Episode 11【捜査 2/2】

*****

 今宵の静かな夜の街に……――2メートルほど距離を取ったまま向かい合って立つ、二人の男女。


 女は瞳を鋭くして、男を睨む……――

 そして男はそんな女の事を、冷静に見据える。


「アタシに何か用!」


 女は酒に酔っているせいもあり、感情的になっていた。その為か、罵るような口調で話すのだ。


「あぁ。……多分。お前に用がある」


 女とは対照的に、男は冷静な声色で返した……―――


****

━━━━【〝SEIセイ〟Point of v視点iew 】━━━━


 夜の街で、静かに対峙する。……この女、いきなり睨み付けてきやがる。……酔ってやがる。


 俺が捜している女……恐らくコイツだとは思うんだが……――確証はねぇ。一か八か、聞いてみるか?……――


「BLACK MERMAIDの総長を捜している」


「BLACK MERMAID……――アンタそんなものに、何の用があるわけ?」


 コイツ、少しも表情を変えねぇ。……――人違いだったか? いや、だがコッチだって、ある程度調べた上で来ているんだ。おそらく、この女が総長の筈なんだ。


「そいつに会って、聞きたい事がある」


「……アンタが捜しているその総長が、アタシだって言うの?」


「俺が思うには、“お前”だ」


「……――もし仮に私がそうだったとしても、アンタに“そうだと”教えるつもりは無いだろうね」


 女は腕を組みながら、口角を上げる。

 “はい。そうです。”と、認める訳もねぇか。

 ………――だが良い。吐かないなら、“コイツが総長”っつー前提で、話を進めてしまえばいい。

 コイツが吐かなくとも、俺が思うには、コイツが総長なんだからよ。それも、結構な確率で“間違いねぇ”って思っているんだ。


「お前が総長じゃなくても構わねぇ。お前に、RED ANGELとの事を聞きたい」


 俺を無言で睨んでくる女……――否定はしないみたいだな。


「何故アイツらと手を組んだ?理由は何だ……?」


 すると、女は何かを躊躇うように、小さく瞳を泳がせた。動揺か? ……――

  口ごもりながら、女は返す。


「……悪い?……目的がある」


 目的?……――

 その前に、やはりコイツが総長って事で、間違いなかったみてぇだな。


「理由は知らねぇが……――正直、“RED ANGELは流石にマズかった”と、そう思ってるんじゃねぇか?」


「…………」


「自分も仲間の事も、危険にさらす事になる。……――そんな事くらい、分かってるだろう? ………“RED ANGEL”だと? ふざけるなよ……――“暴走族の枠、越えちまってる”ぞ?“総長”」


「…………」


「アイツらと手を切るなら、俺はお前に協力する」


 女は俺の事を、怪訝そうに眺める。

 そうもなるよな。普通の奴ならこんな事は言わねぇ。


「……逆に聞くわ。アンタの目的は何なのよ? 意味が分からないわ」


「あ? ……お前が目的ってやつを吐くなら、教えてやってもいい」


「…………」


「言わないなら、俺も言わない。…………――で? 結局どうなんだ? アイツらと手を切るだろう?……」


 女は何かを血迷うように、俺から視線を反らす……――そして、再び女の目が、俺の目を見た。俺に向くその目は、氷のように冷たい。

 氷のような目をしながら、女の口が動く……


「まだよ……目的は終わっていない。 私の心は、まだまだ、満たされない………―――」


 ――あ? 心だと? コイツの目的は、一体……――

 ――続けて、女が話す。


「まだ、ダメ。……――手を切るつもりはない…―。だから、アンタの協力は、“必要ない”」


 なんだと……―? コイツは真面目に、手を切るつもりはないのか? 危機感も何も、ねぇって言うのか?

 ……―――てっきり手を組んだ事に、後悔し始めている頃だと思っていたのによ。

  “手を切る必要はねぇ”――かよ? けどそれじゃ、俺が困るんだ。……――どうするか?


 ――女が再度、繰り返す。


「……必要ないわ。私は自分の意志でこうしている」


「悪いが……俺がそれじゃ困るんだ」


「そんなに手を切らせたいわけ? ……――」


「あぁ。切らせるつもりだ」


「意志が反対ね」


「そうだな。……気が合わねぇ」


「邪魔をされたくないわ」


「“邪魔をするしかねぇ”」


 女の目がまた鋭くなる。無言の睨み合いだ。


 “手を切る”と、どうやって頷かせる? ……――


 ――だが、そう考えを巡らしていると、女が俺へと近づいて来る。ヒールの音を響かせながら……――目付きは鋭いまま。

 そして女は、俺の目の前で立ち止まった。睨むように俺をじっと見ながら、女が言う。


「その目……」


「は?」


 いきなりどうした? 目が何だ? ……目付きが悪いってか? さっきから睨みつけてくる、お前に言われたくねーよ。


「なんだよ……?」


「………――」


 何も答えずに、やはり女は、此方をじっと見てくるんだ。

 コイツ、大丈夫か? ……何かに苛立っているみたいに、自分の唇を噛んでやがる。……

 何に苛立つ? ……――それほど恨まれる覚えはない。確かに“邪魔をする”とは言ったが、実際はまだ、何もしていねぇしな。


「“その目”………アンタ、誰? …………ムカツクくらい、


 似てる…――?

