Episode 14 【翌 3/3 ― BLACK MERMAID ―】

――――――――――――

――――――――


―「……眠い」


―「怠い」


―「寝る」


―「疲労が……」


 こちらはBLACK MERMAIDのたまり場……―疲労感たっぷりの四人組。そう、聖、雪哉、陽介、純だ。


純「久しぶりに暴れすぎた」


聖「オレ、寝る……」


 いち早く、ソファーにぶっ倒れたのは聖だ。


純「お前が一番に寝るな……百合乃と一緒に傍観してただろうが?」


 そう言って純が別のソファーに座って、脚をテーブルに乗せた。


陽「……何でこの部屋は、ソファーが二つしかないんだ!」


 不満を吐きながら、陽介が仕方なく床に座る。


陽「ユッキー! あの二人酷いよな! 即刻ソファー取りやがった!」


 ………――返事はない……――


陽「ユッキー?? ……あれ?! ……ユキ! ……雪哉ーー!! まさかの立ち寝!?」


 どうやら雪哉は、既に眠っている様だ………―――と、思ったら……


雪「……違う。“”」


陽「起きてたのかよ?! 白状するな! 傷付くだろ!! ユッキー意地悪!」


 実は、らしい。


雪「ソファーだろ? しっかり聞いてた」


陽「しっかり無視したけどな!」


 ……――ソファーが欲しい二人。まず、長ソファーにぶっ倒れて、既に寝ている奴をどうにかしたい……――そう、“長ソファー独占の聖”をだ。

 ――そして、考えた結果。“”!

 ――雑なコミュニケーション。


 ――ドカ!


雪「……コイツ起きないな」


陽「表情一つ変わらないぞ?!」


純「そのくらいで、起きる訳ないだろ。聖だぞ?」


 自身はソファーに座りながら、純が口を挟んできた。


雪「そうだな」


陽「聖だもんな!」


 “聖イコール、そのくらいじゃ起きない”とは、認識済みのコミュニケーションである。


陽「聖!」


 ――バシッ!


聖「……う~……――」


 …………―――


雪「聖ー?」


 ――ベシッ!


聖「……いってぇ~な……――安眠妨害か? ……――」


 ウトウトとしながら、聖が起き上がった。

 聖・GOOD MORNING!


雪「オレは寝る」


陽「オレも寝る!」


雪「オレはソファーで寝る」


陽「オレもソファーで寝る!」


雪「……お前は床だ」


陽「お前が床だ!」


 ここまで協力をして聖を起こした2人だったが、仲間割れだ。


純「仲良く2人で床に転がってろ」


陽雪「「……?!」」


 ソファーの争奪戦……――――だが、その時……


 ――バタン!


