Episode 14 【名前】

【名前】

 黄凰、紫王、白麟は、レッド エンジェルのお嬢様ドールを捜し続けている。けれどドールは、そんな危険を知る由もない。

 黄凰や紫王、白麟が必死にドールのことを捜しても見つからないのには、理由がある。それは、彼らは写真で見たドールのことしか、知らないから。写真の中のドールは、どう見ても、大人なのだから……──


「わぁ! ウサギさんだぁ!」


 この日も、純とドールは一緒にいた。

 だが、『ウサギさん』と言って、ドールがススキの生い茂るやぶの中へと、入って行ってしまった。


「ドール?!」


 純も急いでドールを追う。


「待てよッ! お前は毎回、行動が幼稚すぎだ!」


「えー? ドールは子どもだもん」


 ドールはきょとんとしながら振り返り、答える。


「何言ってるんだよ! ……お前は……――」


 ─―“お前は、子どもじゃない”―─


 言いかけて、言葉を飲み込む。ドールが自分の事を子どもだと思っている理由”は分からないが、言わない方が良いと思うから。 ……──けれど、“ドールに大人でいてほしい”、それが、純の本心だ。


「ウサギィーー♪」


 ──チョコチョコチョコチョコ!!


 やはりドールは、何気にすばしっこい。


「ドール待てよ!」


 するとドールが、ようやく足を止めた。


「ん? 何か用? 純くん」


「ケロッとした顔しやがって……ドールは危なっかしいんだよ。チョコチョコとするな!」


「えー?!」


「『えー』じゃねーよ!」


「えー! だってウサギィ……」


「ウサギはどうでもいい」


「どうでもよくないもん!」


 ドールは再び辺りを見渡した。だが、ウサギは既にいなくなっていた。


「ウサギさんがいなくなったぁ~」


 ドールはシュンと肩を落とした。


「そんなにウサギが気になるのか?」


「うん。気になるぅー! 気にならない訳がないじゃん! だってウサギは、純くんよりもカワイイ!」


「当たり前だろ!? 何とでも言えよ。俺は別に、自分に可愛さを追求してねぇーからな!」


「えー! つまらなーい!」


 結局ウサギ捜しを断念したらしく、ドールはようやく、ススキの藪から出た。


「ま、いっか! ウサギさん捜しはまた今度。今は、純くんと一緒に遊びたい」


 ドールが優しい顔でニッコリ笑った。

 そんなドールの笑顔を、やはり“可愛い”と、そう思ってしまう純だった……──


「純くん? 早く行こう? 今日はショップ街で遊ぶんでしょう?」


「分かってる。行くぞ。迷子になるから、俺から離れるなよ?」


「はーい♪」


 ドールがまた、楽しそうに笑った。

 危険は伴うが、二人はいろいろなところへと出掛けるようになった。そうして今日は、ショップ街に遊びに来た。


 いろいろなお店が立ち並ぶ街。華やかで愉快だ。……けれど、可笑しな点があった。ところどころの店に、ビニールシートが張られていたり、店の修理中の為閉まっている等、そんな店が稀にあるのだ。

 それに気がついたドールは、不思議そうにしていた。


「さっきから、修理中のお店が、ところどころにあるね……」


「……アレだろ? ホラ、夏の時期にテレビで騒いでたやつ、“ショップ街での乱闘事件”? あれの影響がまだ残ってるんだよ」


 “ショップ街での乱闘事件”──そう、瑠璃の働く店があるのも、このショップ街だ。


「そんな事件あったの?」


「知らないのか? 全国的にも騒がれたし、地元のテレビは、何回も特集してたぞ」


「うん……ドール、あんまりテレビ見ないからなぁ。純くんは、やけに詳しそうだね!」


「あっ……いや、まぁ俺は、超詳しいぜ?」


 〝ショップ街での乱闘事件〟、実は、ブラック マーメイドが関わっていた乱闘なのだ。……──なのでオーシャンの四人は、その事件について、とても詳しい。


「さすが純くん! 物知りぃー!」


「…………」


 感心されてしまい、返答に困る純である。

 ──威嚇がてらに金属バットで店のガラスを順々に割る気狂いや、乱闘の末にガラスを突き破って揉み合いになったり、ガラスを突き破った先の店内で堂々と暴れたり……──クレイジーな連中の大活躍悪さを思い出しながら、苦笑いが止まらない純であった。


