Chapter 1 【変わり始める日々】

【変わり始める日々】

 パーティーでの乱闘から、一夜明けて……──

 昨夜の事が嘘のように思えるくらい、カラッと晴れた心地好い日。


「あぁ~!! 瑠璃さんに絵梨ちゃんだぁー!!」


 いつもの喫茶店で、瑠璃、絵梨、誓、響、四人で久しぶりに気の抜けたリラックスタイム。……──とそこに、聞き覚えのある声が……〝この声は岬だ〟。


響「うわ、岬だ……」


誓「その後ろには、お馴染みメンバーだ」


 岬の後ろには、隼人、亮、光、千晴もいる。


光千「「……?!」」


 岬は既に、走り出している。すると、一人で瑠璃と絵梨の方へ走り出した岬の抜け駆けに、光と千晴は素早く反応──


千「待て岬! 俺が先だ!!」


光「俺も行くッ……!」


 やはり、隼人と亮は至って冷静。落ち着いている。


 そして、物凄いスピードで駆けてくる三人に、〝わっ! 相変わらずなハイテンション……!〟と、ビクつく瑠璃たち四人。


誓「相変わらずだな、アイツら……」


響「喫茶店で全力疾走はマズイだろ……」


 当然、一番に走り出した岬が先にやって来た。


岬「瑠璃さぁん! 無事で良かったー! めっちゃ心配しましたよ……」


 そして、その走る勢いで、完全に瑠璃に抱き着くつもりの岬……──


誓「お前ふざけんなよ!」


 ──べしっっ!


 だが、そんな事は絶対に許さない誓が、岬を制止。


岬「誓さ~ん! 俺、純粋に嬉しいだけなのにー!」


誓「抱き着くっていう、オーバーアクションはいらねぇんだよ!」


 そして、誓に岬が止められているうちに、千晴と光が絵梨の元へ。


千「絵梨ちゃん!おかえりー!」


 ──ギュッ


絵「嫌ぁー! ……気持ち悪ッ……離れて!!」


 千晴、当たり前のように絵梨に抱き着く。

 絵梨、いつも通り絶叫。

 ……──千晴、岬、ついでに言っておくなら陽介も、何故あいさつがてらに抱き付くのか? 〝きっと前世は欧米人( 嘘 )〞。


瑠「絵梨?! ……ちょっと千晴! 嫌がってるじゃない!」


光「千晴離れろ! かわいそうだろ!」


 そうして光がなんとか、千晴を引きずりはがした。

 そんな光に、ちょっぴり感心した瑠璃である。


光「絵梨ちゃん、大丈夫だった? 千晴がごめんね」


絵「うん……」


光「……瑠璃さんも無事だったし、本当に良かった。……絵梨ちゃんは、ケガとかしてない?」


絵「……大丈夫だよ」


 光が優しい言葉をかけるけど、相変わらず絵梨は異性が苦手で、ぎこちなく返答する。

 けれど、そんな事は気にせず、光は安心したように笑顔を作った。

 ──そしてやはり、そんな光の事を、瑠璃、誓、響は、ちょっぴり見直した。


千「光の奴?! ……良いところ持っていきやがった!」


響「お前がいきなり、抱き着いたりするからだろ」


 悔しそうに、絵梨と光を眺める千晴であった。


 ──そうして光はやはり、絵梨へと快い笑顔で話し掛けている。

 光の言葉に対して、絵梨はあいづちを打つ。何て言葉を返せば良いのかがよく分からなくて、戸惑っているようだった。


響「絵梨はもっと、積極的に会話すれば良いのにな」


瑠「うん。異性が苦手みたいで……」


 そんな絵梨の事を、瑠璃、誓、響の三人は、見守るように眺めていた。


 そしてアワアワとしながら、絵梨は隼人へと向き直る。


絵「そっそうだ……隼人……ありがとう」


 光がいつもより会話を繰り出してくるから、絵梨は戸惑って、隼人の方へと行ってしまった……──


光「絵梨ちゃん?! ……」


千「ざまぁみろ光! 相手にされてねぇぞ!」


光「うるさいなぁ……千晴は黙っててくれ」


千「光のバーカ! 絵梨ちゃんと少し会話出来たからって!」


 光と千晴は軽く言い合いながら、二人でドタバタと始める……


 ──さておき、絵梨が隼人にお礼を言ったのは、隼人が、誓と響に協力してもらえるように頼んでくれたからだ。


 そして絵梨と光を見守っていた瑠璃たち三人は、光がせっかく話しかけてくれていたのに、絵梨が隼人の方へと行ってしまったから、ほんの少しガッカリとした気分になっていた。


