Episode 17 【今宵は瞳をとじて】
Episode 17 【今宵は瞳をとじて】
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聖「雪哉から連絡あったのか?」
純「あった」
聖「どうなったって? ……」
ある一室。聖がトランプでピラミッドを作りながら、純へと尋ねた。
純「余計な話が多かった……――が、さすが雪哉だ」
陽「何だよ余計な話って! 俺はそっちの方が気になる!」
いつものテンションで、陽介も話しへと加わってくる。
純「意味の分からねー、余計な話だ。……――先に言っておくが、雪哉って、実は馬鹿だぞ。“10円で落札した! ”って……言ってた。あいつ馬鹿だ。10円と落札って釣り合う言葉じゃねーよ。一体何の話しだよ?」
「「…………。」」
陽「ユッキー……何の話だ?!」
聖「……それで、本来の目的はどうなんだ?」
純「そっちはばっちり。『赤猫、捕まえた』って言ってた。でもよ……『10円まで値切った!』……だから何の話だよ?」
「「…………。」」
聖「どれだけ10円好きだよ? ……」
……――積み上げるトランプのピラミッドが、だんだんと完成へと近づく。
純「聖、今回は何を考えているんだ?」
聖「俺が考え事をしているって、よく気が付いたな」
純「気が付くさ。その癖、今に始まった事じゃないだろう?」
聖「……考えてた。――…たどり着いては、何度でも転がり落ちる。上手くいかない。本当の……──」
――……一瞬、指先が震えた。
バランスを崩したトランプのピラミッドは、すぐに壊れていった。
崩れたトランプは、テーブルの上でただ、地面と水平に沈んだ……――
聖「本当の、頂点はどこだ……」
──そうだ。
黒い海洋を見下ろせる頂点を、夢見てた。
頂点しか求められない。
平らな地上で生きる穏やかさを、持ち合わせていない。
――喧嘩に賭けに、騙し合い。
本当は、いつだって何処かで、逆のモノを求めているのに……
平らな世界で手を繋ぐ事を、平和だと言うのなら、それに気が付くまでは、散々に頂点を求める。
───“たとえ心が、悲鳴を上げても”───
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「アナタの交渉、聞き入れたわ」
「同じ夜に二度会えるとは、思わなかったな。偶然だね」
「嘘言わないでよ。私の家、調べたんじゃないの? 同じ夜に二度も会いに来るなんて、今度は何?」
瑠璃が家に戻ると、先程のRED ANGELの男が家の前へといたのだ。
男は“偶然”と言って笑った。だがどう考えても、偶然などではないだろう。
――男が話す。
「この短時間で、少し状況が変わった。だから、君に承諾を促しに……――だがどうやら、その必要もなかったみたいだね。 一体、どんな心境の変化だ?」
「心境の変化も何もない。 アナタの脅しのお陰」
「脅しってのはコイツの事か?」
“コイツ”と言いながら、男はまた、薄手の上着の下から、銃を覗かせて見せた。
瑠璃は警察と繋がった事に気付かれないように、必死だった。
瑠璃がそう考え緊張していると、そっと男が、此方に何かを差し出した。
「君にはこれを、持っていてほしい」
男は瑠璃の手を取ると、その手に何かを握らせた。
男の手が離れ、瑠璃はそっと手の平を開いた。
するとそこには、細いゴールドのチェーンがあった。
「ブレスレット?」
細いチェーンの、金のブレスレットだった。
「確かにブレスレットだが、そのチェーンに“通っている物”の方が重要だ」
言われて、ブレスレットについている飾りを見る。同じく金の、コインのような物がチェーンを通っていた。
「そのコインには、〝RED ANGELの紋章〟が刻まれている」
