Episode 15 【春の日の夢】

【春の日の夢】

 ──翌日、レッド エンジェル本拠地でのこと。


「付いて来るな……」


 ウルフはこの日も、体調があまり良くなかった。

 今日はまた、ルビーのことを招いている。もちろん、ウルフを診てもらう為に。


「待ちなさいよ、ウルフ! また診察から逃げる気?!」


 ……けれどウルフは、なぜかいつも、診察から逃げようとするのだ。

 そうして、そんなウルフを追うのは、だ。


「放っておけ。僕自身が“大丈夫”だと言っているんだ。医者なんて必要ない」


「ダメよ! ウルフは自分に意地悪すぎるわよ! 身体が可哀想だわ」


「自分だけに甘いよりは良いだろう?」


 フラフラとしながら逃げるウルフ。だが、わりと速い……──

 元気なくせに、瑠璃はウルフを捕まえられない。

 ──逃げるウルフと追う瑠璃。先程から会話をしながら、大きな広間を、グルグルと回り続けている二人。大理石モザイクの床の上を……──


「……間違えた。ウルフは、自分だけに意地悪な訳でもない。全員に意地悪だわ!」


「言ってくれるな? つまり平等だ! 僕が何か間違っているか?」


「全員に意地悪なんじゃなくて、全員に優しくすべきだわ!」


「……君は本当に、怖いもの知らずだな?」


 ウルフが不機嫌な声で呟いた。そうしてあろうことか、逃げていたウルフが、瑠璃の方へと方向転換した。


「?! いやっ怖い! 来ないでッ……!!」


 先程までは追いかけていたくせに、ウルフを恐れて、いきなり逃げ始める瑠璃だった。

 こうしてなぜか、瑠璃が逃げる側へと変わった。ウルフが瑠璃を追い掛け回す。


「もうっ! 来ないでぇー! ……」


「失礼な女だ!」


 瑠璃とウルフは追いかけっこ状態だ。


 ──そうしてそんな二人を、なんとなく眺めているアクアとキャットだった。


「あの二人は、仲が良いのですか?」


「知ぃ~らない! けど、ちょっと仲良さげよねぇ? ……」


 ウルフと瑠璃、見ているだけの第三者からは、遊んでいるように見えなくもないらしい。


「……リュウが近くに来ていると言うのに、こんな抜けた雰囲気で、良いのでしょうか?」


 アクアの言葉を聞くと、キャットは驚いたような表情を作った。


「リュウが?! ……『近くに来てる』ってなによ? 最悪……」


「まだコチラには顔を出してませんが、リュウは帰って来ています。そこに間違いはありません」


「いつの間に帰って来たのよ?」


「三日目のパーティーの日には、もう帰って来ていたと思われます。……三日目のパーティーで、花火や爆発が起こった。火薬を使った挑発だ。リュウかリュウの率いる部隊にしかあり得ない」


アイツリュウ火薬好きだもんね? ──花火職人にでもなって、帰って来なければいいのに!」


「は、花火職人?! ……極端ですね……」


 パーティーで起こったいきなりの爆発に、そしてあと一つ、気になる点があった。あのパーティーで、誓から逃げていたウルフ。そして、ウルフを逃がす為に、銃弾が飛んだ。──あの時、銃を撃った人物。または、そう指示した人物。“おそらくそれもリュウだろう”。アクアはそう推測していた。



