Episode 2 【忠告】
【忠告】
──外は生憎の雨天。
ある日のこと、指揮官を含めたレッド エンジェル捜査部隊の何人かは、捜査の為にある美術館へと足を運んでいた。
──レッド エンジェル捜査部隊、指揮官である“松村”は、足を止めて絵を眺めた。眺める絵は、桜吹雪の絵……──
「指揮官、お話があります」
松村に話しかけたのは、誓だ。
誓と響は青少年犯罪を主に取り締まっている部署の所属であった。
レッド エンジェルが黄凰を雇っているであろう事。そして、元ブラック オーシャンの者たちを標的にしているであろう事。それらを受け、誓や響の部署は、レッド エンジェル捜査部隊と関わりざるを得なくなってきたのだ。
「稲葉か……どんな話なのか、だいだいの予想はつく。砕けた話をして構わない」
「……なら、遠慮なく言わせてもらいます」
「──今なら、他の奴らもいない。 敬語も何も必要ない。ありのままのお前のままで、話してみろ」
この発言には驚いたが、本人がそう言うなら、いちいち堅苦しく話す必要もないだろう。誓は松村が言った通りに、砕けた話をする。
「言わせてもらう。松村さん、俺はアンタのやり方が、気に食わねぇ」
「だろうな。特に稲葉は、俺のことを好かない筈だ」
「あぁ、その通りだ」
「…………」
「アンタは、ブラック オーシャンの四人と接触して、“白谷”を雇った。ブラック オーシャンまで、捜査に利用しやがって……アンタのやり方は、気に食わねぇ」
「手段は選ばない。“柴山 瑠璃”の件も、“白谷 雪哉”の件も、最も効果的な位置にいる人物を、選んだだけだ」
「だからって、一般市民、巻き込んでいいと思うな……」
「“出来ない奴”は、選んでいないつもりだ。白谷は心配しなくても、上手く働く。柴山にも期待している。彼女には“出来る”、俺の直感だ」
「いい加減なこと言いやがって……」
“瑠璃には絶対に無理”だと、もしもそう思っていたら、もしかしたらあの時、意地でも、瑠璃のことを止めたのかもしれない……──松村の言葉を否定しながらも、本当はそう思ってしまった。誓も、心のどこかで、そう感じていたのだろう。“瑠璃には出来る”のだと……──
「柴山も白谷も、重要な役割を持っている。……──激しさを増す、暴走族同士の争い……そして、レッド エンジェルの標的となっているブラック オーシャン……──この事件には、裏がある。本当の目的が、隠されている筈だ。柴山と白谷の役目は、その真実を突き止める事だ」
「簡単に言いやがって……何かあってからじゃ遅ぇんだよ。現に、もう事件は起こっている。オーシャンの高橋がやられた」
「「……――」」
静まる二人の会話。一瞬、美術館は静寂に包まれた。けれど……──
「俺の考えは変わらない」
──やはり松村は、そう言った。
「……何が“指揮官”だ。瑠璃も白谷も、ブラック オーシャンも、アンタの手駒じゃねぇんだよ……」
「…………使える奴は使うさ。例え、利用することになろうともな……――」
松村はまだ、“桜吹雪の絵”を眺め続けている。その瞳を細めた──
そうしてから、松村はフッと絵から視線をそらす。誓へと、背を向ける……──
「待てよ。……一つ聞きたい。──アンタがそうまでして、この事件を追及する理由はなんだ?」
松村は足を止めた。
「……──」
──“桜吹雪の絵”へと、もう一瞬、視線を送る。そして、答える。
「全ては、“我が娘”の為だ――……」
予想もしなかった答えに、一瞬呆気に取られる誓。
そして松村はそうとだけ言うと、また歩き始める。誓の前から、立ち去って行く──
「……待ってくれ! 答えになってない。この事件と、“娘さん”に、何の関係があるって言うんだよ……!」
当然、誓は松村に真相を尋ねた。……──けれど、松村が足を止めることは、無かった──
****
──同日。雨上がりのPM2時。
自販機の前に立つ、聖……──
聖は現在、考え事をしているらしい。
考え事をしながら、無心で自販機に千円札を入れる。 そして無心のまま、ボタン押しまくっている。更に無心で、千円札を追加する……──そしてまた、押しまくる。……──繰り返しだ。
そう聖は、考え事をしていると、よく分からない行動に走る。とんだ、金の無駄遣いだ。
……そのまま聖は、何度か無意味な行動を繰り返す。そうしてようやく、止まった。──そして、スマートフォンを取り出して、誰かに電話をかけた。
「あっ花凛? …………今すぐ来い」
そして何を思ってか、いきなり
