【あの秋の崩壊 3/3 ─援軍─】
──そしてその拳は、直前で、止まった――……
相変わらず霞んだ、聖の視界。
自分に届かぬ拳を、不思議に思った。聖は霞む視界のピントを合わせるように、瞳を細めた──
すると、予想もしなかった光景が、その目に飛び込んできた──
聖「――──……」
驚きばかりで、言葉が出なかった。
飛んできた拳を、“誓”が受け止めていたから。
さらに、殴ろうとしたその敵の腕を、“雪哉”が掴んでいた。
──別々にこの場所にたどり着いた、誓と雪哉。
だが、まさに同じタイミングで、今ここにいて、今、その拳を止めていた。
誓「……?! 白谷?! ……」
雪「は?! どうしてお前が――……」
「「…………」」
あくまでも、別々にここへとたどり着いたのだ。誓と雪哉も驚いたらしく、互いを見ながら口を開けている。
師「途中で会ったから、俺が連れてきた」
同じく駆けつけた師走が、そう答える。
誓と会い誓から『黄凰だ』と、そう聞いた後、師走は当てもなく聖を探し回っているであろう、雪哉に連絡をした。──そうして誓と師走たち、雪哉たちは、別々に黄凰の溜まり場へとやって来たのだ。
響「よぉ! 俺もいるからな」
そして、誓、師走と共に駆け付けた響も一歩前へと出て、ニッと笑った。
誓と響の職業を知っている雪哉は、苦笑いを浮かべている。
雪「……霜矢、面倒そうな奴ら連れてきたな」
師「そうか??」
誓と響が警察だとはまったく思っていない師走は、雪哉の言葉を不思議そうに聞いていた。
そうしてこの場には、仲間たちが集まった。そこにはもちろん、陽介と月の姿もある。
高野を地面へと押さえつけている男を、陽介が蹴り飛ばす。そして月が、高野に手を差し伸べて、立ち上がらせる──
──そうしてそんな光景を、何やら気に入らなそうに眺める丸島……
そして百合乃は背を向けて、奥の方へと戻って行く……
気に掛けるように、吉河瀬がそんな百合乃の背中を眺める。
吉「思い詰めた顔、しとったな。可哀想に……」
花「稲葉がやられるのを、わざわざ見せるなんて、なに考えてんスか? 酷すぎッスよ」
吉河瀬と花巻が、丸島に問いかける。さらに東藤も……──
東「好かれたいのか、嫌われたいのか、どっちなんですか?」
丸島は東藤や花巻、吉河瀬から視線を反らす。
丸「好かれてーのか、傷付けてーのか……分からねぇよ」
「「「…………」」」
吉「とりあえず総長は……アホやな!」
花巻と東藤も、納得したように頷く。
稲葉 聖との因縁を思い出し、ブラック マーメイドとして信頼し合っていた聖と百合乃の関係を思い、丸島は舌を打った……──
****
聖のことを殴っていた男を、誓が睨み付ける。そして、その男に向かって言い放つ。
誓「テメーの顔見ると、殴りたくなる──」
誓は口元だけで笑った。目はまったく笑っていない。
そして……誓はその男の顔面を、思い切り殴った。
聖が、驚いたように誓を見る。
雪哉がフッと笑う。
雪「不良警官が。さすが聖の兄貴だ」
響はギョッとして誓を見る。それは勿論、誓と響が警察という立場だから。その立場でありながら、“殴るのはマズイだろう”と思ったから。
響「誓の奴……――面倒なことに、ならなければいいが―……」
すると、響の言葉を聞いた陽介が、可笑しそうに笑った。
陽「安心しろよ! 面倒なことなんかに、ならねぇーから! 誰も、お前らがまさか“警察”だとは思わないだろうからな!」
