Episode 13 【月夜と争い 3/4 ―下弦の月― 】
―――――――――――
――――――
純、雪哉、陽介の前には、白麟の総長。
総長の後ろに、幹部らしき男が二人。……そして例の、熊の様なゴリラの様な大男。
陽介と雪哉は、やたらと大男へとガンを飛ばしている。
そんな中、白麟の総長が口を開く――
「お前らの狙いはなんだ? …――何故いきなり、俺ら白麟に喧嘩を吹っかけやがった?」
当然、百合乃以外、知る訳がない。
……――すると口を開くのは純だ。
純「狙いだと? ……――そんな事を、俺らが知っていると思うのか?」
「……さぁな。だいたい、お前らは元BLACK OCEANの4頂点だろう? 手を引いたんじゃなかったのか? どうして、未だにBLACK MERMAIDに関わる?」
純「うるせーな? 俺らの事情だ」
「……だったら総長に直接聞きたい。総長を出せ」
純「それは出来ねぇ。総長の代理は俺らが務める」
「俺らと喧嘩でやり合う気か?」
純「それでも構わねぇ」
……――すると白麟の総長が、微かに笑みをこぼした。
……それが何故だが気に食わなかった雪哉が、続いて口を開く。……
雪「何笑ってんだ。余裕のつもりか……?」
「……――誤解だぜ? 俺としちゃ光栄だ。BLACK OCEANの4トップと一戦交えるなんざ、自慢話だ」
内心、悪い気はしなかった3人は、今この一瞬は大人しく黙っているのだった。
……――此方が黙っていると、何やら総長と大男がアイコンタクトを取った。
「……駄目だろう? BLACK OCEANの4トップを、挨拶なしに放り投げるなんて、失礼ってもんだ」
白麟の総長の話に、雪哉と陽介が素早く反応……―― 。先程のアイコンタクトの中に、そんな会話が隠れていたとは、驚きである。
大男は総長に向かって頷いている。
「……そうだな」
!!? ……――
先程から繰り広げられているのは、総長と大男の目の会話だ。これは一体……
――更に彼らは、目で会話……
「分かったか? …………――分かればいい」
!!? ……――
声に出して話しているのは、先程から総長ばかりだ。そして大男は、目だけでうったえている……
―――〝これは一体、何なんだ?!〞―――
雪「さっきから何なんだよ! 喋りやがれ! なんかムカつくっ!」
「そう怒るな……コイツは恥ずかしがり屋でな、目でしかうったえてこない……コイツの言葉を理解出来るのは俺と、この二人くらいだ。……」
陽「なんだそれ?! 意味分からねぇ?!」
雪「そのデカイのが、恥ずかしがり屋なのか?!」
総長は困ったように、ため息をつく……――
「怒るな……敵対中とはいえ、お前らはOCEANの4トップ……――挨拶もなしに投げた事には、コイツも反省している!」
陽「……うるせー! 意味分からねぇ! とにかく、気に食わねぇ!」
投げられた事を根に持つ陽介……
雪「コノヤロー! お前っ俺の事は回しやがって!!」
“自分は回された”と、更に根に持つ雪哉……
純「……あ? そんな事はどうでもいい――。俺らは敵対中。挨拶も義理もいらねぇ。うちの馬鹿二人は馬鹿だから、勝手に吹っ飛んだだけだ……。――とにかく、〝今は喧嘩が先だ〟」
冷静に、そして冷たく言い放つ純だった。
その物言いを前に、苦い表情を純に向ける陽介と雪哉だった。内心ショックだ。
……――気を取り直して、睨み合う。
「確かに光栄なんだが、……出来れば喧嘩は避けたい」
先程は“自慢話”と言っていたが……――何か不都合でもあるのか、白麟の総長は“喧嘩は避けたい”と言う。平和的な発言だ。
……――けれど何故かそれを聞くと、純の表情が不機嫌さを増す。純は兎に角、ぬるい事を嫌う性分なのだ。喧嘩を避けようとする事が、気に食わない……
……――そして陽介と雪哉も、白麟の総長の発言に驚きを隠せない。
陽「“避けたい”だと?! なんだその良い子の発言は!! お前いい奴だな!?」
雪「さすが主人公側は平和的だな!? 悪役の俺らにはそんな考え、全くなかったぞ!!」
陽「何なんだよ?! なんて言うか、お前! 器がデカイな! 〝良い子だ!〞」
雪「いい奴にも程がある!! それとも、人間としての器が、元から俺とは違うのか?!」
純「陽介、雪哉、もう喋るな……恥だ」
すると白麟の総長が、再び口を開く。――
「残念だが、現状、白麟はBLACK MERMAIDに押されている。――こんな喧嘩で熱くなって深手を負うなんて、馬鹿な話しだろう? それに、出来ればお前らを敵には回したくない…──」
白麟の総長が言う事には、筋が通っている。
雪「だとよ? ……どうなんだ、純?」
純が喧嘩に疼いている事に気が付いていた雪哉が、口角を上げながら純に聞く……――
