【マーメイドが消えた日 2/2 ─ 緑 ─ 】

 日は沈み、夜になった。賑わっていた街は、表情を変える。

 街灯さえ届かない暗がりへ急いだ。

 次第に遠ざかる、バイクの轟き音……──


聖「行ったか? ……」


聖が暗がりから道路の方を覗き込んだ。……──不穏な轟音は遠ざかって行く。……一先ず安心だ。


 あのパーティーの夜に四人を襲ってきたのは、暴走族チームである〝黄凰コウオウ〟だった。

 そう誰が敵で、いつ襲われるのかも分からない状態だ。だからこそ緊張の解けないまま、とりあえず人気ひとけやバイク集団を避けていたのだ。

 ──最早彼らにとって、夜は心地のよい時間ではなかった。


陽「あぁー最悪だぁ!! こんなに緊張した日々を過ごしてたら、襲われるより前に、俺らストレスでブッ倒れるぞ?!」


「「「…………」」」


 陽介の発言に、リアルに同感だ。〝その通り……〟と、言葉を失う三人。


陽「だいたい! 夜は危険だ! それ分かってたよな?! 俺らは絶ッ対に分かってた!! なのによ! どうして俺たち、現在外にいるんだ?! 俺たちバカだ!」


「「「…………」」」


 またまた、言葉を失う三人。いつも通り、夜の街へと繰り出してしまったのだ。そして、バイク集団を見かけてはヒヤッとし、後からそれに思い至った。〝夜は尚更危険だろうがっ!!〟と。

 ドールはこの状況を分かってか、分からずか、やはり、三人同様黙っていた。


陽「もう帰ろうぜ! さっさと帰ろうぜ! 命ほしくば、帰って寝てるしかねぇ!」


純「……賛成」


聖「とっとと帰ろうぜ……」


 だがそこで、四人は重大な問題にぶち当たる……


雪「帰る? どこへ帰るんだ? ……」


陽「なに言ってんだ! いつものたまり場に……たまり場? ……」


聖「ブラック マーメイドは終わった。まして、俺らがあの場所に帰って良い筈がない……」


純「”帰る場所、ねぇーな”」


 共同で過ごせたあの場所は、今思えば楽だったと思った。“実の家へ帰る”……という選択肢もあるが、この状況で単独となるのは、あまりにも危険に思える。──それに狙われている身だ。家など、調べるつもりなら調べられてしまうだろう。つまり、“家にいたなら危険”、だと言うことだ。


陽「どうするんだ?!」


聖「……匿ってくれそうな奴、いたか?」


純「“匿う”……逃亡生活みたいだな……」


雪「……無茶な話を聞き入れてくれそうな奴、知ってる」


陽「さすがユッキー!」


 陽介感激。当てが見つかったようで、聖と純も、いくらか安堵したように見える。


雪「けど、お前らが嫌がるかもしれない」


陽「この状況で嫌がるとか、絶っ対ない! 誰のところに行くんだ?!」


雪「“リョク”のところ……」


「「「……?!」」」


 ──〝緑〟という名前を聞いて、凍りつく三人……


雪「やっぱりな。苦手だろ?」


 依然凍りついている三人。けれど、苦手などと言っている暇はなかった。


****


 夜の街、敢えて、暗がりを抜けていく……──


D「純くん、どこに行くの?」


純「ごめんなドール……すぐに着くから」


 ドールがはぐれないように、純とドールは手を繋いで歩いている。


 ──暗がりの先には、ネオン街が広がっていた。

 メイン通りへと戻り、ネオン街を進んで行く……──そして彼らは、 ネオン街の中の、一つの店の前で足を止めた。


 ドールは店の外観を飾った煌びやかなネオンを見て、『綺麗』だと言ってはしゃいでいる。

 はしゃぐドールを見て、ため息をつく純。


純「お前がはしゃぐ様な場所じゃねぇよ」


 ──眠らぬネオン街。風俗店の建ち並ぶ通り。

 やって来た店は、あるキャバクラ店だった。“緑”という人物は、この店のオーナーなのだ。


 店へと入り、とりあえず、緑に会わせてもらえるように交渉した。初めは不審がられて冷たい対応を受けたが、話していくうちに、緑と近しい仲の者だと、その裏取りが取れたようだった。