響「
さておき確かに、“警察官に殴られた”だなどと騒ぎ、揚げ足を取る為には、“誓が警察官だと知っていなくてはならない”。元ブラック オーシャンたちの元ヤンキー仲間だと思われている分には、“面倒なことなどには、ならない”のだろう。
──誓は、殴った自分の拳を、じっと見た。
誓「警察なんて、向かねーのかもな」
次に誓は、聖へと視線を移す。
聖「兄貴――……」
やはり聖は、驚いた表情が戻らない。
突然の誓たちの登場に警戒した男たちは、いくらか後退りをして、呆気に取られていた。
掴まれていた聖の腕も、自由になった。
誓「聖、いつまでそんな顔をしてるんだ……そんなに驚くことか?」
聖「驚く。……――その前に、どうしてここに来たんだ?」
誓「は? 聖、お前……当たり前のこと、聞いてんじゃねぇーよ」
〝そんな事を聞くな〟と、誓は返答に困って、視線を反らす。
聖「……――」
誓「当たり前だろう。助けに来たんだよ」
聖「…………」
誓「お前は俺の、弟だから――……」
聖はそれまで以上に、驚いた表情を作った。
“弟”だなんて、本当は“言葉”だけの飾りだと思っていた。“弟”として見てもらえてなど、ないと思っていた。
自分でもよく分からないが、嬉しさのような感情が込み上げてくる……
──そして知った。自分はずっと、“兄”に、存在を認めてもらいたかったのだと……──
聖「このことは、忘れねぇから……――兄貴は、俺の兄貴だ」
聖の口元は、微かに笑っていた。
そして素直でない誓は、照れくさそうに、視線を反らしたままだった。
──そして聖も、再び立ち上がる。
──誓、響、聖、雪哉、陽介、高野、師走、月……──8人が揃った。
敵の本拠地のど真ん中で、堂々と立つ8人。
迫力を感じさせるには、十分な面子だった。
雪「さてと―─……暴れるとするか」
陽「好き勝手やりやがって……許さねぇからな?」
元ブラック オーシャンのメンバーは、暴れる気満々だ。
響「暴れるつもりか?! バカか?! この人数ヤバイだろう!」
誓「……仕方ねぇよ。バカなんだからな」
この人数差で喧嘩をするということ自体、響と誓からしたら、可笑しなことだった。
過ぎ去った青春時代、ひたすら喧嘩へと明け暮れていた元ヤンキーたちの不屈の精神に、驚かせられる。
響「……自滅行為」
誓「けど今回は、手を貸してやってもいい気がする……さすがに、殴り合いはしないけどな」
響「意外な発言だな? ……さすが、弟大好きなだけあるな!」
誓「は? 黙れ響!」
ギロリと響を睨んだ誓。
響は可笑しそうに笑った。
そして……──
響「まぁ、誓がそう言うなら、俺も手伝ってやってもいい。 その代わり、真面目にヤバイと判断したら、すぐに引くぞ」
誓「もちろんだ」
そして全員が、乱闘の渦の中へ……──
こうして、乱闘が再び始まった。
人数の差はあるが、確実に敵の数は減っていく。
陽「俺らって、やっぱりスゲーな?!」
殴りながら口を開く陽介。
月「あったり前ッスよ! オーシャンは格上だからな!」
会話をしながら、手際のいいブラック オーシャン南のコンビ──
そして雪哉と師走も、息の合った喧嘩で、次々に敵を倒していく。
雪哉の顔面を目掛けて、拳が飛んできた。だがその時……──
雪「ぅッ……持ち悪ッ……さっき酒飲んだからだ……――」
気分が優れない雪哉。口を押さえて、地面へとしゃがみ込んだ。すると……
─―ガツンッ!!
