Episode 13 【月夜と争い】

Episode 13 【月夜と争い1/4 ―臥し待の月―】

******

 路地を曲がった突き当たりは、広場のようになっている巨大な空間。 建物に囲まれたその空間の中心には噴水があり、それが優雅な雰囲気を作り出している。水面には月夜が映る。…――


 たくさんの人が乱闘を繰り広げる中で、純の瞳はすぐに百合乃を捉えた。その表情はどこか切な気で、複雑そうだった。


聖「白麟の奴ら……許さねぇ」


雪「悪役共が?! さっさと白麟の奴ら、黙らせようぜ?」


陽「アイツら、いきなり何なんだよ! ありえねー!!」


 白麟に対しての苛立ちを口にする。だがそこで、一人の男が口を開いた。


「……実は、いきなり喧嘩を持ち掛けたのは、BLACK MERMAIDみたいなんです」


「「「「なっ何だと?!! 」」」」


 一同唖然。


陽「何だと?! 俺らが悪役なのか!!!?」


雪「加勢しに来た悪役か? 一番嫌われる役柄だぞ?!!」


聖「ピンチに現れるヒーローじゃなくて、加勢しに来た悪役なのか?!」


純「残念ながら俺たちは、BADヒーローだ!」


 若干、ショックを受ける四人だった。そして、〝開き直る〟……


陽「上等だっふざけやがって!! 〝俺様が悪役だー!!〞」


雪「構わねぇ! どうせ俺は酷い言われようだ!!」


聖「悪役は楽だぞ! ときどき良い事をすると、簡単に好感度が上がる!!」


純「元からヒーローの素質なんて、持った覚えはない!!」


完全に開き直った四人。


「“悪役の登場だな”? ……――」


 愉しそうに口角をつり上げ笑ってから、乱闘の渦へと駆け出す……―――


 ―――“スタートは切った”―――


 ――手始めに適当な奴を捕まえる。最初はウォーミングアップがてら……――そして段々と、体が慣れてくる……――


 慣れるにつれ、少しずつ乗ってくる四人……――


 ―ガンッ!!


 雪哉が回し蹴りをして、蹴った相手を陽介の方へ突きとばす。……―――


雪「陽介! コイツやるよ!」


陽「お! サンキュー!」


 ……――此方へと吹っ飛んで来たその相手を、陽介がガッと捕らえた。……――相手の目を見ながら、愉しそうに笑う。……


陽「よぉ? 元気か……――?」


 笑いながら、相手の腹に一発、拳を埋めた。



 ……―――そして此方は、聖が相手の胸倉を掴んだ。拳の構えで、腕を引くと……―――


 ―ガコン!


聖「あ? なんだ?」


 引いた聖の肘が、後ろにいた男の顔面にヒットした。

 ……――気を取り直して、掴んでいる奴へと殴りを入れる。


純「スゲーな! 拳と肘で一気に二発か!」


 ……――柔らかい表情で、何気なく聖を褒める純。


聖「偶然だ」


 聖からの返事を聞くと……――純は再び自分の相手へと視線を戻す。……先程の柔らかい表情が、一気に消えた……

 ……――純の片手は、相手の髪を鷲掴みにしている。そして髪を掴んだまま、膝で腹に蹴りを入れた。

 ――…その表情は、涼しげで、どこか冷たい印象も受ける……

 その表情のまま、そっと呟く……――


純「次は誰だ? …――」


 辺りを見渡しながら、怪しげに口角をつり上げた。



 ………――雪哉へと殴りかかる男。

 澄ました表情のまま、冷静な雪哉。

 〝BEST TIMING〞で、隣にいた奴を前に突き出し、盾にする。

 相手の男はまんまと、雪哉に盾にされた自身の仲間を殴った。

 ……――殴られた男が倒れて、殴った相手と視線がぶつかり、対峙する。


雪「仲間は殴っちゃいけねぇぞ? …――」


 ―ドカッ!


 意地悪な表情で、蹴りを一発お見舞いしてやった。



 陽介が相手へと殴り掛かる。……――刹那にふと、横目で気が付く。“此方を掴み掛かろうと、腕を伸ばす男の姿”に。

 殴り掛かろうと突き出す拳はそのまま……――そして何気無く、横目で見た相手をする。

 一気に二人へと打撃をくわえ、肘打ちをした相手へと、偶然当たったかのような、惚けた顔を向ける。


陽「悪い! いたのか!」


 ………――一発殴った相手が体勢を立て直し、再び対峙する。……――



 ――助走を付けて、跳ぶ・〝飛ぶ〟…――脚を突き出しながら。聖の飛び蹴りだ。

 一気に二人を巻き込んで、地面へと着地する。


 ―トン!


