Episode 17 【揺らぐ世界】

【揺らぐ世界】

 ──スミレがいなくなった。

 ここにスミレはいないけれど、世界は何一つ変わらない。 何事もなかったように、夜は更けていく……──彼女がいないと“世界が変わってしまう者”の事だけを、ただ取り残して──……


「スミレ……? ……――」


 開け放たれた、スミレの部屋のドア。

 純は部屋の前で立ち尽くす……──


 ──“スミレがいない”──


 足元から頭に向かって、体がゾクゾクとする……嫌な胸騒ぎ……──

 立ち尽くして脚を止めていたのは、ほんの僅かな時間だった。

 すぐにスミレを探して、家中を見て回った……──けれど、“スミレはいない”。

 ──スミレを探して、純は家の外へと飛び出した……──


「スミレ!! ……」


 ──外にはぼんやりと、ただ月が浮かぶだけの世界が広がっていた。そこに、スミレはいない……──


 ──心配だった。


 ──不安だった。


 ──スミレが何処かで、泣いている気がした……


 ──不安に呑まれる。


 “もう、スミレは帰って来ないのでは?”と……何故かそう思えて、仕方がなかった。──けれどそんなのは、嫌だった……──


 ──“スミレと一緒にいたい”──


 もう、離れたくなかった。


 ──夜の街を、当てもなく走り出す……──


 夜の闇を駆け抜けた。


 夜の闇は、濃厚に広がる。


 ──スミレが行きそうな場所を、ひたすら回った。


 ──湖の公園……


 ──ススキの野原……


 ──ショップ街……


 けれど、見付からない……――


 元々、スミレはレッド エンジェル側の人間だ。傍にいられた事の方が、不思議なことだったのかもしれない。……けれど、もう、時間を共にしてしまった

 ──スミレは大切な存在になっていた。今さら、スミレを失いたくない……


 とにかく、探すしかない……──


 ショップ街を抜けて、また走り出した……──


 ──その時……──


 純は足を止めた。

 一気に、鋭いものへと、目付きを変える。──目の前に、特攻服を着た集団が現れたから……──

 ──黒の特攻服、その背中には、“紫の龍”……──


―「こんな偶然があるか? 今宵は運が良いみてぇだ。こんなところで、ブラック オーシャン、北のトップに会えるとはな……──」


 口角をつり上げて、先頭へと歩を進めて来た男は、“柳”だ──

 背中に紫の龍を背負った集団……────


「紫王か……――その道を退け。邪魔だ──」


「あ? そう言われて素直に退くと思うか?」


「……お前らを構ってる時間はねぇんだ。“退け”」


「馬鹿が。この状況で、お前を見逃す訳ねぇだろ?」


 少しの間、柳と睨み合った。──けれど今は、喧嘩よりも、スミレを探すことの方が先だ……──


「お前らに付き合う時間、今回はねぇんだ……――」


 柳の挑発には乗らず、そのまま、紫王の集団の横を、通り過ぎようとした。


「待て。――お前の事情は、聞いてねぇ。この状況で選択肢を選べるのなら、それはお前じゃねぇ。選択肢を選べるのは、俺だ──」


「……――」


 純は一度足を止めて、柳の方を振り向いた。

 振り向いた先の柳が、口角を吊り上げる──


「俺が選んだ選択肢は、今日此処で、“北のトップ”、テメーを潰すことだ」


