Episode 15 【遠距離恋哀】
Episode 15 【遠距離恋哀】
隼人たちと別れた後、絵梨はBLACK MERMAID、女たちのたまり場へとやって来た。
「絵梨ちゃん、いらっしゃ~い♪」
絵「……いきなり来てすみません」
女たちは、嬉しそうにニコニコとしている。
絵梨はどこか、遠慮がちに見える。
「絵梨ちゃんなら、いつ来ても平気!」
明「キャー♪ 可愛い~♪」
――ギュッ!
明美が絵梨に抱き着いた。
絵「はぅっ?! ……あっ明美さん?? ……」
明「絵梨ちゃん会いたかった~♪」
明美たちは、絵梨にぞっこんなのだ。
ニコニコと絵梨をソファーまで誘導して、真ん中に座らせる女たち。絵梨の右側には明美、左側には南。その他も何人か女たちがいて、絵梨の近くに立ちながら、ニッコリと快い笑顔を浮かべている。
いつも百合乃たちについて歩いていた絵梨は、BLACK MERMAIDの中では有名だ。
百合乃が絵梨を可愛がっているので、女たちも絵梨に興味を持った。……――そして、話しかけてみたのが始まり。
“控え目な性格が可愛い”と、女たちは絵梨をとても可愛がっている。
南「絵梨ちゃん! このハーブティー飲んでみて!」
そう言って南が、用意したハーブティーを絵梨へと差し出す。
絵梨はハーブティーを快く受け取り、一口飲んだ。
絵「美味しいです」
南「良かったー♪ このハーブティー、この間仕入れたばっかしのお気に入りなの♪」
明「南は本当、お茶好きなんだから」
南「趣味だもん♪」
女たちは、いつも南の仕入れたお茶を飲みながら、優雅に女子会だ。
南「いつでも来てね、絵梨ちゃん! 美味しいお茶、飲ましてあげるからね♪」
ニッコリと笑う南……――絵梨も嬉しそうにニッコリと笑って返した。
絵梨が笑う度に、女たちはその笑顔にうっとりとしている。
「絵梨ちゃんの笑顔、癒されるわ♪」
「妹にしたい~♪」
「可愛いお人形さんみたい♪」
大人気な絵梨は、皆の妹です。
絵「皆、元気そうで良かった……」
絵梨は、白麟と喧嘩をしたBLACK MERMAIDが心配で、此処を訪れたのだ。隼人たちと喫茶店で話をした後に、予定通り此処へとやって来た。
絵「……――百合乃さんも元気ですか?」
明「百合乃さんは、少し疲れているみたい……ケガは大した事はないから、平気だよ」
絵「百合乃さんにも会っていいですか?」
明「もちろんだよ」
快く笑顔を作る女たち。
絵梨は女たちに許可を取ると、百合乃の部屋へと向かった。
――百合乃の部屋の前へとやって来た。
ノックをするが、返事がない……
絵梨は少しだけ考えた後、そっと、部屋の扉を開けて、中を覗き込んだ。すると………
「?! ……――」
何故かそこには、〝聖〟……
あの後、聖は結局あのまま、百合乃の部屋で眠ってしまったようだ。
……――扉の開く音で、目が覚めた。
「「………………」」
絵梨と聖の間に、何とも言えない、気まずい空気が流れるのだった。……
「……? ……?? ……あれ? ……オレ、結局寝たんだっけ??」
「…………私に、聞かないでくれないかな??」
「百合乃は何処だ……??」
「私に、聞かないでくれるかな??? ……」
こうして絵梨は、何故か百合乃の部屋で、聖と話しをする羽目になった。
「絵梨……此処は百合乃の部屋だぞ?」
「知ってますけど?」
「なんだよ? 百合乃に用か……」
「だから来た……! 百合乃さんは?」
「オレが知るかよ? ……――絵梨、百合乃どこに行ったか知らないか?」
「……私が聞いたいんだけど」
「「…………。」」
疑問形の表情で、顔を見合わせる二人。――そう、聖と絵梨は、会話にならない組み合わせだ。
「「…………。」」
「……百合乃さんを探しに行く」
「……オレは野郎のたまり場に戻る」
「「…………。」」