雪哉がいきなりしゃがみ込んだものだから、雪哉を殴ろうとしていた奴が誤って、雪哉の後ろ側にいた自分の仲間を殴った。
そしてこちらでは、やはり、師走に向かって拳が飛んできた。だが……──
師「ゆっ雪哉ぁー?! 大丈夫か?!」
雪哉の異変に瞬時に気が付いた師走が、即刻雪哉へと駆け寄る。
すると今度は、師走を殴ろうとした奴も、誤って自分の仲間を殴った。
〝あのタイミングで雪哉の元へと駆け出す〟という、黄凰からしたら予測不能である師走の行動。謀らずとも、黄凰側は翻弄されたようである。
──こうして一部の黄凰は、黄凰同士で揉め始めた。
そして、雪哉と師走は……
雪「ぅ~……マジ気持ちワリィ……」
師「ホント大丈夫かよ?!」
師走が雪哉の背中をさする。
雪「…………―――よし、なんとなく治った。ありがとな霜矢! さっさと喧嘩に決着を……――」
だが再び雪哉が顔を上げると、黄凰側が可笑しな展開になっている。
―「テメー! なに俺のこと殴ってんだよー!!」
―「はぁ?! 知ねーよ! 黙れよ!」
雪「あれ? ……――なんだかアイツら、仲間割れしてるぞ」
師「フッ……器のない奴らだな!」
何も知らない雪哉と師走は、『あいつらバカだな』などと言いながら、笑っていた。
そして徐々に、黄凰同士の喧嘩が大きくなっていく。 そうしてだんだんに、黄凰同士の内部紛争のようになっていく……──
雪「……なんだか知らねーけど、ラッキーだな!」
師「きっと、俺らの行いが良いからだな!」
何も知らない二人は、やはり呑気である。
8人は全員一度、喧嘩をする手を止めた。
「「「…………――」」」」
──唖然とする。黄凰が仲間内紛争をしているから。
陽「どんな展開だよ?! まぁラッキーだけどな!」
月「これなら、いける!」
──まさかの展開を受け、勝機がチラつく……──
8人は、口元に笑みを浮かべた。
だがそこで……──
─―ドォォン!! ……
何かを思い切り叩いたような、鈍い音が倉庫へと響いて、こだました。
8人も黄凰のメンバーも、音の方へと視線を移す。
すると東藤が思い切り、壁を蹴ったところであった。 先程の音はこの音だ。
東「テメーらふざけてんのか?! ――さっさと、ソイツらを片付けろ!!」
倉庫に、東藤の荒々しい声が響いた。
黄凰のメンバーたちは顔色を悪くし、仲間内の喧嘩を、一瞬で止める……
吉「アカンわぁ~! ……かっ壁がぁ~!! ……」
東藤が蹴りで破壊した壁を、名残惜しそうに眺める吉河瀬。
花「あぁ~! 東藤さぁ~ん! 壁、弁償ッスよ! 弁償!」
やたらと壁を気に掛ける吉河瀬と花巻は、実のところ、案外常識人である。
──さておき、黄凰の仲間内の喧嘩もおさまり、再び8人は窮地に立たされた。
誓「結局、元の状態かよ……」
誓が舌を打つ。また、勝機の見えない逆境へと戻ってしまったのだから。
するとその時、更に8人に追い討ちが……──
閉め切られた倉庫の扉が、開いた。
そして開いた先には、今相手にしている奴らと同じくらいか、それよりも多いくらいの集団がいる。この集団も、もちろん黄凰のメンバーだ。
8人は一瞬、言葉を無くした。
月が、引きつった表情をする……
月「……黄凰が全員集まれば、こんなもんじゃねぇとは思っていたが……こんなタイミングで、帰って来やがった」
新たに現れた集団の一番先頭に立つ男が、この事態の真相を求めるように、丸島へと視線を送っている。
陽「……アイツは確か!」
陽介が、その先頭の男を眺めながら言った。
「………――」
……だがその次の言葉が、出てこない。
当然、陽介以外の全員も、次の言葉が出てこない。
雪「アイツ、誰だっけ??」
「「「……――」」」
やはり、全員が沈黙する。
聖「花巻と吉河瀬の次くらいに……“偉い奴”だ!」
なんともテキトーな言い回し。
誓「それは知っている」
「「「…………――」」」
そう新たに現れたメンバーの先頭に立ってはいるが、丸島、東藤、花巻、吉河瀬の隣には並んでいないのだ。〝花巻と吉河瀬の次くらいに……“偉い奴”!〞──なんて事くらいは、簡単に予想がつく。8人の間に、なんとも言えない空気が漂った。
──そして、丸島に視線を送ったその男は結局、どう動いてくるのか……
丸島はその男に、目で合図した。“加われ”と……──
──一気に敵が増えて、窮地である。
すると例の、“テキトーな言い回し”をされた奴が、8人を見て口角を吊り上げる。
「ブラック オーシャン……――覚悟しろ」
これは本当に、覚悟の時だった。
陽「ちっ畜生……名前も思い出せない奴に、挑発された!」
雪「気に食わねー!!」
響「バカが! さすがにムリだ! 引くぞ!」
誓「そうするしかねぇな……」
妥当な判断をする響と誓。
そしてその時、聖の身体が、ガクンと揺れた……──聖は膝を折り、地面へと片手を突いた。体力の限界だろう……
それを支えるように、高野は聖と肩を組んだ。
高「……――引くしかねぇ」
聖の様子を見ながら、高野もそう判断する。
だがやはり、挑発に乗りやすい二人は……──
陽「コノ脇役野郎! 覚悟するのはお前だぁ!」
雪「誰に物を言ってやがる!!」
挑発に乗った二人が、歩を進めようとする。
だが……──
─―ガシッ!!