「あ! 純くん、このお店見ようよ!」


 ドールが指差したのは、アクセサリーショップだった。

 ──そうしてドールはいち早く、店の中へと飛び込む──


「わぁ! キレ~イ!」


 キラキラと輝くアクセサリーを目の前に、ドールは大はじゃぎだ。


―「いらっしゃいませ。カワイイお客様ね」


 店員の女の人が、ドールに向かってニコニコと笑う。


「わーい♪ いらっしゃいましたぁー♪」


 ドールは機嫌が良さそうに、ニコニコと笑う。

 ドールの後を追うように、純も少し遅れて店へと入って来た。


「あ! 純くん、ようやく来たー!」


「お前がいきなり走るから……」


 二人のやり取りを見ていた女性店員が、クスリと笑った。


―「カワイイ妹さんですね? ごゆっくり、見ていって下さい」


 そう一声かけて、店員は去って行った。


「…………」


 『妹さん』、仕方ないのだろうが、やはり純の心には、モヤモヤとした感情が沸き上がった。


「わー! カワイイー! キラキラのラメラメだー!」


「キラキラのメラメラ?」


「純くん違うぅー! だよー!」


「……はいはい。すみませんでした」


 何故だか怒られた。

 女の子のテンションについていけない。

 そこらのどうでもいいに女なら、冷めた視線を送って軽くあしらうが、ドールの事はそうは出来ないのだ。こう怒られると、変に戸惑う。


 ドールはと言うと、髪にヘアアクセサリーを付けて、鏡を見ていた。


「ねぇねぇ、純くん! 見て見て?」


「……なんだよ?」


「「…………」」


「見て見て! ……」


「……安心しろよ。可愛いから」


 ようやく、ドールの『見て見て』の言葉の意味を理解し、空気を読めた。求められている返答をするまで、少々時間が掛かったが、可愛いと思っているのは本心だろう。

 純の言葉を聞くと、満足そうにドールはニッコリと笑った。


「どれが、一番気に入ったんだ?」


「うーん……コレかコレかなぁ……」


 ドールが持っているのは、全部で2つ。どちらも、髪にとめて付けるような、ヘアアクセサリーだった。一つは花のモチーフ。もう一つは蝶々のモチーフだ。


「純くんはどっちがいい?」


 純はドールの手から、二つのヘアアクセサリーを受け取った。それを順番に、ドールの髪に添えた。


「どっちも似合うけど、俺的にはこっち」


 純が選んだ方は、蝶々のモチーフだ。

 選んでもらうと、ドールは嬉しそうに笑った。


「じゃあドール、蝶々買うぅー♪」


「待てよ」


「ん?」


 ウキウキとしながらレジへと向かおうとしたドールの事を、純が止めた。


「俺が買ってやるよ」


「………かっ買ってくれるの!? ……──もしかして純くん、それって、キャットが言ってた事と同じだ!」


「は? あのネコ女がなんだって?」


 ドールが不安そうな表情を作った。


「キャットが前、言ってた!」


 ──ドールの回想が始まる。


……*……*……*


『わぁー! キラキラのネックレスに指輪、ピアス! ……ブレスレット……ヘアアクセ……――キャット~、すごく綺麗だけど、コレ、高かったんじゃない?』


『フフフ、綺麗でしょう? ダイヤモンドよ? 高いんだから 』


『えー! やっぱり高いんだぁー! お金、大丈夫だったの?』


『ぜんぜん大丈夫よ! 私は痛くも痒くもないわ。だってコレ、ぜぇ~んぶ! あるバカな男に、んですもの! 』


『“みつがした”? って、どういう意味?』


『私のことが、好きで好きで仕方がないみたい! だぁかぁら! たっくさん、おねだりして買ってもらっちゃった。──こうやって買ってもらう事を、〝貢がす〞って言うのよ! ──貢いだりしたら、身を滅ぼすだろうけどねぇ~? 』