少々妙な空気が流れた後、百合乃の部屋からさっさと出て行こうとする二人。……――だが何故か、ドアの前で二人とも立ち止まってしまった。
「「…………。」」
「……何で止まってるわけ?」
絵梨、真顔で問い掛ける。
「……お前こそ、何で止まってんだよ?」
聖も、真顔で言葉を返す。
「え? ……譲った」
やはり、真顔だ。
「は? ……俺も譲った」
そしてこちらも、やはり真顔だ。
絵梨と聖は無表情で顔を見合わせて、目をパチパチとさせている。……――そして、同じタイミングで動き出す。
「……!? ……あ……いえ……ごめん。……」
「!!? ……――え……あ……悪い……」
二人で再び足を止めてしまい、また、真顔を見合わせる……――
――実はこの2人、行動パターンが少し似ている。……
相変わらず……――二人は真顔で会話をする。
「……“先に”」
「いえいえ……“先に”。……」
「「…………。」」
「……レディーファーストのつもり?」
「あ……ヤバイ。睡魔が……」
「「…………。」」
「そうね。……私も眠い」
「……〝レディーファースト!〞」
「「…………。」」
相変わらず、話は全く成り立たない。噛み合わない。無表情と無表情の、素っ気ない会話……
……――だが、絵梨が微かに微笑み……聖も微かに微笑んだ。すると……
納得しきった表情で、絵梨が先に部屋を出て行った。そして聖も、納得しきった表情で、後から部屋を出て行った。
会話は成り立っていないのに、何かが通じたらしい似た者同士だった。
******
――百合乃の部屋を出た絵梨は、溜まり場から外へ……――
百合乃の居場所……――絵梨には一ヶ所、思い当たる場所があったのだ。
それは、ある公園だ。花壇が沢山あって、花が沢山咲いている、綺麗な公園。
あの溜まり場から、歩きでもすぐに行ける距離だ。
絵梨は百合乃とその公園に、よく来た事があった。その公園が、百合乃のお気に入りの場所なのだ。
絵梨は公園へと、歩を進めて行く……―――
******
絵梨は公園へとやって来た。公園を見渡す……――
すると、公園のベンチに寝転ぶ百合乃を見つけた。百合乃はベンチに横になりながら、片腕で目を隠していた。
ゆっくりと歩み寄り、声をかける。
「百合乃さん……?」
「…………絵梨?」
百合乃は声を聞いただけで、絵梨だと分かったのだ。腕で目を隠したまま言葉を返した。
「どうしたんだい? ……隣においで」
百合乃は体を起こして、ベンチに座り直した。
――冷静な瞳。けれど、疲れきったような瞳でもあった。
それでも百合乃は、絵梨に対しては弱い部分を見せない。
絵梨は百合乃の隣に座る。
「さっき、明美さんたちにも会っていました。……昨日のこと、心配しましたよ……」
「……ありがとう。絵梨。……」
百合乃は疲れた表情のまま笑った。
「絵梨にまで……心配かけちゃったね。……」
そっと、絵梨の頭を撫でる。
一人で公園に来て落ち着いたのか、百合乃は冷静だった。……――頭を冷やしたかのような、哀愁の瞳。
絵梨が、どこか寂しげな百合乃の瞳を眺めていると、百合乃が口を開いた。百合乃が話を切り出す。
「……なぁ、絵梨、BLACK MERMAIDの権力を、一番に握っているのは、誰だと思う?」
絵梨はその質問に、何て答えたらいいのか、迷ってしまった。普通に考えたら、一番の権力を握っているのは、総長の百合乃だからだ。
百合乃の言いたい事が、絵梨には分からなかった。
「絵梨は私だと思ってるだろ? ……――全員、そう思ってる。もちろん、あの四人も……――でもな、私から言わせたら、あの四人には敵う気がしない。アイツらが動けば、私はそれを止められない」
「……どう言う事ですか?」
「BLACK MERMAIDの現状が、多分、変わる……」
「それって……」