 部屋の扉が開いた。


「おはようございます!!」


 扉を開けて、BLACK MERMAIDのメンバーの男、数名が登場だ。 〝GOOD MORNING!〞


 “おはよう”って顔をしている聖と……――“おはようじゃねーよ!” という顔をしてる雪哉と陽介だった。 そして純は、どうでも良さそうにしている。


 来客の登場でGOOD MORNINGな流れ……―――だが彼らは、実はかなり眠たい。

 理由はそう、久々に乱闘を繰り広げ、テンションがハイになってしまったからだ。……――そしてハイのまま、寝ずに今まで、飲み明かしていたからだ。……――そう、彼らは、


陽「朝から何の用だ……?――」


「〝PM3時です〟」


雪「……へー」


 ――“一体何の用だ? ”――


 ――野郎共は何やら、目をキラキラとさせながら、こちらを見てくるのだ。


「なんだか感動ッス」


「4トップが目の前に!」


 ――そう。憧れ目線の野郎共だ。


「昨日はお疲れ様です! 助かりました!」


「ありがとうございました!」


「お礼にオレたち、こんなモノをお持ちしました!」


 野郎共が一斉に頭を下げて、4人へと“何か”を差し出す。


「礼だと? ……そんなものいらねー…………─?! …oh!?」


「何だよそのリアクション……ん? ……!? ……Wow!」


「お前こそ、何だよそのリアクショ……─―! Ah……☆!」


「お前こそ、リアクション可笑し……! ……―─Aah☆」


 ――その“”に問題がある為、誰がどのリアクションを取っているのかは、内緒である。


「俺たちのお宝っス!」


「どうですか!?」


「喜んでもらえましたか?!」


「PM3時はおやつの時間って言うじゃないですか!」


「全く礼なんて……! お前ら気の利く奴らだな!」


「……随分いいの持ってんじゃねーか?」


「差し入れのセンスがいい!」


「律儀だな!……サンキュ!」


―――(*数分の間*)―――


「……待て待て! ……コレイイ!」


「は? ……コッチだろ?」


「オレは断然、アッチだ!」


「オレはコレだな!」


―「皆さんお目が高いっスね!」


―――(*数分の間*)―――


「……どのくらいのが好きだ?」


「このくらいだ!」


「……もう少し欲しくないか?」


「じゃあ、これくらいか??」


―「オレもそのくらいがいいです!」


―――(*数分の間*)―――


 とんでもないお礼に、しっかりと食いつく4人。“”ですから。と、そこに……――


 ――バタン!


 扉が再び開いた。

 扉へと向き直るとそこには、BLACK MERMAIDの女たち、数名が立っていた。……――そこには昨日、陽介と雪哉が助けた2人組もいた。


 茶髪のミディアムヘアである、殴られそうになっていた女が『ミナミ』 。もう一人の髪をしばっている女が『明美アケミ』 と言う。


 ……――いきなりの女たち登場に、焦る男共。

 とにかく、“”は、即刻隠す。……


聖「いきなりどうした!?……ノックくらいしろ!」


陽「ノックは基本だ! ……男はな! 女には見せられないようなモノを、見てたりするんだ!」


「見せられないモノ……?」


「それって何だ?」


雪「そっそんな事を聞くな!」


純「知らなくて良い事だ!」


 焦りまくる男共を、不思議そうに見る女たち……――


聖「……何か用か?」


 平静を装いながら問う。

 ……――何やら南と明美は、ソワソワと落ち着かない様子だった。

 南が明美の方を振り返り、小声で話す……――


南「なぁ明美っ……無理だ! 無理……」


明「無理って……どうするのさ? ……もう来ちゃっただろ? ……」


 ソワソワとする2人の事を、男たちは不思議そうに眺め続ける……――


「……えっと……悪かった……」


純「……ん? 何て言ったんだ? ……」


 ソワソワとしながら、小さな声。良く聞き取れなかった。


「……昨日は悪かった」


雪「何がだ?」


「馬鹿にして悪かったと思ってる。百合乃さんが無事だったのも、お前らのお陰だ……」


 女たちはスッと、4人に頭を下げた。


陽「気にするな。……当たり前だ」


 女たちは、ゆっくりと頭を上げる……―――


南「それと……――」


 そして南が一歩前へと出てきた。何やら、モジモジとした様子だ。

 勝ち気な南がモジモジとしていると……――男たちは驚き顔だ。


南「ごめんな……痛くないか……?」


 南は言いながら、陽介の前へとやって来た。

 自分の代わりに陽介が殴られた事を、気にしていたのだ。


陽「……オレか? ……気にするなって言っただろ?」


南「気にする……」


陽「だいたい、お前のせいじゃない! オレを突き飛ばした奴のせい!」


 雪哉を指差す陽介。


雪「悪いな。とっさの判断だ!」


陽「ユキのせいにして、全部忘れな?」


 雪哉に毒を吐きつつ、南に優しい陽介。

 うつむいたまま、南は小さく頷いた……――

 うつむいた南の髪から、少しだけ見える小さな耳……――その耳が、赤くなっていた。


 顔を上げる南……――

 華奢でベビーフェイスな南は、大人しくしていれば可愛らしい。


 南は控え目に、少しだけ笑った。

 だが、ここで彼女の目に、予想外な物が飛び込んできた……――


南「……何だそれっ?」


 それは、隠しきれていなかった、卑猥なお礼の品だ……!

 痛いところを突かれた男共だった。そして、笑顔が引きつっちゃう陽介……

 固まってしまった南。


明「どうしたんだ? 南?」


 固まっている南へと、明美が問いかける。

 そして明美の瞳にも、“嫌らしいお礼の品”が映った……


明「……嫌! ……――みっ南!! 早くこっちに戻っておいで!!」


 腕を掴んで、明美が南を自分の方へと引っ張った。

 女たちの冷たい視線が、男共へと突き刺さる…… 

 違う。〝彼らは男なだけなんです……〞


聖「だから、ノックをしろって言ったんだよ……」


雪「オレらは健全だ! ……」


「なにが健全だっ! 私らをそんな目で、見てるんじゃないだろうな?!」


聖「見てねーよ!! 自意識過剰だ!」


女一同「「「?!……――」」」


 “見てねーよ!!”とは、随分とスパッと切り捨てられたものだ。……――実のところ、少しだけガッカリとした女たちだった。


明「……南? 大丈夫?」


南「……うん」


 南は少しだけ、シュンとしているように見えた。


「……いきなり来て悪かった。またな……」


 ――そして、複雑な表情で部屋を出ていく女たちだった。


 ――バタン!