『えー?! なんだか怖ぁ~い!! 』


……*……*……*


 ──ここで、ドールの回想は終了する。


「「…………」」


「……あのネコ女……俺、絶ッ対、苦手なタイプだ……」


「純くん分かったでしょう! ドールに貢いじゃダメだよ! 身を滅ぼすからね! この蝶々は、ドール、自分で買うよ」


「バカか? ソノ蝶々は、貢ぎレベルの金額じゃねー。つーか、俺は貢がねーよ」


「え?! じゃあ、なに?」


「……普通に、買ってやりたいだけだよ」


「普通に? ……」


「……プレゼントしてやるよ」


 ようやく理解したドールは、少し恥ずかしそうに視線を反らした。


「……ありがとう」


 ピンクやパープルの、キラキラとした石がついた、蝶々のヘアアクセサリー。──純が買ってくれた、プレゼント。

 ──それはドールの一番のお気に入りで、ドールの宝物になった。


 ──アクセサリーショップで買い物を終えた二人は、店を出ようとする。


「他は、どこか行きたいところあるか?」


「うーん、他はぁ……」


 ──その時ドールの目に、店の外を走るネコの姿が映った。……するとドールは、ネコを目で追いながら、目を輝かせた。


「ネコだぁー!」


「?! ……」


 ウサギの時同様、ドールはネコを追いかけて店を飛び出す。──そうして、走って行ってしまった。


「だからッ! お前は幼稚すぎだ!!」


 ──純もドールの後を追う。

 ──賑わうショップ街。人が多い。

 追うのも一苦労。──本当に、はぐれてしまいそうなくらいだった……──


「ネコちゃん待ってー」


 ドールはルンルンとしながら、ネコを追いかけた。けれど、その時……──


 ……カツンッ……――


「……やッ?! ……」


 何かに躓いた。そして、転んだ。


「……うっ……痛い~……」


 傷のついた体を起こした。

 反射的に、さっき買ってもらった蝶々が取れていないか、髪に触れてチェックした。蝶々は、しっかりと髪についていた。

 ドールは安心して、顔を上げる。


「……純くん……――あれ? ……」


 辺りを見渡すが、純がいない。

 いきなり不安になった。そして不安と同時に、擦りむいたキズを痛く感じた。 痛みと不安と心細さで、次第に怖くなってくる。


―「お嬢さん、いつまで俺の足、踏んでるつもり?」


「……えっあっ……ごめんなさい」


 ドールは地面に膝をついている様子だ。そして、地面についている足首ら辺が、知らない男の足に乗っていた。


 ブルーシートが張られて営業していない店の建物に背をつけながら、男は脚を伸ばしている。

 ドールは急いで、足を退かした。


 そもそもドールが躓いたのは、この男の足だったようだ。


 ドールが顔を上げると、三人の男が、ドールのことを見下ろしていた。明らかに、柄の悪そうな男たちだった。


 けれどドールは、その男たちのことは、別に怖がっていなかった。ただ、純とはぐれてしまったことが、寂しくて怖かった。

 ──どこに行っても、“追いかけてくれる”気がしていた。

 ……──後悔した。純の注意をきちんと聞かずに、勝手に走り出したことを。


 そして例の男たちは、じっとドールを眺めている。


「へー! キミ、かわいいね?」


 男の問いかけに、キョトンとするドール。


「かわいいって言っても、こいつガキだぞ? こんなガキじゃ、遊び相手にもならねーよ」


「そうかな? ……この子意外に、それほど子どもでもなさそうだよ?」


「バカか? どう見たってガキだろ!」


 男たちの会話を聞きながら、やはりドールはキョトンとしている。まったく、現状が理解出来ていない。


