Episode 14 【名前】
【名前】
黄凰、紫王、白麟は、レッド エンジェルの
黄凰や紫王、白麟が必死にドールのことを捜しても見つからないのには、理由がある。それは、彼らは写真で見たドールのことしか、知らないから。写真の中のドールは、どう見ても、大人なのだから……──
「わぁ! ウサギさんだぁ!」
この日も、純とドールは一緒にいた。
だが、『ウサギさん』と言って、ドールがススキの生い茂る
「ドール?!」
純も急いでドールを追う。
「待てよッ! お前は毎回、行動が幼稚すぎだ!」
「えー? ドールは子どもだもん」
ドールはきょとんとしながら振り返り、答える。
「何言ってるんだよ! ……お前は……――」
─―“お前は、子どもじゃない”―─
言いかけて、言葉を飲み込む。ドールが自分の事を子どもだと思っている理由”は分からないが、言わない方が良いと思うから。 ……──けれど、“ドールに大人でいてほしい”、それが、純の本心だ。
「ウサギィーー♪」
──チョコチョコチョコチョコ!!
やはりドールは、何気にすばしっこい。
「ドール待てよ!」
するとドールが、ようやく足を止めた。
「ん? 何か用? 純くん」
「ケロッとした顔しやがって……ドールは危なっかしいんだよ。チョコチョコとするな!」
「えー?!」
「『えー』じゃねーよ!」
「えー! だってウサギィ……」
「ウサギはどうでもいい」
「どうでもよくないもん!」
ドールは再び辺りを見渡した。だが、ウサギは既にいなくなっていた。
「ウサギさんがいなくなったぁ~」
ドールはシュンと肩を落とした。
「そんなにウサギが気になるのか?」
「うん。気になるぅー! 気にならない訳がないじゃん! だってウサギは、純くんよりもカワイイ!」
「当たり前だろ!? 何とでも言えよ。俺は別に、自分に可愛さを追求してねぇーからな!」
「えー! つまらなーい!」
結局ウサギ捜しを断念したらしく、ドールはようやく、ススキの藪から出た。
「ま、いっか! ウサギさん捜しはまた今度。今は、純くんと一緒に遊びたい」
ドールが優しい顔でニッコリ笑った。
そんなドールの笑顔を、やはり“可愛い”と、そう思ってしまう純だった……──
「純くん? 早く行こう? 今日はショップ街で遊ぶんでしょう?」
「分かってる。行くぞ。迷子になるから、俺から離れるなよ?」
「はーい♪」
ドールがまた、楽しそうに笑った。
危険は伴うが、二人はいろいろなところへと出掛けるようになった。そうして今日は、ショップ街に遊びに来た。
いろいろなお店が立ち並ぶ街。華やかで愉快だ。……けれど、可笑しな点があった。ところどころの店に、ビニールシートが張られていたり、店の修理中の為閉まっている等、そんな店が稀にあるのだ。
それに気がついたドールは、不思議そうにしていた。
「さっきから、修理中のお店が、ところどころにあるね……」
「……アレだろ? ホラ、夏の時期にテレビで騒いでたやつ、“ショップ街での乱闘事件”? あれの影響がまだ残ってるんだよ」
“ショップ街での乱闘事件”──そう、瑠璃の働く店があるのも、このショップ街だ。
「そんな事件あったの?」
「知らないのか? 全国的にも騒がれたし、地元のテレビは、何回も特集してたぞ」
「うん……ドール、あんまりテレビ見ないからなぁ。純くんは、やけに詳しそうだね!」
「あっ……いや、まぁ俺は、超詳しいぜ?」
〝ショップ街での乱闘事件〟、実は、ブラック マーメイドが関わっていた乱闘なのだ。……──なのでオーシャンの四人は、その事件について、とても詳しい。
「さすが純くん! 物知りぃー!」
「…………」
感心されてしまい、返答に困る純である。
──威嚇がてらに金属バットで店のガラスを順々に割る気狂いや、乱闘の末にガラスを突き破って揉み合いになったり、ガラスを突き破った先の店内で堂々と暴れたり……──クレイジーな連中の
「あ! 純くん、このお店見ようよ!」
ドールが指差したのは、アクセサリーショップだった。
──そうしてドールはいち早く、店の中へと飛び込む──
「わぁ! キレ~イ!」
キラキラと輝くアクセサリーを目の前に、ドールは大はじゃぎだ。
―「いらっしゃいませ。カワイイお客様ね」
店員の女の人が、ドールに向かってニコニコと笑う。
