Episode 14 【翌 2/3 ― ERI ―】

 家を出て、目的地へと向かう。


 しっかりと寝たお陰か、いつもよりは体が怠くない。 それに、悪い気分でもなかった。これも、しっかりと眠ったお陰かもしれない。


 心の疲れを癒すには睡眠が第一だって、何かで聞いた事がある。


 ――そう、最近まともに寝ていなかった。“眠れなかった”。

 日は過ぎていく程に、寂しさが募って、眠れなかった。

 だけど、頑張って眠った。

 単純だね。『おやすみ』って、言われただけなのに……


 離れる前もそれだけ単純で、素直にいたかった。

 私は馬鹿だから、捨てられるまで気づけなかったよ。

 素直になれなくてごめんね。嫌みたらしい女で、ごめん……


 優しい、素直な子になりたい……

 ……――異性に対して、素直になれない。優しく出来ない。

 私にはそういう癖がついている。その癖も、私が弱かったせいなんだ。


 原因は中学まで遡る。

 ――今はそれほどでもないけれど、中学生くらいの時は、周りの目が気になって仕方がなかった。


 ―――“怖かった”―――


 女同士のドロドロとした関係。嫉妬を受けたり……――そんなものが、嫌な程、頭に残っている。

 男子と少し楽しく会話をしているだけで、突き刺さる女共の冷たい視線……コソコソと、聞こえてくる嫌味。

 “可愛子ぶっている”だとか“調子に乗っている”だとか………嫌で仕方なかった。

 怖くて怖くて……それが嫌で、気が付いたら異性には、冷たく振る舞うようになっていた。


 ――未だに、その癖が抜けてくれない。

 本当は、異性にも同性にも、同じ態度で接したいのに。……私って嫌な奴だ。

 これはもう、完全に癖。無意識に、男に冷たい……――


 雪哉にまで冷たくなっちゃったの、いつから?


 私が異性を突き放すようになった時期は、世間が嫌で嫌で……がむしゃらに世間を嫌っていた頃。


 雪哉と会った時期は、世間が嫌で嫌で、自分で自分を切り替えた……“無”に切り替えた時期。自分を閉ざしていた時期。


 マイナスな行為ではあったけれど、全てを諦めながら、ただ生きていたお陰で、世間の事など、全く気にならなかった。


 ――どうでも良かった。自分を罵られても、どうでも良かったから、もう、傷ついたりもしなかった。


 世間に左右されない、まさに自分だけの意思で過ごしていた時期。


 あの頃は、だからこそ素直になれた。……


 『どうでもいい』と世間を切り捨て、マイナスの感情が作り出した“無”に近かったあの頃……


 “無”の世界の中で、雪哉と一緒に過ごしていくうちに、私は段々に感情を取り戻し始めた。


 声こそは出なかったけれど、あの時の私は素直でいられた。


 心を閉ざして、声の出し方まで忘れて。


 ただ冷静な眼差しで、世間を見ていた。


 自分だけの世界から、世間を見ていた。


 ――街から聞こえるノイズ、すごく遠く聞こえた。


 誰かの笑い声。何で楽しいのか、分からなかった。


 私を侮辱する言葉。最早どうでも良かった。


 争いの声……――慌てる周囲の人々。


 私は冷静。だって興味がなかったから。


 隣にいる雪哉。……――落ち着いた。


 私を心配してくれた百合乃さん。……――憧れた。


 聖に陽介に純。なんだか賑やかだった。


 雪哉と会話をする皆……――羨ましくなっていった。


 雪哉に名前を呼んでもらえる皆……――羨ましかった。


 雪哉に、名前を呼んでもらいたくなっていった。


 マイナスな感情が作り出した“無”の世界を、プラスの感情がこじ開け始めた……あの頃。……――あの頃は素直でいられた。


 けれど、段々に感情がまた豊かに戻っていった。

 良いことだけど……同時にまた、情緒の定まらない不安定な自分に、戻っていったのも事実。


 いつの間にか、雪哉にまで冷たく接するようになっていた。

 それでも雪哉は特別だった。特別だったから、優しく出来る時もあった。素直になれる時もあった。――好きだった。その思いが一方的な気がして、苛立ちが募った。だから余計に冷たかった。

 ……――私って、なんて気まぐれなんだろう。捨てられても仕方がない。 ……


 純粋に人を愛する、難しさ……


 人を愛するにも勇気がいる。


 傷付く事を恐れていたら、誰の事も愛せない。


 私はまだ、好きでいる。


 好きだから、愛したい……


 好きな人を、愛したい。


 ……―――私は一人、自分の心との対話を繰り返していた。その時……


―「絵梨ちゃんだっけ……?」


 名前を呼ばれた。……――振り返る。


 ……。?! 出た……!!


―「絵梨ちゃんだよね?」


―「久しぶりー!」


―「せっかくだからお話ししよう!」


―「そうと決まれば、オシャレな喫茶店へGO!!!」


―「安心して? 俺らは女に優しい!!!」


 出た?! 苦手な異性……そして苦手な連中。……

 お姉ちゃんの知り合いの、意味の分からない5人組っ……


 嫌だっ嫌い! やっぱり男苦手……――どうしよう?!

