Episode 16 【RED ANGEL 3/3 ― 赤猫 ―】

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―――――――――

――――――――――――――

 同じ夜の事。女はキラキラとしたブランド物の財布を開く。――そして中身を見て、表情を曇らせる。


「お金ないの?」


 少女が女に問い掛けた。

 女は困っているように、自分の髪をクシャっと掴む。


「そうだ……この間、一気に使ったんだった。ありえない。……一万しか入ってない……」


「一万って少ないの?」


「ありえない。“だって一枚しかないのよ”?」


「何枚ならいいの?」


「あればあるだけ良い」


 すると少女が、可笑しそうにクスクスと笑った。


「アンタはすぐに笑う。……――馬鹿にしてるの?」


「してないよ~」


「嘘だね。ガキが大人を馬鹿にして!」


「“ドール”はガキじゃないよ」


 少女は自分の事を、と呼んだ。


「ガキじゃない? ……」


「ガキじゃないよ」


 少女はニコリと笑う。

 ……――女は、ような顔をした。

 ……――だが次に女は、話しを途中にしたまま、方向を変えて歩き出した。


「どこに行くの~?」


 問い掛ける少女、“ドール”に振り返り、女は返事をする。


「“お金だよ”。稼がないと」


 言いながら女は、得意げに笑った。

 女は財布から一万円札を取り出し、それを長方形の形に小さく折った。……――そしてその一万円札を、放るように少女へ投げる。それを少女がキャッチした。


「お金くれるの~? ないんじゃなかったの?」


「今から稼ぐから、それはあげる。 ガキに小遣いだよ」


「ドールはガキじゃないよ~?」


 ……――とため息をついてから、女はまた歩き出した。

 もう一度振り返り、女が問い掛ける。


「ドールも、行く? ……」


「ドールはもう寝る時間だから、行かないよ」


「やっぱりガキ」


 捨て台詞のように呟いてから、女は立ち去る。

 少女は片手を口にかざして、あくびをした。


「お家、か~えろ」


 少女も帰る方向へと向き直り、歩き出した。


 ――青白い月光の中を、赤い花びらが舞う。


 その光景はまるで、暗闇をさまよう、赤い天使のようだった……――


―――――

――――――――

――――――――――――

 そして少女と別れた後に、女が向かった場所は……――


 ――ほの暗い照明に、怪しく照らし出された、とある場所の、ある大広間。

 そこであちこちから、声が上がる……――


―「25」


―「30」


―「50」


―「75」


―「100」


―「105」


―「150」


―「“決まり”」


 ――カンカン!


―「150万で落札!」


 ……――とある、闇オークションの会場だった。


 このオークションに集まる面子はそこそこ。小金持ち程度が多いだろう。

 そして、このオークションの治安はワーストクラス。見るからに、ガラの悪い連中の集まりのようなのだ。

 ……――そしてこのオークション会場を仕切るのは、顔の片側に刀傷のある青髪の男。この男がこのオークションの主催者兼、会場の司会者。

 ――主催者の見た目から、通称、BLUEブルー SWORDソードと呼ばれる闇オークション。そしてその名は同時に、でもある。


 ……――今宵のオークション会場。観衆の中で、女が手を高くあげた。


「……――いきなりで悪いけど、私にもオークションに出展させてもらえない?」


 観衆の注目が女へと集まる。


「姉チャン張り切ってんな。 ……――どんなお宝だ? 見してみろ」


 すると青髪の陽気な司会者が、女を手招きする。


「ほら! 道開けて!」


 女は堂々と腕組みをしながら、周りの男たちに言い放つ。

 黒や白のスーツに身を包んだ、ヤクザのような男たちばかりだ。

 ……――威勢良く、美しく頼もしい女を前に、男たちは道を開けた。

 男たちは仏頂面で、通過する女を眺めている。

 司会者は楽しそうに笑顔を張り付けながら、女への手招きを続けている。


「よし! 何を出展するんだ? ……――出してみろ」


「これよ!」


 女が隠すように抱えていた物を取り出して、見せた。 それは、グルグルと布の巻かれた短剣だった。

 司会者が白い手袋をはめて、短剣を受け取る。


「……――この紋章が分かる?」


 女は短剣に刻まれた紋章を指差した。


 ……――すると、それを見た司会者の目が一瞬泳ぐ。


「驚いたな。……――この紋章、RED ANGELか……」


 すると、司会者の発言に観衆がざわめいた。


「RED ANGELは絶大な存在でありながら、極秘だらけの組織だ。一体、この短剣をどこで……? ……――」


 女は誤魔化すように、笑顔を作る。


「……――そんな事は良いから。オークション、スタートよ」


 ―カン!!


