Episode 13 【月夜と争い 4/4 ―有明の月―】
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――――
雪哉は走った。邪魔な奴も、邪魔する警察も、とにかく自分の通り道にいる奴ら、全員を振り切って……――
―――“邪魔だ”―――
走る勢いのまま、邪魔な背中に跳び蹴りをキメた。
……――走り続ける。
BLACK MERMAIDの面子が、警察に捕まりそうになっている様だった。
―――“お前も邪魔だ……――道開けろ”―――
後ろから警察の膝へと、蹴りを入れてやった。
そのまま警察は、不覚にも地面へと手を突いた。
…――そのうちに、BLACK MERMAIDの面子は上手く逃げたようだ。
―――“何か騒がしい”―――
雪哉は走りながら、後ろを振り返った。
「…………」
警察が追って来たのだ。…――
走って走って走って、加速をする……―――そして……“あえて止まる”……
――警察はつんのめり、転んでいる。――そのうちに、また走り始めた。
邪魔な奴ら、全員を振り切り走った先は、隅っこの建物の影……
……――その物影に隠れている人物…――ソイツの、腕を掴む――
…――一瞬ソイツは、驚いたような素振りを取った。
「こんな所で何してるんだよ!!」
怒ったような、雪哉の喋り方……――それにまた驚いたのか、ソイツは“ビクリ”と体を震えさせた。
「何してるんだよ! 危ないだろ!? ……――“絵梨”!」
そこにいたのは、絵梨だったのだ。……――
「っ雪哉……?!」
絵梨は驚いた。……――まさか、気が付いた雪哉がこちらへと来るなんて……
驚いた反射で、絵梨はとっさに逃げようとした。
――けれど、腕を掴まれていて、逃げられなかった。
「放してっ……!!」
混乱している絵梨は、逃げようと必死だった。
「何で逃げるんだよ? 絵梨!」
「……?!……──ユキ……」
絵梨はようやく、しっかりと雪哉を見た。
けれど絵梨の表情は、どこか曇っている。
「何でこんな場所にいるんだ?」
「……乱闘の音が聞こえた。そのうちにサイレンも鳴って……―――。BLACK MERMAIDかもしれないって……思って………しっ心配だった……」
――“心配だった”の言葉を、少しだけ意識する雪哉……―――何か期待をするように、絵梨を見てしまった。
「百合乃さんとか……が、心配だった……。」
雪哉と目が合ってしまったから、“百合乃が”と、そう付け加えた。
「…………」
―――“期待ハズレ”―――
「雪哉こそ、何してるの? 逃げるんでしょう? ……どうして私のところに来たのよ? ……」
……――控え目に、雪哉の表情を見る。――なんて答えるのかが、気になる。
「俺は──…………今、逃げている途中……」
なんて答えるか迷った結果、“絵梨がいたから来た”、とは答えない。
「今?? ……」
「俺の通り道に、絵梨がいたんだよ!!」
――…不審そうに見られたから、咄嗟に言い張る。
「…………」
――少しだけ、カチンとくる絵梨だった。
「へー……じゃあ、早く逃げれば?」
絵梨はよけて、道を空けた。
「……絵梨は、どうするんだよ?」
雪哉と向かい合う絵梨……――すると、警察が近づいて来るのが見えた。
「……?!」
絵梨は雪哉を、思いきり物影の方へと引っ張った。
「……警察来る」
「逃げるか……」
影に隠れながら小声で話す。
そのまま影に隠れて、二人で逃げ始めた。
――真夜中の、街灯の届かない真っ暗な道。視界が悪い。
「絵梨、つかまれ」
「うん……」
雪哉が手を引いて、先を歩く。
真っ暗闇で、手を引かれて歩く感覚は、不思議だった。
――“見えない”――
手を引いてくれる人を頼りにしながら、歩くしかない。その人を信じて、歩くしかない。
何も見えないけれど、絵梨は怖いとは思わなかった。
それは絵梨が、雪哉を信用していたから。 信用出来ない相手に手を引かれていたら、不安で気が気でない筈だ。
出会ってから今までのうちに、信頼関係が出来ている事に気が付いた。
「絵梨、段差がある」
「……うん」
段差のところで止まって、向かい合う形になって、両手を繋いだ。
両手を繋いでもらいながら、段差を下りた。
――“怖くない”――
もしも、前のめりに転びそうになったとしても、両手に体重をかけられる。
――ピシャ…
静かに響いた、水の音……
「絵梨……水たまり」
「……うん」