 腕を掴まれた……

 触れるなっ……!? 殴りたい。……睨みつけたい……!

 ……この異性に対して、カッとなる癖。駄目だ。……

 頭に血が上る。……落ち着け……。


絵「……放して?」


 私は冷静に、訴えてみる。すると……――


隼「……! ごめんね? 痛かった?」


亮「ごめんね! コイツ、馬鹿力だから」


岬「女の手は優しく引かなきゃな!」


千「そうだそうだ! 絵梨ちゃんの細い腕が折れたらどうするんだ!!」


光「痛かったね? ……それとも怖かった?! ごめんね!?」


 ………!!……。意外に素直な連中!


 ……――私の手を引く力が、優しくなった。


岬「よし! 絵梨ちゃんを捕まえた! ……これで今日は空気が和むな!」


亮「……男だけって癒しがないんだ! 絵梨ちゃんも一緒にいてよ!」


 何だか、手を引かれている……Yesなんて答えてないのに……私の都合は、聞く気なしですか? まぁ、急ぎの都合ではないんだけどね。……

 ……こうして私は、流れで同行をする事に。


 ――引かれる自分の手を見る。

 落ち着いたら、殴りたいほど嫌ではなかった。拒絶のような、過剰な反応ではない。

 けれど、触れられたくはない。……このくらいは普通だよね?

 私の手は引かないで。私の手を引いて良いのは、雪哉だけなんだから……


絵「放して? 一人で歩く」


光「絵梨ちゃんドライだね?!」


千「ガードが固いな!」


岬「軽くないね?! 高嶺な雰囲気だ!」


亮「……もしかして男苦手だったりする?」


隼「この間は怒ってたしね」


 冷静に話せば、こんなに伝わるものですか? ……

 私、軽い女じゃないです。 ……はい。男、苦手です。


――――

―――――――


 オシャレな喫茶店で、紅茶を飲みながら会話。

 まさかこの5人とtea timeなんて、想像もしなかった。


 この金髪が隼人。

 この黒髪が亮。

 この赤茶髪が光。

 この金メッシュが岬。

 この編み込みが千晴。


 覚えられなそう……。


 ……光の髪、ユキと同じ色……。


 些細なことでも連想する。 頭の中、ユキのことばっかし。

 ……――私がそんな事を考えている間、光と岬と千晴は、なぜかソワソワとしていた。 隼人と亮はいたって冷静だ。


光「……絵梨ちゃんはさ……彼氏とかいるの? ……」


岬「いないなら! ……俺とかどう!!」


千「待て岬! 俺も立候補する!」


 光、岬、千晴の順で言った。


絵「……断ります」


「「「……?!」」」


 ガックシとしている3人。

 3人を見ながら、隼人と亮は笑いそうだ。

 すると、亮が笑いながら話し出す。


亮「もし絵梨ちゃんとうまくいったら、瑠璃さんに、その相手、誓さんだろ……その弟聖先輩……なんだそれ?! 変な親戚関係だな!」


 ん?……――聖??


 続けて、隼人も口を開く……


隼「その前に、絵梨ちゃんのこと、見覚えある気がしてたんだ。……――絵梨ちゃん、雪哉さんと一緒にいなかった?」


 え?雪哉……?!


絵「……隼人は、雪哉と知り合いなの?」


隼「後輩。……やっぱり? 絵梨ちゃん雪哉さんと一緒にいたよね」


 それを聞いて、固まる光と岬と千晴……


岬「絵梨ちゃんは雪哉さんの女か!?」


千「雪哉さんの女に手なんて出したら……――」


光「危ない!……雪哉さんに殴られるなんてゴメンだ!」


 ……あの人は後輩を相手に、そんな事をするのだろうか? ……

 雪哉、なんだか恐れられてるよ?

 ……――その前に、私は雪哉の女じゃない。


亮「瑠璃さんの恋人誓さん、その弟、聖先輩……聖先輩は瑠璃さんの義理弟って事か!? ……絵梨ちゃんの恋人雪哉さん……雪哉さんまで瑠璃さんの義理弟になってしまうのか!? BLACK OCEANの四人のうち、二人を弟に……?! 瑠璃さん……ただ者じゃないな!」


 お姉ちゃんの恋人が、聖のお兄さん?

 ……もしかして、あの時の人かな? 私がお姉ちゃんに電話して、いきなりお姉ちゃんの所へ行った時に、一緒にいた人。“聖に似てる”と、そう思った事を覚えている。


 お姉ちゃんと、聖のお兄さん??それって一体、私と聖はどんな関係になるのでしょうか? 義理兄弟? でいいのかな? 変な親戚関係だ。

 あの、すみません。私、雪哉が好きなのですが……今のところ、諦める気はない。

 上手くいったら、もっと変な親戚関係が完成してしまう。……とんでもないfamilyだ。想像すると可笑しすぎる。


隼「……絵梨ちゃん、雪哉さんたちは大丈夫なのか?」


絵「……何が?」


隼「BLACK MERMAIDがRED ANGELと仲間になってから、また戻ったんだろ? 誓さんが“聖さんの居場所が分からない”って言ってた……」


 ……今のところ大丈夫。

 けれど結局、“RED ANGEL”をどうするか……?