「んじゃ! 細かい事は気にせずスタート! 五万からで!」


「五万、五枚から? ……ぜんぜん足らない。……」


 女は始まりの価格に不満を感じつつ、金額が膨らむのを待つ。


―「20」


―「30」


―「60」


―「80」


―「85」


―「90」


―「95」


―「100万」


 ―カンカン!


「落札!」


「……――100万? ……まぁこの面子じゃ、上等な方かな?」


 女は少し落胆したようだ。だが承諾をした。


「そんな顔しなさんな! 悪いが俺のオークションには、一流セレブ様は滅多に参加しないんでな!」


「……当分稼がないで済むくらいの、大金がほしい」


「なら、他に何かないのか?」


「ない!」


 ふて腐れるように口を尖らせる女を前に、司会者がやれやれと首を振る。


「じゃあ仕方ない」


 司会者はニカッと笑う……――


「分かったわよ」


 女は渋々と承諾して、ステージを離れようとした。――だがそれを、司会者が女の手口を掴んで引き戻す。


「じゃあ、今夜のだ!」


 手を掴まれたまま、意味が分からず困惑をする女。……――相変わらず、陽気に笑う青髪の司会者。すると、司会者が言う。


「この綺麗な姉チャン! 五万からでどうだ!」


「は? ……」


 司会者は女へと、陽気な笑みを向ける。


「物は無いが金が欲しい。 なら、自分を売るしかない! ……――そうだろ??」


 女の顔が、司会者に対する怒りと焦りに変わる。絶望の表情だ。……


「私が、五万スタートですって!?」


 思わず司会者は、ポカンと口を開けてしまう。


「絶望だわ! せめて! 10万スタートよ!!」


「姉チャン?! そっちの絶望かよ!?」


 司会者の鋭いツッコミが入ったところで、オークション、スタートだ。


―「「「10万!」」」


 何人かが一気に、10万と声を上げた。


 ……――そして、金額を上げた男たちの睨み合いが始まった。


「なら俺は11万!」


「12万!」


「13」


「14……」


「15だ!!」


 女は小刻みな金額の上がり方が、気に食わない。歯をギリギリと鳴らしている。……――そんな女に、司会者が耳打ちだ。


「仕方ないさ。風俗のある世の中だからな」


 その間にも、オークションは続く。


「16!! どうだ女! 落札か?」


 “16”と言った男を見て、女が苦い表情をした。


「アンタじゃ嫌よ」


 すると司会者が、声を上げて笑い始める。


「フラれちまったな!」


 女は相手を選ぶ気、満々である。


 そして男たちは、勝手に盛り上がる。


「この不男! 下がってろ! この女は俺がもらう!!」


「不男だと?! お前に言われたくねー!」


「俺がもらう」


 一人の男が、女の腕を引っ張った。


「ちょっと! 痛いじゃない! 引っ張らないで!」


「俺がもらった」


「アンタなんて嫌」


 女は納得のいかない様な表情で、そっぽを向いた。


「困ったお姫様だな」


 ……――からかいにも聞こえる言葉を吐く呑気な司会者を、女は睨みつける。


「なら20万」


「23」


「自分を売るつもりはなかったんだから、はした金じゃ納得がいかない」


「26万でどうだ? ……――お前は面白い女だ」


 言いながら、一人の男が女の肩を抱き寄せた。すると、その男の胸倉を掴む、あと一人の男。


「RED ANGELの短剣を持っていた女だ。……――興味があるな。俺がもらう」


 男たちは今にも、殴り合いを始めそうだ。

 ……――女は呆れた表情をした。


「今夜も乱闘スタートか? 俺のオークションの治安はワーストクラスだからな。仕方がない」