誓「逃げちまったな。案外、光と良いかもって思ったんだけど……」


瑠「えっ……?」


 誓の言葉を聞いて、瑠璃は絵梨と光を順番に見た。

 そして〝なるほど……〟と、瑠璃の中にも、誓と同じ考えが浮かんだ。

 絵梨が雪哉の事で、散々悲しい思いをしているのは知っている。 絵梨の気持ちを尊重して、ずっと雪哉と上手くいく事を考えていたけれど、光なら、絵梨を悲しませないかもしれない……──そんな事を思った。


 瑠璃は絵梨と光の事について、継続して考えを巡らしている。……だが誓は、何かタイミングを見計らっているかのように、瑠璃の様子を気にして見ていた。そして……──


誓「そうだ、瑠璃……聞きたい事がある」


 瑠璃は先程までの考えを伏せて、誓を見た。

 瑠璃が振り向いた時、誓はどこか素っ気なく、視線を反らしていた。


瑠「聞きたい事?」


 誓は瑠璃の事を、見ないまま。──瑠璃は何か、不安を感じた。〝……あぁ、何だかこれ、マズイかも……〟と……──


 〝二人だけで話した方が良い〟。

 ──喫茶店の中に絵梨や響、隼人たちを残して、瑠璃と誓は外へと出る。この喫茶店は外にもテーブルと椅子があるので、二人でそちらへ移動した。

 外には他の人はいなかった。二人だけ。

 二人はとりあえず、テラス席の椅子へと座った……──


「聞きたい事って?」


「昨日、言っただろ。“後でしっかり話そう”ってな」


 〝やっぱりその事……〟と、瑠璃は気まずそうに目を泳がせた。

 誓は瑠璃の考えを知りたかった。なぜ、一人だけで危険な選択をしたのか、それを教えてほしかった。

 瑠璃も誓がなぜ聞いてくるのかは分かっている。けれど、言いにくい。誓との考えが食い違っている事を、瑠璃は分かっていたから。


「なぁ瑠璃、お前が松村に協力する必要なんてないだろ?」


「そんな事ないよ……私だって役に立てる」


「役に立てるとかの問題じゃない。瑠璃が自分の身を危険にさらす事になる」


「そんな事は良いの……」


 視線を反らしたままの、曖昧な返答。


 誓には、瑠璃がどれだけの危険が伴うのかを計り知れていないとしか思えない。


 危険という事は瑠璃にも分かっている。けれど、“どれだけ危険なのか”は、誓の思う通り、瑠璃は計り違いをしているかもしれない……


 けれど、計り違いも何も、その危険に出会うには、この足を実際に踏み入れない限りは、分からないのだ。そう誰にも……


 ──分からないから二人は戸惑う。


 瑠璃の覚悟を上回る結末へとだどりつく可能性だってある。


 その時、瑠璃と誓は後悔するだろう。


 その可能性があるから誓は止める。もしそうならないとしても、止める。


「良いんだよ……私だって……」


 “私だって、役に立ちたい……――――”