純は何も答えなかった。けれど、雪哉と陽介は見ただけで分かったのだ。――……“その瞳が疼いている”のだと。
そう、昔のように……──
〝夜の闇を制したい〟――
〝ぬるい事など気に食わない〟――
〝夜を壊したい〟――
喧嘩を求める、どうしようもない衝動……――疼き。
まるで、好き勝手に夜を生き抜いた代償と残酷さ……――
それは……掴み損ねて、掴み取って、掴みきれなくて……――――
未だに頂を求めて、疼くから…――
その屈辱が今とリンクする ――
消えない空虚感が、争いを求める――…………
雪哉と陽介と聖は、純が未だに、その空虚感から抜け出せない事を知っている。
だからあえて、純が喧嘩を求めても、それを止めるつもりはないのだ。
……――純の瞳を見た雪哉が、確信しながら、口を開く。
雪「駄目だ。白麟、そんなお人よしな考えじゃ、純の気は収まらねぇみたいだ」
陽介も純の瞳を見て、複雑な気分となる。白麟の総長は依然、冷静な表情を崩さない……――
「俺の交渉は失敗って訳か? ……――」
――その冷静な面持ちに、そっと口角をつり上げてみせた。
それぞれの感情が入り乱れる、この夜はまだ終わらない……――
何を求めて拳を振るうのか?
〝何も求めてなど、いなかった〟。
……――ただ、拳を振るう事で、この闇を取り去る事が出来るなら・…………―――――全て、壊わしてしまえと、思った……
――――
――――――――
「……どうなった?」
百合乃は聖の胸に顔を沈め、瞳をとじたまま、喧嘩の現状について問い掛ける。
「純たちが、白麟の総長たちと喧嘩し始めた」
それに聖が答えた。
百合乃は一度瞳をひらいて、純たちの方を眺める。………――遠くからでも、百合乃は純がいつもと違うという事に気が付いた……
「……純? …………――ねぇ聖? 純はどうしたの? ……いつもと違うわ。……」
聖は“トップを掴み損ねた空虚感”が、純を変えてしまう事を知っている。
……――けれど聖が、百合乃にそれを明かす事はない。
「……そんな事ない。いつも通りだ」
「……怒っているというか……もっと深い……やり切れないような……何だか、純が息苦しそうに見えるの……」
百合乃の言う事と事実が近いような気がして、聖は百合乃を見ている事が辛くなった。――百合乃があまりにも、何も知らない表情をしているから……
「疲れただろ? ……もういいから、少し寝てろ」
聖は百合乃の頭を自分の胸板へと優しく押し付けるように、引き寄せた。百合乃の瞳を、“塞ぐように”……――
すると百合乃は抱き寄せられながら、消え入りそうな声で囁く……――
「聖……大好きだよ……」
聖は一瞬、瞳を見開いた。消え入りそうな声だったが、しっかりと聞こえていたから。けれど、聞こえないフリをした……――
百合乃の表情を覗き見ると、澄んだ表情で、心地良さよさそうに瞳をとじていた。
――あの夜に感じた百合乃の違和感を、今は全く感じない。 忘れられなかったあの夜の〝瞳〟が、聖の中で少しずつ薄れていった……――
今ここにいる百合乃は、とても幸せそうに見える。先程の言葉と、この幸せそうな表情……―――
百合乃の自分へ対する好意に気が付いた。聖はそれに気が付いたからって、別にどうもしない。 ただ、静かにその事を悟った。
「聖ぃ? ……」
百合乃が顔を上げて、聖を見る。
……すると聖は首を右を向けながら、何処か遠くを見ていた――
「どうしたの?」
「音が聞こえる」
「音……?」
「……“警察”」
その言葉に、百合乃も現実に引き戻された。
――サイレンの音……――
喧嘩をしていた面子も、その手を止める。
「何処から嗅ぎ付けやがった…――?」
相手の胸倉を掴みながら、不機嫌に純が呟いた……――
――そして、この月夜の下のステージも混乱に陥る。
―「警察だ?! 逃げるぞ!!」
―「あ!!? ほんとかよ!?」
―「マズイ!……急げ!!」
あちこちから、混乱の声が聞こえてくる……――
―――――
―――――――――
――――――――――――――
「遅い!」
「あ? ……」
いくらか遅れて現場に到着した誓に、響が怒る。
「遅いって言ってんだ! お前は何をしていたんだ!」
「ハッ……――夜中に何をしようと、俺の勝手だろう?」
誓は乾いた笑いをこぼしながら、適当に返事をする。
「……」
「そんなに俺のプライベートを知りたいか? ……」
「何だよその笑み?! ……――何をしていたのかは、なんとなく……もう聞かねぇ!」
「なら黙っていろ」
「……そうだな!」
辺りを見渡すと、誓が想像していたよりも多くの警察が集まっていた。
「なんだよ? ……夜中にこんな人数を集めたのか?」