「わーい♪ いらっしゃいましたぁー♪」
ドールは機嫌が良さそうに、ニコニコと笑う。
ドールの後を追うように、純も少し遅れて店へと入って来た。
「あ! 純くん、ようやく来たー!」
「お前がいきなり走るから……」
二人のやり取りを見ていた女性店員が、クスリと笑った。
―「カワイイ妹さんですね? ごゆっくり、見ていって下さい」
そう一声かけて、店員は去って行った。
「…………」
『妹さん』、仕方ないのだろうが、やはり純の心には、モヤモヤとした感情が沸き上がった。
「わー! カワイイー! キラキラのラメラメだー!」
「キラキラのメラメラ?」
「純くん違うぅー! ラメラメだよー!」
「……はいはい。すみませんでした」
何故だか怒られた。
女の子のテンションについていけない。
そこらのどうでもいいに女なら、冷めた視線を送って軽くあしらうが、ドールの事はそうは出来ないのだ。こう怒られると、変に戸惑う。
ドールはと言うと、髪にヘアアクセサリーを付けて、鏡を見ていた。
「ねぇねぇ、純くん! 見て見て?」
「……なんだよ?」
「「…………」」
「見て見て! ……」
「……安心しろよ。可愛いから」
ようやく、ドールの『見て見て』の言葉の意味を理解し、空気を読めた。求められている返答をするまで、少々時間が掛かったが、可愛いと思っているのは本心だろう。
純の言葉を聞くと、満足そうにドールはニッコリと笑った。
「どれが、一番気に入ったんだ?」
「うーん……コレかコレかなぁ……」
ドールが持っているのは、全部で2つ。どちらも、髪にとめて付けるような、ヘアアクセサリーだった。一つは花のモチーフ。もう一つは蝶々のモチーフだ。
「純くんはどっちがいい?」
純はドールの手から、二つのヘアアクセサリーを受け取った。それを順番に、ドールの髪に添えた。
「どっちも似合うけど、俺的にはこっち」
純が選んだ方は、蝶々のモチーフだ。
選んでもらうと、ドールは嬉しそうに笑った。
「じゃあドール、蝶々買うぅー♪」
「待てよ」
「ん?」
ウキウキとしながらレジへと向かおうとしたドールの事を、純が止めた。
「俺が買ってやるよ」
「………かっ買ってくれるの!? ……──もしかして純くん、それって、キャットが言ってた事と同じだ!」
「は? あのネコ女がなんだって?」
ドールが不安そうな表情を作った。
「キャットが前、言ってた!」
──ドールの回想が始まる。
……*……*……*
『わぁー! キラキラのネックレスに指輪、ピアス! ……ブレスレット……ヘアアクセ……――キャット~、すごく綺麗だけど、コレ、高かったんじゃない?』
『フフフ、綺麗でしょう? ダイヤモンドよ? 高いんだから 』
『えー! やっぱり高いんだぁー! お金、大丈夫だったの?』
『ぜんぜん大丈夫よ! 私は痛くも痒くもないわ。だってコレ、ぜぇ~んぶ! あるバカな男に、貢がしたんですもの! 』
『“みつがした”? って、どういう意味?』
『私のことが、好きで好きで仕方がないみたい! だぁかぁら! たっくさん、おねだりして買ってもらっちゃった。──こうやって買ってもらう事を、〝貢がす〞って言うのよ! ──貢いだりしたら、身を滅ぼすだろうけどねぇ~? 』
『えー?! なんだか怖ぁ~い!! 』
……*……*……*
──ここで、ドールの回想は終了する。
「「…………」」
「……あのネコ女……俺、絶ッ対、苦手なタイプだ……」
「純くん分かったでしょう! ドールに貢いじゃダメだよ! 身を滅ぼすからね! この蝶々は、ドール、自分で買うよ」
「バカか? ソノ蝶々は、貢ぎレベルの金額じゃねー。つーか、俺は貢がねーよ」
「え?! じゃあ、なに?」
「……普通に、買ってやりたいだけだよ」
「普通に? ……」
「……プレゼントしてやるよ」
ようやく理解したドールは、少し恥ずかしそうに視線を反らした。
「……ありがとう」
ピンクやパープルの、キラキラとした石がついた、蝶々のヘアアクセサリー。──純が買ってくれた、プレゼント。
──それはドールの一番のお気に入りで、ドールの宝物になった。
──アクセサリーショップで買い物を終えた二人は、店を出ようとする。
「他は、どこか行きたいところあるか?」
「うーん、他はぁ……」