その金のコインには、男のタトゥーと同じ紋章が彫られていた。
「RED ANGELの幹部以上は全員、身体にこのタトゥー。 ……――そしてそれ以外の者は、そのコインを持っているんだ。だから君にもしっかりと、それを持っていてほしい」
「タトゥーの入っているアナタは、幹部って事……?」
男の説明の通りなら、この男は幹部か、それ以上と言う事だ。
瑠璃の表情に、不安の色が見える……――
「そんなに怖がる事じゃない。一応人間だ」
「“一応”って……どう見ても人間じゃないの」
「心の中は、どうだか分からないけどな。……――俺は冷酷だ」
男は自分を“冷酷”だと言った。そう言いながら、口元だけに笑顔を作っている。
それがとても、苦しそうな表情に見えたのは、どうしてだろうか――
――不思議な感覚だった。
「君は瑠璃だったよな? 僕の事は、ウルフって呼んでくれればいい」
「何それ? ……名前じゃない」
「そうだ。“俺ら”は名前を決して明かさない。それは身元を悟られない為でもある。それと、あと一つの理由は……――――」
そこまで話してから、男はいきなり言葉を止めた。……――言葉を止め、何かを考えているようだった。
「……あと一つの理由は、まだ言えないな」
「え?」
「もしも君に言ってもいい時が来たら、教えるよ。その時までだ」
その時の男の喋り方は、妙に意味深に聞こえた。
───これが、“ウルフ”と名乗るこの男と瑠璃の、出会いだった。
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そして時を同じくして、その頃、雪哉は……――
「名前、まだ聞いてなかったな」
「名前?」
「普通、聞くだろ」
「……――何だと思う?」
「じらす気か?」
「じらすだなんて、そんな事はしない」
「ならどうして、教えてくれないんだ?」
女はクスリと笑った。口元を綻ばせたまま、女が返す。
「雪哉って意地悪ね? ……――“知らない”って顔、してないけど? “知っているの”?」
「本名は知らない。けどお前の正体なら、知っているつもりだ」
「……――なら、言ってみて?」
すると雪哉は、女を真っ直ぐに見ながら言った。
「RED ANGELのキャット」
「……――どこに証拠がある?」
女は壁を背に座ったまま、冷静な表情を浮かべている。……――その表情のまま、穏やかな笑みを作っていた。
「証拠なら、その身に刻んであるだろう」
すると女は、ほんの少し残念そうにため息をついた。
「出来るだけ隠そうと思っていたのに、元から知っていたなんてね。 残念――」
「隠す事じゃないだろう? ……RED ANGELとBLACK MERMAIDは、同盟を結んでいる」
「隠したかったのよ」
「どうしてだ?」
「RED ANGELなんかじゃない、普通の女のフリをしたかっただけ」
女は壁から背を離して、雪哉に背中を向けた。そしてそのまま、上半身の服を脱いだ。
「証拠って言うのは、これの事ね」
その背中には、大きくRED ANGELの紋章が刻んであった。
雪哉はただ、その紋章を眺めていた。……物思いをしながら……――
「お前は何が欲しくて、RED ANGELになったんだ?」
「……――知らない。欲しいものなんて、ありすぎて分からない。そしてその大半は、手に入らない。だから余計に、心が荒んだ。その繰り返しが、この結果」
―――“心が麻痺する”―――
だんだんと黒ずんで、それに心が支配されていく。
積み重なる、その憂いの正し方を知らない。
その仕方を知らぬ者と知る者では……――見える世界は、全く違うのだ。
―――“その事実さえ、分からずに生きてきた”―――
だからどこかで、心は物足りなくなる。
