Episode 5 【恋人の決断】

【恋人の決断】

 海で絵梨と分かれた後、瑠璃は誓と共にいた。瑠璃が絵梨に言っていた“用事”とは、誓と会う約束の事だったのだ。


 チャポン……――


 水の音が響く。

 浴槽を埋め尽くすように、赤いバラの花びらが浮いている。


「バラ風呂、やってみたかったの」


 優雅なバラの香りを感じながら、瑠璃はにっこりと笑った。

 現在、二人でバラ風呂、バスタイム中だ。


「バラはいいけど、瑠璃、コノ変なのなんだよ?」


 バラと一緒に浴槽に浮かんでいたアヒルのおもちゃ。そのしっぽを摘まみながら、誓が問う。


「見れば分かるでしょ? アヒルよ。お風呂に浮かばせるやつ」


 当たり前に答える瑠璃。


「あぁ、確かに見れば分かる。けど、バラ風呂にアヒルは必要ない」


 誓も当たり前にそう返答する。


「いいじゃない? 可愛いでしょ? ……『変なの』なんて、誓ひどい」


「……だってよ、コレ変だ。見ろよ、この呑気な間抜け面」


 すると瑠璃が、いじけるように少し頬を膨らました。


「可愛いじゃない? 早くしっぽを放してあげて? 可哀想!」


 誓からアヒルを奪って、再度浴槽に浮かべる瑠璃。

 『赤いバラの花弁の中を泳ぐアヒル……──なんて風情があるのかしら』と話しながら、瑠璃は満足げだ。

 〝風情? ソレが?! ……〟と、誓が呆れるようにため息をつく。仮にバラの花弁で埋め尽くされた湖に、本物のアヒルが泳いでいたなら“風情”という言葉も相応しいだろう。……だがそう、そのつぶらな瞳の、憎めぬ呑気な顔をしたアヒルには、どうも“風情”という言葉はしっくりとこない。


「このアヒルが、明らかにムードを削ってる……」


「誓、そんなこと考えてたの?」


「まぁな。……けど、そこまで言うなら仕方ねぇ。お前アヒルも交ぜてやる」


 仕方なく、瑠璃と誓とアヒルおもちゃ、二人と一羽でバスタイムだ。


「肩の傷、どう?」


 瑠璃が心配そうに肩の傷を眺める。

 すると浴槽の中で、誓が瑠璃を、後ろから抱き締めた。


「平気だ。……少ししみるけどな」


「本当??」


「当たり前だ。ピンピンしてんだろ? ……ありがとな」


「……うん」


 浴槽の中で抱き締められながらの、心地好い沈黙……──


「瑠璃、あのパーティーで聖たちや黒人魚の総長に会ってみて、何か変わったか?」


 瑠璃からしたら誓が自分から、この話題を出してきた事は意外だった。


「見えてる世界が変わった気分。私の思い込みかもしれないけど、少しは、絵梨の気持ちに寄りそえるようになったんじゃないか、って……」


「ホント、妹の事ばっかしだな」


「……絵梨が大切だもの。誓こそ、本当は弟の事ばっかし」


「……大切だからな」


「誓は弟の為なら、止めたってムダだよね」


「それ、俺が言いてーよ」


「「…………」」


 瑠璃と誓は正真正銘、妹弟を大切に思っている姉と兄だった。

 『危険なコトをするな』と、この間、瑠璃に言っていた誓。けれど、今回はその話題には触れなかった。それはまるで、暗黙の了解を表しているように……

 瑠璃に危険な真似はしてもらいたくない。けれど、自分も弟を持つ兄。瑠璃の考えに、もうこれ以上、何を言ってもムダだと思った。──……だからこそ、その話題には触れる事が出来なかった。そうただの、暗黙の了解──