 繰り返された瑠璃の無茶な言葉が、誓の中に衝撃となって、駆け抜ける──


「良くねぇーよ!」


 誓は感情的になって強めに言ってしまった。

 瑠璃は一瞬、肩を震わす……


「何も良くねぇーよ……」


 誓は怒っている訳ではない。けれど、瑠璃はそうとらえてしまった。

 歳が違う事もあって、誓と喧嘩はあまりした事がなかった。当然、意見の食い違いもあまりなかった。

 そのせいもあって、余計に瑠璃には衝撃的だった。少し混乱して、なんだか無性に、悲しくなる──

 誓を見たまま、瑠璃は固まってしまった。

 その様子を見て、誓は感情的に、強く言ってしまった事を後悔する。


「「…………」」


 少しの間、二人の間に気まずい空気が漂う。


「瑠璃、分かってくれよ……」


 固まっている瑠璃を、誓がそっと抱き締めた。


 瑠璃の瞳から一滴、理由の分からない涙が伝った。


「誓……わたしは……――」


 瑠璃が小さく呟いた。


「ん? ……言ってみろよ」


 誓は先程の事を気にして、優しく聞いてみた。


「…………」


 だが瑠璃は、なかなか次の言葉を発っさない。


 この間が誓の気持ちを、モヤモヤと不安にさせる。


 誓は瑠璃の事を止めたい。それは当然、瑠璃の事が大切だから。大切だから、先程のように強く言ってしまった。 瑠璃には思い留まってほしい。

 ……だが、もしかしたら瑠璃が自分に怒られるから、仕方なく言う通りにするかもしれない。そう思うと、止めたかった筈なのに、嫌だった。


 ──〝矛盾した気持ちが渦巻く〟。


 ……瑠璃はなんて、言うのだろうか? ──


「私だって……みんなを助けたい。自分だけ安全な位置になんていられないの……」


 やはり、瑠璃の考えは変わっていなかった。安心したような、ガッカリしたような……落胆したような……──


「なに言ってんだ。瑠璃はそのままでいい。心配するなよ……絵梨の事もアイツら聖たちの事も、俺がどうにかするから……俺が……――」


 誓は瑠璃の事を、もっと、もっと、強く抱き締める。

 瑠璃の目から、涙が溢れた。

 瑠璃の嗚咽が誓にも聞こえる。


「瑠璃……?」


 瑠璃の涙の理由が分からない。


「誓ぃ……」


 やはり涙は、絶え間なく流れる。


「どうしたんだよ。なぁ瑠璃……安心しろよ。皆、俺が守るから……大丈夫だから……」


 瑠璃が泣くから、誓は必死に瑠璃に言い聞かせる。“大丈夫“だと……──


「違うよ誓……」


「…………」


 昨夜、何者かに撃たれた誓の肩の傷。瑠璃はその傷のある方の腕を、抱き締めた。


「瑠璃? ……」


「違うんだよ……誓が皆を守ってくれるなら、……誰が……」


 溢れ出す瑠璃の感情。

 嗚咽が少し大きくなる。

 瑠璃は誓の腕を、大切そうに抱き締めて放さない……


「ねぇ……誓の事は、誰が守ってくれるの? ……――」


****


━━━━【〝RURIルリ〟Point of v視点iew 】━━━━


 絵梨も誓も聖たちも、みんな危険な立ち位置にいる。


 近くにいながら、私はなんて無力なんだろう……


 だから、ずっとずっと、私だって役に立ちたいって……そう思っていた。


 そうする事で、みんなと同じ位置に立てた気さえもした。


 それは、みんなが大切だから。

 そして、自分が弱いから。“自分だけが違う位置にいる”この感覚が苦しかったの。


 でもね、アナタの肩の傷を見た時、私の頭は恐怖で埋め尽くされて、自分勝手なエゴは小さくちっぽけなモノになった。


 その肩の傷が、何によって付けられたモノなのかは、分かっている。


 怖かった。恐ろしかった。


 かすり傷だから良かった……なんて、安心していられない。


 そんな危険が、あと何回、巡ってくるの? ……


 私も一緒に、皆を守るから。そして、アナタの事も……──


****


━━━━【〝SEIセイ〟Point of v視点iew 】━━━━


 お前はどこか、強がりなんだ。


 むしろ、完全に甘えきってくれたら楽だった。


 でもお前は、そうはしない。


 涙を流しながら、お前が一瞬、強い目をした。


 責任感の強い、揺るがない瞳……


 その目を見た時、確信に近いものを感じた。


 “きっと、お前を止める事なんて、出来ないんだ”……



 青すぎる空が広がる……


 高く伸びる天空……──


 少し困惑する思考……


 今の俺には、この空がいつもの空とは違って見えた……


 それはきっと、俺らの世界が変わり始めたからだ。


 俺らの日常は、変わっていく……──



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