Episode 16 【リュウとドール】

【リュウとドール】

 ──少しずつ、夕暮れへと近づく頃。

 レッド エンジェルの本拠地の前へと、黒塗りの高級車が何台か停まった。

 車から降りた部下らしき男が、後部座席の扉を開く。

 開かれた扉から、革靴を履いた脚で、地面へと一歩踏み出す。そうして、上質なスーツに身を包んだある一人の男が、車から出てきた。


「俺が留守の間、弟はどうしていただろうな? ……」


「実際にお会いすれば、分かることです」


「それもそうだ。つまらぬことを聞いたな。気掛かりで仕方がないのさ……──」


、心配はいりませんよ。ウルフ様は利口な方ですから……」


「……それが、心配なんだよ」


「はい? ……」


「……──気にするな。一人言だ」


「……はい」


 〝一体どういう事だ?〟と、部下は内心では少々気掛りに思っている。けれど〝一人言〟だと言われた以上、聞き返す訳にもいかない。部下は静かに疑問を呑み込んだ。


 ──ウルフの兄、リュウが帰って来た。


「ウルフは後でいい。まずは、ドールに会うとするよ」


****


 その頃キャットは、モニターを眺めていた。ネコたちや、ウサギに付けていた小型カメラを回収した。カメラの映像をチェックしていたのだ。

 ──するとそこに、シナモンが駆け寄って来た。


「シナモン……私は今、忙しいのよ。また後で遊びましょう」


 キャットはシナモンを構わずに、映像のチェックに夢中だ。

 だがシナモンは鳴き声を上げ続けて、キャットの周りをウロウロとしている……


「シナモン? お腹でも空いているの?」


 ─―シャー!!