 扉が閉まった。


雪「良かったな陽介? オレが突き飛ばしたお陰だな!」


陽「……でもよ、複雑な表情して出て行ったぞ」


雪「……」


――――――――

――――――――――――――


 広い部屋には、フカフカなソファー。大きなドレッサーには、たくさんの香水瓶に、グラデーションのように並んだマニキュア……――散乱する化粧品。オシャレなデュフューザー。


 こちらは男たちの部屋へとは違って、生活感あふれる、やたらに快適そうな、BLACK MERMAIDの女部屋である。

 BLACK MERMAIDは百合乃が総長なので、基本、女たちは天狗である。


 ソファーに座りながら、女たち皆でお喋りだ。


「……聞いたか?! 自意識過剰だってさ?!」


「酷い!……私たちが対象外だって言うの?!」


「見たか!? 全員であんな……ハレンチだ!!セクハラだ!」


「何だかショックだっ……男って期待を裏切る! ……」


 複雑な心境に陥る女たちは、乙女です。

 ……だが、怒っていると思っていたら、今度は何やら、ご機嫌な様子でハーブティーを一口……――


「なぁ? アイツら戻って来てくれるの??」


「……アイツら、やっぱりカッコイイなぁ」


「……♪」


 こんな話をしながら、ルンルンとしながらtea timeだ。〝だって、彼女たちは女だ〞。


「……戻って来たら、百合乃さんもきっと元気になる」


 BLACK MERMAIDの女たちは、本当に百合乃の事が大好きなのだ。同じ女として憧れている。


 彼女たちもRED ANGELとの事は、何も聞かされていなかった。

 ……――だが、RED ANGELが何者であろうと、彼女たちからしたら関係ないのだ。

 彼女たちは“百合乃についていく”。それが全てだ。


「百合乃さんの具合はどうだ?」


「さっき行った時は、まだ寝てたよ」


「百合乃さん……疲れてるんだ」


 ――純粋に、百合乃を心配する女たちだった。


―――――――

―――――――――――――


陽「心配で戻ったけど……オレらどうするんだ?」


 心配をして戻って来たのは良いものの、何も解決しない状態に、納得出来ない。


 ――どうしたいか…?


雪「……RED ANGELに呑まれたら、BLACK MERMAIDは腐る」


 ――BLACK MERMAID……―――


 ――BLACK OCEAN……


 〝出来る事なら、守りたい〟。


 呑まれて消え失せて、自分たちの黒い海を見失う──……それはどれだけの過ちになるだろうか?


純「OCEANが呑まれる……気に食わねーよ」


 ――勝ち取れなかった、BLACK OCEAN。

 今でも欲しくて疼くのに……呑まれてそれ自体を、永遠に無にするのか………――――


 分かっている。誰もが思っている。BLACK OCEANを、RED ANGELの手になど落としたくない。


 ――けれど、誰もが迷っている。 その手段に悩んでいる。


 ――そして、そんな光景をただ静かに見ていたのは、百合乃の事を気掛かりに思っている聖だった───…………


―――――――

――――――――――――――


 カーテンを締め切った、薄暗い部屋。カーテンの僅かな隙間から、少しだけ外の光が差し込む。


 ビロード生地で深紅のカーテン。ガラス細工のテーブル、姿見…─―花が刺さっていない花瓶。 花の香りを放つ香水。伸ばしたままの深紅のルージュ─―…。

 ――その部屋で、静かに眠っているのは、百合乃だ。


 部屋の扉が、静かに開いた。…――


「百合乃? ……まだ寝てるのか? …―─」


 返事はない。……――

 寝具に目を向けると、百合乃が眠っていた。

 部屋へとやって来たのは聖だ。

 “寝ているなら仕方ない”と、聖は部屋を出て行こうとする……―――

 だが、出て行く前に一度、足を止めた。……


 昨日の百合乃を、また思い出した。自分の腕の中で、幸せそうに笑った百合乃……――いきなり目も合わせずに、ふて腐れたような態度に変わった百合乃……――頭の中で、百合乃の言葉が響く……