「俺は意外に大人だと思うよ? 俺の特技、年齢当てだし?」


「は? 当ててみろよ! このガキは何歳なんだ?」


「俺の予想、21」


「……ホントかよ? まぁ21なら、確かに遊べる年齢だ……」


「ねぇねぇお嬢さん! キミ、何歳なの?」


「…………」


 ドールは首を傾げた。自分の年齢が……分からなかった。 思い出せない。……―――


「答えねーぞ……やっぱり、ガキだな」


「えー? ……可笑しいなぁ~……」


 すると一人の男がドールの腕を掴んで、ドールを立たせた。


「やっ……痛いよ……――」


 いきなり立たされて、余計に足がズキズキと痛む。ドールは、嫌そうな表情を作る。


「おいガキ、お前一人ってことはねーだろ? 保護者はどこだ?」


「は? 保護者引っ張り出して、何するんだ?」


「決まってんだろ? 金巻き上げてやるんだよ。コノガキは人質みたいなモノだ」


 ドールは目をキュッと固く閉じた。男の腕を掴む力が強くて、痛かったから。足のケガも痛いけど、掴まれている腕も痛かった。


「……痛いよ……放して……? ……」


 ドールは男にうったえる。


「うるさいぞ、ガキ。逃げられちゃ困るんだ。だから放さねーよ。大人しくしてろ」


 男はドールの言葉に、聞く耳を持たない。

 ──けれどその時……──


「その手を放せ……――」


 ドールの腕を掴む男の腕を、ガッと一人の男が掴んだ。ドールを追って来た純だった。


「純くん……」


「お前だれだよ? 邪魔すんな!」


 男が不機嫌に怒鳴った。


「テメーこそ誰だ? コノ汚ねー手、さっさと放せよ」


 純も負けじと不機嫌な面持ちだ。

 そうして純は、ドールを掴む男の腕を、簡単に捻り上げた。

 男は情けない声を出しながら、ドールのことを放す。


「コノっ!」


 怒った男が、純に喧嘩腰になる。


「……やっやめておけよ……」


 ……だが、一緒にいた違う男が、その男を止めた。純の、殺気に満ちた雰囲気を感じたからだ──

 ──純は完全に、疼いている。拳がピクピクと小刻みに動いていて、今すぐにでも、目の前の男に殴り掛かりそうだった。

 ……──小刻みに揺れている純の拳を、ドールは不安げに見ている。


「……純くん……」


 その手を、ドールがキュッと握った……──


 ──疼いて、ピクピクと震え続ける手……──


 喧嘩腰になっていた男の仲間は、純のただならぬ様子を見て、生唾を飲み込んだ。直感的に何か、純に対して“危険なもの”を感じたのだろう。


「……今回は止めとけ。行くぞ……」


 喧嘩腰だった男も仲間に宥められて、身を引いた。


「……純くん、大丈夫? ……」


 純の様子がいつもと違うことを気に掛けて、ドールが心配するように問いかけた。



 ──疼く感情。


 ──争いを求めようとする思考。


 ……──今でも鮮明に思い出す……――──真冬の寒さ……空気中に消える、白い息……──凍るように冷たい……感覚のない両手……──


 ──訳も分からず流れる涙……皐月が死んだ──


 頭が心が、支配されて、あの日から抜け出せない……



「純くん……? 純くん? ……」


「……――」


「……大丈夫? ……」


 小さな手から伝わる、温かな体温……


 あの冬の寒さが、薄れていく……──


「……大丈夫だ。悪かった」


「ううん。謝るのはドールの方だよ。勝手に離れたりして、ごめんなさい……純くん、ありがとう」


 疼いていた感情が、まるで雪解けのように、溶けて消えていった──


「……ドール、転んだのか?」