「……?! なに怒ってるのよ?! せっかちなんだから! 誰に似たのかしら?」


 仕方なく立ち上がると、棚へと向かい、そこから猫用のおやつを取り出す。──シナモンにおやつをあげた。

 ……だがシナモンは、プイと横を向く。


「シナモン! 何が不満なのよ?」


 だがやはりシナモンは、『ニャーニャー』と鳴く……──それはまるで、キャットのことを呼んでいるかのようだった。


「どこに行くのよ? シナモン!」


 するとシナモンは、いきなり走り出した。

 キャットが呼ぶと、振り向いて、また一鳴きした。


「シナモン、待って……」


 シナモンに何か、呼ばれている気がした。キャットはシナモンの後を、付いて行く──


「……どこに行くのかしら? ……」


 シナモンの行動が不可解で、キャットはハラハラとしながら、シナモンの後を追った。

 ──するとしばらく歩いてから、シナモンが振り向いて、止まった。シナモンが止まった場所は、本拠地の中の、中心の広間。

 ──キャットはシナモンの傍、大きな柱の影に脚を止めて、広間を覗き込む。

 広間には、いつになく大勢が集まっていた。

 その人数にも驚いたが、キャットには、もっと驚いたことがある……


「リュウ……――」


 大勢の中心にいるのは、“リュウ”だった。

 〝このタイミングでリュウが帰って来るなんて、都合が悪い……──〟と、キャットは歯噛みをしている。


「……リュウ、アイツ、帰って来たんだ。──シナモンはリュウが帰って来たから、私を呼んだの?」


 するとシナモンがキャットを見ながら、一鳴きした。


 ──広間に大勢が集まり、何の騒ぎなのか? この光景は異様だった。

 キャットは離れた位置から、リュウたちのことを覗き見ている……──


……*


「この事態は一体、どういう事だ?」


 広間に集めた大勢に向かって、リュウが口を開いた。

 リュウは不機嫌な冷たい目をしていて、そんなリュウを前に、皆脅えているように見える。


「……──久しぶりに戻ってみれば、どういう事だ? なぜ、? どこにいるんだ? 答えろ! ……」


 リュウが怒っている理由は、“ドールがいないから” だ。そうドールが、行方不明の状態であるから……──

 全員問い詰められて、困惑状態だ。皆、顔色が悪い。


「……答えられないか? お前らは、もう下がれ。ウルフに直接、この事態の確認を取る」


「……それは、いけません」


 体調の優れないウルフを庇って、一人の部下がリュウを止めた。……だがすると、リュウの鋭い眼差しが、その部下へと向く。


「ウルフにも、聞くなと言うのか……──なら誰が、この責任を取るんだ? お前か? ──」


 リュウの鋭い眼差しが、その男を射抜く──

 リュウのその目を見て、男がブルブルと震える……

 するとその時、広間に集まったたくさんの部下たちに道を開けさせながら、一人の男が、リュウの前へと歩を進めて来た。


「その者は何も、間違ったことは言っていません。ウルフは体調が思わしくない。その言葉は、ウルフを庇って出た言葉です」


 そう話してリュウたちの前に現れたのは、アクアだった。


「アクアさん……! ……」


 この場にいる部下たち、リュウ以外の者たちは、幹部であるアクアが来たので、いくらか安堵の表情を浮かべた。


「リュウ、久しぶりですね? ……──先程も言いましたが、ウルフは最近ではまた、体調が思わしくないのです。今ウルフには、負担をかけたくはない……」


「……ならこの事態、誰の責任だ? 答えてみろ」


「俺の責任です」


「物分かりが良いみたいだな? その通りだ。アクア、来い――」


 そうしてアクアはリュウに連れられて、この広間を去った──

 広間に残された者たちには、混乱が広がっていた。重苦しい沈黙だ。

 ──そして、広間を覗き見ていたキャットは、困惑しながら、小さく舌を打った。


「あのバカアクア……――ただじゃ済まされないわよ……」


****


 リュウは場所を移して、アクアと話をしていた。

 アクアは嘘偽りなく、リュウへと報告をした。ドールがいなくなった日の事や、あの夜の状況なども含めて。


「ドールの居場所が、分からないというのか? つまりは行方不明……」


 嘘を並べるつもりもない。 アクアは『はい』と、“YES”の返事をする。

 その返事と同時に、アクアの腹に思い切り、リュウの拳が埋め込まれた……

 アクアは殴られた腹部を押さえて、咳き込んだ。


「罪の重さを知れ……――」


 リュウの鋭い瞳が、アクアへと突き刺さる。まるで、虫けらでも見ているかのような、冷たい瞳だった。

 するとリュウは、携えた部下たちへと、申し付ける……──



 リュウの掛け声で、周りにいた部下の男たちが、一歩前へと出る。

 男たちは一瞬躊躇うように、リュウに視線を向ける。リュウにその言葉の意味を聞き返すように。


「殺せとは言っていない。“早くやれ”」


「……分かりました」


 第1の実質権力者、リュウからの命令だ。相手が幹部アクアであろうと、断れる筈もない。

 そしてそれは、アクアも同じだ。リュウから命令を受けた部下たちに何をされようが、抵抗など出来ない。抵抗しない。──そう、逆らうだけ、無駄なのだから。この組織の絶対的権力者、リュウの前では、幹部である自分の立場も自分の情も、意味を持たない。逆らうだけ、見苦しいだけだ。