今日は、聖、陽介、雪哉、高野、月、師走、六人で、純が入院している病院へと来ていた。聖が現在いるのは、病院の外だ。病院の外の、ジュースの自販機の前。
──そうして数分後、高野が息を切らせて、聖の元へやって来た。 どうやら、急いで来たらしい。
「聖、どうかしたのかッ…………はッ?! ……」
高野は口をあんぐりと開けて、目を疑う。……──自販機の取り出し口に、溢れんばかりの缶ジュース……──そして、既に地面に転がっている缶ジュースまである……
摩可不思議すぎる光景に、高野が止まった。
「おっ、さすが花凛。来るのが早いな」
真顔で、高野を褒める聖。
「まっまぁな……──で? 聖、何の用だ? ……」
缶ジュースに気を取られつつ、聖に聞いた高野。そして、相変わらず真顔な聖。すると聖が、淡々と言う……
「コレ、片付けておけ」
「……え゛っ!? ……」
理不尽な事に、ジュースの山を指差しながら、聖はそう言った。
「「…………」」
そうして聖は、真顔のまま方向転換。そして、トボトボと、歩いて行ってしまった……
「…………っ?! ……おいコラ! 聖ぃ~!!」
もちろん、全力で聖を呼び止めた高野。
「ん? なんだ?」
足を止め、聖が振り返った。
「聖! また考え事か?! 相変わらず、世話の焼けるトップだな?!」
「あぁ。考え事してた」
考え事をしていたから、こうなっているのだと、高野はそれを分かっていたのだ。
「何考えてたんだ? ……」
「純のことだ……」
「…………」
聖は俯き加減に、拳を握りしめた……
「俺には花凛がいる。陽介には月がいて、雪哉には師走……俺ら三人には、お前らがいる」
「……―――」
「けど、純にはいない。狩内は、いねぇんだよ……狩内がいれば、純のケガ、ここまで酷くなかった筈だ」
「……聖……」
「もっと、気を付けるべきだった……――」
「聖、そんな顔してんなよ?」
高野は缶ジュースを一つ拾って、それを聖に投げた。
聖はそれをキャッチする。
「そんなこと、ダラダラ考えるなよ。高橋さんは、そんな情けかけられたところで、嬉しくもなかったと思うぜ? 俺よりも聖の方が、高橋さんの性格知ってるだろう?」
高野の言葉は、聖の心の中へとスッと入ってきて、気持ちを少し軽くした……──
「……花凛、ありがと……」
「まったく……ホント、俺のリーダーは世話が焼けるぜ」
地面に転がるジュースを拾いながら、高野は呆れたように笑った。
****
そして二人は大量な缶ジュースを持って、皆がいる病室へと戻って来た。
「「「「…………」」」」
全員、大量すぎる缶ジュースへと釘付けだ。
雪「……なんだその缶ジュース」
聖「うーん……雪哉にやるよ」
雪「そんなにいらねぇよ……!」
陽「なに言ってるんだ! 聖! ユッキーにあげたらダメだ! それ、純の見舞いだろ!」
聖「そっか! そうだな」
“見舞い”、ということにしちゃった聖。
月「
月が陽介と聖を止めようとしかが、既に、見舞いにする気満々の二人。病室に無駄に缶ジュースを並べ始めた。
聖を止めようとする高野。同じく、陽介を止めようとする月。
師「高橋さんの意識が戻ったら、絶対怒りそうだな……」
雪「だろうな……」
唖然とする、雪哉と師走。西の二人組。
──カツンカツン……と、缶ジュースを置く音が響く……
──カツン……
──カツン……
陽「あーあ……純、お前バカか? さっさと、起きろよ……――」
****
──そうして純の病室へと皆で集まり、皆でこの事態についてを語らい……──時間は過ぎていった。
「……そろそろ帰るか」
そうしてこの日は、帰ることに──
皆病室を出ると、出口へ向かう為に、広い廊下を歩き始めた──
──……すると前から、ちょうど医者が歩いて来た。
──堂々と歩く、医者の男。いかにも、厳格そうな男……──
高野は前から歩いてくる医者を、然り気無く眺めている。
高「……あの医者、この病院の院長だぞ……」
聖「あ? お前、よく分かったな。知ってたのか?」
高「知ってた。院長の狩内…………狩内 皐月の父親だ」
──そう、“狩内総合病院”……―――
高野の話を聞くと、皆驚きで、変に一瞬、ドキッとした。 ……──
そう、狩内 皐月は、大病院の一人息子だった……──
皆を張り詰めた空気が包み込んでいる。皆、緊張している。
──だんだんに、近づく距離……どこか、威厳が漂う……──そうしてそのまま、何事もなく、狩内院長とすれ違った──
──全員、ホッとしたように息を吐く。緊張が解ける……──
陽「なんだか、変に緊張しちまったな」
肩の力が抜ける……──
雪「威圧感があった……」