「聖に言われた。“RED ANGELと手を切れ”ってな……――それがあの四人の考えだ。 私は承諾はしなかった。否定もしてない。……あの四人は、きっと動く。現状が変わる。 私はアイツらを止められない」
「RED ANGELと手を切るために動くなら、別にいいんじゃ……」
すると百合乃は、悲しそうな瞳をしながら笑った。
「絵梨も、RED ANGELと仲間になった事に反対?」
絵梨は百合乃と目を合わせられないまま、小さく頷いた。
「絵梨はRED ANGELが怖いか?」
頷いた絵梨は、少しだけ顔を青くしたようにも見える。震えている…――とまではいかないが、絵梨の肩は、ピクピクと小刻みに動いていた。
百合乃は、その絵梨の変化を見逃さない。
可愛がっていた絵梨が、脅えている。その現実に、頭を冷した百合乃はショックを受けた。
自分の中の大きな闇を取り去る為に、百合乃は感情的になっていたのだ。
……――だが、絵梨を見て、ようやく罪悪感が湧いてきた。絵梨の事まで巻き込んでしまった事を、悔やんだ。
「ごめん、絵梨……」
「……BLACK MERMAIDが手を汚す事になる。そんなの嫌なんです。 私はBLACK MERMAIDもBLACK MERMAIDのメンバーも、皆が大切だから……」
「ごめん……ありがとうな……」
百合乃は空を見上げた。夕暮れの近づく、黄金色の空を……。――ほんの少し、肩を震わしながら……――
―――――
―――――――――
陽「さよならか?」
雪「〝さよならだ〟」
陽「おさらばか?」
聖「〝おさらばだ〟」
陽「バイバイか?」
雪「〝バイバイだ〟」
純「……無駄に類義語並べるな。ストレートな会話をしろ……」
陽「……は~い」
雪「了解。……」
聖「純、鋭い」
ソファーに座りながら話をしているのは、聖、陽介、雪哉、純。
――そう。“さよなら”だ……――――
聖「“RED ANGELと手を切る”」
雪「百合乃の承諾はどうなんだ?」
聖「“もういい”って言った」
陽「……それって承諾か?」
聖「構わない」
純「“もういい”なら、それは権利の放棄。そう考えれば都合がいい…――」
動き出す為のきっかけとなる言葉に、真意など求めない。言葉さえあれば、表面的にはおさまる。
陽「なら、その言葉を理由に動き出す」
話の指揮を取るのは、純だ。
純「まず優先すべきは部下の安全確保。……――幸いにもまだ、百合乃以外はRED ANGELの連中と接触していない。…――ならばおそらく、俺達より下の連中の事なら、交渉で逃がせるだろう。今ならな」
RED ANGELが一番に引き込みたがっているのは、権力者だろう。BLACK MERMAID総長及び、血統書付きの百合乃。元BLACK OCEANの四頂点、及び元BLACK MERMAIDの幹部の純、陽介、雪哉、聖。 この五人だ。
純「問題は俺ら五人。そこが勝負だな。……――どうにかして、アイツらを出し抜くしかねぇ。敵対心剥き出しは命取り。ゆっくりとだ……」
聖「……――なら、“ポジション”はいつも通りが得策か?」
純「いつも通り。それ以外にない」
それ以外にないと、純は言い切る。陽介と聖も納得しきった表情だ。だが、雪哉だけが不満の表情……――
雪「気分が乗らねー……」
ソファーの上であぐらをかきながら、雪哉は不機嫌そうにそっぽを向いてしまった。
純「馬鹿か……お前いなかったら誰が代わりに……
あのポジション、雪哉にしか無理だろう」
雪「そんなことねー」
純「……例えば、誰だ?」
ぐるりと、雪哉は三人を順番に見渡す。
雪「……」
純「陽介は馬鹿正直……聖は鈍感? 不器用? ……」
陽「純は馬鹿らしくなってやってられなくなるだろう? やっぱり、ユキだ……」
部屋には沈黙が走った。
四人の言う、“いつも通りのポジション”とは、一体……――
雪「…………オレか?」
純「つーか、……雪哉の仕事、いきなりオレらに務まると思うか?」