 ──殴られて、蹴られて……その度に、全身に響くように、痛みは体に伝わる。

 反射的に防ごうとも、それさえも上手くいかない。視界がボヤけて、よく見えないから。殴られるうちに眼鏡が何処かへと行ってしまって、裸眼になっていた。

 ただ、この痛みがなくなることだけを考え続けながら、ひたすら耐えた。──痛みはなかなか消えない。

 何人かに一気に蹴りを入れられて、どこが痛いのかも分からない。痛みなど、無くなる暇がない。


 ──何の為に、こんな報いを受けるのか? 頭に浮かんだ疑問だ……──そう、この痛みを望んだ訳ではない。けれどウルフの為なら、本望な気がする……


 部下の男たちがリュウにアイコンタクトを取った。“もういいですか?”と、その意味のアイコンタクトだ。


 アクアは床に倒れたまま、酷く咳き込んだ。血混じりの液体が、床へ垂れる。


 ──男たちのアイコンタクトに対して、リュウも承諾した。

 男たちがアクアから離れる。

 そうしてリュウはアクアの元へ、歩を進めた。


「責任は取ってもらう。俺の方を向け……」


 アクアは言われた通り、痛む体を無視して、リュウの方を向いた。


 霞む視界……──それでも、今の状況は理解出来た。銃口が、向いている──


「猶予をあげよう。。三日以内に、ドールを捜し出せ。──それが出来なかったらどうなるか……──予想はつくだろう?」


 そう話すと、リュウは銃口をアクアから外した。リュウは銃をしまう。


「三日後、良い結果を期待しているぞ」


 その言葉を残して、リュウは背を向ける。


「……──それから、床は自分で掃除しておけ」


 ──そうしてアクアから、リュウの足音が遠ざかって行った。


 やはりジリジリと、身体に痛みが残る。アクアはすぐには起き上がれずに、少しの間、床にうずくまっていた。

 その時、ネコの鳴き声がした。それは、シナモンの鳴き声だ。

 アクアは、固く閉じていた瞳をひらく。


「シナ……モン? ……」


 辛うじて、そのネコが“シナモン”であることを認識した。

 シナモンはアクアの頬を、ペロペロと舐めている。

 シナモンの行動が、心に染みる。少しだけ、心が気持ちが、温かくなった。


「ねぇ、立てる? ……――」


 続いて、頭上から女の声が聞こえた。キャットの声だった。


「キャット……立て……ますよ……――」


 アクアは無理に身体を起こした。だがそうして身体を起こすと、また咳き込んだ。

 キャットはスッと、手を差しのべる。

 その手を掴んで、アクアはなんとか立ち上がった。

 アクアは痛みで、表情をしかめている。痛みを堪える呼吸が荒い──……


「フラフラね……アンタ、大丈夫なの? ──」


 キャットは取り乱したりはせずに、冷静にアクアを見ていた。いつも通りの、ツンとした眼差しで。


「大丈夫ですよ……」


「……──随分、無理をするのね……」


 キャットも一瞬だけ、心配そうな表情を作ったように見える。


「まぁ、アクアが『大丈夫』って言うなら、私はおせっかいなんて焼かないわ」


 キャットはフッと少しだけ、笑った。けれどもう一度、聞いた──


「ねぇ、大丈夫なんだよね? ……――」


「「…………」」


「……当たり前ですよ」


「……安心したわ」


「「…………」」


「……ありがとうございます……」


「……は? ……何そのお礼? 優しくされたとでも思った?」


「……?! ……思いますよ……」


「……バカね」


「……キャット? ……」


 礼など言われてしまい、居心地が悪くなったのか、キャットは後ろを向いた。


「意外に元気そうね? ──そうと分かれば、さっさと床の掃除でもしていなさい!」


「…………」


 呆然とするアクア。シナモンまで、心なしか、不服そうにキャットを眺めている。


「じゃあ、またね? ……」


「……行ってしまうのですか? ……」


 確かに『大丈夫』とは言ったが、この状況で『またね』と言われるとは、アクアもさすがに思っていなかったようだ。正直にところ、落胆した。


 キャットが一度、振り返った。キャットはアクアへと、言い残す──


「私は行くよ。“やらなきゃいけない事”が、あるから……――」


 キャットのその言葉はどこか、意味深に聞こえた。

 キャットはそのまま去る。

 そしてアクアは、本当は大丈夫な訳もなく、荒い呼吸をしたまま、壁にもたれて座り込んだ……──


────────────

────────

──────


****


 空にはもう、月が昇った。


 美しすぎる月……──


 美しすぎて、まやかしにも見える……──


 怪しい月明かりが伸びる──


 まるで、真実を照らすように……──


 運命に導くように……──