 ―─『“大好きだよ”』─―


 天使のような微笑みで、そっと呟かれた好意の言葉。 けれど頭の中で蘇る。あの夜の言葉……――


 ―─『“戻って来てよ”』─―


 ――そう、悪魔のような微笑みで囁かれた……憎悪を込めたような言葉………―――

 憎悪で染まったような、あの瞳。……――息がつまる。


 けれど、そっと振り返った。……

 何かを確かめるように、眠る百合乃の方へ、歩を進める。


 百合乃と仲間になってから、当たり前のように4人で守ってきた。

 〝百合乃は仲間〟。総長としての格も認めている。しっかりと威厳を持った総長。…――けれど、しっかりと守る対象。良く分からない、位置関係……――そのどちらの意味でも、大切な存在なのは間違いない。

 だからこそ、何かを確かめたい。


 ――眠る百合乃は……――どこか、あどけなく見えた。

 何か焦っていたような気持ちが、スッと正常へと戻っていく……―――

 “あの夜の瞳は、何かの間違いだ”……――自分に言い聞かせた。

 “百合乃は、あんな瞳なんてしない”……――自分を納得させる。


 今度こそ立ち去ろうと、百合乃に背を向けた……――

 ……その時、そっと百合乃の手が、背を向けた聖の服を掴んだ。

 聖は再び、百合乃へと向き直る。


「…………聖」


「百合乃、起きてたのか?」


「………」


「……勝手に入ってごめんな。今、出て行くから」


 …――すると百合乃が、服を掴む力を強くして、小さく聖を引っ張った。


「百合乃? ……」


「……出ていかなくて良い」


「…………は??」


「聖なら、出ていかなくて良いよ」


「……いや……別に……」


 百合乃の言い方に、いくらか聖は戸惑う。特別に扱うような、“その言い方”に。


「聖、来て」


 心の中で小さく戸惑いながらも、聖はゆっくりと、遠慮がちに百合乃に近づいた。


「……どうした?」


「可笑しな事、言うのね。 この部屋に来たのは聖でしょう? 私に、用があるんじゃないの……?」


 百合乃はベットから体を起こすと、体を聖に向けた。


「……そうだな」


「私に何の用?」


 百合乃はニコリと、嬉しそうに笑っていた。 聖は話し始める。


「……純も雪哉も陽介も、オレも、RED ANGELと仲間になった事には反対だ。

……今はまだ、アイツらとほとんど接触していないから、呑気にしていられるだけだ……本格的に接触するようになったら、良い影響なんて受けねぇ……――腐るに決まってる。……」


「用って、そんな事?」


「〝それ以外にない〟。――深入りしてねぇ今のうちに、RED ANGELとは手を切る。……ただで手を切れるか、分からねーけど……それがいい」


「…………」


「まずは総長の承諾が必要だ。百合乃が、手を切る方向に動かすしかない。オレも協力する」


「………聖は、どうして戻って来たの? ……」


「全員、心配して戻って来たんだ。初めはその気持ちの勢いで、何も考えずに戻って来た…… ――それで結局どうしたいかって言ったら、オレら4人は、RED ANGELと手を切らせたい。だから、〝此処に戻った〟」