 だいたい、どうして仲間なんかになっちゃったの?


 アイツらは危険すぎる……仲間なんかでいるとBLACK MERMAIDはそのうち、呑まれてしまう……

 ――BLACK MERMAIDが正義とは言わない。ただ、RED ANGELは桁違いに、たちが悪すぎる……

 ……――だってアイツらは、言わば裏の世界の住人なんだ。暴走族だとか、そんなレベルの連中じゃないの……


 このままじゃ、そのうち、BLACK MERMAIDはどんどん手を汚す事になる……そんなの、駄目だ。


 どうにかして、手を切るしかない……

 慎重に、上手く手を切らないといけない。……――そうしないと、何をされるか分からない。


 百合乃さんはどうするつもりだろう? ……――百合乃さんの考えを知りたい。

 仲間になったなら、百合乃さんは承諾したって事でしょう?

 この問題を解決するには、まず百合乃さんが、奴らと手を切る事を決断するしかない。

 手を切る事を決断してから、今度はその方法を考えればいい。

 何事もなく、アイツらと綺麗に手を切る方法は……――――


亮「絵梨ちゃん? ……気難しい顔してるけど、大丈夫?」


 そうだ、会話の途中だった。つい考え込んでしまっていた。


絵「……どうにかしてRED ANGELと手を切らせないとって、考え込んじゃって……」


隼「RED ANGELがただでBLACK MERMAIDを逃がしてくれるのか?」


光「……危険なんじゃないかな?」


千「危険だろうけど、きっと手を切るしかないんだろう?」


 この5人、真面目にBLACK MERMAIDの事を考えてくれてる。 雪哉たちの後輩だったんだ。心配してくれているのがよく分かる。

 なんだか、私まで嬉しい……―――皆、心配してくれてる。大丈夫……きっと、上手く手を切れる。  

 大事なくこの問題を解決する事、出来るよね? ……――


絵「ありがとう。心配しているのは私だけじゃないって思ったら、少しだけ、楽になった」


 ありがとう……気持ちが楽になった。


 自然と、安堵の笑みがこぼれる。

 ……すると何故だか、いきなり食い入るように5人が、私を見始めた。

 何でいきなり見る訳!? 見ないで……男は苦手なんです! ……


亮「絵梨ちゃん、笑ってた方が絶対にいい」


光「雪哉さんが絵梨ちゃんに惹かれるのも、分かるな!」


 ……ユキは、私に惹かれてなんかない。


 ――笑顔か……私が初めてユキの前で笑った時、そういえばユキも、私の事をじっと見ていたっけ……

 ユキが私を見るから、私だってユキを見た。そしたら今度は逆に、私がユキから視線を反らせなくなった。

 何気なく近くにいて、安心出来る存在になっていたユキ。

 隣りにいると落ち着く……――隣りにいる事が、普通になっていたユキ。

 ただ静かに穏やかに、ユキの存在に心地のよさを考じていた。

 ――だけど、あの時視線を反らせなくなって、それが変わった。

 “静かに穏やか”、なんてものじゃなくなった。心臓が大きな音をたてて、脈打って……隣りにいるだけじゃ、足りなくなっていった……もっともっと激しく、ユキが欲しくなった。


 ブラウンの瞳に赤みがかった茶色の髪。綺麗な顔立ち……――


 ――“見とれた”――


 カッコイイ……――けれども、綺麗……初めて男の人を、綺麗だと思った。

 首から下がった羽根のモチーフのシルバーネックレス……――ユキに良く、似合っていた。

 まるで付属品のように、ユキはいつも首からそのネックレスを下げている。それがユキのイメージに、ピッタリなんだ。

 私はユキが一番好き。そして、そのネックレスも好きなんだ。……

 ユキに会いたい……――


隼「絵梨ちゃん?? 笑顔の方がいいって言ったばっかしなのに……」


岬「いきなりそんな、悲しそうな顔するな!」


千「どうしたの??」


 そんなに不思議そうに見ないで…… ごめんね。……私はどうしようもなく、不安定な人間だ。


絵「……何でもない。気にしないで平気」


 皆、心配そうな表情をしながら、私を見ていた。 

 心配してくれるの? ありがとう……


隼「……俺らで良ければ、いつでも言えよな?」


絵「うん……ありがと」


 ……――いつか私はこの5人に、自分の心の中を見せる事が、出来るのだろうか……?

 もし、それが出来たなら、素敵だね。……もしその日が来たのなら、それは……――冷めた瞳で世界を見ていた私に、だから――


――――

―――――――

――――――――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る