 柳が純に向かって、中指を立てる――


「テメーは今日此処で、“終わりだ”」


 ──いとも容易く、吐かれた言葉……──

 挑発ではなくて、それはまるで、確かなことを告げられたかのような……──そんな、可笑しな感覚がした。


 ──そうして、何人かに取り囲まれた。


 殺気に満ちた、重い空気……──


 柳は前線から下がり、悠長に見物する……──


 純は歯噛みをする。──そうしてまた、理性を潰したような、をする……──


「テメーらをどうにかしねぇと、この先には進めねぇか……―――」


 純は不機嫌に、舌を打つ。──高みの見物をしている柳を、睨み付ける。そして、中指を立て返してやった。

 純からの挑発を受けて、柳が険しい表情を作る。


「さっさと終わらせろ」


 柳が部下たちに、“スタートの合図”を送った──


 こうしてあまりにも不利な、喧嘩が始まる……──


 ……──喧嘩が始まれば、我を忘れる──


 こんなのが、いつも通りだ。


 “情けなど掛けない”。


 ──……目の前の敵を、ブッ壊す――……


 ──ザワザワと響く“衝動”……──


 得体の知れない感情に、支配される──


 ──“いつも通り”。いつも、思っている……─…そんな自分が、一番恐ろしいのだと……──


 口元を殴られた時、歯で口の中を噛んでしまった。口の中が切れて、血の味がする……──

 まだ山程相手はいるが、周りに何人かが倒れている。

 ──純はまだまだ、余裕だった。


「痛ぇー……口の中、切った」


 余裕な表情をしながら、口の中の血を吐いた。純は呑気に、口についた血を拭う。


「簡単にはいかねぇか……さすがだ。──だが、どこまで余裕でいられるか? ……」


 ──新たな敵が向かって来るのが見えた瞬間、すぐに純の目の色が変わる……──

 まるで、この逆境を楽しんでいるかのような目だった──


 ──感情は疼く……争いを求め始めた──


 ──けれど、チラつく……──スミレの姿――


 ──我を忘れる自分と、スミレを探す自分……


 ──〝葛藤する〟──


 今、此処で争う理由、それは、スミレを探すことを、コイツらが阻むから……──そうだった筈なのに、何かが変わってしまった気がする……──


 ──葛藤は続く……“荒れ狂う哀れな自分”と、“スミレを必死に探す自分”……──


 相手から拳が飛べば、スミレの姿は頭から消える……争いを求める、哀れな自分に変わる。──その繰り返しで、息苦しい。



 ──親友のことを思い出す……皐月のことを──


 皐月のことを思い出せば思い出す程、自分は、喧嘩を求める怪物になる。

 皐月が死んだこと、それは未だ、記憶の中の大

半を支配する、恐ろしい現実だった。

 ──その現実に脅え続ける、まだ救われない自分……


 ──ブラック オーシャンの頂点、それは、二人で夢見た頂点……──

 頂点を求めて、聖や雪哉、陽介、高野や師走、月たちと争った日々……──そんな日々の中で、皐月を失った。

 あの時、もう、どうしたらいいのか、分からなくなった。二人で夢見た頂点であったのに、いきなり一人になった。

 ──恐ろしかった。自分の存在の意味が、解らなくなった。救われない……──だから、皐月と目指した頂点を求め続ければ、救われると思っていた。