「……だから、私の承諾が必要な訳ね」


 百合乃は考えるような素振りを取る。……――そして、笑った。


「聖が言うなら、考えておく」


「百合乃……? RED ANGELはダメだ。……」


 何事もないかのように、百合乃は笑う。……――そんな百合乃へと、聖は言い聞かせるように話をする。


「どうして?」


「分かってるだろう?」


 ……――けれどやはり、百合乃は何が楽しいのか、ニコニコと笑っていた。


「……“分からない”って言ったら、どうする?」


 聖は呆れたように、困った表情を浮かべた。

 聖が困るのを見て、百合乃は少しだけ満足する……――“”。

 少しだけ満足したように、笑う……――


「聖、そんな顔しないのよ?」


「お前……何が楽しくて笑ってんだよ?」


「……――ほら、またそんな顔して。 その表情、結構好き」


 百合乃が聖に手を伸ばした。そっと、百合乃の手が、聖の頬に触れる……――

 ――醸し出すのは、小悪魔のような艶っぽさ…… 

 ──それは、聖の知らない百合乃の表情だった。  

 百合乃の表情に、戸惑う。まるで誘っているかの様な、そのなまめかしい表情………――

 雰囲気で、この空気で、理解出来る。自分が今、何を求められているのか…――


 ――“噛み合わない2人の感情”――


「百合乃……そんな表情するな」


 ――そう。応える気はない。


 ……――するとフッと、百合乃の表情が不機嫌に変わっていく。


 百合乃の態度に、聖もいくらか腹立たしさを感じた。


「百合乃……いきなり何のつもりだ?」


「……――冷静ね。つまらない……」


「何がつまらない? ……」


「つまらないわよ……! もっと取り乱してくれないかしら?」


「は? ……――呆れる。……最近の百合乃は、良く分からない」


 聖の言葉を聞くと、百合乃は一瞬、悲しそうな顔をした……――

 悲しみがまた、人魚の心を、酷く乾かす……―― 

 悲しみの表情を消し去ると、人魚はすぐに、瞳を冷たいものへと変えた……――


「…………――舐めな?」


 ――長くて綺麗な脚を、見せ付ける。

 ――瞳は酷く、冷たい。


「ほら? ……さっさと舐めなさい!!」


 腕組みをしたまま器用に片足を上げて、聖に脚を突き付ける。



 ――*〝従いなさいよ。……――貴方は黒い人魚に支配された、私の黒い海なのだから……〟*――



 ――命令口調。命令するかのような、冷たい瞳……――聖に、屈辱感と侮辱感が込み上げる……


****


━━━━【〝HIJIRIヒジリ〟Point of v視点iew 】━━━━


 俺にとって百合乃は、どんな存在だ……?


 どうしてそんな事、言うんだよ……


 百合乃をそんな対象として見た事なんか、一度もない。


 俺は百合乃が大切だ。……ずっと守ってた。


 だがその感情は、そんなものじゃない。恋愛対象でもない。欲情する相手でもない。


 ……――言うならずっと、保護する対象を見るような目で見ていた。


 例えるなら、妹みたいな存在であったり、逆に言うなら、姉貴のような存在であったり。


 そして同時に、百合乃は高貴に見える……大勢の奴を従わせる事の出来る器、格。何より気高い……―――

 だからだ。釣り合いたいとも思わなかった。


「……言ってる事が分からないの?!」


 やめろよ。そんな目、するな。怒るなよ……百合乃……――


 どうすればいいんだ?


 大切だ……気高く優雅にいてくれればいい。


 妹みたいな存在。――汚れてほしくない。汚したいとも思えない。


 …………どうしたらいい?百合乃は俺の中で完全に、愛欲の対象から脱線している……どうすればいいのか、分からねぇ……


 ――突き離すか?

 けれど、あの真っ暗な瞳を、思い出す。……俺が突き離したせいで、あの闇が広がったらどうするんだ…?……――


 ……なら、服従か……? ……百合乃は賢いから、その気じゃない事に、気が付くかもしれない……


「RED ANGELとの事、考えとくって言ったでしょう……?」


 百合乃は口角を釣り上げて、意地悪に笑った。……


「……――私の機嫌を損ねるつもり?」


 お前はいつから、そんな表情を覚えちまったんだよ……?


****


━━━━【〝YURINOユリノ〟Point of v視点iew 】━━━━


 声を荒げながら、聖に命令した。


 少しだけ、気分がすっきりとした。


 ……勝手な気持ちだね。


 聖の気持ちなんて、考えてないの。


 聖が好きだ。……大好きなの。


 なのに私は、聖が好きな、だけなの……?


