Episode 1 【マーメイドが消えた日】
【マーメイドが消えた日 1/2 ─ 解散 ─ 】
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オーシャンは消えた。
オーシャンが消えた代わりに、マーメイドは生まれたんだ。
今でもオーシャンの事が忘れられない。
あの時の俺らには、何も見えてなかったんだ。
自分たちがオーシャンに積み上げた想い……──目指したもの。何重にも重ね、厚みをおびた思い出……
──“BLACK OCEAN”──
忘れられない想いは、ブラック オーシャンの中でしか生きられないと……──そう、錯覚していた。
オーシャンに囚われすぎて、“マーメイドも好き”だと、気が付けなかった。
……オーシャンの消えた日の事、今でも頭に響く。あの頃の愚かな俺らが、慌て狂い怒り、哀しむ声が……──
『オーシャンが消えるってどういう事だよっ?!』
『ふざけんなよ!! 意味分かんねぇー!! ……』
混乱する頭で、ただ感情任せに怒鳴り散らした。
『誰がそんな事を認めた? 終わらねぇ筈だ……俺らはBLACK OCEAN……』
俺らの居場所・ブラック オーシャン、居場所を失うのが恐ろしくて、信じられなくて、呆然と呟いてた……
『──なぁ、栗原総長、何処に行っちまったんだよ……ブラック オーシャンはアンタのチームだろ? アンタがいねぇうちに、オーシャンは消える……そんな話、ねぇーよ……アンタが帰ってきた時、俺らはどんな顔して、アンタの前に立てばいいんだよ……? なぁ……総長……――』
あの日、やたらと栗原総長の事が、頭から離れなかったのを覚えている……
──黒人魚の総長の存在によって、俺ら四人の権力は均等に保たれる事になった。
邪道にがむしゃらに、頂点を求め続けた日々……──
決着のつかないまま消え去った対決、心の真ん中、何かが足りなくなった気がした。
……オーシャンへの依存……マーメイドに心が馴染めなかった……
〝オーシャンは消えた〟
そして俺らは、この世界から身を引いたんだ──……
ブラック オーシャン……四頂点……総長……──五代目の座……繰り返される争い……オーシャンが消えた日……──……
昔の記憶が走馬灯のように浮かんだ。
そして、今日……──マーメイドが消える日。マーメイドが、消えた日……──
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昨夜の乱闘から一夜明けた。
なんとか無事に帰宅した聖たち四人、百合乃。そして、ドール……──
そうして何の前触れもなく、その話はブラック マーメイドのメンバーたちへと伝えられた。『ブラック マーメイドは解散』だと……──
メンバーたちにも混乱が走った。そしてその混乱は解けない。
太陽に覆い被さるように、雲が流れる。光が遮られて、辺りが少し暗くなった。
混乱に陥るメンバーを、聖たちは表情一つ変えずに、ただ眺めてた……──
「行くぞ……」
混乱に陥るメンバーたちを残して、背を向ける──
そして、哀しみを見据えるような冷静な瞳のまま、この場を静かに立ち去るのだ……──
「待てよッ!! ……」
立ち去ろうとする陽介の手を、南が掴んで止めた。
「待てよ陽介……いきなり、どういう事なんだ」
「南……」
南は必死に陽介の手を掴んでいた。困惑の目を、陽介へと向けている。
「理由も言わずに、可笑しいだろ! ……」
「…………」
〝マーメイドのメンバーたちには多くの事は語らずに、離れる事〟。──それが、皆を巻き込まない為の、手っ取り早い手段だった。
南は悲しそうにも見えて、怒ってもいるような表情をしている……──
「どうしてだ! ……私ら、まだ仲良くなったばっかしだろ……せっかく! せっかく仲良くなれたのに! ……どうしてだよ! 陽介!!」
南は悲しむと同時に怒っている。だが陽介は誤魔化すように、いつも通りの笑顔を作った。
「なに言ってんだよ南?! 大げさな奴。……別に、会えなくなる訳でもねぇーだろうが?」