──その時ドールの目に、店の外を走るネコの姿が映った。……するとドールは、ネコを目で追いながら、目を輝かせた。
「ネコだぁー!」
「?! ……」
ウサギの時同様、ドールはネコを追いかけて店を飛び出す。──そうして、走って行ってしまった。
「だからッ! お前は幼稚すぎだ!!」
──純もドールの後を追う。
──賑わうショップ街。人が多い。
追うのも一苦労。──本当に、はぐれてしまいそうなくらいだった……──
「ネコちゃん待ってー」
ドールはルンルンとしながら、ネコを追いかけた。けれど、その時……──
……カツンッ……――
「……やッ?! ……」
何かに躓いた。そして、転んだ。
「……うっ……痛い~……」
傷のついた体を起こした。
反射的に、さっき買ってもらった蝶々が取れていないか、髪に触れてチェックした。蝶々は、しっかりと髪についていた。
ドールは安心して、顔を上げる。
「……純くん……――あれ? ……」
辺りを見渡すが、純がいない。
いきなり不安になった。そして不安と同時に、擦りむいたキズを痛く感じた。 痛みと不安と心細さで、次第に怖くなってくる。
―「お嬢さん、いつまで俺の足、踏んでるつもり?」
「……えっあっ……ごめんなさい」
ドールは地面に膝をついている様子だ。そして、地面についている足首ら辺が、知らない男の足に乗っていた。
ブルーシートが張られて営業していない店の建物に背をつけながら、男は脚を伸ばしている。
ドールは急いで、足を退かした。
そもそもドールが躓いたのは、この男の足だったようだ。
ドールが顔を上げると、三人の男が、ドールのことを見下ろしていた。明らかに、柄の悪そうな男たちだった。
けれどドールは、その男たちのことは、別に怖がっていなかった。ただ、純とはぐれてしまったことが、寂しくて怖かった。
──どこに行っても、“追いかけてくれる”気がしていた。
……──後悔した。純の注意をきちんと聞かずに、勝手に走り出したことを。
そして例の男たちは、じっとドールを眺めている。
「へー! キミ、かわいいね?」
男の問いかけに、キョトンとするドール。
「かわいいって言っても、こいつガキだぞ? こんなガキじゃ、遊び相手にもならねーよ」
「そうかな? ……この子意外に、それほど子どもでもなさそうだよ?」
「バカか? どう見たってガキだろ!」
男たちの会話を聞きながら、やはりドールはキョトンとしている。まったく、現状が理解出来ていない。
「俺は意外に大人だと思うよ? 俺の特技、年齢当てだし?」
「は? 当ててみろよ! このガキは何歳なんだ?」
「俺の予想、21」
「……ホントかよ? まぁ21なら、確かに遊べる年齢だ……」
「ねぇねぇお嬢さん! キミ、何歳なの?」
「…………」
ドールは首を傾げた。自分の年齢が……分からなかった。 思い出せない。……―――
「答えねーぞ……やっぱり、ガキだな」
「えー? ……可笑しいなぁ~……」
すると一人の男がドールの腕を掴んで、ドールを立たせた。
「やっ……痛いよ……――」
いきなり立たされて、余計に足がズキズキと痛む。ドールは、嫌そうな表情を作る。
「おいガキ、お前一人ってことはねーだろ? 保護者はどこだ?」
「は? 保護者引っ張り出して、何するんだ?」
「決まってんだろ? 金巻き上げてやるんだよ。コノガキは人質みたいなモノだ」
ドールは目をキュッと固く閉じた。男の腕を掴む力が強くて、痛かったから。足のケガも痛いけど、掴まれている腕も痛かった。
「……痛いよ……放して……? ……」
ドールは男にうったえる。
「うるさいぞ、ガキ。逃げられちゃ困るんだ。だから放さねーよ。大人しくしてろ」
男はドールの言葉に、聞く耳を持たない。
──けれどその時……──
「その手を放せ……――」
ドールの腕を掴む男の腕を、ガッと一人の男が掴んだ。ドールを追って来た純だった。
「純くん……」
「お前だれだよ? 邪魔すんな!」
男が不機嫌に怒鳴った。
「テメーこそ誰だ? コノ汚ねー手、さっさと放せよ」
純も負けじと不機嫌な面持ちだ。
そうして純は、ドールを掴む男の腕を、簡単に捻り上げた。
男は情けない声を出しながら、ドールのことを放す。
「コノっ!」
怒った男が、純に喧嘩腰になる。
「……やっやめておけよ……」