 こんなに大好きなのに、


 ただ欲しがるだけの、勝手な“好き”の気持ち。


 ……――命令をして、RED ANGELとの事を引っ張り出したら、聖は命令通りに、私の脚を舐め始めた。……――丁寧に舐めてる。服従? ……――

 脚、一番の自慢なの。……皆、綺麗って褒めてくれるもの。


 舌の感触に、舐める音……――


 少しだけ、欲望が満たされる。


「一先ず、脚はもういい」


 聖は私に従う。……――


 けれど、気に入らない……つまらない。


 目の色変えて、欲しがればいいのに、そうしない。


 聖は何を考えているの……? ……駄目だね。聖はその気じゃない。アンタは残酷なくらいに、演技が下手だよ……


 どうして、手に入らないの? 聖は私を受け入れない。


「私を、ちゃんと見て」


 言った通り、聖は顔を上げて、私を見た。……――視線を絡める。お互いに、冷静な瞳。


 貴方が大好き……――こうしてずっと、見ていたい。……


 けれど、どうして? ……――その冷静な態度、気に入らない。……


 私を見て、もっと心を躍らして。


 そんなに冷静な瞳で、私を見ないで……心を乱して………────


「何が、気に入らないのよ? ……」


「気に入らないとか、そんな問題じゃない……」


「じゃあ、何が問題って言うの?」


 ねぇ、何がいけない……どうして駄目なのよ………


「聖は、私が嫌い?」


「そんな訳ない……」


「……なら、彼女つくったの?」


「つくってない」


「なら、別に良いじゃない。」


 ――そっと自分の服に手をかけて、脱いで、上半身をさらけ出す。


 聖の話だって聞いた。私を嫌いじゃないって言ったし、彼女だってつくってないって……問題なんてないじゃないの?


「ほら、聖。良いでしょ? 聖になら何されても良い」


 こんなに良い話、ないじゃないの。 “自分になら何されても良い”……――こんなに都合の良い女、他にいる? 最高でしょ? ……


「百合乃……」


 聖はなぜだか、未だに気難しそうな表情のまま。


 聖は上半身をさらけ出した私に、真っ白いシーツをそっと被せた。


「聖……?」


 どうしてよ? ……何? ……この気持ち……寂しすぎる……


 純粋な気持ちなんて、今は求めていない。私はそんなに、ピュアじゃない。

 “両想いじゃないからヤラない”とか、そんな可愛らしい時期は、とっくに終わってる。ずっと……――好きだったんだから。


「私は聖が好き……――ねぇ、私の事、好き? ……」


「好きだ。けど、俺と百合乃の言ってる“好き”は種類が違う」


「聖ぃ……嫌だよ。そんな事、どうでも良いじゃない。……」


「…………そんな顔するな」


 すると聖は、シーツの上から優しく私を抱きしめた。


 シーツの上からなんかじゃ、足りない。


 ……――大好きな人の体温を、素肌で感じられたなら、どれだけ幸せなの………


「百合乃を汚したくない」


「聖が好きだよ……そんなこと言わないで?」


「百合乃が大切だ……俺には汚せない」


 ――何、それ? “好き”って言った……“嫌いじゃない”って言った……“大切”って言った……


 ―――“汚せない”―――


 ――何それ? 大切だから汚せないの?……嫌だ。やめてよ……――嫌。そんなこと言わないで……大切だから……汚せない……――嫌だよ……それって、どういう意味を持った言葉? ……


 聖にとっての、私の存在。聖にとって私は、“大切だから汚せない相手”。


 ――それって、ってこと。


 なのに大切……――例えば、姉や妹のような存在……? ……――元から対象外の姉や妹……


 瞳から、静かに涙がこぼれた。

 シーツに涙のシミが、出来ていく……――


 ずっとずっと好きなのに……こんなに好きなのに……――私は貴方の、対象の中にさえいない。


****―――

―――――――――――――――


「泣くな……百合乃」


 百合乃は泣いた。


 聖は辛そうな表情をした。


 お互いに大切な存在なのは、間違いなかった。


 ただ、二人の“大切”の感覚は、違う感情から出来ている。


 大切な存在の人が泣いていたら、抱きしめてあげたくなる。


 聖の行動もそれと同じ。……――けれど聖は、自分が残酷にも思えた。だから、心が痛んだ。


 そして感情が噛み合わない事を、悔いた。


 抱きしめる事しか出来なかった。それしか、しようとしなかった。


 ――嗚咽まじりの声……


「もう、いい……」


 百合乃はスッと、聖の腕から抜け出した。立ち上がり、乱れた服を整える。……


 百合乃はフラフラと、一人で部屋を出て行った……


 そして、部屋に残った聖は、苦い表情のまま、ため息をついた……


「…………頭痛ぇ……――寝る……」


 疲労感たっぷりに、そのままベッドにぶっ倒れた。


 〝噛み合わない感情〟。


 聖に戻って欲しくて、RED ANGELと仲間になった百合乃……――だが、百合乃の思い通りには、上手く進まない。


 聖の考え通りにも、百合乃は素直に頷かない。


 この先、BLACK MERMAIDとRED ANGELが、どの様に絡んでいく事か……―――――


 それぞれの感情が絡んだまま、ストーリーは進む。まだ、ほんの幕開けだ……──


―――――――――――*

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