、嫌がる月を、雪哉に近づける陽介。だがその時……──


 ──バン!!


月「痛ッーー!!!」


 雪哉が顔を伏せたまま、メニュー表で月の顔面を殴った。Kissの阻止だ。


雪「さっきから、キモチワリィー話ししてんじゃねぇーよ!!」


 雪哉がようやく、顔を上げた。


陽「ユッキーおはよう! 俺の作戦、大成功!」


雪「何が大成功だ。邪魔しやがって……」


 不機嫌にそう言って、雪哉は再び、顔を伏せた。


陽「あぁ!? ユッキー?! ……せっかく起きたのに……」


 ──だがその時、再びバッと、いきなり雪哉が顔を上げた。


陽「?! びっくりした! ……ユッキー、どうしたんだ?」


雪「……そういや“聖と高野”、どこに行ったんだ?」


月「あの二人なら外に……」


 メニュー表で殴られた場所をさすりながら、答える月。


「「……――」」


 “ソレに気が付き”、陽介は視線を泳がした。そして月も疑問に思ったらしく、言葉を止めて固まった。


陽「……そういやアイツら、遅ぇな――……」


「「……――」」


 重い黙が走る…――


 気掛かりになり、三人は外へと出てみた。

 外には、誰もいない。

 更に電話をかけてみるが、コールが鳴り響くだけ……──聖にも高野にも、電話が繋がらない。

 嫌な予感が駆け巡る……──


月「まさか……――」


「「「……――」」」


陽「……ふざけるな……――俺、もうヤダからな。まさか、聖まで純みたいに……――」


 確信なんてない。けれど、恐怖が沸き上がった。仲間を傷付けられる恐怖が──。悪寒がする……──陽介は顔を青くした。


月「アニキ――……」


 月は心配そうに、陽介の顔を覗き込んだ。その青い顔を。

 ──その時、雪哉が舌を打つ……――そして雪哉は、走り出した──……


陽「?! オイ、ユキッ!? ……」


 雪哉を追って、陽介と月もすぐに走り出す。


陽「ユキ!! 何処へ向かってんだ!!」


 陽介は、先を走る雪哉に向かって叫んだ。

 雪哉も陽介に向かって、必死に叫ぶ……──


雪「……分からねぇーけど……!! ……――」


 ──そう、行き先など、“分からない”。

 ただ、今すぐに、仲間の元へと行きたかった。

 ──陽介にそうとだけ叫ぶと、雪哉はまた、正面を向いて、走り出す──


 ──いつしかの聖の言葉が、頭に浮かんだ―─……


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


『つまり……雪哉がやられてたら、俺がそいつらブッ潰さねぇーといけねぇし……雪哉がブッ倒れてたら、俺が助けねぇといけねぇし……』


『……──本気で頼れる存在なんて、“今は”結局、俺らお互い四人だけだろ……』


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 ──そう、いつしかの夜、聖は雪哉にそう言った。

 あの時は照れ臭くて、ただぶっきらぼうに、お礼を言っただけだった。けれどそれは、雪哉も同じ気持だった。

 ──『四人だけ』―――

 ──そう、四人だけだった。数少ない味方……─―

 そして純がやられて、“三人だけになった”。


雪「馬鹿聖が……――何処に行きやがった……」


 走りながら呟く。

 もう傷つく仲間を、見たくなどない。

 走りながら、雪哉はスマートフォンを取り出した――……


****

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