陽介は誤魔化すように笑ったけれど、南の表情は柔らかくはならなかった。
「誤魔化すな! ……なぁ陽介、その傷、誰とやったんだよ! この三日間のうちに、何か、重大な事があったんじゃないのか? ……」
溜まり場へと顔を出さなかった三日間。いきなりの解散。喧嘩の傷跡……──〝何か重大な事が起こっている〟。──そんな、胸騒ぎがしていた。
「陽介答えろ! 勝手な事ばかり言いやがって! 許さないぞ! ……」
南は何かを察している。
陽介もその事を感じた。
「心配なんていらねぇーよ? 俺ら四人揃ってれば、恐いもんなんてねぇーから……」
「それは本当に、四人でどうにか出来る事なのかっ!!」
南が陽介の胸ぐらを掴みながら怒鳴った。
南の言葉がそのまま、スッと頭に入ってきて響く──
──〝四人でどうにか出来る事なのか?〟──
〝出来る〟……とは、言えなかった。……──
──けれどそれでも、陽介は笑った。
「さっきも言っただろ? 南は大袈裟すぎ……そんなに俺の事が心配か?! ……」
いつも通り、からかうような口調の陽介。
けれど南は、強張った表情を少し涙目に変えて、頷いた。
南が泣きそうに頷いたのを見て、陽介は呆気に取られた。一瞬、泣き出しそうな南に見入る……──どこか、照れ臭いような気持ちだった。
「南、お前……」
陽介が照れ臭そうに、南の頭に片手を置いた。
「どれだけ俺の事、好きなんだよ? ……」
こんな言葉も、いつもならふざけた冗談の言葉。けれど今回は、冗談のようにも、本気で南に聞いたようにも思えた。
……けれどそう言うと、やはり陽介はスッと南に背を向ける。彼女の返答を待たぬまま……
「陽介……」
南が悲しそうに名前を呟いた。必死すぎて強張っていた表情が、ただ寂しそうな表情に変わる。そして、涙がこぼれた。
その南の表情は、背を向けて再び歩き出した陽介には見えない。
純「遅ぇーぞ陽介、さっさと行くぞ……」
陽介は離れた場所で待っていた純たちの元へ。そしてまた、全員で歩き始めた──
聖「お前なに照れてんだ? ……」
陽「うるせ……」
雪「やっと感づいたか? ……この
陽「バカって酷くね!? ユッキー! ……──で? 俺が何に感づいたって? ……」
「「…………」」
純「やっぱ
陽「?!」
いつも通り、ささいな会話をしながら、オーシャンたちはこの場を立ち去った……──
****
こうしてマーメイドのメンバーたちの元から立ち去った四人。
ドールはやはり、純と一緒にいた。ここにいるのはドールを含めた五人だ。実は百合乃とは別だった。
太陽にかぶっていた雲も退いて、また光が差し込んでいた。
五人は今、青々とした芝生の生えた、河沿いの広い公園に来ている。
河を眺めながら、芝生に座ったり寝転んだり。これは、頭の中を整理する為の時間だった。
──太陽の光と河の音、きれいな芝生にほんのりと癒される。
四人はじっと何かを考え込んでいるけれど、その内に、ドールはチョコチョコと活動を始めた。
芝生の上をチョコチョコと歩き回ってから、芝生の間から生えている花を見つけた。ドールはそれをじっと眺めている。
しばらくすると、その花に硬い羽を持った虫が飛んできた。
「…………」
今度はその虫を、じっと眺める。
「わッ!! ……」
だがすると、その虫がいきなりドールの方に飛んできて、驚いたドールは小さな叫び声を上げた。
「お前何やってんだ? ……」
芝生に寝転んでいた純が、体勢を起こしてドールを見た。
「純くんっ……」
そうして虫に驚いたドールは、純の元に逃げ帰ってくる。ドールは純に、ピッタリとくっついている。
「? ……どうしたんだ?」
「虫が飛び付いてきたっ……」
相変わらず、驚いた表情が直らないドール。
「……ビビりすぎだろ?」
「だっていきなり来た! 結構おっきいの!」
「ビビりすぎ」
するとドールが、プクッと頬を膨らます。
そして、拗ねるドールを見て、純が笑った。
「純くん何で笑うの~?」