 “よし!”と思い、顔を上げれば、敵とご対面だ。

 “着地する場所を間違えた”とでも言いたげに、聖は嫌そうな顔をする。

 …――素早く腕が伸び、その手が聖の胸倉を掴む。――だが聖は胸倉を引き寄せられる力も利用して、殴られる前に、しっかりと相手へと頭突きを食らわした。


聖「……危なかった。着地地点は、確認しないとな!」


 ホッと胸を撫で下ろする聖は、“着地地点の確認”を学習中である。



 ――アチラからも、コチラからも純を目掛けて、拳が飛ぶ……――

 左側から右側から、同時に迫る拳――

 純はサッと澄ました表情で、その場にヤンキー座りだ。すると……


 ―ガコンッ!!


 左側と右側の二人が、白麟同士、互いを殴る。

 純はその場で屈んだまま、その二人の足を、思いきり押して転ばした。


純「頭を使え、馬鹿共」


 立ち上がり、再び辺りを見渡す。…――そう。獲物を捜すような、目をしながら……――



 ――四人は手際よく、相手を倒していく。加勢しに来た悪役のくせして、彼ら四人は、堂々と暴れる。

 BADヒーローたちの働きで、相手の数はどんどんと減っていく……―――


 ―ドカンッ!!!!


 四人が殴り飛ばした相手が、四方から吹っ飛んで、ちょうど真ん中で互いにぶつかる。

 気が付くと、一定の距離を空けて、四人が円になっていた。

 ――南側に陽介。北側に純。東側に聖。西側に雪哉……――――


陽「何だか久しぶりな感じだな?!」


雪「今のところ、全員無傷か?」


聖「無傷だ。俺らって格好いいな!」


純「そうだな。自惚れちまうぜ」


 何やら、ナルシストになりかけ始める四人だった。…だが……――


陽「……聖! 額が赤くなってるぞ?! 頭突きされたのか!?」


聖「違う。俺が頭突きしたんだ!」


 頭突きを食らわした額を撫でる聖。いくらか、痛そうである。……



 ……―――乱闘の最中、純はふと、夜空を見上げる。あの星を見る……――


陽「純! 何見てんだ?!」


聖「星でも流れたか?」


雪「UFOでも飛んでるのか?」


陽「〝UFOだと!!?〟」


 すると全員が、夜空を見上げ始める……


陽「どこだどこだ!?」


聖「見えねぇぞ?! どこだ?!」


 そして、『UFOでも……』と言った雪哉まで、陽介と聖があまりにも必死なので、〝本当に飛んでいたか?!〟と思い、必死に夜空を見上げる始末だ。  

 ある意味無邪気な彼らは、夜空に釘付けだ。

 乱闘の最中である今の状況を、つい忘れかける四人。

 ……――だがそんな彼らは、密かに近づく影に、気が付かない……―――


陽「ないぞ!? どこだ?」


雪「“向こうか?!”」


聖「そうか! 〝向こうだな〟」


 ――〝向こう〟と呼んだ方向である、後方を振り向く。


純「“UFO見てた”なんて言ってねーよ……馬鹿か?」


 純も呆れて、三人の方を振り向いた。

 