 ──その月は、定まりのない運命の道筋を、照らすように、輝き続ける──



 ──そんな月を、窓から眺める少女が一人。

 少女は人形のような大きな瞳を、月へと向ける。

 息苦しい組織の中で、ただ人形のように過ごしてきた少女……──人形のように生きるしかなかった少女、“ドール”……──

 けれど彼女は、もう、人形などではない。

 “傍にいたい”、そう、思える人が出来た……──

 〝自分は“ドール”なんかじゃない。私は“スミレ”〟なのだと、心に言い聞かせた。

 自分の名前を、久しぶりに口にした。自分の名前なのに、新鮮すぎる響きだ……──


「……――」


 ──月を眺める。

 その月明かりの中に、一匹の“ネコ”がいた。

 スミレの表情が、ほころんだ。

 〝あのネコをもっと近くで見たい〟──衝動にかられて、スミレはこっそりと、外へと出る……──


「ネコちゃん……どこから来たの? こっちにおいで?」


 そのネコに向かって、スミレは笑いかけた。

 けれどそのネコは、スミレの方には行かない。ネコが走り出す……──


「あー! 待ってぇ」


 スミレも小走りで、ネコを追った。

 少しした所でネコは足を止めて、スミレに向かって鳴く……──


「やっと止まってくれたぁ」


 スミレは嬉しそうに、ネコの近くにしゃがんだ。


 月明かりの中……──

 その月明かりの中に、影が出来る……――――自分に何かの影が被る……視界が少しだけ、暗くなった──


「…………」


 顔を上げる──


「……――」


 言葉を失った……──

 自分に向かって語りかけられた、言葉……──


「ドール……もう、時間切れだよ」


 そこに立っていたのは、キャットだった。


 スミレは表情を無くして、目を見張る。──何故だか、恐怖を感じた。 キャットが恐ろしい訳ではない。何かが、終わってしまう気がして、怖かった。


 ──嫌な汗をかいた。『時間切れ』……嫌な響きが、頭の中で回る……──


「キャット……――時間……切れ? ……」


 キャットは、静かに頷いた。


「やだ……なんだか、嫌だよ……キャット、何も言わないで……──――」


 ──何を言われるのか、怖かった。キャットが何を言うのか……分かっていたから。


「ダメだよ。ドール……もう、時間切れ。私と一緒に、帰ろう? ……」


 想像していた通りの言葉──


「やだよ……私は帰らない……やだ……やだ……─―」


 嫌で嫌で、否定の言葉が、何度も口から出る。


「ダメ……帰ろう? ドール、貴女は……自由にはなれない」


「やだってば……ねぇキャット……? そんなことを言わないで……──どうして……どうして、『自由になれない』なんて、言うの……」


「……ドール……──その理由、本当は分かる筈だよ。 アナタは、重要なことを忘れているの……」


「……――」


 ──抜け落ちた記憶……その記憶を探ることを、恐れていた。

 忘れてた記憶を……探そうとはしなかった。本能が、探ることを恐れていたから……──


 先程とは、違う恐怖が沸き上がる……

 自然と、両手を軽く、自分の耳に添えていた。

 キャットの言葉を、聞きたくはない……──


「私が、全部教えてあげるよ」


「やめて……――」


 どうしても、聞きたくなかった…──

 ──……けれどキャットは、残酷な程、冷静に、冷たく……──真実を口にする。


「ドールは自由になれない。……──だって、アナタと“リュウ”は、離れられない運命。 アナタたちは、親同士が決めた、“婚約者”なんだから……」


「……――言わないで……――」


 ただ呆然と、時が止まるように立ち尽くした。

 キャットの言葉は、脳内を駆け巡り、自分スミレを絶望させる……──


「当時、子供だったドールは、何も分からないまま、家同士の都合で、リュウの元にやって来た。けれど、子供だったドールを、リュウが相手にする筈もなく……──当然、上手くいかない日々。──そしてアナタは、リュウの仕事を知ることになる……──アナタにとってのリュウの存在が、恐怖だけへと変わった。……環境の変化のストレス……愛されない哀しみ……恐怖……──その繰り返しの中で、アナタはへと成長する……――」


「……――」


「大人になってようやく、見た目だけは、リュウの婚約者にふさわしくなった。けれどそれは、リュウに恐怖を抱くアナタにとって、本当の、苦痛の日々の始まり……──その時アナタは、“子供に戻りたい”……そう、強く願った……──数え切れないストレスの中……ただ、毎日毎日……暗示のように、“子供に戻りたい”……と、自分に語りかける……──そしてアナタは、自分にその暗示をかけてしまった。アナタの精神はに戻ってしまった。 ……精神的ストレスが原因で、引こ起こした事件だった。