 一先ず店内へと案内され、店の中の席で、普通に緑が来るのを待った。

 ──そうしてしばらくすると、会いたかった人物が現れた。


「雪哉……久しぶりじゃない? 友達つれて遊びに来てくれたわけ?」


 緑というこの店のオーナーは、三十代半ばくらいの女の人だ。

 フッと口元を綻ばせてから、緑も席へと座った。


「あぁ! 友達……誰かと思ったら陽介くんたちね」


 陽介たちに笑いかける緑。


「……お久しぶりです」


 ぎこちなく挨拶をする三人。

 すると緑が、怪しげな眼差しで陽介を見ながら、クスクスと笑った。


「フフ……陽介くんってホント、昔の“ブルーソード”にそっくりね」


 ──通称〝ブルーソード〟・そう、陽介の従兄である闇オークションの主催者だ。


 そうして一体、何が可笑しいのか、緑はクスクスケラケラと笑い続けている。

 その様子に首を傾げる陽介、純、聖。やはり三人には、緑の事がよく分からない。


雪「緑、何がそんなに楽しいんだ? いいから、俺らの話を聞いてくれないか?」


 雪哉だけは当たり前の様な顔をしながら、淡々と緑に話しかける。


緑「フフフ……だって陽介くん、すごく似てる。その顔見ると、なぎ倒して拷問かけたくなるわ。だって私、アイツブルーソードに大金を貸してる。フフフ……──」


 純と聖は凍りつく。陽介は顔が真っ青だ。やはり苦手なのだ。緑が恐ろしい三人である。


雪「緑……アイツら凍りついてるぞ。いいから……──」


 緑は“フン……”と一度顔を背けた。──それから、陽介を見て言った。


緑「ブルーソードがお金返してくれなかったら、その時は陽介くんに返してもらおうかな~? ……フフフフ……」


 ビクリと肩を揺らす陽介。 聖、純、陽介は小さくなっている。


聖「恐ろしい ……」


純「陽介の明日が心配だ」


陽「俺、ここにいる方が危険なんじゃ……」


 顔色を悪くした三人がブツブツと何かを話しているが、緑はお構いなしだ。


緑「で? 雪哉、話ってなに? …………って、あんたらキャバクラ来て遊んでいかないつもり? バカでしょ?」


 〝話を聞いてくれそう〟……と、思ったら、緑は『バカでしょ?』と言い放ち、いきなり席を立った。──そうして何かと思ったら、席にキャバ嬢を四人連れて来た。


雪「なぁ緑! 俺ら、遊びに来た訳じゃないんだ」


緑「またまた……何を言うのよ? キャバクラ来てそんな事を言われても……」


雪「だから、俺の話を聞けって言っただろ」


緑「え?」


 緑はようやく、雪哉の話を聞く素振りを取った。


―「ハルで~す♪ よろしくお願いします♪」


 仕事をする気満々のキャバ嬢が、自己紹介をしながら、純の腕へとくっついた。すると……


純「……そうだ。お前ら四人、この子と遊んでてくれねぇーか?」


 くっついてきたキャバ嬢に、勝手にドールを預ける純。


―「え?!」


 困り果てた表情のキャバ嬢たち。けれど次第に……──


―「キャー可愛い~!」


―「お名前は何て言うのぉ?」


―「お姉さんたちと遊ぼうかぁ?」


―「可愛い♪ こっちおいで」


 ドールに夢中のキャバ嬢たちであった。


 ──こうしてようやく、話す準備が整った。


雪「俺ら、狙われてるんだ。昨日の夜も襲われた」


 話を聞くと、緑の表情が驚きに変わる。


雪「レッド エンジェルの仕業だ。けど、そこに協力してるグループもある。……誰が敵なのかも定かじゃない。アイツらが狙ってるのは、あくまでも俺ら四人。マーメイドを巻き込む訳にもいかず、今日、マーメイドを解散させた……」