 ──そう思った時から、皐月が死んだ時から……気が付けば、“争いを求める衝動”を、自分では制御出来なくなっていた……


 ──皐月が死んでから、純は変わった。


 “皐月が死んだのは、自分のせい”……


 “自分と出会わなければ、皐月は死ななかった”……


 ……そう思い込んで、脱け出せない。


 ──恐怖に脅えた。救われない。救われない―─……



 明らかに不利な喧嘩を仕掛けているのは紫王の筈なのに、目の前の敵は、純に恐れおののく……──


「テメーらごときが、俺を潰せると思うんじゃねぇーぞ?!」


 ──胸ぐらを掴んで、引き寄せて、そう言ってやった。


 ──そう、ブラック オーシャンの頂点は消えた……


 ──“届かない頂点”──


 皐月と共に掴み取った、北のトップ……――


「オーシャンは消えても、北の座は潰させねぇー!!」


 ──この座を消し去ることなど、〝許さない〟──


 胸ぐらを掴んだまま、拳を振るう……


 ──もう、“止められない”──


 また、過去に囚われる。苦しい過去に、囚われる。


 自分が制御出来ない……──けれど、心の奥底で、助けを求めた――



 ──“誰か、俺を止めてくれ”――……



 ──そう、助けを求めた。


 その時、暗闇をかき消すように、頭の中で、声がした気がした……



 ──『人を愛するって、どうしたらいいの?』──



 いつしかの、スミレの声が聴こえた……


 何かが、スッと軽くなる……──救われなかった自分が、救われた気がした──


 自分を救うのは、“争いを求める事”ではなかった。自分を救ったのは、スミレの存在だった。


 スミレに出会って、温もりに触れた。優しさに触れた。


 荒れ狂う自分に、少しだけ、理性が戻った――……だが、その一握りの理性が……―─――


 〝理性があるかないか〟……──それだけで、喧嘩は変わる。


 一瞬の心の躊躇いが、一瞬の隙を作った……


 ──みぞおちに、深く拳が入る。身体が傾く……――


 人数に関わらず、純のペースで進んでいた喧嘩が、変わり始めた……──不利すぎる喧嘩が、成立する。それは最早、“喧嘩ではない”、残酷な仕打ちだった……――


「テメーの北の座は、これで終わりなんだよ!!」


 ──歓喜に狂う、柳の笑い声が響いた……――


 ──ブラック オーシャン四の一、北のトップの座が、崩壊し始める……──


 ──揺らぐ世界――……


 それでもスミレの姿が、まだ、頭から離れない──……だからなのか、この瞬間に、あり得ないほど、落ち着いている……──揺らぐ世界の中でも、冷静でいられる……


 ──人を愛する方法を、あの時、尋ねたスミレ……──そのスミレの問いに、答えることが出来なかった……


 “愛”なんて、どうでもいいと思っていた──けどもう、そんなことは、思わなかった。


 人を愛する方法なんて、やっぱり、説明なんて出来ない、そう思う。


 けれど最近では、気が付いていた。“スミレのことを、愛している”のだと……──



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━━━━【〝JYUNジュン〟Point of vi視点ew】━━━━