 ……すると彼らは偶然にも、密かに近づいていた連中と、ご対面を果たしたのだった。

〝しまった!バレタ?!〟……――と言った様な面持ちを浮かべている男たち。

 〝何だコイツら?〟……――と言った様な面持ちを浮かべている四人。

 ポカンとしながら首を傾げる聖、ソイツらを指差して、一言……


聖「なぁ? コイツら宇宙人か?」


 焦る三人……


陽「駄目だっ! 聖……そんな訳はないっ!」


雪「聖、お前って結構……天然だ……」


純「聖、ソイツらは白麟人間だ!!」


聖「あ? ……そっそうか……天然なんかじゃねぇよ……なんだ、白麟か……」


 宇宙人と言われた彼らも、一瞬停止し呆けてしまっていた。

 ……――宇宙人疑惑が解けたところで、再び喧嘩を再開だ。


 ――ちょうど四対四。


 避けて・かわして・受け流して・受け止めて……―――


 殴りかかって・蹴りかかって・回し蹴りして・頭突きして……―――


 ―――〝一発KNOCK OUT! ★〞―――


「Wow! 気分がいいな!」


 ……―――この頃には相手側の数が減り、随分と辺りが見渡しやすくなっていた。


 目の前の男たちが倒れる。

 開けた視界の先……―――そこにいたのは百合乃だ。

 鋭い眼差しを相手へと向けながら、男を相手に、暴れている……―――

 殴られたのか、片目の下がほんのりと紫色になっていた。

 百合乃は倒れ掛かり、地面に手をついた。突いた手を軸に、その勢いを上手く使い足蹴りを繰り出す……―――

 身軽に動きまわり、かかと落としに続いて、回し蹴り。 得意な喧嘩スタイルは、脚技だ。


聖「百合乃……男共相手に……」


 聖は立ち尽くす。心配をするように瞳を細め、百合乃の事を眺めていた。

 聖とは裏腹に、純は平然と腕を組みながら、冷静に百合乃を眺めている。


純「百合乃の脚技、いつ見ても綺麗だな」


雪「百合乃は脚長いもんな」


 雪哉も冷静だ。平然と純と会話をしている。

 そして陽介は、百合乃を眺めながら、苦々しく表情を濁していた。……


陽「……百合乃、そろそろ限界じゃないか?」


―――――――――――――――――

――――――――――

―――――


「コノッ!! 素早い女だなっ………――おい! お前ら、さっさと捕まえろ!!」


「分かってる! 分かってっから黙れよ! ……捕まらねぇーんだよ!!」


 男たちは、百合乃を捕まえるのに必死だ。

 百合乃は上手く転がり回りながら、男たちから上手く逃げている。

 ――息は上がってきている。けれど目の力は、全く衰えてない。

 ……だがその時、伸びた男の手が、百合乃の腕を掴んだ。


「やっと捕まえた! ……――おい! 女を捕まえたぞ!!」


百「放せ!!」


 百合は少しだけ背伸びをすると、男に頭突きを食らわす。…――男の手から、百合乃の腕がすり抜ける。


「いってぇ! この女っ!」


「ったく……何放してんだよ!!」


 苦戦しながらも、男たちはどこか余裕の表情だ。百合乃が女だからだろう。


「うるせーな?! この女、脚技が厄介なんだよ!!」


「思い切り殴る訳にもいかねぇし……それに見ろよ……――いい女だぜ? 尚更だ」


「――“尚更だな”。早く捕まえるぞ!」


 百合乃を品定めするかのように、男たちは上から下へと、百合乃の全身に目に通す。

 百合乃はその男たちの態度が、気に食わない。


百「見てんじゃねー! 気持ち悪ぃんだよ!!」


 ……――怒りに任せて、体を浮かし、そのまま回し蹴りだ。


 一人の男が、首にその百合乃の蹴りを食らった。 

 回し蹴りを食らわしたまま、百合乃の脚は、男の肩に乗るように、首にぶつかったまま止まった。

 ……――蹴られた男は、少し首を斜めに傾けた程度で、余裕の表情だ。

 片足の浮いた不安定な体勢のまま、百合乃は目を見張っている。……

 体力の限界が近付いていた。自慢の脚蹴りには、もうほとんど、“力がこもっていなかった”のだ。


 ――そっと男が、百合乃の脚を静かに掴む……


「捕まえた」


 微かに笑みをこぼす男。

 百合乃は自分の蹴りに、威力が無くなった事を悟った。

 ……――すると今まで、怒りや悲しみに心を委ねる事で、麻痺するかのように忘れていた感覚や感情が、元へと戻っていった。……感じ始めた感情・それは“”だ。

 ……百合乃は一気に、顔を真っ青に変えた。…――


百「……嫌っっ……放せっ! ……――」


「放す訳ないだろう? 威勢が良かったのは終わりか?――」


 男は百合乃の脚から、掴む場所を腕へと持ちかえる。


 ……体力はもうほとんどない。〝掴まれた腕〟……振りほどこうとしても、男の手から逃れる事が出来ない。男との、力の差を思い知る……――


百「放せ!!」


 必死に叫ぶ事しか、出来なかった。


百「放せっ!! ……――」


 自分の声だけが、頭の中で響いた。混乱していて、何が何だか、良く分からなくなる……

 目の前の男の笑みに、吐き気を感じる……―――


( 放せ。放せ。嫌だ……恐い……―――“どうして、私は”………――― )