その様子に、さらに頬を膨らますドール。
「ドールが怒ってるのが、なんだか面白ぇから」
「純くんのいじわるぅー!」
ドールが頬を膨らましたまま、純に背を向ける。
「なに怒ってんだよ? こっち来いよ」
純は面白可笑しそうに笑いながら、あげらをかく自分の足に、ドールを座らせる。
怒っていた筈のドールだったが、こっそりと嬉しそうに笑っている。
「怒ってたんじゃないのか?」
こっそりと笑った筈だったが、嬉しそうにしているのが、純に丸分かりだった。
「おっ怒ってるもん!」
『怒ってる』と言いながら、やはりドールは嬉しそうだ。
「お前、面白ぇな」
純とドールはコミュニケーションを取りながら、和やかに笑っている。
そして他の三人は、純とドールの事を、珍しいものを眺めるかのように見ていた。
聖「なぁ純、その“女の子”どうするんだ?」
純「あ?」
陽「その女の子、ちゃっかりいるけど、平気なのか?!」
雪「幼女誘拐……」
聖、陽介、雪哉は、困ったように、純の膝の上にいるドールを見ている。
聖たちは“ドールを連れて来ても良かったのか”、その事を気にかけている。だから、純にこんな事を聞いた。
けれど純は、その質問とは別の事が気がかりで仕方なかった。聖たちが口にした言葉だ。『女の子』『幼女』……どちらも子供を表している言葉だろう。
〝違和感を感じた〟。そう、純はドールと一緒にいるうちに、違和感をおぼえるようになっていたのだ。
──時々、ドールが子供なのを忘れる。ドールは体も小さいし、化粧もしてないし、行動も子供のようだ。けれど、違和感を感じる時がある。ドールの言葉や行動が、大人のものに見える時がある。〝小柄で童顔〟。そんな大人に見える時がある……
──もう一度、膝の上のドールを見る。
何も知らないような、純粋で無邪気な表情。これは子供の表情。
「…………」
子供だと思っていたら、そうは見えなくなった。
大人だと思えば、すぐにこんな表情されて、一度でも大人だと思った自分をバカに感じる。──その繰り返しだった。
聖「おい純、聞いてるのか?」
純「……聞いてねぇ。何だっけ?」
聖「だから、その女の子、連れてきて大丈夫だったのか?」
純「あの状況だぞ? 一緒に連れてくるしかなかった」
警察側の突入。混乱に陥る屋敷。……ドールを置いてなんて、行けなかった。
純がなんて言い出すのか、ドールは不安そうに純を見ていた……
純「ドール……お前、戻りたいか?」
純がドールに問いかける。
ドールは何も言わずに、じっとまん丸の瞳を純に向けてうったえる。
純「……ちゃんと答えろよ」
純は困ったような表情のまま、ドールの髪を撫でた。
純「お前はホント、仕方ねぇ奴だ。分かったから……」
──そして、純とドールのやり取りを、じっと見ていた三人は……
聖「はい? 何が分かったんだ?!」
陽「何にも分からねぇーよ! 純の言葉足らず! だいたい、あの子は何にも言ってねぇー!」
だがすると雪哉が……──
雪「分かれよ……鈍いぞテメーら! 目がうったえてただろうが。“戻りたくない”って!」
聖陽「「…………」」
いまいち、よく分かっていない様子の聖と陽介だった。
とりあえず、ドールは戻りたがってはいなかった。
そしてドールがそう感じているなら、純も〝それで良い〟と、そう思った。
どのような立場で、ドールがレッド エンジェルと共にいるのか、それは分からない。だが、裏組織などにドールを置いておきたくなかった。……あの傷痕も、〝ドールが何かに苦しんでいる証拠〟であっただろうから。……──そうだから、ドールが戻りたくないと言うのなら、“それで良い”と思った──
雪「新しいメンバーが増えたな」
そう言って、雪哉も快く笑ってくれた。そして聖と陽介も、納得したようであった。〝その子がそうしたいのなら、裏組織などからは、連れ去ってしまっても構わないだろう〟と──
純以外のメンバーにも受け入れてもらえた事、それを感じたドールも、安心したように笑った。
──そうしてその時、陽介が呟いた。