緑「レッド エンジェル……──」


 すると緑は、何かを思い出すように考え込んだ──


緑「そう言えば、“ルビー”の診療所が襲われたのよ。……レッド エンジェルにね。何か、関係があるのかしら?」


 ──通称“ルビー”。ダークルビーの事。腕の確かな闇医者だ。


 ──緑とブルーソード、ダークルビー、実はこの三人、幼なじみだ。


雪「前に、医者を探してるって言ってた。きっとそれで……」


緑「病人を抱えてるって事? ……まぁいいわ。雪哉が私を訪ねてきた理由を教えてちょうだい」


雪「そうだな。緑に頼みがある……」


緑「あ! 分かった」


 雪哉の言葉を遮るように、言葉を発した緑。すると緑が、得意げに笑った。


緑「場所がないのね? つまりは、私のところに住まわしてくれってこと」


雪「正解」


緑「それで、その代わりに私にあの子ドールをくれるわけね? うん。うん……読めたわ。フフフフ……五年後が楽しみだわ……フフ……──」


「「「「……?!」」」」」


 緑は何かを勘違いしている様子だ。半分は当たっているが、あと半分は勘違いである。


純「あの子をあげるつもりはない」


 緑がムッと不機嫌そうに、純を見た。


緑「あら……純くんがあんな子を庇うなんて、珍しいわね……」


 すると慌てて、雪哉が仲介に入る──


雪「待てよ、緑。俺の頼みだ。土産があると思うなよ? ……手ぶらで来た」


緑「……それもそうね。まったく、雪哉ったら子供なんだから……」


 残念そうにした緑だったが、それはそれで、まんざらでもない様子だった。


緑「仕方ないわね。好きなだけ、私のところにいればいいわ」


 ──そうして結果的には、緑は愛想の良い笑顔を作ってくれた。


緑「そうと分かれば話しは早いわ。部屋に案内するから、ついて来て」


 緑の店はこのネオン街の中で、一番大きな店であり、営業用ではない部屋などもいくつかある。

 緑自身も、この店を自分の家として暮らしている。

 全員立ち上がり、それに気がついたドールも、純の元へと戻ってきた。

 ──緑の案内が始まる。

 緑と雪哉は並んで歩いている。すると、緑が後ろにいる聖たちの方へと振り向いた──


緑「ここは寝てもいい店なんだけど……──どう? 好みの女の子指名しちゃえ! ……──金はしっかりもらうけどね。フフフフフ……―─」


 緑の怪しいブラック スマイル……。話に乗ったのならば最後、有り金すべて、巻き上げられそうな勢いだ。肩を震わす三人……


「「「遠慮しときます……」」」


緑「あら? 若者がそんなんでどうするのよ?! ……信じられない!」


 〝やれやれ〟と、呆れたように再び前を向き、歩き始める緑。


 ──こうして、五人は緑のところに住まわしてもらう事になった。


 緑が一人一人を部屋へと案内する。 ──そうして皆を案内し終わった後、緑は雪哉へと言った。


緑「雪哉、こっちへ……久しぶりに話したいわ」


 二人は話をする為に、同じ部屋へと入っていく。


 ──雪哉と緑、テーブルを挟んでソファーへと座った。すると緑が、柔らかく微笑んだ。


「会いたかった、雪哉。ぜんぜん帰って来ないんだから……──えんでも切られちゃったのかと思った」


「悪かったよ。切る筈がない。俺、緑がいなかったら……」


 雪哉は言葉を止めた。その代わりに、首に下げている羽根のネックレスを見せた。

 すると緑は少し驚いたように、それをじっと見た。


「今でもずっと付けてる」


 緑は雪哉と同じソファーに座り直して、ネックレスに触れた。


「ずっと持っててくれたのね。嬉しい……」


 ネックレスに触れて、そのまま緑は、雪哉の心臓の位置にそっと頬を寄せた。


「緑……? ……」


 雪哉が話しかけても、緑はしばらくこうしていた。


「心臓の音がする……」


「……当たり前だろ」


 そのまま、緑がクスクスと笑った。


「そうよね、当たり前……それが嬉しくて……──緑は、いつも貴方の身を案じているのよ……」


「…………」


「雪哉、貴方のいる世界は危険なの……──いつまでも案じているわ……」


 緑がそっと顔を上げる。


「“当たり前”って言ったこと、緑は絶対に忘れないからね」


 緑の言い方は、念を押す様な言い方だった。


「「…………」」


 数秒の間、その言葉の余韻を感じていた。