雪「……思わねー」
純「……――いつも通りにいくぞ?」
雪「……了解」
――依然、雪哉は不満げな顔をしている。……――だが、一応承諾をした。
その後に雪哉は、一人で部屋を出て行こうとする。ドアノブに手をかけた。
聖「雪哉……!」
部屋から出て行こうとした雪哉を、聖が呼び止めた。雪哉が足を止めて、振り返る。
聖「……そういえば、絵梨が来てたぞ?」
雪「絵梨? ……アイツ、何しに来たんだよ」
聖「百合乃を探してた」
――“絵梨”、その名を聞くと、雪哉の表情が一瞬変わった……――そして雪哉の表情が変わった事を、純は見逃さなかった。
純「………――どおりで、仕事をしたがらない訳だ。“絵梨がいるから”か?」
聖も陽介も雪哉も、純を眺めている。
……――そして雪哉はフッと、純から視線を反らして、舌を鳴らした。
結局、雪哉は一人、不機嫌そうに部屋を出て行ってしまった。
――バタン……
――扉の閉まる音が響く。
扉が閉まった後、陽介が小さくぼやく……
陽「……そうか、ユキはだから……――」
陽介は気が付いた様に、閉まった扉を眺めていた。
****
━━━━【〝
百合乃さんの怪我、軽いもので良かった。安心した。……――怪我は一先ず、大丈夫そう。時折見せた悲しそうな表情は、気掛かりだったけれど……
百合乃さんの真意はよく分からない。けれど百合乃さんは、“おそらく状況が変わる”と言っていた。
――“BLACK MERMAIDの権力を、誰が一番、握っている? ”――
確かに表面的には、総長の百合乃さんだろう。けれど百合乃さんは自分を、“総長”と言う肩書きだけのものだと、そう思っていたのだ。
百合乃さんがそんな風に感じていたなんて、思ってもいなかった。
……――百合乃さんがそう感じているなら、本来、BLACK MERMAIDのトップにふさわしいのは、誰なの? ……
……――そうだ、昔から疑問だった事がある。それは、雪哉に陽介、純、聖、あの四人の上下関係だ。
全くと言って良い程に、あの四人には上下関係がない。いつでも、誰が言うにも、あの四人は平行な位置関係なんだ。……勿論、あの四人から、一人だけを立てようとする者もいない。それはまるで、暗黙の了解の様……
百合乃さんを頂点として、その下に、平行に並んだ四人。……――ならもしも、百合乃さんが総長じゃなかったら、平等な位置に立つ四人は、どうなってしまうの?
百合乃さんを含めた、あの五人。 ……――まるで、百合乃さんを総長にする事で、四人の権力を、平等に保たせたような……――――
私が雪哉たちと初めて会った時は、既に百合乃さんが総長だった。その前の事は、私には分からない。
私が知っている事は、“あの四人と百合乃さんは、元から仲間だった訳じゃない”って事だけ。
公園からの帰り道。いろいろな事を考えながら歩いていたら、結局元のたまり場まで戻って来てしまった。
……――どうしよう、どこに行く? 私、どうして此処に戻ってきた?
……また、明美さんたちの所に戻る? ……――何の為に戻るの? 理由がない。
百合乃さんたちが心配だったから来た。私の言ってるたちって……――
本当に一番会いたい人は、百合乃さんでもなければ、明美さんや南さんでもなかったんだ。
……――会いたいな。迷惑がられたら嫌だな。
帰れって言われたらどうしよう?
“どうして来た”って言われたら、何て答えよう……
広い階段の前で、どうしたらいいのか分からなくて、動けないでいる。
偶然を装わないと会えない関係って、どれだけ遠い……
身動きがとれないまま、暫くそうしてから、ゆっくりと階段を上った。
無駄に広い階段。無駄に段数の多い階段。
この階段を何度も上がった事がある。……――なのに、この階段に全く慣れない。疲れる。……
BLACK MERMAIDの皆は疲れないのかな?