 ドールの両膝から、血が滲んでいた。


「うん。……躓いたの」


「それ、痛そうだな?……もう家に帰ろう。また今度、出掛ければいい」


「……だっ大丈夫だよ! もっと遊ぼうよ……」


 本当は痛かったけれど、もっとたくさん、ショップ街で遊びたかった。


「無理するなよ? 今日は帰ろう。またすぐ、遊びに来れるんだからな」


「……うん。分かった。」


「じゃあ、帰るか」


 膝を怪我したドールを気遣って、純はドールをヒョイっと持ち上げ、抱っこした。

 ──二人は帰路につく。


 ──少し離れた場所から、“クリーム色をしたネコ”が、ドールのことをじっと見ていた……──


****


 そして、二人は家へと戻って来た。

 純はとりあえず、ドールの部屋へと向かった。そして部屋の椅子へとドールを座らせる。


「う~……ズキズキするぅ~……」


「なぁドール、コレ、我慢出来るか?」


 純が消毒液を見せながら問う。


「……なに? それ?」


「知らないのか?!」


「うん」


 何故かドールは、消毒液を理解していないようだった。


「キズ口を消毒するんだ」


「へー! よく分からないけど、楽しそう!」


「楽しくねーと思うぞ? ……けど、楽しみにしてるなら、話は早いな」


 コットンに適量、消毒液を染み込ませた。


「へー! 液体なんだぁ! ねぇねぇ、もっと染み込ませて! なんだかワクワクする!」


 まさかの、消毒液増量の懇願だ。


「ん? あ~、そうだな。多い方が、しっかり消毒出来るな」


 ご希望に応じて、消毒液を増量する。

 ──そして、消毒液でヒタヒタになったコットンで、傷口を消毒する……──


「……!? ……いっヤァァァァ~~~~ーー!! 純くんのバカァァーー~~~~~!! ……」


 あまりに染みたのか、ドールが絶叫した。


「……ぅるせっ?! 騒ぎすぎだ! ……」


 甲高い声で叫ばれて、頭が、キーーーーーーン……っと、している。


 ──すると、バッと勢い良く扉が開く──


聖「なんの騒ぎだ?!」


陽「敵か?!」


雪「何があった?!」


 騒ぎを聞き付け、皆が慌てた様子でやって来た。 そして……


緑「ドール!!」


 ──緑も駆け付けた。 緑はすぐに、ドールへと駆け寄る。


緑「ドール! 大丈夫だった?! ……」


D「えーーん! ……緑ぅ~……」


 〝よしよし〟としながら、ギュッとドールを抱き締める緑。


「「「「…………」」」」


 その光景を、じぃ~~っと眺めるメンズたち。


緑「純くんのバカ!! 何てことをするのよ?! 純くんのエッチ!! 女の子には、心の準備が必要なのよ!」


純「……酷い誤解ですね?」


陽「純様ったら、そのガキ、ついに食べ時ですかぁー?(笑)」


純「陽介テメー、悪ノリしてんじゃねーよ!!」


 ─―ベシッ!!


陽「痛っ!」


純「全員出て行け!」


緑「えー! でも緑は、ドールが心配だわ!」


純「何の心配をしているんですか?! 何もしませんよ!」


 ──こうして、緑が初めに純に追い出される。


陽「うーん。……食べ時はぁ、あと5年後くらいかぁ?」


 ─―バシッ!!


 ──続いて、陽介を扉の外へと、突き飛ばした。


雪「5年待てなそうなら、女紹介してやるよ!」


純「陽介の話の続き、してんじゃねーぞ!!」


 ─―バシッ!!


 陽介同様、雪哉も扉の外へと突き飛ばされた。


聖「…………」


純「…………」


聖「……まぁ、5年は長ぇよな! ドンマイ!」


純「テメーもか……」


「「…………」」


 ─―バシッ!!