 司会者はそう言いながら、当たり前と言った様な顔をしている。その時だった……――


―「待て、俺もまぜろ」


 突然、一人の男が参戦してきたのだ。その男を交えながら、オークション再開だ。


「27……!」


「28!」


―「


「29」


「30」


―「……」


「「「は?!」」」


 後から参戦した男は、何を考えているのか、金額で争うつもりが、全くと言っていい程なかったのだ。


「馬鹿にしてんのか!!」


 他の男が、例の後から来たその男に言い放った。……――すると、例の男も返す。


―「うるせーな。所持金がない!」


「お金がないなら論外」


 女は呆れた。……――その男へ向き直り、睨み付けた。


 ―――“睨みつけた”―――


 筈、だったのだが…… ――その男を見た途端、女の思考は停止した。


「…………いい男」


 不機嫌そうだった女が、いきなり夢うつつに変わった。

 ……――男たちは、相変わらず言い合いを続ける。


「邪魔だ! 引っ込んでろ!」


「お前馬鹿か?! 金のない奴が何しに来た!?」


 男たちは当然、この訳の分からない男を前に、ご立腹だ。

 ……――だが、後から来たその男は、マイペースだ。


「金? 仕方ねーんだよ! この間、馬鹿共に全額おごる羽目になった! 酷いよな? どうして俺なんだって話だ。高いワイン注文した奴は誰だ!!」


「知るか!!」


「そんな話しなんて聞いてねー!!」


 一人の男が、後からきたその男に殴り掛かった。

 ――だがその男、いとも簡単に、その拳を受け止めた。


「暴力は反対だな」


 ――ドカッ!


 言葉とは逆に、拳を受け止めたまま、相手の腹へと蹴りを入れた。

 蹴られた男が、尻餅をつく。


「テメーやりやがったな!」


「先に殴り掛かったのはお前だ」


 睨み合いが始める。そして……――


―「面白ぇー! やっちまえ!!」


―「そんな若僧に負けんなよ!!」


―「オラ! でしゃばり貧乏人! 頑張れ!!」


 まるで野次のような声援が会場に響く。


―「俺は“お前が勝つ”に10万だ!」


―「なら俺は、そっちの兄チャンに10万!」


 勝手に賭けを始める連中まで出てきた。そして仕舞いには……


 ―カンカンカン!!


「盛り上がってんな! 飢えたハイエナ共!! 今夜も派手に暴れてくれ!」


 一層と、司会者が会場を盛り上げ始めた。

 ……――そして当たり前のように、餓えたハイエナ共の争いが始まる。


 ……――続け様に飛んでくる拳を避け続けるのは、若い男。例の、後から来た男だ。


「テメー避けてばっかしだな! ……――殴り方が分からないのか?!」


 馬鹿にしたように、相手の男が笑った。


 ―ガツン!!!


 馬鹿にされたのが気に食わなかったのか、若い男も、ようやく殴り返した。

 殴られた男はよろめく……――


「誰が殴り方を知らないって? ……――お前は、“避け方も知らないのか”?」


 今度は若い男が、上から目線で挑発だ。


―「いいぞ若僧! その男を黙らせろ!!」


―「オラオラ! さっさと決着をつけちまえ!」


 そして衰えない、観衆の声。……―――


 争いは続く。……――若い男を殴ろうとしても、やはり全てがかわされた。若い男には、拳が全く届かない。


 ―ガコン!


 そのうちに、避けられた拍子に勢いづいた相手の男が、床へと膝まづいた。


「ハァ……ハァ……んでっ!! ……――ぁたらねーーんだ!!!……ハァ……」


 息を上げながら、若い男を睨みつける、相手の男。

 圧倒的な力の差に、騒がしかった観衆も次第に、ポカンと口を開けてしまった。

 そして女は一人、呟いた……――


「へぇー……、喧嘩も出来るのね」


 ―カンカンカン!!!