皆いつも、余裕そうに上がりすぎだ。……私が体力ないの?
なんだか、いつもよりも疲れる気がするよ…体力、落ちたかな?
……――いつもよりも疲れるのは、もしかしたら、一人で上がっているからかもしれない。
話し相手がいないと、やたらと長く感じる。
いつも手を繋いで、階段を上がっていた。
一段一段を上がる度に、繋いだ手に体重を少しだけかけていた。
真ん中くらいまで階段を上ると、自然と手を引いてもらえた。
私が疲れてくると、自然と抱っこしてくれた。
それまでは手を繋いでいなくても、階段まで来ると、自然と手を繋いでくれた。
――自然すぎなんだよ……“疲れてきた”なんて、私は言った事がない。“疲れた”なんて、言った事がない。
私が疲れてくると、自然とそれが回避された。自然すぎる流れで、いつも助けられていた。
――疲れたよ。足が重くなっていく。
―─ハァ……―─ハァ……
呼吸が荒くなる。……――本当、体力ないな。誰かに見られたら、恥ずかしい……私今、どんな顔をしているだろう?
ひざまづいて、少しだけ休憩。 その時……
――タン、タン、タン……
誰かが階段を下りて来る足音がした。
――タン、タン、タン……
一定のテンポの足音……――こんなに沢山の階段を、よく一定のテンポで下りれるよね……
私には絶対無理だ。私だったらつんのめるよ。……想像すると危険すぎる。……
ひざまづいているのも、恥ずかしい。
仕方なく、階段を上がり始めようと、顔を上げる。
――タン、タン、タン、タン、タン
階段から下りて来た人物が、私の横を通り過ぎていった……――
…………私は顔を上げたまま、立ち止まる。
すると、下りて行った足音も、止まっていた。
――“どうして足音が止まったの? ……”――
私は振り返る。……――するとその人物も、振り向いて私を見ていた。一度は、スルーしたのにね……
私ってもしかして、スルーするのも見苦しい程、息が上がってる?
「……何してんだ?」
「階段、上がってる……」
「ひざまづいてなかったか?」
……見られてた。恥だよ。“会いたかったけど”、恥ずかしい。
……呆れたような顔しないでよ。体力ないんです。恥ずかしいな。……
“俺がいないと階段も上がれないのか? ”…とか、思われていたらどうしよう……
「百合乃のこと、探してるんだろう?」
「もう会った」
――どうしよう。会いたかった。会ってどうすればいいの? ……今、話してるじゃん……駄目だ。分からない……
どうする事も出来なくて、私はまた階段を上がり始める。
会いたくて階段を上がっていたのに、いきなり下り始めたら可笑しいから、取りあえず、階段を上がる。
――まだ視線を感じる。“あの人”はまだ、私を見ている。
……もっと、休みたかったな。 足、痛いし重い。すると……
「見てられねぇー……」
「……ユキ……ごめん」
――結局その人は……――“雪哉”は、引き返すと、私の手を握ってくれた。
私は雪哉に手を繋いでもらいながら、階段を上がり始める。
私たちって、ますます意味が分からない。分からない。……
雪哉はどの
……私はどんな立ち位置? まだ可能性あるの? でももう嫌だから……私は雪哉に、本気で好きになってもらいたい。都合のいい女には、なりたくないよ。
どうして優しいの? 捨てられたのは私……重く考えているのは、私だけなの?