陽「百合乃もいれば、良かったのにな……」
〝百合乃〟、彼女の名を聞くと、全員、何か思い思いに暗い表情をした。
昨夜の乱闘の後、聖たちはいつもの溜まり場に戻った。だが、百合乃だけは実家へと帰ったのだ。
陽「なんだか百合乃、元気なくなかったか? ……」
雪「と言うよりは、疲れてた? ……」
皆、百合乃の異変の理由が分からなかった。
それは、パーティーであんな目に遭ったのだから、心身ともに疲れているだろう。だがだからこそ、普段の百合乃であったなら、こんな時、仲間からは離れなかった筈なのだ。──彼女の心の
純「聖、なんか知らないのか?」
聖「お前らが知らないのに、俺だけが知ってる筈ないだろ?」
陽「そうか? だってよ、百合乃が一番信頼してる相手は、聖だぜ?」
雪「もしかして百合乃が変な理由、聖が原因なんじゃ……」
「「「…………」」」
純と陽介も、納得の表情で聖を見た。聖や百合乃が何も言わずとも、察している何かがあったのだろう。
聖「……俺?」
だがすると、三人からの視線から目を背ける聖。
気まずそうにする聖を見て、三人には、だいたいの予想がついていく……──
純「図星か……」
陽「泣かしたのか?!」
雪「聖はバカなんだよ」
確かに百合乃の事については負い目も感じてはいるが……──この言われよう、雪哉の一言が聞き捨てならない聖。
聖「何がバカだよ? ……知ったような顔しやがって」
こうしてまた、雪哉と聖の空気が悪くなる。
陽「アイツら最近、よくぶつかるな……」
純「結局どっちもバカだから、何度もぶつかる……」
陽「バカの悪循環か?! めんどくさっ……最悪だ!」
四人の思考はそう、自分がバカだとは思っていない。周りの奴らは自分よりもバカだと思っている。──つまりは、互いに見下す相手の言葉に耳を傾けようとしない為、何度もぶつかるのだ。
D「ドールはぁ? バカかなぁ?」
「「…………」」
純「……お前はいい子だ……」
陽「甘やかしてるな……」
──さておき、聖と雪哉は……
雪「聖はバカだ。応えてやれば良いのによ……残酷だ──」
聖「仕方ねぇだろ! 百合乃とは情が食い違ってる」
雪「そんなの知ってる」
聖「なら何だよ?」
雪「ホントバカだな。少し遊んでやれば良いだろ」
聖「は? 雪哉じゃねぇんだから……そんな事しねぇよ!」
このような調子で、雪哉と聖は言い争っている。そして、二人でこそこそしている純と陽介……
陽「ユッキー……何を言うかと思えば……」
純「仕方ねぇよ。雪哉だからな」
──そして雪哉は呆れたように、聖に背を向ける。そうしてベンチに座ってから、また聖に視線を向けた。
雪「一度抱いてやれば良いだろ!」
聖「だからっ! お前と一緒にするな!」
雪「百合乃のこと大切だろ? なら抱いてやれ」
聖「大切だ。けど、違うだろ! そんなの百合乃が可哀想だ」
雪「可哀想だと? お前の思い込みだろ。偽善もいい加減にしろ。──お前は寄ってきた女を抱いた軽い男。けど、百合乃はそれに救われる。……これで良いだろ? 百合乃が大切なら、自分が悪い奴になれよ」
純「……一理ある」
陽「けどよ……」
雪哉の言葉を聞いて、聖の思考は一瞬停止したようだった。衝撃だった。自分の中には全くない考え方だったから。
雪哉の言う事が正しいとは思わない。だが、間違っているとも思わなかった。けれど、賛成はできない。
聖「雪哉の感覚が理解できない。……お前そんなんだから……」
雪「なんだよ? ……」
聖「いや……別に……」
──“お前そんなんだから、絵梨のこと見失ったんじゃねぇの? ”──
そんな言葉が、頭に浮かんでしまった。酷だと思ったので、実際は言葉にはしなかった。
聖「なぁ雪哉、お前、“絵梨は俺に惚れてる”って言ってたよな?」
聖は当然、それは雪哉の思い込みだと思っている。だが、あえて雪哉が思っている通りに言った。
雪「いきなりなんだよ? ……」
聖「雪哉に聞きたいんだ」
雪「仕方ねぇな……──なら、なんだよ?」
聖「絵梨は俺に惚れてんだろ? なら、絵梨の事、一度俺が抱いてやろうか?」