雪哉は先程から、絵梨の名前を呼んでから話す。
絵梨は“うん”としか、答えない。
雪哉は絵梨の名前を呼びたかった。
絵梨は雪哉に名前を呼ばれると、余計に悲しくなった。
嬉しい筈なのに、悲しかった。
悲しい筈なのに、嬉しかった。
繋いだ手も嬉しいのに、今だけだと思うと、悲しい。
絵梨は手を少しだけ、強く握ってみた。
すると雪哉が、少しだけ握り返す……――
雪哉はどうして、強く握られたのかが分からない。
絵梨はどうして、握り返してもらえたのかが分からない。
二人の言葉にはしない、些細な表現。
お互い心の中で、“もしかしたら……”なんて思いながらも、確信には程遠い。
淡い期待を抱いては、簡単に消え去る。
………――しばらく歩いて、暗闇を抜けた。街灯の下。
もう、手も繋いでもらえなくなる。
手が離れる瞬間を想像すると、怖かった。
空虚感を味わうのが、恐ろしい。
握る感触も、手から伝わる体温も……
離れると思うと、恐ろしい。
二人で歩く、街灯の下……
その手は、自然に繋がれたままだった。
何も話さずに歩いて、気まずいのに、なぜだか手は繋いでいた。
ただ気まずいだけなのか……――それとも、お互いに離れると思っていた手が、繋がれたままだから、気まずいのか、それさえも曖昧だ。
「家まで送るから、絵梨はもう帰れ。真夜中に出歩くな」
絵梨は声に出さずに、頷いた。
突き離されたような気分になった。
………相変わらず無言で歩いた。
だんだんと無くなる、この時間。無言で過ごす。上手くこの時間を過ごせない。全くの、時間の無駄遣い……――
――繋いだ手だけが、温かい。
この手だけがほんの少し、この無駄遣いを削っていた。……――
――そして顔を上げると、帰る家があった。足を止める。
自然に繋がれていた手が、 自然に離れた。
家の方へと、優しく背中を押される。
絵梨は振り返る……
「絵梨、おやすみ……」
少しだけ、笑った表情……
けれどどこか、あの、さよならの夜の表情に似て見えた。
本当は笑えない。
きっと、貴方は無理をしている……――
****
━━━━【〝
家まで送るなんて、優しさのようで残酷。
しっかりと送り届けられた私は、寂しい月夜を誰と過ごせばいいの……
握られていた手に微かに残る、感覚と熱が名残惜しい。
私が一番知っている体温は、貴方以外の誰でもないのに……
私が貴方以外に、誰の体温を求めると言うのでしょうか……
……気分屋だし、優しく出来なかったし……素直になれなかった。
貴方の瞳には、きっと、わがままな女に映っている……
貴方しか、求めていないのに……
どうして、わがままな女に映ってしまうの……――――
『真夜中に出歩くな』なんて、勝手な言葉。
私はいつだって、真夜中に出歩いて、貴方に会いに行っていたじゃない……? ……
『おやすみ』なんて、意地悪。
……それでも、貴方が言うならちゃんと眠る。
寂しくても、一人で眠るから。……
……――無理して笑うなら、しっかりと笑ってよ。
私の不安が消え去るくらいに、しっかりと笑ってよ……
どうして? ……
笑ってるのに、悲しそうに見えたの……
可哀相になっちゃうから止めて……
可愛相になるから。……
抱きしめたい――――
****──…
****
━━━━【〝
『心配してた』だなんて、期待させるなよ。
抱いても抱きしめても、いつもどこかで見失う。
いつだって、期待を裏切る。
何度も抱いた。お前の体温を知っている。
全てを抱きたくて、何度も何度も抱いた……抱けるのは体だけ、心が抱けねぇ……
求める程に、引き裂かれる思い……
愛しすぎて手放した……─―
それでもお前の残像が、俺を支配する……
真夜中になんて出歩くな。他の奴の所になんて行くな。家にいろ。
……本当は家にも、帰したくなかった。
今この瞬間を、何て言って別れればいい……? ……
最後みたいな言葉は、吐きたくない。
“またな”なんて言葉、押し付けがましい……
……なぁ、どうしてそんなに、疲れたみたいな顔してるんだよ? ………――
お前、ちゃんと寝てるのか…? ……
心配させるな。ちゃんと眠れよな……
『おやすみ……』
この手に抱き寄せて、腕の中で眠らせてやりたい。
今更、“本気で惚れてる”なんて、言えるものか……──
****――――────
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