「ありすぎって? よくそんなに、欲しいものがあるな」
「あるよ。……――雪哉は何が欲しい?」
「何だよその言い方? ガキじゃないんだ」
――何が欲しいか。本当は、すぐに答えが浮かんだ。
****
━━━━【〝
俺がずっと欲しいと願っていたのは、物なんかじゃない。
いつまで経っても、手が届かない。
手に入らないのは、誰のせいでもない、俺のせいかもな。
「私が今、何が欲しいか分かる?」
「金」
女は可笑しそうに笑った。
「確かに欲しいけど、お金を欲しがる事はいつでも出来る。……――今は、雪哉が欲しい」
へー……、残念ながらコイツは、趣味が悪い。俺を欲しがったところで、良い事なんて何もない。
――本当に、ドイツもコイツも、人を見る目がない。……――そう、俺なんか、最悪な奴なのによ……
――自分を侮辱するくせに、あの女にだけは、求めてもらいたいと思った。そう思うのは、あの女にとっても侮辱だろう……
「ずいぶん趣味が悪いんだな」
取り敢えずこの女には、適当な返事をしておいた。
「趣味が悪いだなんて、失礼ね。 ……――貴方、素敵よ」
女は薄ら笑みを浮かべながら、俺の体に纏わり付いた。
「今までで、雪哉が一番だよ。だから落札させた」
何が一番なんだ? 何番でも構わない。……──だだ、たった一人の奴の、一番になりたい。
全く別の物思いをしながら、女の背に腕を回した。
〝知ってる〟。自分が最悪な奴だって事を。
……――例えそれが、俺の役目だとしても。役目だとしても、出来ない奴は出来ない。そうしようとしないだろう。俺には出来るけれど……
BLACK OCEANの時も、BLACK MERMAIDの時も、そして今も、これが俺の仕事だ。対立相手の女を寝取って、情報収集に裏操作、そんな事は日常茶飯事だった。……――言うならスパイだ。
その事実を知ってるのは、百合乃に聖、純、陽介。……――例えメンバーにさえも、極秘だ。
そんなのだから、世間からの噂は最悪としか言いようが無いけどな。
……――だがまぁ“女好きなどと”、良くない噂が流れているにも関わらず、毎回仕事は、上手くいくんだ。それを考えると、女たちもどうかと思うがな。
気が付かれる訳にはいかない。
だから、“女好き”って思われているくらいが調度いいんだ。
「……――雪哉が欲しい」
「焦るなよ。俺の事が欲しいなら、いくらでも……」
そう、俺なんかが欲しいなら、いくらでもやるよ。仕事なんだからな。
いくらでもやる。
いくらでも夢を見させてやる。
心以外なら、俺はお前に与える事が出来る。
――首に吐息がかかる。
――生身の背中、多分……温かい。
余計な事を考えすぎて、良く分からない。
―――“集中しろ”―――
「いくらでも、やるから」
満足げに笑った女……――
女と唇を重ねた。
――例の物思いのせい。誰が相手なのかも、忘れそうだ。俺って馬鹿か? ……
――なぁ絵梨……──絵梨は初めからずっと、RED ANGELと仲間になった事に、反対していたよな。
――あれは、絵梨に別れを告げる少し前だ。
電話でその事実を知ったお前は、納得出来ずに、俺に会いに来た。
その時、俺は言ったよな。『“無理に決まってんだろ”。 “俺らと関わりすぎた”』
―――“ずっと俺らといればいいだろう?”―――
―─“RED ANGELと関わりを持ちたくない”─―
電話でそう言った絵梨に対しての、返答。
あの時、“助けてやる”って、言ってやれば良かった……俺が絵梨と、離れたくなかったんだ。
あの時、絵梨がいるなら、綺麗に悪にも染まれると思ってた。
それに、自分の仕事をしたくなかったから。絵梨だけを見ていたかったから。
ごめんな、絵梨……絵梨、すごく怒ってたよな。怒るに決まってるよな、RED ANGELなんて、怖いもんな……?