「どうして優しくするの?」
嬉しい……――だけど、どうして? ……――怖いけど、聞いてしまった。
「当たり前だろ」
「何が当たり前なの……? “困ってる人がいたら助ける”とか、そういう当たり前?」
「……俺はそんなに、親切な奴じゃねぇ。絵梨だからだ」
――繋いだ手が、強く握られた。
――ドキドキと、鼓動が早くなる。
……――今の言葉に、期待している。
手を引いてもらいながら、階段の上までたどり着いた。
私と雪哉の手が離れる。
「ありがとう」
「誰かに用か?」
「え……」
その質問、すごく困る。階段を上がる=その階に用がある。そう言う事になる。
……けど違う。私は雪哉に会いたかったから此処に来て、それを言い出せずに、結局此処までたどり着いただけなんだから。
「……用は別に……」
「あんなに必死に上がっておいて、用はないのか? ……」
「……会いに来た」
もう言うしかないよ。恥ずかしいけど、ちゃんと雪哉を見ながら言った。
「誰にだ?」
雪哉を見ながら言ったから、伝わったと思っていた。けれど雪哉に、聞き返されてしまった。……――ますます焦る。
「え……そんな……ユキ……だよ」
口ごもりながら途切れ途切れ、小さな声で返した。
雪哉は聞き取ろうとして、私に近づく……――
「……だから……“雪哉”……」
もう一度言うと、今度はしっかりと、雪哉に聞こえた。
恥ずかしくなって、私は下を向く……――
「顔、上げろ」
雪哉は私の両肩に両手を置いて、語りかけるように言う。
「絵梨に……話がある」
「話……?」
「場所を移す。……――」
雪哉は私の手を引きながら、速足で歩き出した。
「ねぇ雪哉? ……どこに行くの?」
「今から言うこと、迂闊に発言して良いことじゃねぇ。だから、場所を移す」
「え……そんな、何の話なの?」
「場所を移したら話す」
「……うん。分かった」
****――
絵梨と雪哉は外へとやって来た。たまり場の近くの、大きな建物の後ろだ。
「……話って?」
「RED ANGELの事だ」
「RED ANGEL?……百合乃さんからも、少しだけ聞いたけど」
「百合乃からは、なんて聞いたんだ? ……」
「百合乃さんは承諾も否定もしなかったって言った。だから、雪哉たちが動くんじゃないか、って……――大切な話って、RED ANGELと手を切るって話だよね?」
「純たちはそのつもりだ」
「……雪哉は?」
「俺も初めは、そのつもりだった」
雪哉の言い方に、絵梨は戸惑った。今はそのつもりがないと、そう言っているように聞こえたから。
絵梨は驚いたけれど、雪哉は至って真剣な表情をしていた。
「どうして? ……――元からRED ANGELの事が気掛かりだったから、BLACK MERMAIDに戻ったのに……」
「もう、どうでもいい……」
「どうでもいい訳ない……」
絵梨は唖然と驚くばかりだ。驚き顔で呆ける。
「どうして……雪哉……」
絵梨は無意識に、雪哉へと手を伸ばした。――頬に、そっと触れる。
……――絵梨の手が触れた時、雪哉の瞳が僅かに、澄んだものに変わった。───…
……――伸ばした手を見て、絵梨はハッと我に返る。絵梨の瞳が泳いだ。
「……ごめんっ……気にしないで……」
ゆっくりと、伸ばした手を引っ込めた。
「なぁ、絵梨」
すると引っ込めた絵梨の手を、雪哉が掴む。
「絵梨は俺の事、嫌いか? ……――」
そして雪哉は、そのまま絵梨を抱き寄せた……―――───
*****
━━━━【〝
──“嫌いか?”──
そんな事を聞きながら、普通は抱き寄せたりしないよ。
「絵梨、答えろよ」
ほら、また、もっと強く私を抱きしめた……――
「嫌いなんかじゃ、ない……」
静寂の夜を迎えようとしている街。
柔らかな空気の中で、しばらく抱きしめられていた。
こんなに近い距離、久しぶりだったから、心臓が大きく脈打った。
ずっと一緒にいたけど、こんな風に長い間、抱きしめられる事、あまりなかったかもしれない。
「……RED ANGELの事とか、もうどうでもいい。……絵梨がいれば、それでいい」
ねぇ、大好きだよ。