「瑠璃は勇敢だな……だから、それを無駄にしないように、利口になれ……」


「利口に?」


「これからいろんな危険が伴う。だからだ、利口になれ。……オーシャン、マーメイド、レッド エンジェル……人間を冷静に見定めろ」


 誓の言葉を聞いた時、ウルフの事が頭に浮かんだ。誓の言っている“利口”というのは、ウルフのような人の事な気がした。


「相手がどんな奴なのかを、見定めておけば、まず損はないと思え」


 誓がどうして、いきなりこんな事を言うのか、その“暗黙の了解”を、瑠璃もひしひしと感じた。


「一人一人がどんな奴なのかを見定めておけば、誰が一番脆いのかが分かる。 脆い奴は、ある意味要注意人物ってわけだ」


「要注意?」


「脆い奴から、脆い場所から、崩れる」


 ──『“崩れる” 』──


 海で絵梨もその言葉を口にしていた。再び、その言葉の恐ろしさをじわじわと感じる。

 崩れていくというのが、どういう事なのか、人間が壊れていく、崩れていく様とは、一体どんなものなのか? ──……想像すると、恐ろしくて、そして、悲しい。


「人間追い詰められると、どんな行動に出るか分からねぇ。俺はそれが一番怖い。……他の奴には悪いが、そうやって壊れていくのが、自分の弟ではない事を願ってる……」


「誓……」


 誓が一番恐れているものは、見えすぎた恐怖などではなかった。誓が一番恐ているものは、見知った人が、壊れていく様を見る事だった。


 ……赤い花弁が浮かぶ浴槽、定まらず、波に揺らされ続けるその花弁が、人の命に似て見えた……──


****


 月は今宵もこの世を照らす。


 美しい心も、醜い心も……


 全て月が照らし出す──……



 お風呂から出た後、二人はベッドで体を重ねた。


 ──キスをする。


 これから、どんな運命が待ち受けていようと、お互いを信じ続けられるように……


 愛しい人と口づけを交わす。


「ん……――――」


 瑠璃の声が漏れると、誓が唇を離して、優しく微笑んだ。


「苦しくないか? ……」


 そんな誓の言葉に、瑠璃がクスリと笑った。


「なぁに誓? ……今日、優しいんじゃない? ──」


 すると誓も、クスッと少しだけ笑った。


「いつも優しいだろ?」


 誓の言葉に、たくさん笑いたいのを堪えるように、瑠璃が控えめに小さく笑った。

 そして、再び落とされたキスで、瑠璃の笑う声も途切れた。


 ──汗ばむ体……溶けだす体温……──


 吐息の音……──


 唇を離して、誓が瑠璃の首もとに顔をうずめた。


「こんなに好きになるなんて、思ってなかった……――」


 不思議とお互いに惹かれ合った二人。

 そして今の方が、出会った時よりも、ずっとお互いを好きになっていた。


「瑠璃……俺の熱を、忘れるな……――――」


 訳も分からず、瑠璃の目頭が熱くなる。

 そして、誓の背中を抱きしめた。


「忘れないよ。誓……愛してる……――――」


 ──決別の夜。二人は一つになった。


 弟、妹の為なら危険をいとわない二人。


 そして、言葉にこそはしなかったが、誓は瑠璃の為・瑠璃は誓の為なら、どんな危険も厭わないつもりだった。


****


━━━━【〝RURIルリ〟Point of vi視点ew 】━━━━


 あなたに出会って、何かが芽生えて、惹かれる思いを知って……──


 絡まる視線に、ドキドキが止まらなくて……


 その黄金色の瞳に吸い込まれるように、私はあなたの虜になった。


 ──……幻のように、輝き消えてゆく花火を一緒に見た、あの夜……自らの恋の行方に不安を感じた。


 何故だかあの時、“この花火のように、輝くのは、一瞬なんじゃないか”って、そう思ったの……“二人で輝けるのは、一瞬なんじゃないか”って……──


 美しい華を夜空に咲かせて、そして光は、散り散りに離れていくの……


 私たちの恋は、まるで花火のよう。


 美しく咲かせて、一瞬にして離れ離れになる。


 その身は“使命”と“運命”という重みを背負っていて、たちまち美しい夜空から、地へと落ちていく……


 そして地上で、この使命を遂行する為に、生きていく。


 使命を遂げて、またあなたの元へ帰る為に……──


 ──〝忘れない〟──


 あなたの事を、忘れない……――


 また、愛しいあなたに口づけをする、その日まで……―――



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