 結局聖も、扉の外へと突き飛ばされたのだった。


 ──こうしてようやく、元の二人だけの状態に戻った。


「みんな、何しに来たのかなぁ?」


 すっかり消毒液の痛さが引いたらしいドールが、ケロッとした様子で問う。


「ドールが叫ぶからだろう……」


「あ! ごめんね? ……スッゴくしみたから、つい……」


「だろうな。ホラ、続きするぞ?」


「あっ……うん」


 消毒したキズ口に、大きめの絆創膏ばんそうこうを貼った。


「ありがとう」


「痛いか?」


「少しだけね? ……でも、絆創膏貼ったから、もう大丈夫」


「「…………」」


 スカートから伸びる、白くて綺麗な脚……──絆創膏を貼った少し上に、優しく、キスした。


「……くすぐったい……」


 ドールは顔を赤らめる。


「……悪い」


 そっとすぐに、唇を離した。


「純くん、抱っこして……」


 ドールが純に、両手を伸ばした。

 言われた通り、座ったまま、ドールを抱き締める。 向かい合ったまま、お互いの背中に腕を回す。

 ドールは嬉しそうに、ニコニコと笑った。


「ドール……また、キスしてもいいか?」


「…………」


 言葉では言わないけど、顔を赤らめたまま、ドールは頷いた。


 ──唇と唇が重なった。

 ドールもこの間よりは、冷静なままでいられた。

 唇を離して、もう一度、強く抱き締める。


「ドール……――」


 意味なんてない。ただ名前を、呼びたかった。

 ドールは、うずめていた顔を上げる。

 やはりドールは、嬉しそうにはにかんでいた。


「違うよ、純くん……」


「ん? ……何がだ?」


「違うの。私はね、“ドール”じゃない」


「……――」


「──ドールの本当の名前はね、“スミレ”だよ。タチバナ スミレ……――――」


 自分の胸だけにしまっていた、本当の名――


「“スミレ”……お前らしい、可愛い名前だ」


 〝本当の名前を知っている〟、そのことだけで、胸の中が幸せで満ちた。


 か弱くて、儚くて、美しくて、守りたい。


 この現実が、消え去ってしまわぬように、スミレのことを、強く強く、抱き締めた。



****


 そして同じ日のこと……──夜の公園に、キャットはいた。

 キャットはブランコに座りながら、スッとネコを抱き上げた。クリーム色をした、メスネコだった。

 ──ネコが細い声で鳴く。


―「こんな所にいたのですか?」


 キャットが顔を上げると、そこにはアクアがいる。


「いちゃ悪いわけ?」


 ムッとしながら答えたキャット。


「悪いなど言っていませんよ」


 アクアもいくらかムッとしたようで、視線を反らした。


「アンタしつこいのよ。また、雪哉とのことで、私のことを説教しに来たわけ?」


「ただ、いないから捜してみただけです」


「…………」


「どうせまた、白谷とでも一緒なのかと思いましが……どうやら、違うみたいですね?」


「まぁね。私も、今回は違うわ」


「そのようですね。……──聞いても良いですか?」


「何よ?」


「……このネコは何ですか?」


 ──“ネコたち”、実はここにいるネコは、キャットが抱き上げているネコだけではない。他にも、結構な数のネコがいる。


「カワイイでしょう? 名前にちなんで、よ」


「……その馬鹿げた作戦とは、一体なんなのですか?」


「馬鹿げた作戦なんかじゃないわ。──この子たちの首輪に、小型のカメラを付けてあるの」


「なぜ、そのようなことを?」


「ドールを捜しているのよ……」


「「…………」」


「ネコに捜させるとは……」


 ニャーニャーとネコの声が止まない公園。

 だが良く見てみれば、ネコとは離れた場所、茂みの中に、ウサギが一羽いた。


「あのウサギは……?」


「〝アルファード( 名前 )〟……あの子にも、カメラが付いてる」