 ──そしてその頃、瑠璃とウルフは……──


 逃げる瑠璃の片腕を、ウルフが掴んだ。

“捕まってしまった”と、恐る恐る、ウルフの方を向く瑠璃……──


 ─―ハァー……ハァー……――――


 やはりウルフは、顔色が悪い。呼吸も上がっている。瑠璃は眉をひそめた。


「……ウルフ? アナタ、ホント顔色が悪い。そんなので、よく立っていられるわね……」


 逃げていたのだが、ウルフの顔色の悪さを見たら、逃げる気も失せてしまった。


「……ウルフ? ……」


「……――――」


 その時ウルフの身体が、フラッと揺れた……


「ちょっとッ! ……」


 ウルフが倒れないように、咄嗟に支える瑠璃。

 すると瑠璃に寄りかかったまま、ウルフの体から力が抜けた……


「……ウルフ?! ……――ウルフ! ……ウルフ?」


 何度か呼んでみるけれど、返答がない。


「……――」


 瑠璃は焦った。体重がかかっていて、重い。自分だけで、ウルフを運べる訳がない。


「……重い……。どうしよう……」


 とりあえず混乱しながらも、どうにかウルフを連れて行こうとして、瑠璃は奮闘している。

 すると、すぐにアクアが来てくれた。

 アクアはウルフに呼吸がある事を確認すると、『また、いつもの意識障害ですね……』と、そう呟いて、すぐにウルフの片腕を肩に掛けた。

 こうしてウルフのことは、アクアに連れて行ってもらう事になる……


「……わっ私も行く!」


 目の前で倒れられて、瑠璃もさすがに心配になったのだ。瑠璃もアクアの後をついて行く。


 いつものようにアクアは、ウルフのことをウルフの部屋へと運んだ。


「……ウルフは、大丈夫ですか?」


「……さぁな。今日はルビーも来ます。ルビーに診てもらうしかありませんね」


「……そうですね」


 そうとだけ言うと、アクアはウルフの部屋から出て行く。

 瑠璃もアクアの後を追うように、扉へと向かった。……──すると、アクアが瑠璃の方へと振り向いた。


「…………」


「……?? ……」


「……ウルフのこと、頼みましたよ」


「……あっはい」


 瑠璃に一言そう言い残すと再び前を向き、アクアは去って行った──


「……え?? ……」


 瑠璃はアクアの出て行った扉を眺めながら、ポカンと口を開けている。

 そう、何故かウルフのことを、任された。 しかも反射的に『はい』と、そう答えてしまっていた。


「…………」


 瑠璃は困惑している。〝任されたって、私はお医者さんじゃないしな……〟と。そうしてまた思う。〝ルビーに診てもらう手段しか選べないからって、この状態でルビーが来るまで、待っていないといけないなんて……〟と。〝何か、重篤な病だったら、どうするの……〟と……──

 ──そうして瑠璃はとりあえず、ウルフの傍に付いていてあげる事にした──……



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◇────▫────▪────▫────◆



 青空を桜の花びらが舞う──


 青を泳ぐ桜色の花弁──


 君が振り向いて笑う……


 少しだけ、強い風が吹いて……──桜吹雪となる……


 優しい笑顔で笑う君は、まるで……春に舞い降りた、天使のよう──



 雨が降ろうが……


 雪が降ろうが……


 僕の瞳を通せば、全て意味がない……


 雨が降ろうが、雪が降ろうが、全ては、あの日の桜の花びらに似て見える……──


 “時間は止まったまま”……


 ──また、終わらぬあの春を、夢見ている……──


 ──〝夢は覚めない〟――……


 ……──なのになぜ、僕は復讐に囚われる?


 簡単なこと……──本当は、あの夢から覚めているのだから……


 血塗られて、見えなくなる……あの日の、春の色──……


 ……──夢から覚めたくなくて、現実を見たくなくて……記憶の中の君に向かって、いつも僕は、手を伸ばす……


 けれど、なぜだろう?


 僕の夢なのに、僕の思い通りにはならない……


 君はいつも、僕の手を握ってはくれないのだから──……



◆────▫────▪────▫────◇



─────

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 ──いつもと同じ、夢を見ていた。


 気が付けは、手を伸ばしていた。


 その手を握る、温もりを感る。


 いつもとは違う。


 ──ソッと、瞳をひらいた……──


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─────



「……ウルフ、大丈夫? ……」



──目が覚めた。手を握っていたのは、瑠璃だった。

 手を握ったのは、夢の中の天使ではない。けれど、心地よくて、温かくて、優しい温もりの手……──


「……瑠璃……」


 瞳をひらいたウルフは、何か不思議そうに、ベッドの中で瑠璃のことを見上げている。

 瑠璃はきょとんと、目を丸くした。


「……どうしたの、ウルフ?」


「……──なんだ、瑠璃だったのか」


「…………。ちょっとウルフ! なんだか失礼な発言ね? 悪かったわね!」


 瑠璃はすねたように、頬を膨らました。

 だがそんな瑠璃を見て、ウルフが穏やかに笑う。


「怒るな。誰も、“瑠璃じゃ嫌”なんて言ったわけじゃない」


「……ならいいけど。……」


「瑠璃は、いつからココにいたんだ?」


「……最初から」


「……優しいんだな」


「だってウルフ、目の前で倒れるんですもの? それは、心配になるよ……」


「…………相変わらず、意味の分からない女だな。君は──……」


「……は?! ……もういい! ウルフなんて知らないわ!」


 ウルフのことを心配したのは、本当だ。アクアに任されたから、この部屋にいたのだろうけど、確かに傍に付いていてあげた。それなのに、『意味の分からない女』などと言われて、瑠璃は嫌な気分になった。

 “もう部屋から出ていこう”、そう思って、瑠璃は扉へと向かった──


「瑠璃」


 けれど、そんな瑠璃を、ウルフが呼び止めた。


「……何?」


 ふて腐れたまま返事をして、瑠璃は振り向いた。


「もう少し、ココにいてくれないか?」


「……え?」


 まさかウルフに、こんなことを言われるなんて、瑠璃からしたら、まったくの予想外だった。

 予想外すぎて、気恥ずかしい気分になる。顔が熱くなった。

 瑠璃は視線を反らしたまま、ゆっくりと頷いた。


「うん。……いいよ」


 瑠璃はウルフに言われた通り、この部屋にもう少しだけいることにした。

 ウルフはまた、とても穏やかに笑っていた──……


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