師「真面目で厳格そう……いかにも、俺らみたいな奴らを、毛嫌いしそうな感じだよな……」
月「けど、狩内 皐月の父親だろ? 狩内だって、俺らの仲間だった。毛嫌いなんて、しないんじゃねぇーの?」
──皆に、複雑な気持ちが広がった。
狩内 皐月の父親とすれ違う時に、変に緊張したのは、皆どこかしらで、罪悪感を抱いていたからだ。
皐月が死んだのは、ここにいる誰のせいでもない。けれど、父親を目の前にしたら、罪悪感が沸いた。“関係がない”とは、今も昔も、思えはしない。自分たちの組織の中で、起こった災難だったのだから……──
聖「違ぇよ。俺らはきっと、狩内の仲間だったからこそ、毛嫌いされる……狩内が、死んだから……」
****
──聖たちは病院の出入口付近へと差し掛かる。するとそこで、誓と響に鉢合わる。
聖「ふざけんなッ! どうして、貴様らがいるんだよ!」
雪「誰かと思えば、聖の兄貴だ……」
まさか、このタイミングで会うことになるとは、思わなかっただろう。ムキになる聖。──会うのは、パーティーの日以来だ。
誓「久しぶりだな、弟。いちゃ悪いか?」
響「高橋の見舞いだ。高橋が回復次第、事情を聞きてぇしな。……」
パーティーの時も、ギクシャクとしていた仲だ。あの時は黄凰の登場が原因で、自然に協力し合ったのだが、今日再び、険悪な空気が漂う。
高野たち三人はまったく事情を知らないので、大人しく黙っているのだけれど、聖たち三人が喧嘩腰だ。
聖「あ? 『事情を聞きてぇだと?』純に負担かけるな。治る怪我も治らねぇーよ!!」
雪「警察なんて、お呼びじゃねぇーんだ。さっさと帰れ」
陽「純のこと、どうするつもりだよ?! 余計なことしやがったら、許さねぇーぞ! ……」
誓「心配するな。何もしねぇーよ。“事情を聞く”のは、仕事だが、“見舞い”に来たのも事実だ」
響「それに、まだ意識も戻ってねぇー……聞くにも聞けねぇだろ」
何かを見定めるように、三人はじっと、誓と響を睨んでいた。
「「「…………――」」」
聖「…………そんなこと言いやがって……ウソだったら、容赦しねぇーぞ! ……もういい、行くぞ……」
“ウソ”だと思った訳ではない。けれど、素直にならずにそう言い捨てるのだ。
そして聖は仲間たちと共に、さっさと立ち去ろうとする……
誓「おい聖! ……少しだけ、こっちへ来い」
だが誓が、聖を呼び止めた。
聖「あぁ!? 今度はなんだよ!!」
面倒そうに聖が振り返って、嫌々誓の方へと向かった。 浮かない顔を、誓へと向ける。
聖「なんだよ? ……」
誓「お前分かってるのか? 高橋がやられた。お前らだって、危険だぞ」
聖「んな事、分かってる!!」
誓「聖、お前が一番、気をつけるべきチーム、どこだか分かってるか? ……」
聖「あ? ……知らねぇよ」
誓「やっぱりな……──いいか? これは“忠告”だ。お前が一番、気をつけるべきチームは、黄凰だ」
聖「……黄凰、丸島か――……」
誓「あぁ、そうだ。黄凰の総長、丸島の標的は、おそらく“お前”だ」
聖「あぁ~まぁな。……」
──誓の忠告。言われてみれば、納得出来る気がする……
誓「……なんだその反応? ……やっぱりな。お前、恨まれるようなこと、したのか?」
聖「う~ん……。無いとも言えない。丸島とは、高校の時からの因縁がある」
すると呆れたように、誓は軽く、聖の頭を叩いた。
誓「バカが。ヤンチャしてっから、そういうことになるんだ」
聖「叩くな! 仕方ねぇだろ!」
誓「聖には言ってなかったが、俺や響は、“青少年犯罪を主に取り締まっているチームの所属”だ。当然、ブラック オーシャン、マーメイド……黄凰などの情報も持っている。テキトーに言っている訳じゃない。確実に、“お前は丸島の標的だ”。……──腑抜けた顔してねーで、真剣に、自分の心配をしろ!」
聖「兄貴、話が長ぇんだよ! だらだら言われても、忘れるだけだ」
誓「お前は極端に、物覚えが悪いんだよ! 真剣に聞いてねぇーからだろう!」
聖「何が言いたいんだよ!」
まるで口喧嘩のような、兄弟の話し合い。──誓は、真剣な表情で、しっかりと聖の目を見た。
誓「だから、“気を付けろ”。シンプルに言えば、それだけだ」
聖は一瞬、呆気に取られる。
誓「そういうことだ。またな……――」
そして誓と響は、病院の中へと入って行った。
──〝誓からの忠告〟。それを頭の片隅に置いて、聖も仲間と共に歩き始めたのだった──
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