もっともっと、傍にいて。
ずっとずっと、一緒にいて。
私だけを、求めて。
嬉しかった。
――その言葉、すごくすごく嬉しかったの。
私が一番求めていたのは、紛れもなく、雪哉の存在だった。
言うなら、RED ANGELと手を切る事よりも、雪哉の存在の方が大切だった。
でもね、理性で理解していたの……“RED ANGELに引き込まれる訳にはいかない”ってね。――だから、言っちゃったんだよ。
「雪哉……けど、RED ANGELは駄目だよ」
駄目だよ。分かるでしょう? ……
いくらでも一緒にいればいい。
それで、RED ANGELとも、手を切ればいい。
だって、私たちが一緒にいる事と、RED ANGELとの事は、話が別――
───“そう、思ってた”───
私の言葉に雪哉は一瞬止まって、私を見た。冷静に見えて、もの寂しそうな、瞳で……
──私はいつだって、雪哉の事を理解出来ていなかった。
私の前にいる雪哉が、どうして今、そんな瞳をしながら私を見るのか、分かってなかった。
――…思い返せば、あの時の悲しそうな表情の意味だって、分かっていなかった。
こんなに好きなのに、心が噛み合わない。
「雪哉……どうかしたの?」
言ってくれれば、良かった。 ……“本当の事”を、私に言ってくれれば良かったのに……
「ねぇ、雪哉……? ……」
何も言わずに雪哉はもう一度、私を自分の胸板へと抱き寄せた。
私は意味が分からないまま、抱き寄せられていた。
雪哉は私を抱きしめながら、優しく私の髪を撫でる。
「雪哉……?」
──私は、雪哉の瞳にどう映っているだろうか?
「そうだよな。馬鹿な事を言って、悪かった」
──真実も話せないような、信用出来ない女として、映っているだろうか?
「さっき言った話は、忘れろ」
抱き寄せていた私の事をそっと離して、そのまま雪哉は、私に背を向けた。
「え……雪哉! いきなり、帰るつもり? …… ちょっと……!」
雪哉が背を向けたから、とっさに引き止めようとしたけれど、雪哉は私の言葉に反応しないまま、私の前から立ち去った。
――“さっき言った話は、忘れろ”――
さっき言った話って、何?
――“RED ANGELの事とか、もうどうでもいい”――
――“絵梨がいれば、それでいい”――
私は一体、どの言葉を、忘れれば良いのだろうか……分からない。解らない。
私は雪哉が好き。雪哉、私の事、どう思ってる? 私、分からないよ……
あの花火の夜に、私を捨てたじゃん。
――“もうお前とは遊んでやらねー”――
私なんて、遊びだったんでしょう?
――“お前以外にも遊ぶ女いるし“――
他の女の子、いくらでもいる。そんな事まで、はっきり言ったくせに……
――どうして昨日、家にまで送ってくれたの?
どうしてさっき、わざわざ声をかけた?
どうして抱きしめたの?
どうして髪を撫でた?
どうして……―――
―――“忘れろ”―――
――そんな事を言って、行ってしまうの?
……何もかもが、あやふやな私たちの関係。
冷めた瞳をしていた私を、拾った貴方。
貴方はいつも、私を迎えに来た。
喋れない私の、傍にいた。
ただ穏やかに流れていた、私たちの時間。
ある日突然、私の心が感じた衝動。
──“恋心”──
――…その思いが引きがねとなり、取り戻した声帯。
声が戻った時が、この関係の始まりだった。
あの波辺で初めて名前を呼んで、名前を呼ばれて……――それが、スタートの合図。
抱き合って。キスをして。舌を絡めて。体を重ねて。知った体温に、満たされた心。慰め合う身体。
真実なのかも分からないまま、持ってしまった肉体関係。
貴方とは、本気になってはいけない関係だったのだろうか……
――あぁ……──知ってしまった。求めてしまった。恋してしまった。愛してしまった。
不安で不安で、いつもどこか、哀しかったの……──
どんなに近くにいても、どんなに身体で繋がっても、 貴方の心は、どれだけ遠くにある。
違うかな。……貴方の心は、誰の元にある? ――
〝遠い〟。身体を繋げても、遠すぎる貴方の心。なんて遠い距離。私の恋愛……――まるで、“遠距離