「はい! ストップ!! ……」


 殴り合いを眺めていた司会者が、そこで口を開いた。


「ストップ!! ……――兄チャン、相当な腕だな? 見覚えがあると思ったぜ! …… アンタは、“BLACK OCEANの”……――」


 司会者は確信の表情を浮かべた。

 そして、“BLACK OCEAN”の名に、観衆がどよめいた。


―「BLACK OCEANだと!!?」


―「そうだ! やっぱり本物だ!? 俺は初めから似てると思ってた!!」


―「この世界から身を引いて、どれくらい経った?!! BLACK OCEANは復活したのか!?」


―「どうりで歯が立たない訳だ。あの男はBLACK OCEANの四の一! “西のトップ”を務めた……――」


 ――女も驚きの表情を浮かべていた。


「“BLACK OCEAN”……へぇー、よりによって、あの人が……」


 そして観衆たちが、その男の名を呼ぶ。……――


―「白谷シラタニ 雪哉ユキヤ……!」


 観衆の反応を見て、“雪哉”は満足げに笑った。


「気が付くのが遅いぞ! ボンクラ共!!」


 喧嘩相手の男と観衆たちは、顔を真っ青にした。


「「「「申し訳ありませんでした!!!」」」」


 観衆たちが、一気に雪哉に向かって頭を下げる。

 ……――そして司会者は、苦笑いで一人、頬杖をついている。


「ユキ、久しぶりだな」


「ブルーソード、久しぶりだ」


 ――BLUE SWORDこと、青髪の司会者がニッと笑った。


「まさかとは思ったんだが、本物とはな! ……と言う事は、お前が“この間全額おごる”羽目になった相手っつーのはまさか……」


「その通りだ。“腐れ縁の三人”。どうしてくれるんだ、ブルーソード?」


「あ? 何がだ……?」


「“俺のおごり”の方向に、誘導されたんだぜ? ……――誰にだと思ってんだ? のオレンジ頭のせいだ」


 やれやれと、苦笑いを浮かべるブルーソードだった。


「いつまで頭を下げてんだ? 面あげろ!」


 雪哉の掛け声に、一斉に顔をあげる男共。


 ……――その迫力に、女は小さく肩を揺らし、表情を強張らせた。


「BLACK OCEAN……話しは聞いていたけど、周りを従わせるこの権力は一体……何者なの? ……」


 女が驚いた表情で、雪哉を見た。……――女へと向き直り、雪哉が返す。


「聞いてなかったのか? ……俺は白谷 雪哉、元BLACK OCEAN」


 ――“元”と言うその言葉に、ブルーソードは浮かない顔をしていた。


「……それは知っているけど……」


 女はまだ困惑の表情を浮かべている。


「どうでもいい。それで、どうなんだ? ……――」


「何がよ……?」


「忘れたのか?」


「だから何が? ……」


「忘れたのか? お前、落札されてる途中だろうが。……――どうなんだよ?」


「どうって……そのぉ……」


 女の目が泳ぐ……


 すると雪哉が、女の片手を丁寧に取る。


「俺が落札する」


 そっとその手に、雪哉は指を絡めた。

 ……――女はうっとりとして、雪哉から目を反らせないでいた。

 この光景に、|ブルー ソードは呆れた様子だ。


「おい! ユキ! 金、ないんじゃなかったのか!」


 …――そう何気なく、ツッコミを入れてくる。……――だが雪哉は、そんな言葉は気にしない。女との話しを続けている。


「一万……なんて言ったら、怒るか?」


「あ、あなたが……私を落札!? ……」


「……――俺なんかじゃ嫌か?」


「いえいえいえ!! ……そんな筈……」


「……五千。さすがに怒るよな?」


「怒らない……けど……」


「…………やっぱり、やめる。俺、金ないから」


 絡ませていた指をほどいて、雪哉は女から離れた。


「ちょっと……! 待って……」


 すると女が自ら、雪哉を呼び止めた。


「……――どうした? 俺に落札されたかったか?」


「そんな……」


 再び女の目が泳ぐ。……――雪哉は得意気に、口元を綻ばせていた。


「仕方ない。分かったから」


 雪哉は再び女の手を取り、指を絡めた。……――至近距離で見つめ合う。


「三千……二千、千……五百! ……」


―「おい! ユキ! 落札レベルの金額じゃねーぞ! お前バカだろ! 余所でやれ!」


「……百円……」


―「おーい! 雪哉~! 駄菓子買う訳じゃねーんだぞ!」


「五十……10円!」


「落札。……10円で構わない」


 可笑しそうにしながら、女が笑みを作った。

 ……――ポケットから10円玉を取り出して、雪哉が女の手に握らせる。


「成立だな」


「10円はチロルレベルだぞ!?」


 ……――こうして今宵の愉快なオークションにも、終わりの時間が近づいていく。


 そして“落札した男”と“落札された女”はそのまま、二人で会場を出て行ったのだった。


―――――――――――

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