 そしてまた、緑がクスクスと笑い出す。


「……緑、今度はなんだ?」


「フフ……だって、私には鼓動の音が聞こえてるわ。雪哉の鼓動が“早くなってる”」


「はっ?! ……なんだと?!」


 慌てて、雪哉は緑の事を自分の胸から離した。


「フフフフ……なにその反応? 自分の鼓動よ? 雪哉ったら、ドキドキしちゃって……」


「そんなんしてねぇーよ! ……」


 やはり、緑はクスクスと笑ってる。


「雪哉ったら、いくつになっても、“緑離リョクばなれ”が出来ないのね? 可愛いんだから……」


 緑がギュッと、雪哉を胸に押し当てて抱き締めた。


「おい……りょ、緑……」


 緑は上機嫌で、雪哉を放す気なし。

 しばらくその状態が続いたが、次第に緑が抱き締める腕を緩めた。すると──


 ペロ……


「?! ちょっ……緑っなんだよ? 何してんだ?! ……」


 ペロ……


 雪哉の首に緑の舌が這う。

 緑は当たり前のような顔をしながら、雪哉を見た。


「ん? ダメなの? ……」


「いや……何がだよ?! ダメだろ?!」


 緑はきょとんとしている。 そして……


 ペロッ……


 〝また舐めた〟。


「だからっ……」


「雪哉も舐めていいよ?」


「……やめとく」


「え?」


 緑はまた、きょとんとした表情をしたが、そっと雪哉から体を離した。

 緑は不思議そうに、じっと雪哉の事を見ている。


「雪哉……なんだか昔と変わった気がする」


「……変わってねぇよ?」


「ううん……」


 雪哉は否定したが、緑はそれを肯定しない。──緑には分かっていた。


「ねぇ、雪哉」


「ん? ……」


 緑の瞳は、目の前にいる雪哉の心を、しっかりと見据える……──


「雪哉、大切なでも出来たの? ……」


 雪哉は何も言わなかったが、やはり、緑には分かった。“大切な娘”がいるのだと……──


「そうなのね。緑は、とても嬉しいわ」


 ──そう言って、緑が心からの笑顔で笑った。



 ──そしてその頃、扉の外では……


陽「なっ舐めていいよだと!? 相変わらずだな! ……」


聖「なぁなぁ、どんな状況なんだ!?」


 扉に聞き耳を立てている陽介。

 その近くで、興味深そうにしている聖。


純「お前ら、いい加減にしろ」


 少し離れた位置で呆れた様子の純。

 その隣にはドール。


陽「えー!! 別にいいだろ! ユキだしな! ユキが女とチョメチョメしてる時に聞き耳立てる事なんて、慣れたもんだぜ!!」


聖「慣れてんのか?!」


陽「〝慣れてる!〞それでだいたい、後でユキに殴られるんだ!!」


聖「……俺、もう聞こうとしない事にした」


純「あぁ。聖が正しい。怪我人は陽介一人で十分だからな」


 捨て台詞のように冷たい言葉を残して、先に立ち去る純。


陽「えー! 純~……相変わらず俺に冷てぇな?! ……」


 ──純はそのまま歩き続ける。


聖「陽介、無視されてるぞ」


陽「純のッバッカヤロ~~ー!」


 大声で暴言を吐いてみたが、やはり無視される。


D「じゅっ純くん! ……待って……っ!」


 するとドールが、慌てて立ち去る純を追った。──スッと純が足を止めて、振り向く。


陽聖「「…………」」


 陽介と聖が唖然とする。

 そして、駆け寄って来たドールへ、純が優しく笑いかけている。

 陽介と聖は更に唖然とする。

 ドールも人懐こい笑顔を純に向けて、嬉しそうだった。


聖「純の奴……なんだか優しいみたいだな。……酔ってるのか?!」


 陽介が純とドールをじっと見ながら、唖然としたまま答える。


陽「いや、飲んでねぇしな。……あの子には優しいッて事だろ」


聖「あ? それッてどんな心情で優しいんだ?」


陽「……ハムスターを可愛がるような心情」


聖「なんだ? それ?? ペットッて意味か? 小動物系だからッて意味か?」


陽「……けど、なんだが違う気もするな」


 〝何だか最近、純がいつもと違う〟。二人の中に、疑問が渦巻いてたのだった。


 ──さておきこうして彼らは、身を隠す為の住みかを得た。


 〝マーメイドが消えた日〟。彼らは、新たなスタートラインに立ったのだ──


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