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―――――――――――――――――*
****―――
タバコに火をつける。すぐに夜空に、細い煙りが上がり始めた。
その煙りを追うように、視線を上げる……――遥か頭上に輝く星が見えた。
目で追った煙りは星に届く前に、夜に紛れて消える。
絶えず上がる煙り。その煙りが、夜に紛れて消える瞬間を見ながら、物思い……―――
――……待っていた相手が来たのに気が付くと、タバコを足で踏み付けて、火を消した。
「絵梨は何て言った? 雪哉」
投げ掛けられた言葉に、雪哉は不機嫌な表情を浮かべる。
「うるせーな。“純”、わざわざ待ち伏せか?」
――タバコを吸いながら、相手を…―“雪哉を”待っていたのは、純だ。
不機嫌そうな雪哉とは反対に、純は緩く口角をつっている。
「お前が絵梨の所に行く事くらい、簡単に予想がつくだろう?」
その笑みから視線を反らして、雪哉は不機嫌な表情を緩めた。
雪哉がいつも通りの表情に戻った事を確認してから、純が話しを続ける。
「……――気分はどうだ。乗り気になったか?」
「別に、乗り気じゃねーよ」
「なら、協力はする気になったか?」
「俺に協力してもらいたいか?」
「当たり前だ。今更、腑抜けた口きくな」
純の目が鋭く変わる。
雪哉はそれを、面倒臭そうに眺め返す……
「聞いただけだ。面倒だから、そんな目をするな」
「……――お前、本当だろうな?」
「当たり前。俺だって“OCEAN”が大切だ」
「ならいい。さっさと動き出すぞ」
言いながら純は雪哉へと、下から放るように、何やら長方形のケースを投げた。 ……――“タバコだ”。
雪哉はそれをキャッチする。
一本取り出して、口へとくわえた。
「返す」
雪哉がタバコを純へと投げ返す。
純も見事にそれをキャッチした。
「元から、全部あげる気なんてねーよ」
そして純も、タバコを一本くわえた。
「だろうな。……――で? どうなんだ?」
「しっかりとやる気だな」
純が雪哉のタバコへと、火をつける。すると次に、雪哉も純のタバコへと火をつけた。
夜空に伸びる、二つの煙り………―――
煙りを吐き出してから、純が話し始める。
「“赤猫”。RED ANGELのキャットだ」
「……――俺も、ソイツが妥当だと思っていた」
「お前が言うなら問題ないな」
「任せとけ」
「……――成立だな?」
「あぁ。しっかり働いてやるよ」
ジリジリと燃え続けるタバコ。音もなく、灰が地面に落ちてゆく……
純が一枚の写真を取り出して、雪哉に見せた。
……――雪哉は冷たい目をしながら、その写真を睨むように見た。
「写真なんて、何処から入手した?」
「どうでもいい。よく見とけ」
「コイツがRED ANGELのキャットか。見たのは初めてだ」
「アイツらは正体を公にしないからな。……――もちろん本名も」
スッと雪哉は、純からその写真を受け取った。
「この赤猫、どう思う? ……――」
純がいたずらに口角を吊り上げながら聞いた。
すると雪哉は、冷めた表情で答えた。
「どうでもいい。ただの……――“簡単そう”な猫だ」
雪哉は冷めた言いようだ。 ……――“冷たい瞳”をしている。
「……――だがまぁ、猫には牙があるものだ。せいぜい気をつけろ。――いつも通りだな。安心したぜ?」
「あ? 何がだよ?」
「それだけ冷めた目で写真睨んでりゃ、いつも通り働ける、っつー意味だ」
タバコの灰を落としてから、純は少しだけ遠くに視線を向けた……――何処か遠くを眺めながら、純が言う。
「お前が絵梨と会ったのは、BLACK MERMAIDの組織からしたら、計算外だった」
雪哉はバツが悪そうな表情をしながら、タバコを口から離した。そのまま火が、燃え尽きていく……
「悪かったな。惚れちまったんだよ。絵梨さえいれば、他はどうでも良くなるくらいにな……──」
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