響が陽介の誓が雪哉の、襟ぐりを後ろから掴んだ。
響誓「「引くぞ!!」」
陽「何だと?! 離せーー!」
雪「せめてアイツを一発殴ってから!」
誓「黙れバカ共!」
陽介と雪哉は、響と誓に引きずられながら、強制撤退だ……──
そして……──
月「アッ
師「あっ! 雪哉ぁ~!! ……」
こうすれば、月と師走もついてくる。
──ということで、ここは全員で撤退だ。
──倉庫を抜け出し、どうにか外へと……
──真っ赤なモミジの葉を乗せた秋の風が、吹き荒れる──
8人は必死に走る──
だが、追っ手が来る──
響「しつこい連中だなッ! ……」
誓「撒くぞ! ……」
響「了解!」
走りながら顔を見合わせて、短い会話をした二人。
撒く作戦に移ろうと、別れ道を探して辺りを見渡す。そして再び、前を向く……──
「「「!? ……──」」」
8人は一瞬、息を吸うのも忘れて、目を見張る……
先を急ぐ8人の目へと、飛び込んできた光景は……──
雪「……白麟?!」
逃げる8人の目の前に現れたのは、白麟の集団だった。先頭には、総長である“上柳”──
走り続けながら、8人は生唾をのみ込んだ。
陽「アイツら敵か?! それとも偶然か?!」
黄凰に協力をする為に現れたのか、それとも、ただの偶然か……──
上柳は冷静な顔つきをしたまま、こちらを見ている。
どうにか逃げられないものかと、8人は辺りを見渡す……
師「知らねーけど、この道通るしかねぇーよ!!」
……確かに、他に抜けられる道はない。
後ろからは、黄凰が追ってくる……──
──一か八かだ……──
月「この道、通るぞ!」
「「「「……――」」」」
雪「……白麟に、懸けてみるしかねー……」
だんだんと、白麟との距離が近くなる。
白麟に、未だ動きはない。
上柳は、表情を崩さないまま――
……──そうして8人は、何事もなく、麟の横を通り過ぎた──……
走り続けながら、8人は不思議そうに、一度振り返る。
雪「……アイツら、何の為にいたんだ? ……」
陽「さぁーな! だが、助かった……」
なぜ白麟が現れたのか、その訳も意味も、分からなかった。だが結果的には、逃げ伸びることが出来た。
****
──そして8人を追っていた黄凰が、白麟の前で足を止めた。
「退けよ!!」
黄凰の一人が、上柳に向かって叫んだ。
8人を追っていた黄凰からしたら、明らかに白麟は邪魔だ。一本道に大勢でたむろされたら、逃げた元ブラック オーシャンたちを、追うことが出来ない。
繰り返し、黄凰側は『退け!』と、声を荒らげている。だが上柳は、退かなかった。
──そのうちに、丸島、東藤、花巻、吉河瀬が、先頭まで出てきた。
丸島は歯噛みをしながら、先頭の上柳を睨み付ける。
「上柳――……どういうつもりだ? ――」
「――何がだ? ──……」
「惚けるな!! お前、どうしてブラック オーシャンを逃がした!!」
丸島は声を荒らげて、上柳に向かって怒鳴った。
上柳は口元に弧を描き、笑みを浮かべた──
「ブラック オーシャンだと? ……――知らねーな。俺らは偶然、この場所にいただけだ。お前らの邪魔をした訳じゃない」
「惚けやがって――……」
丸島はじっと、上柳を睨んでいた。
だが少しすると、上柳にスッと背を向ける……──
丸「もういい。戻るぞ――」
東「追わなくていいのか? ……」
丸「……今日はもう、終わりだ」
そして丸島は最後にもう一度、上柳を見た。
「……――裏切りなんざ、馬鹿なこと、考えるんじゃねぇーからな? ──」
上柳は、何も答えなかった。
黄凰は、この場を立ち去る──
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