「この間のショップ街の乱闘事件でも、好き勝手にやられたからな。指揮官が気合い入ってんだ」
「……――あの、RED ANGELをずっと追っている奴か? ……」
「あぁ。そうだ」
「?! つまり、ソイツまでいるって事か?! ふざけるな……!」
どうしたと言うのか、誓はいきなり怒り出した。……――響は目を見張る。
「……どうした?」
「俺、あの指揮官嫌いだ」
「?! ガキみたいなこと言うなよ?!」
不機嫌な誓……――例の指揮官の姿を見つけると、より一層不愉快に表情をしかめた。……――だがそうしているうちに、指揮官と目が合ってしまう。
すると指揮官が誓に近づき、口を開く。
「お前が一番遅かったな? ……――弟と連絡でも取り合っていたのか?」
指揮官は嫌味な喋り方をする。
響も指揮官の態度に驚き、誓が言っていた意味を理解した。
「連絡など取っていません」
誓は苛立ちを抑えながら返す。
誓が落ち着いた面持ちで返答をする事が余計に気に食わない指揮官が、軽く舌打ちをした。
「……――弟が元BLACK OCEAN。しかも4トップのうちの一人……それで兄貴は警察か。――笑わせるな。お前がスパイだったりしてな? ……――」
捨て台詞のように勝手な事を喋ってから、指揮官は立ち去る……――
「あのオヤジ! 苛つく! 自分がRED ANGELもBLACK MERMAIDも捕まえられないからって、いつも俺に八つ当たりだ!」
「あれは酷いな、お前が嫌うのも無理はない……」
……――そして、そんな話をしているうちに、警察とBLACK MERMAID、白麟との追いかけっこがスタートしていく…――
――今宵の月夜の下のステージは、大賑わいだ。
BLACK MERMAIDも白麟も、喧嘩の勝敗はさておき、今は警察から必死に逃げる。
―――
――――――
聖は遠くから警察たちを眺めていた。……――そして途端、ハッとして、表情を引きつらせた。
「ふざけるな?! 俺が……――絶対に捕まりたくねぇ奴がいる……」
百合乃が不思議そうに、聖の事を見上げる。
「……捕まりたくない奴?」
「アイツに捕まるのだけは御免だ! ……――俺は、ガキの頃から追いかけ回されているんだ……!」
「聖?」
百合乃は再び、聖の胸板に顔をうずめようとする………――だがその時、サッと聖が立ち上がった。…――すると、寄り掛かる対象を無くした百合乃は前のめりになり、地面へと手を突いてしまう。
地に手を突いたまま、百合乃は聖を見上げる。
「……聖」
「さっさと逃げるぞ!」
聖は警察の方を見たままだ。百合乃の事を見ていない。
百合乃は地面に手を突いたまま、聖を見上げ続けている……
聖の視界の中に自分が入っていない事が、無性に悲しく思えた。今、聖の視界に自分が入っていないだけなのに……――それがまるで、永遠の事のように思えた。
「逃げるぞ!立てるか?!」
ようやく聖は、百合乃の方を見た。すると百合乃は地面を眺めながら、聖を見ずに答える――…
「立てない。……――」
“足でもすくんだか? ”……――と、そう考えながら、聖は百合乃へと手を差しのべた。
「つかまれ」
……――だが百合乃は下を向いたまま。その手を握ろうとしない。
「百合乃? ……逃げるぞ」
「逃げない……――」
「はっ?! ……何を言ってんだよ! ……早くしろ!」
「嫌……」
……――動こうとしない百合乃。……――迫る警察たち。……――聖の表情が焦り出す。
「早くしろ! 来い……!」
結局聖は、百合乃の事を抱き上げた。
抱き上げられても、百合乃は聖を見ない。
聖は百合乃を抱いて、バイクまで走った。百合乃を後ろへと座らせる。
……――エンジンをかける前に、百合乃の方を振り返った。
「掴んでいる事くらいは、出来るだろう? ……」
百合乃は聖と視線を絡めないまま、頷いた。
「俺のこと、絶対に放すな!」
様子のおかしい百合乃へと、念を押すように聖はそう言った。
そして百合乃はまた、視線を絡めずに頷いた……
――――
――――――――
そして誓は遠くから、聖と百合乃がバイクに乗る様子に気が付いた。
「聖っ……!」
反射して、すぐに走り出した。
けれど、バイクに乗られたら間に合う筈はない。走り出してから、頭の中で冷静にそう思っても、やはり何故か、走った。
他の近くにいる奴らを野放しにして、しばらく聖だけを見て走っていた――…
……――けれど、聖の姿は見えなくなっていった。一瞬の落胆と空虚感……――
聖を見失い、ようやく、思考が切り替わる……
不機嫌に舌を鳴らしてから、他の男を捕らえて、手錠をかける……――――
―――――
――――――――――
―ブォォォ…――ン!!