……だが、一緒にいた違う男が、その男を止めた。純の、殺気に満ちた雰囲気を感じたからだ──
──純は完全に、疼いている。拳がピクピクと小刻みに動いていて、今すぐにでも、目の前の男に殴り掛かりそうだった。
……──小刻みに揺れている純の拳を、ドールは不安げに見ている。
「……純くん……」
その手を、ドールがキュッと握った……──
──疼いて、ピクピクと震え続ける手……──
喧嘩腰になっていた男の仲間は、純のただならぬ様子を見て、生唾を飲み込んだ。直感的に何か、純に対して“危険なもの”を感じたのだろう。
「……今回は止めとけ。行くぞ……」
喧嘩腰だった男も仲間に宥められて、身を引いた。
「……純くん、大丈夫? ……」
純の様子がいつもと違うことを気に掛けて、ドールが心配するように問いかけた。
──疼く感情。
──争いを求めようとする思考。
……──今でも鮮明に思い出す……――──真冬の寒さ……空気中に消える、白い息……──凍るように冷たい……感覚のない両手……──
──訳も分からず流れる涙……皐月が死んだ──
頭が心が、支配されて、あの日から抜け出せない……
「純くん……? 純くん? ……」
「……――」
「……大丈夫? ……」
小さな手から伝わる、温かな体温……
あの冬の寒さが、薄れていく……──
「……大丈夫だ。悪かった」
「ううん。謝るのはドールの方だよ。勝手に離れたりして、ごめんなさい……純くん、ありがとう」
疼いていた感情が、まるで雪解けのように、溶けて消えていった──
「……ドール、転んだのか?」
ドールの両膝から、血が滲んでいた。
「うん。……躓いたの」
「それ、痛そうだな?……もう家に帰ろう。また今度、出掛ければいい」
「……だっ大丈夫だよ! もっと遊ぼうよ……」
本当は痛かったけれど、もっとたくさん、ショップ街で遊びたかった。
「無理するなよ? 今日は帰ろう。またすぐ、遊びに来れるんだからな」
「……うん。分かった。」
「じゃあ、帰るか」
膝を怪我したドールを気遣って、純はドールをヒョイっと持ち上げ、抱っこした。
──二人は帰路につく。
──少し離れた場所から、“クリーム色をしたネコ”が、ドールのことをじっと見ていた……──
****
そして、二人は家へと戻って来た。
純はとりあえず、ドールの部屋へと向かった。そして部屋の椅子へとドールを座らせる。
「う~……ズキズキするぅ~……」
「なぁドール、コレ、我慢出来るか?」
純が消毒液を見せながら問う。
「……なに? それ?」
「知らないのか?!」
「うん」
何故かドールは、消毒液を理解していないようだった。
「キズ口を消毒するんだ」
「へー! よく分からないけど、楽しそう!」
「楽しくねーと思うぞ? ……けど、楽しみにしてるなら、話は早いな」
コットンに適量、消毒液を染み込ませた。
「へー! 液体なんだぁ! ねぇねぇ、もっと染み込ませて! なんだかワクワクする!」
まさかの、消毒液増量の懇願だ。
「ん? あ~、そうだな。多い方が、しっかり消毒出来るな」
ご希望に応じて、消毒液を増量する。
──そして、消毒液でヒタヒタになったコットンで、傷口を消毒する……──
「……!? ……いっヤァァァァ~~~~ーー!! 純くんのバカァァーー~~~~~!! ……」
あまりに染みたのか、ドールが絶叫した。
「……ぅるせっ?! 騒ぎすぎだ! ……」
甲高い声で叫ばれて、頭が、キーーーーーーン……っと、している。
──すると、バッと勢い良く扉が開く──
聖「なんの騒ぎだ?!」
陽「敵か?!」
雪「何があった?!」
騒ぎを聞き付け、皆が慌てた様子でやって来た。 そして……
緑「ドール!!」
──緑も駆け付けた。 緑はすぐに、ドールへと駆け寄る。
緑「ドール! 大丈夫だった?! ……」
D「えーーん! ……緑ぅ~……」
〝よしよし〟としながら、ギュッとドールを抱き締める緑。
「「「「…………」」」」
その光景を、じぃ~~っと眺めるメンズたち。
緑「純くんのバカ!! 何てことをするのよ?! 純くんのエッチ!! 女の子には、心の準備が必要なのよ!」
純「……酷い誤解ですね?」
陽「純様ったら、そのガキ、ついに食べ時ですかぁー?(笑)」
純「陽介テメー、悪ノリしてんじゃねーよ!!」
─―ベシッ!!