 ──私やウルフ、アクア……他の皆も、無理なショックを与えないように、ドールを、“子供”として扱うことにした。 幸い、リュウは仕事で忙しく、不在の日が多くなっていた。この事件も、リュウがいない時に起こったこと……──そして、あろうことかアナタは、リュウのことを忘れてしまったの……恐らく、子供に戻った時と同時に、アナタはリュウのことも忘れた。自分の運命を呪って……自分の記憶を、どこかにしまい込んだ……──」


「…………リュ……ウ? ……」


 ──時が止まる……そして一瞬、脳裏に映像が浮かぶ……フラッシュバック―――……

 ──そう、あの湖の公園で見えたシーンと同じ……──あのシーンに映った人物こそ、リュウだった──

 しまい込んでいた記憶が、チラチラと、見え隠れする……──

 記憶がよみがえる程に、抵抗が強く現れる──


「やだ、やだやだ……――違うよ……私は……――」


 ──頭が痛い……


「違う違う……――私は、そんな話、知らない……やだ……ヤダ――! ……」


 自分で否定しても、否定しきれない。


 ドールはキャットから後退る……──

 頭が、体が、この現実から逃げようと、必死だった。


「ねぇドール、思い出して……──ねぇ、早く……早く思い出してよ!! ……」


 キャットはドールの肩に手を乗せて、必死にドールに問いかけた。


「……――」


「時間切れって、何度言った? ……時間切れだよ。……知ってるよ。アナタは、オーシャンの高橋と一緒にいたいのよね? けどもう、遊びは終わりなのよ……! アナタは、私と一緒に帰るの……──」


「違うッ……! ……終わらない……遊びなんかじゃないの! ……」


 必死に言い張るドール……──キャットも、そんなドールを見て、心が痛む……──けれど、そんなことは、今は関係ない。


「もう終わりよ? 気持ちは本物でも、それはただの遊び……だってアナタには、帰らなくてはいけない場所がある……」


「嫌だよ! ……私は帰らない!!」


 ドールの気持ちは変わらない――……


「……――」


 ドールの肩を掴むキャットの手が、カタカタと震えた……──


「ドール……分かってよ……――」


 キャットは何かを恐れるような……──そんな表情をしていた。


「「……――」」


「……キャット? ……」


 ──どこか、キャットの様子が可笑しい。ドールにも、何がなんだか、分からなくなった……

 キャットは視線を落として、少しの間、何も言わなかった。けれどようやく、口を開いた。キャットの体は、震えていた……──


「お願い。ドール……戻って来て……――――そうじゃないと、アクアが……死ぬことになる……―─」


 ドールは言葉を失う……──


「そんな……どうして……――」


 片手で口を押さえながら、ドールもキャット同様、その現実に脅えた。


「そんなの……嫌だよ。……どうして、そんなことに……――」


「リュウが帰って来たの……そして、“ドールがいない責任”を、アクアは問い詰められた……」


「そんな……――」


 ドールの肩が震える……脚が、ガタガタと揺れた……──頭が混乱する……

 ──全ての現実に、目を背けたかった。けれどそれが出来る程、無慈悲で無神経ではなかった……──

 ──絶望する……涙が溢れ出して、もう視界が見えない……──


「ねぇドール……帰ろうよ……? ……」


 繰り返される問い掛け──

 ──ドールは、スッと瞳をとじた……――そして震えながら、ゆっくりと、頷いた。


****

━━━━【〝SUMIREスミレ〟Point of vi視点ew】━━━━


 まるで魔法をかけたように、長い間、全てを忘れていたの……


 きっともう、この魔法は消え去る……


 消した人生を、思い出してしまったから……


 魔法にかかったまま、何も知らずに生きれたなら、きっと私は、貴方の傍を離れない……──


 魔法が消え去り、本当の自分に戻った現在いま、“貴方の傍にいたい”、そう願った理由が、よく分かる……


 キラキラと輝く魔法の世界の中で、私は貴方に、恋をしていた。


 魔法は消え去った。輝く世界の、終焉……


 私は、ただの人形に戻る。


 魔法が消えて、身動きがとれない、哀れな人形……


 ただ貴方に、恋い焦がれる想いだけを胸に刻んだ、人形になるだろう……



──────────────

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