「ウサギはさすがに危ないですよ? ……犬や鳥に襲われます」


「大丈夫。アルファードは私には馴れているけれど、“野ウサギ”なのよ。簡単には捕まらない」


 そう、なぜかキャットは、動物に懐かれやすい。


「へー……その前に、もしかして、全員に名前があるのですか?!」


「もちろんよ。──右から、サクラ、カシワ、大福……きなこ、あんこ……みたらし、ワサビ……」


「ワサビ?!」


「そうよ、和菓子シリーズよ? “ワサビ餅”って言うでしょう?」


「“ワラビ餅”の間違いでは? ……」


「「…………」」


 キャットは口を尖らせて、横を向いた。


「フン、放っておいてよ。今さら名前、変えないんだから。ワサビはワサビよ……」


「別にいいですけど?」


 アクアは可笑しそうに、クスリと笑った。


「で、その子は、何て名前なんですか?」


 キャットの膝の上にいる、クリーム色のネコの名前を聞いた。


「この子は“シナモン”。……シナモンが一番、私に懐いてる」


 キャットがシナモンの頭を撫でる。すると、シナモンは、心地好さそうに鳴いた。

 けれどしばらくすると、シナモンはキャットの膝から下りる。そして、アクアの脚にすり付いた。


「シナモン? ……私以外にすり付くなんて、珍しいじゃない?」


 シナモンはキャットの方を向いて、一鳴きした。

そしてまた、アクアの脚にまとわり付く。


「キャットに懐いていると言うよりは、人懐こいのでは?」


「失礼ね! ……──ちょっとシナモン! そんな男に懐くなんて……アナタ、そんな冷血男がタイプだったのね?」


 キャットはまるで人間と会話をするように、シナモンに話しかけていた。


「……冷血で悪かったですね?」


「ほんと悪いわよ! どうにかしなさい!」


 やはり、言い合いになりそうなキャットとアクアだった。


「さっきも言ったけど、アンタしつこいのよ! 特に雪哉の件! ホントしつこい!」


 ──そう、いつも言い合いになる。だが今回は、言い合いとまではならない。アクアが冷静であったから──


「キャットが俺の言葉に、聞く耳を持たないから。だから、しつこく感じるのですよ」


 アクアはそう言って聞かせる。


「そうかしら?」


「そうですよ。どうしてキャットは、俺の話を聞いてはくれないのですか……」


 アクアはほんの少しだけ、悲しげな目をしているように見える。

 キャットは呆れたような、困ったような、そんな表情をして、視線を反らした。


「……やめてよ。話になんて、聞く耳を持ちたくないの」


「どうしてですか?」


「……だって私たちは、名前を捨てた集団。お互いの名前も、知らないの。だから、この組織の人間は、信用する気が失せる。──話なんて、聞く気になれないのよ」


「なら……俺の名前、教えましょうか?」


「……え?」


 アクアの目は、本気だった。

 本来ならば、本名を名乗ることなどご法度だ。

 アクアがこんなことを言い出すなんて信じ固くて、キャットは困惑した。


「バカね……名前なんて、言わない方が良いわ」


 どう答えたら良いか分からずに、キャットはアクアに背を向けた。

 キャットの反応を前に、アクアは落胆するように、目蓋を伏せる。


「……――冗談ですよ」


「は? ……面倒な奴! バカ!」


 キャットは不機嫌そうに、口を尖らせる。


「アンタって本当、ひねくれ眼鏡ね! ……もういい、さようなら!」


 キャットはブランコから立ち上がり、公園から立ち去る。

 キャットがいなくなると、他のネコたちも、それぞれ違う方向へと散らばり出した。そうしてシナモンだけが、キャットの後を追いかけて行く……──


 ──名前を教えようとしたこと、本当は、冗談などではなかった。


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