二人の会話を聞いていた純と陽介に緊張が走った。雪哉と聖が本気で殴り合いでも始めるんじゃないかと……そう思った。
──そして案の定、雪哉の目付きが鋭く変わった。
雪「テメー殴ぐられてぇーか!!」
ベンチに座っていた雪哉が、思わず立ち上がった。
聖「お前言ってること矛盾してんだよ。絵梨が遊ばれたら、お前だって苛つくし悲しいだろう! バカか! 俺だって百合乃が大切だから、そんなの嫌だって言ってんだよ! 相手が自分でも例外じゃねぇ」
雪「は? なんだと? ……」
今度は雪哉の思考が一瞬止まった。絵梨を例に出されてみて、気がついた気がする。聖の言っている事、間違っていない気がした。
全く違う考えの聖と雪哉。お互いに口には出さないが、考えが広がるような、心地よさを微かに感じていた──
*****
その頃、明美、南たちに事情を聞いた絵梨は、百合乃の家を尋ねていた。
ブラック マーメイドが無くなった事は、絵梨も残念であった。とても悲しい気持ちになった。大切な人たちに出会った、大好きな空間が無くなってしまったのだから。
目の前の百合乃は、ひどく疲れているように見える。
この事態は“自分のせい”だと、その感覚が百合乃を苦しめていたのだ。更には聖の事もあり、百合乃は脆くなっているようだった。
百合乃はいつも、絵梨に弱い部分を見せない。けれど、百合乃の異変に、絵梨だって気がつく。だからこそ、百合乃に会いに来た。
ブラック マーメイドが無くなった事にもそう、百合乃の異変もそう……──何かが崩れ始めている気がして、絵梨自身、どこからか湧き上がってくる不安に、恐怖を感じている。
「絵梨、ごめんね。心配をかけた……」
「そんな……謝らないで下さい。私が百合乃さんに会いたかったんです」
百合乃に案内されて、絵梨は百合乃の部屋へ。二人はソファーへと座った。
そうして絵梨は、何かの入った紙袋を百合乃に見せる。
「そうだ、買ってきたんです。一緒に食べましょう?」
絵梨は持っていた紙袋を開けた。中には二人分のシュークリーム。
「ありがと」
百合乃も嬉しそうに受け取った。絵梨の心遣いが、心に染みる。本当に、嬉しかった。
──そうして二人で、他愛のない話をしながら過ごしていた。
百合乃の元気のない理由を、絵梨はあえて聞かなかった。ただ楽しい時間を過ごせれば、百合乃も少しは元気になってくれるかもしれないと、そう思っていたから。
けれど、少し会話が途切れた時、一呼吸置いてから、百合乃がこんな事を口にした──
「ねぇ、絵梨は気がついてた?」
絵梨が視線を向けると、百合乃は少し、悲しい表情をしているように見えた。
──そして百合乃は言葉を続けて、絵梨へと話す。
「私ね、ずっと、聖の事が好きだった……」
〝好きだった〟と言いながら、悲しそうな顔をしているのだ。それを見て、絵梨にも予想がついていく。“その恋の結末が、どのようなものであったのか”が。
『気がついてた?』──百合乃の聖へ対する気持ちに、気がついていたかどうか。──そうその気持ち、前々から絵梨にもなんとなくは、感じているものがあっただろう。
「なんとなく……“そうかなぁ”とは思っていました」
絵梨の答えを聞くと、百合乃は少しだけ無理に笑った。
「やっぱり、気がつくよね? きっと、ほとんどの奴が知ってたと思うのに……どうして
──『バカだよね』と、そう言って、百合乃はまた無理に笑った。
百合乃が無理に笑うから、絵梨も心苦しくなる。
依然として、百合乃の悲しそうな表情は戻らない。
絵梨は黙って、百合乃の話を聞いていた。
「あーあ……少しくらい、遊んでくれたって良いと思わない? ……」
「え?」
百合乃の言葉が、絵梨からしたら意外だった。
「絵梨は、そうは思わない?」
「だって……後から寂しくなるじゃないですか? そんな事されたら、勘違いしちゃう……ずっと、側にいてほしくなっちゃう……他の人のところへ、行ってほしくない……」
答えながら絵梨も、悲しそうに表情を歪めた。