 その時………


 百合乃の霞む視界から、目の前の男が、いきなり吹っ飛んだ。……―――

 誰かがその男へと、跳び蹴りで突っ込んで来たのだ。

 掴まれていた腕が解放される。……――

 突如解放された衝撃で、百合乃の体は後ろへと倒れていく…………──────


 霞む視界と虚ろな瞳……

 頭がクラクラとする……――倒れていく体……まるで後ろへと、吸い込まれていくような感覚……―――


 ――その最中で百合乃の瞳が、目の前で繰り広げられる乱闘を見つめた……――


 先程、跳び蹴りで突っ込んで来た男が、百合乃を捕まえようとしていた男たちと、拳を交えている。

 ――その男は相手へと、回し蹴りを見事に命中させた。

 それを食らった男が地面へと沈み、地に両手をつく……――男は顔を上げようとしたが、すかさず迫った脚に、顔面を踏み付けられる。……――


 ――突如現れた“その男”は、涼しげな表情を崩さない……――


 ――残りの男たちが一気に殴り掛かる。

 斜めと横からの拳……――それを上手くかわした。

 ……――かわされ前のめりになったその二人の髪を、鷲掴みにする。そしてそのまま、その二人の頭と頭をぶつけさせた。

 その二人も、地面へと倒れ込む……


 一瞬にして相手側を負かしてしまった一人の男が、百合乃へと振り返る………―――


 百合乃は倒れ際に、その男が誰なのかをしっかりと認識した。

 ……――傾いた背中が闇へと吸い込まれていく最中でも、百合乃は微かに、安堵の表情を作った。……

 倒れていく体………やけにゆっくりと感じた、刹那の一瞬………

 ……――その時そっと、誰かが後ろから、百合乃の体を受け止めた。

 体を受け止め、投げ出されていた百合乃の片手を、その人が掴む……

 掴まれた事で、さっきの感覚を反射的に思い出す……――百合乃がとっさに、言い放つ。


百「はっ放せっっ……」


 受け止められながら、百合乃は自身の体を支えているその人を、見上げた――


「“俺だ”」


 ――その男を見た百合乃は、再び安心した表情へと戻る。…――

 一気に緊張がほぐれたのか、受け止められながら全身の力を抜いて、全てをその男に預けた……

 その男に支えられながら、百合乃はそっと、呟く――


百「“聖ぃ”……」


 ……――とても、幸せそうに。


聖「……百合乃、無理したな……」


 百合乃を支えたのは聖だ。

 ……――百合乃と聖、二人の元へと、もう一人の男も近づいて来て、心配そうな表情をした。


「無茶しやがって?……」


百「……“純”……」


 ――先程跳び蹴りで突っ込み、相手側を負かした男は純だ。


純「何でこんな事になったのかは、知らねーけど……白麟は俺らが片しておく。お前は端で休んでろ」


 ……――そうとだけ言い残すと、純は再び乱闘の渦へと戻って行く。

 そして聖は……――


聖「おい。お前ら、百合乃を頼んでもいいか? 百合乃を安全な所に連れて行ってくれ」


 端の方にいたBLACK MERMAIDの女たち数名に、百合乃を預けようとする。

 BLACK MERMAIDはレディースの黒人魚とBLACK OCEANが手を組んで生まれたチーム。

 男を相手に無理はしない女もいる。

 端で傍観している女メンバーに、百合乃を預ける事にしたのだ。

 すると女たちも、快く承諾した。


「任せて下さい。……百合乃さんはアタシたちの総長だ……当たり前だ」


聖「頼んだぞ? 俺はまた戻る」


 聖はぐったりとした様子の百合乃を、女たちに引き渡す……――


 …――だがすると、弱々しく、百合乃が聖の手を掴んだ。


百「……私も行く……」


 聖も他の女たちも、目を見張った。


聖「百合乃、お前は限界だ。大人しく待ってろ」


 女たちも口々に言う。


「百合乃さん! 無理しないで下さい!」


「心配しなくても平気ですよ……」


「聖さんたちに任せて、百合乃さんは休んで下さい!」


 ……――だが今の百合乃に、女たちの言葉は聞こえない……


百「聖ぃ……置いて行かないで……」


聖「無理言うなよ……」


 聖は困った表情をする。

 百合乃は虚ろな瞳のまま言う。


百「…………ここにいて……行かないで……」


聖「百合乃……」


 BLACK MERMAIDの女たちは、百合乃を心配そうに眺めた後に、顔を見合わせた。…――そして再び前を向くと、聖に言った。


「……なぁ聖さん、いてあげてくれよ? ……きっとアタシらよりも、百合乃さん、安心する」


 聖はやはり、困った表情のまま女たちを眺め返した……――。……だがやはり女たちは、抱えていた百合乃の体を、聖へと差し出す……


聖「分かった」


 結局承諾をして、聖は女たちの腕から、百合乃の体を預かった。

 百合乃を抱き抱えながら、聖はそっと、端の方に腰を下ろした。


「聖ぃ……」


「どうした? ……」


「ここにいてね……」


「あぁ。いるから安心しろ」


 聖に抱えられながら、百合乃は虚ろな瞳で、嬉しそうに少し笑った。…――

―――

―――――――

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