ごめんな。
怖かったよな?……
もう大丈夫だから、安心しろ。
すぐに、助けてやるから……
──口内に入り込む他人の舌を、拒否などせずに、綺麗に絡める──
──“息が詰まるほど、深く”──
あの日の絵梨、いつもに増して怒ってた。
絵梨の話しを遮って、いきなりキスをして舌を入れたら、ハイヒールで思いっきり、足を踏まれた。終いには、思い切り突き飛ばされた。
悩みだ。俺って絵梨の前だと、最高に格好悪い。笑えるくらい、上手くいかない。好きすぎるんだ。
〝絵梨が好きだ〟。――けどな、言葉にはしない。 こんな、色事の役目ばかりな俺には、言える言葉じゃなかった。
だから、絵梨に惹かれているのに気が付いた時、惚れないように、必死にブレーキをかけようとした時もあった。
なのに結局惚れちまって、言葉では伝えられなくて、分かち合えなかった。
だから、身体だけしか繋げなかった。
軽い男って思われても、仕方がない。
──唇を離して息が漏れる──
──息を切らして吸う時の、その声──
──絵梨ではない事を、思い出させる──
──再び絡む視線……――“絵梨じゃない”──
俺は絵梨を求めるけれど、それは罪なのか?
世界で最も求める人と、幸せになれる……そんなのは、無理なのか?
悪い事を、沢山してきた。誰かの気持ちなんて、簡単に踏みにじってきた。
そんな最悪な俺には、幸せなんて用意されて無いのかもしれない。
けれど、もし、俺にも幸せが用意されているのなら、こんなのは、今回で終わりにしたい。RED ANGELの件が解決したら、今度こそ、完全にこの世界から足を洗いたい。
そして、絵梨だけを見ていたい。
──髪の柔らかさも、指の通り方も、あの綺麗で艶やかな、金色の髪ではない──
──俺をまどろませる、あの香りも、ここにはない──
お前の面影を探そうと必死だ。
こんな、嘘だらけで固めた夜……――
****
━━━━【〝
窓を開ききった部屋。風を受けて、カーテンが静かに揺れる。――青白い月の光。
ベッドで横になりながら、膝を曲げて寝転ぶ。
シーツから少しだけ出た足に、月光が差し込んだ。
今宵も私は一人で眠りにつこう。
一人で夢を描こう。
一人で夢を見よう。
最愛の人との幸せを願おう。
幸せな図を想像するのに、なぜか目頭から涙が伝った。
間違いなく、私は貴方との幸せを願っている。
その思いは、決して変わったりしない、大切な大切な……私の祈り──。
此処にいて……どうして居てくれないの?
どうして……?
雪哉───……
****
━━━━【〝
「雪哉…………早く……」
「分かってるから。せっかちだな?」
「我慢は嫌い。果てるまで、感じさせてね……――?」
「あぁ。すぐに、果てを見せてやるから――」
赤い天使の刻まれた細い体を抱き抱えて、ベッドへと運んだ。
そのまま、偽りの夜に、この身を捧げる──……
なぁ、絵梨……
もしもお前が此処にいたのなら、俺はまた、自分の役目を見失う。
そして、瞳にお前だけを映して、優しいキスをしただろう。
けれどもしも、絵梨がRED ANGELに恐怖して泣いたなら、俺は自分の役目を忘れずに、この女にキスをするだろう。
そして、お前の瞳に映りたくないと願う。
瞳を背けてほしい。
瞳を両手で覆ってほしい。
瞳をとじてほしい。
その時は、瞳をとじてくれ。
愛する貴方の瞳には、決して映りたくはない。
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━━━━【〝
長く続いている、私たちの道。
永く繋がる、私たちの歩む道。
たとえ好ましくない道でも、どうにかして、進み続けるしかないだろう。
引き返す事は出来ない。
歩む以外に、たどり着く手段はない。
けれど、黒ずみ汚れた世界に疲れたなら、肩の力を抜いて、休憩すればいい。
束の間にまどろんで、夢に幸せを垣間見て、そう、瞳をとじて――
たどり着く道の先の、幸せを思い描くの……“今宵は瞳をとじて”。
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◤ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄◥
【 Ⅰ VOLU
【 CONTI
◣_________________◢
※次のページに【あとがき】あります。
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