目の前に、何台かのバイクが走ってきて止まった。
「またな。OCEANの4トップ……――」
そしてバイクの後ろへと、素早く乗る白麟の総長と幹部たち。――
こちらを嘲笑うかのように、総長が優雅に笑みを浮かべた……―――
純「待ちやがれっ?! 誰が逃げて良いって言ったんだ!!」
バイクの後ろへと跨がった白麟の総長へと、形相をしかめながら、純が掴みかかる…――
――瞳がまだ、元へと戻らない。
純とは逆に、白麟の総長は冷静な瞳をしていた。
「……放せ。今は退散だ」
純「黙れ。気がすまねぇ…――」
──
──────…
陽「純!俺らも逃げるのが先だ!」
陽介が後ろから、純の肩を掴んだ。
純「……――」
純が陽介を見る――
そしてその一瞬に、白麟の総長は純の腕を振り払う。
――そのまま、白麟の総長と幹部は逃走……──
陽「純!! 逃げるぞ!」
陽介は純の瞳を見て、しっかりと言って聞かせた。
…――喧嘩しか求めない瞳……“少しくすんだ、淡い瞳”………────
陽「〝純!!〟」
───…
………―――名前をまじまじと呼ばれ、途端、冷静さが蘇る。
――瞳のくすみが晴れる……
純「あ……――」
陽「逃げるぞ! 純!」
―――“晴れた思考”―――
そう、“いつも通り”……――
純「分かってる」
――――逃げる時は、誰のバイクだっていい。
誰かのバイクを、勝手に乗り回す。
陽「おい! そこのお前! 乗せろ!!」
―「はっ?! 俺に言ってんのか? 誰が乗せるか! お前敵だろ!!」
陽「うるせー」
―「テッテメー?! 勝手に乗るなっ?!」
まず陽介、逃げようとしていた白麟の男のバイクの後ろに、図々しくも無理矢理乗った。
そして仕方なく、白麟の男は承諾した。今は揉め事をする時間など、ないのだから。
――そして、お次は純。
――キーは刺さったままだ。知らない奴のバイクに堂々と跨がり、逃げる準備を整える…――
だがそこに……
―「?! ……――それ俺のバイクだぞ!」
バイクの持ち主が登場した。案の定、白麟である。
すると純は……
純「お前も乗りたいのか? 仕方ねーな! 乗れよ!」
この男のバイクなのに、なぜか完全に主導権を握っているのだった。
あまりにも自然に純が言うから、なぜだか従ってしまうバイクの持ち主だった。
陽「ユッキーも早く! 逃げるぞ!」
そして雪哉は……――なぜだか遠くを見ていたのだ。
純「雪哉、どうしたんだよ?」
雪「悪い。先に行ってろ」
純「あ?! お前何言ってんだ?」
雪哉は行こうとしない。純と陽介は、不思議そうに雪哉を眺めている。
雪「先に行ってろ……」
陽「!? ユッキー?! ……――“どこ行くんだよ”!?」
――すると雪哉は、先ほど見ていた方へと、走り出したのだ………―――
陽「ユキッ?! 待てって!!」
純「……――仕方がない」
仕方なく純と陽介は雪哉がいないまま、バイクを走らせ始めた――
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