 揺らぐ世界の中で、お前の姿だけが、頭から離れない……


 この腐った心を癒してくれた、ただ一人の存在。


 救いようのない、狂った俺の世界が、揺らいで崩壊した。


 狂った世界を照らしてくれたのは、スミレ。


 お前の元へ、すぐに行きてぇ……──


 心配なんだよ……


 何も言わずに、居なくなるんじゃねぇよ……


 “迷子になる”って、いつも言ってんだろうが……──


 すぐに、探し出してやるから……――


 ──そう願うのに……俺の世界は、大きく揺らぐ……


 意識が遠退いて、笑う柳も、周りの奴らも、あの月も、あの星も、皐月との記憶も……スミレの姿さえも……──見えなくなるんだ――――……



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****


 ──そしてその頃、聖、雪哉、陽介は、純やドールのことを探していた。


聖「アイツどこ行ったんだよ……」


 三人で、街中を探し回った。


雪「向こうの、大通りの方にもいなかった……」


陽「駅方面にもいねぇ……」


 三人で手分けをして探し回った。

 けれど結局見つからないまま、三人は、ショップ街の中央で合流した。


聖「ドールまでいないのは、可笑しい気がする」


雪「確かにな。純とドールが一緒にいるとすれば、やっぱり可笑しい……──夜、ドールには外に出ないように、純は言っていたから……」


陽「こんな夜中に、純がドールを連れ出す訳がない、つーことか……」


「「「…………――」」」


 ──“ならば何故、純とドールはいなくなったのか? ”……──次第に三人は、嫌な胸騒ぎを感じ始めた。


聖「何か、あったのか……」


雪「あり得るな」


 全員、不安な表情をしている。三人、顔色が悪い。


陽「……こんな暗い話、止めようぜ! ……もし何かあったとしても、大丈夫に決まってるだろう?! ……純は、メチャクチャ強ぇーよ……」


 本当は陽介も、たまらなく不安だった。けれど、聖に雪哉、そして自分を落ち着かせる為にも、そう言ったのだ。


「「………――」」


陽「大丈夫だって!! 当たり前だろ?! 馬鹿みたいに心配なんかしたら、“俺を舐めてるのか? ”……とか言って! 純に怒られるだけだぞ!!」


 やはり陽介は、必死に二人を元気付けた。


聖「……だよな」


雪「純の強さは、俺らがよく知ってる……」


 聖と雪哉も、不安な気持ちを抑えて、そう言った。


陽「だろ?! 心配いらねーよ! 一応、探してるだけだって……ショップ街を抜けて、次は向こう、探してみようぜ? ……」


 不安な気持ちを抑えて、三人はショップ街を抜けていく──



「大丈夫に決まってる……」



 ──だがその願いは、打ち砕かれる……――─―


 ショップ街を抜けた。そこで、目に飛び込んできた光景に、一瞬、言葉を失う……──


 予想していた中で一番、最悪な事態が、瞳の中に映った……――


 ──絶望の淵に立たされた。


 三人がやって来た時には既に、紫王の姿はない。けれど目の前に広がる、乱闘の傷跡……──そしてようやく、仲間を見付けた……──傷だらけに、痛め付けられた……仲間を見付けた……――


聖「……純ッ?!! ……――」


 一瞬、息を吸うのも忘れるくらいに瞳を見張った後、すぐに聖が駆け寄った──

 頭を起こして呼び掛けるが、完全に意識が飛んでいる……――


聖「純! 純ッ!! ……テメー?! ……“しっかりしろ”よッッ!! ……」


 雪哉はあまりに信じがたい光景を前に、目を見開いたまま、立ち尽くした……──


雪「……ひでぇー……ウソだろ……? ──……」


 陽介は目を血走らせながら、思い切り、地面を殴った……──地面を殴った拳から、血が滲む……──


陽「許さねぇー!!? ……――誰がッ……誰がやッたんだよッッ!!! ……――」


 ──苦しみや悲しみ……怒りの叫びが、今宵の夜空に、消えてゆく……―――



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 ──〝BLACK OCEAN・北のトップが潰された〟──


 この衝撃の事件の噂は、瞬く間に、知れ渡る。当然、百合乃の耳にも入った。

 この事実を、この事態を知った時、百合乃は南や明美と共にいた。


明「そんな嘘だろ……私、嫌だ……――」


 明美が絶望の表情を作る……


南「まさか……純さんがやられるなんて……他の三人は、平気なんだよな……? ……」


 南も恐怖で、目を覆った……

 そして……──


百「……──――少し、外に行ってくる……」


 百合乃は、フラッと外へと出て行った──


「……私のせいだ……――――」


 歯が、カチカチと音を鳴らす……身体が震えた……──


 百合乃は何かに焦ったように、何処かへと向かって、歩き始めた。


 ──行く当てなど、知らない……──ただ焦る気持ちが、足を動かす……──


 震える口で、混乱するように呟く……


「私のせいだ……――……純、ごめんね――……どうしたらいいの……? ……――ねぇ、聖――……」


 恐怖が迫る……


 逃げ道を探す……


 行く先は真っ暗……


 どうしたらいいのか、分からない……──


「……誰かタスケテヨ……――」


 ──その時、フラフラと歩く百合乃の腕を、誰かが掴んだ。

 百合乃は振り返る……──


「なぁ國丘、お前どうして、そんな悲しそうな顔してるんだ?……――」


「……――」


 百合乃を引き止めたのは、黄凰の総長、“丸島”だった……――



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 ◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄◥

  

   【 Ⅲ VOLUME COM 【 Ⅲ巻完結◑ 】PLETE◑ 】


   【 CONTINUED TO VO【 Ⅳ巻へ続く🌙 】LUME Ⅳ🌙】


 ◣_________________◢

 ※次のページに【あとがき】あります。



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