陽「痛っ!」
純「全員出て行け!」
緑「えー! でも緑は、ドールが心配だわ!」
純「何の心配をしているんですか?! 何もしませんよ!」
──こうして、緑が初めに純に追い出される。
陽「うーん。……食べ時はぁ、あと5年後くらいかぁ?」
─―バシッ!!
──続いて、陽介を扉の外へと、突き飛ばした。
雪「5年待てなそうなら、女紹介してやるよ!」
純「陽介の話の続き、してんじゃねーぞ!!」
─―バシッ!!
陽介同様、雪哉も扉の外へと突き飛ばされた。
聖「…………」
純「…………」
聖「……まぁ、5年は長ぇよな! ドンマイ!」
純「テメーもか……」
「「…………」」
─―バシッ!!
結局聖も、扉の外へと突き飛ばされたのだった。
──こうしてようやく、元の二人だけの状態に戻った。
「みんな、何しに来たのかなぁ?」
すっかり消毒液の痛さが引いたらしいドールが、ケロッとした様子で問う。
「ドールが叫ぶからだろう……」
「あ! ごめんね? ……スッゴくしみたから、つい……」
「だろうな。ホラ、続きするぞ?」
「あっ……うん」
消毒したキズ口に、大きめの
「ありがとう」
「痛いか?」
「少しだけね? ……でも、絆創膏貼ったから、もう大丈夫」
「「…………」」
スカートから伸びる、白くて綺麗な脚……──絆創膏を貼った少し上に、優しく、キスした。
「……くすぐったい……」
ドールは顔を赤らめる。
「……悪い」
そっとすぐに、唇を離した。
「純くん、抱っこして……」
ドールが純に、両手を伸ばした。
言われた通り、座ったまま、ドールを抱き締める。 向かい合ったまま、お互いの背中に腕を回す。
ドールは嬉しそうに、ニコニコと笑った。
「ドール……また、キスしてもいいか?」
「…………」
言葉では言わないけど、顔を赤らめたまま、ドールは頷いた。
──唇と唇が重なった。
ドールもこの間よりは、冷静なままでいられた。
唇を離して、もう一度、強く抱き締める。
「ドール……――」
意味なんてない。ただ名前を、呼びたかった。
ドールは、
やはりドールは、嬉しそうにはにかんでいた。
「違うよ、純くん……」
「ん? ……何がだ?」
「違うの。私はね、“ドール”じゃない」
「……――」
「──ドールの本当の名前はね、“スミレ”だよ。
自分の胸だけにしまっていた、本当の名――
「“スミレ”……お前らしい、可愛い名前だ」
〝本当の名前を知っている〟、そのことだけで、胸の中が幸せで満ちた。
か弱くて、儚くて、美しくて、守りたい。
この現実が、消え去ってしまわぬように、スミレのことを、強く強く、抱き締めた。
****
そして同じ日のこと……──夜の公園に、キャットはいた。
キャットはブランコに座りながら、スッとネコを抱き上げた。クリーム色をした、メスネコだった。
──ネコが細い声で鳴く。
―「こんな所にいたのですか?」
キャットが顔を上げると、そこにはアクアがいる。
「いちゃ悪いわけ?」
ムッとしながら答えたキャット。
「悪いなど言っていませんよ」
アクアもいくらかムッとしたようで、視線を反らした。
「アンタしつこいのよ。また、雪哉とのことで、私のことを説教しに来たわけ?」
「ただ、いないから捜してみただけです」
「…………」
「どうせまた、白谷とでも一緒なのかと思いましが……どうやら、違うみたいですね?」
「まぁね。私も、今回は違うわ」
「そのようですね。……──聞いても良いですか?」
「何よ?」
「……このネコたちは何ですか?」
──“ネコたち”、実はここにいるネコは、キャットが抱き上げているネコだけではない。他にも、結構な数のネコがいる。
「カワイイでしょう? 名前にちなんで、ネコ作戦よ」
「……その馬鹿げた作戦とは、一体なんなのですか?」
「馬鹿げた作戦なんかじゃないわ。──この子たちの首輪に、小型のカメラを付けてあるの」
「なぜ、そのようなことを?」
「ドールを捜しているのよ……」
「「…………」」