絵梨の話……──きっと絵梨は、雪哉の事を思い出している。百合乃はそう思った。
「けど、そしたら、その瞬間はきっと愛してくれる……本気で
「──きっと、どんどん、自分だけが相手を好きになっちゃう……そして自分の気持ちだけ、取り残される」
百合乃と絵梨は自分が感じている事、思う事を、素直に口にした。
お互いを励ましているようで、自分の叫びを聞いてもらっているような感覚だった。
「永遠を夢見るけど、永遠なんか無理なら、そうじゃなくていい……ただその人と、確かめ合う時間があるなら、それでいい……」
「でもね、分からなくなっていく……自分だけが相手を好きなの。私の事なんて、本当はどうでもいいんだって……思う。やっぱりね、遊びじゃダメなんだ……その人のたった一人の人にはなれない」
二人は悲しく歪めた顔を見合せる。そして同時に、言葉を発した──
「雪哉の事、信じてみたら? ……」
「きっと聖は、百合乃さんの事が大切なんだよ……」
「「…………」」
お互いの言葉の意味を、じっと考えていた。
百合乃と聖がお互いを信頼しているという事は、第三者から見てもよく分かった。だからこそ、きっと聖は、百合乃に対して軽い事はしない。絵梨はそう思った。
百合乃からしたら、雪哉の役目を知っている。絵梨に伝える事は出来ないが、それを知っている。そして、絵梨が特別だという事を、確かに知っていた。
──自分の気持ちを吐き出してみて、お互いに少しだけ、軽くなった気がした。
百合乃の異変の理由、絵梨はこれが原因なんだと、そう思った。だから、百合乃が話してくれて、良かったと思う。百合乃の気持ちもきっと、少しは軽くなったと、そう思ったから。
……けれど、原因がそれだけではないという事を、絵梨は知ることになる……──
「じゃあ、そろそろ帰ります」
絵梨が立ち上がり、百合乃に背を向けた。
「……待って、絵梨」
その絵梨の事を、百合乃がすぐに呼び止めた。
「絵梨、私のせいなんだ」
「え?」
「騙されたの……でも違う。きっと分かってた。罠だって、気が付いてた……」
百合乃が言っているのは、レッド エンジェルとの同盟についての話だ。
絵梨は目を見開いて、百合乃を見てた。
今思えば、百合乃が自分の弱い部分をこんなに絵梨に見せるのは、初めてだった。
初めて百合乃に会った時の事を思い出した。強くて綺麗で、キラキラとしていて、素敵な女の人……──初めて会った時、そう思った。
けれど、今目の前にいる百合乃は、まるで別人だった。彼女だって
泣き笑いのような、疲れた表情を浮かべながら、百合乃は絵梨に話した……
「どうしても……戻って来てほしかった ……あの四人に……聖に……一人にしてほしくなかったの……」
何が、これほど百合乃を追い詰めたのか……絵梨の頭の中に、そんな事が浮かぶ。そして、苦しいのが自分だけではないと、思い知る。
──〝雪哉、純、陽介、聖、……百合乃さんを一人にしないで……〟──
絵梨自身の中で、そう強く、その思いが響いていた──……
絵梨は百合乃の近くまで行き、百合乃の手を、強く握った。
……けれど百合乃はまだ、自分を責め、謝り続けるのだ……──
「ごめんね絵梨……私のせい……本当は、怖くて仕方がない……聖たちに何かあったらって思うと……怖くて……」
〝大丈夫。落ち着いて下さい〟って、そう想いを込めて、百合乃の手を握り続ける。
──けれど同時に、絵梨も底知れない不安と恐怖を感じていた。〝そう、私も怖い……嫌だよ。怪我なんてしないでね……危ない事なんてしないで……”と、雪哉たち四人に対して、強く思っていた。
──別れる前、手が離れてから、相変わらずの悲しい目をしながら、百合乃は言った──
「アイツら……私の事、許してくれるのかな……? ……──」
百合乃の心の痛みが響いて、絵梨も瞳が潤むのを感じた。
百合乃の不安げな言葉が、絵梨の耳から離れなかった……──
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