「ネコに捜させるとは……」
ニャーニャーとネコの声が止まない公園。
だが良く見てみれば、ネコとは離れた場所、茂みの中に、ウサギが一羽いた。
「あのウサギは……?」
「〝
「ウサギはさすがに危ないですよ? ……犬や鳥に襲われます」
「大丈夫。アルファードは私には馴れているけれど、“野ウサギ”なのよ。簡単には捕まらない」
そう、なぜかキャットは、動物に懐かれやすい。
「へー……その前に、もしかして、全員に名前があるのですか?!」
「もちろんよ。──右から、サクラ、カシワ、大福……きなこ、あんこ……みたらし、ワサビ……」
「ワサビ?!」
「そうよ、和菓子シリーズよ? “ワサビ餅”って言うでしょう?」
「“ワラビ餅”の間違いでは? ……」
「「…………」」
キャットは口を尖らせて、横を向いた。
「フン、放っておいてよ。今さら名前、変えないんだから。ワサビはワサビよ……」
「別にいいですけど?」
アクアは可笑しそうに、クスリと笑った。
「で、その子は、何て名前なんですか?」
キャットの膝の上にいる、クリーム色のネコの名前を聞いた。
「この子は“シナモン”。……シナモンが一番、私に懐いてる」
キャットがシナモンの頭を撫でる。すると、シナモンは、心地好さそうに鳴いた。
けれどしばらくすると、シナモンはキャットの膝から下りる。そして、アクアの脚にすり付いた。
「シナモン? ……私以外にすり付くなんて、珍しいじゃない?」
シナモンはキャットの方を向いて、一鳴きした。
そしてまた、アクアの脚にまとわり付く。
「キャットに懐いていると言うよりは、人懐こいのでは?」
「失礼ね! ……──ちょっとシナモン! そんな男に懐くなんて……アナタ、そんな冷血男がタイプだったのね?」
キャットはまるで人間と会話をするように、シナモンに話しかけていた。
「……冷血で悪かったですね?」
「ほんと悪いわよ! どうにかしなさい!」
やはり、言い合いになりそうなキャットとアクアだった。
「さっきも言ったけど、アンタしつこいのよ! 特に雪哉の件! ホントしつこい!」
──そう、いつも言い合いになる。だが今回は、言い合いとまではならない。アクアが冷静であったから──
「キャットが俺の言葉に、聞く耳を持たないから。だから、しつこく感じるのですよ」
アクアはそう言って聞かせる。
「そうかしら?」
「そうですよ。どうしてキャットは、俺の話を聞いてはくれないのですか……」
アクアはほんの少しだけ、悲しげな目をしているように見える。
キャットは呆れたような、困ったような、そんな表情をして、視線を反らした。
「……やめてよ。話になんて、聞く耳を持ちたくないの」
「どうしてですか?」
「……だって私たちは、名前を捨てた集団。お互いの名前も、知らないの。だから、この組織の人間は、信用する気が失せる。──話なんて、聞く気になれないのよ」
「なら……俺の名前、教えましょうか?」
「……え?」
アクアの目は、本気だった。
本来ならば、本名を名乗ることなどご法度だ。
アクアがこんなことを言い出すなんて信じ固くて、キャットは困惑した。
「バカね……名前なんて、言わない方が良いわ」
どう答えたら良いか分からずに、キャットはアクアに背を向けた。
キャットの反応を前に、アクアは落胆するように、目蓋を伏せる。
「……――冗談ですよ」
「は? ……面倒な奴! バカ!」
キャットは不機嫌そうに、口を尖らせる。
「アンタって本当、ひねくれ眼鏡ね! ……もういい、さようなら!」
キャットはブランコから立ち上がり、公園から立ち去る。
キャットがいなくなると、他のネコたちも、それぞれ違う方向へと散らばり出した。そうしてシナモンだけが、キャットの後を追いかけて行く……──
──名前を教えようとしたこと、本当は、冗談などではなかった。
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