 “似てる”……―――そう言われて、良く分からねぇけど、俺は動揺したんだ。胸の真ん中の辺りが、ザワザワと騒がしい。

 俺と、似てるのか……この女は、誰と似てると言った……?

 誰と似てると言われたのか……――そんな予想なんて、簡単につく……―――


 何故だか俺は、の事になると、動揺を隠せなくなる。前に響にも、言われたっけか……兎に角、意味が分からない程、動揺する。


 苛つくんだ。……“あの馬鹿は何処で何してやがる”……とか、そんな事を考え出すと、兎に角、苛つく……


 これは響に言われた事だが、どうやら俺はアイツの事で苛ついている時に、タバコを吸うらしいんだ。

 ………そしてどうやら、響が言っていた事は本当だったらしい……吸いてぇ……――苛つく。……

 この女、俺を苛つかせるきっかけを作りやがった。気に食わねぇや。……


「……――誰に似てるって?」


 知っているくせに、俺の口が言う。

 苛つくわりには……――この女の口から名前を言わせて、名前を聞いて、安心したい。

 今、目の前にいるこの女は、アイツの居場所を知っている。そう思えば、間接的にいくらか安心出来そうなんだ……


「“誰”って、アンタに言ったところで、知らないでしょう? 言う必要なんて……」


「……知っているかもしれねぇ」


 ………。“知っているかも”……――じゃねぇーよ! 馬鹿か俺は? 自分で呆れてくる。

 そんなに俺は、アイツの名前を聞きたいのだろうか? そんなに心配なのだろうか? そんなに安心したいのだろうか?

 自分で思ってきた。俺って結構……――まぁ、どうでもいいか……


 女は依然、じっと苛立った表情のまま、俺を見ている。

 ……――そんなに食い付くか? そんなに睨むように凝視するほど、似てるってか?

 ……自分じゃ、どこが似てるのか全く分からねぇ……


「ソイツと俺が、そんなに似てるのか?」


「似てるわ……――」


「……………っおい…お前っ……」


 真面目に何なんだよ?大丈夫か?……この女、自分の唇噛みすぎだ。唇から、血が垂れてきやがった……――


「似てる……―――」


「“似てる”じゃねーよ! 血ィ出てるぞ……」


 女は自分の唇に触れ、その赤がついた指を眺める。


「……あら……」


 何だよ、その反応の薄さ。まさか血が出ている事、いま気が付いたのか? 気が付いてなかったのか?


 ………っ……―――何だよ? また、唇を噛み始めた……――


 その赤、薄気味悪ぃ。止めろよ。


「おい、やめろ!」


 すると、血の滲むその口が言う。


「………やめてほしい?」


「当たり前だろ!」


 目の前で故意に血、垂れ流されて、気分が悪い。やめろ。


「どうして、やめてほしいの……?」


「は?」


 どうしても何も、ねぇだろうが……当たり前だ。


「いいから、やめろ」


「………心配してくれるわけ?」


 ………――この女は、正気か?


「……とにかく、もう噛むな……」


 見たくねぇ。女の行動に躊躇ってはいるが、冷静さを保ちながらの制止だ。


「……アンタが言うなら、やめとく」


 ようやく女は、噛む事をやめた。

 垂れた血。そして、唇を噛む事をやめたその口は、赤いまま……――

 ――やはり、噛む事はやめても、気分が悪い。


「お前……ハンカチとか持ってないのか? 拭け」


 すると女は、無表情で俺を見る。


「拭く必要はない。アンタが舐めてくれればいい」


 いきなり何を言う? ……――俺に舐めろって言うのか? 寄りによって、その、切れて赤く染まった唇を………――


「舐めてくれないの……?」


 俺が何も答えずにいると、また、目付きを鋭くする。

 ………――鋭くするが、その目は、何を見ているんだ…?……――

 この女の瞳、………“真っ暗”だ。…………―――


「早く……」


「………有り得ねぇ。……無理だ」


 その切れた唇に触れるかって……有り得ないだろう? その前に、好きでもない女の唇なんていらねぇ……


「………拒絶するのね」


「……………」


「そんな目をしながら…………私を拒絶するの………」


 ――――――コイツの瞳、何か黒いものが、渦巻いている。


 赤い唇が、不気味な弧を描く。瞳は……笑っていない……


「その目、同じ……同じ目をしながら……―――拒絶しないで!!………」


 いきなり声を荒げる女。


 この女……―――


「どうしてよ!!!」


 目に、涙が浮かんでる………


「アンタはっ……!!」


 何が言いたい…――? 何を叫ぶ…――?


「受け入れてくれないっ!!!」


 ……受け入れる? ……――受け入れるも何も、会ったばっかしだ。


「私がっどんな思いでっ……!!!」


 ……どんな思いだ? ……――俺の、知った事ではない。


「昔からアンタはっ……!!」


 ………――そう、コイツが話しているのは……見ているのは……


「いつだってっ……」


 ――“俺じゃない”……―――

 コイツが俺と、重ねて見ているのは………――――――


 ……―――すると女は泣きながら、俺に抱き着いてきた。嗚咽混じりに、女が呟く………――


「ねぇ……“聖ぃ”………――――」


 ……俺の……――“聞きたかった名前”………――――


 あの馬鹿弟……――苛つく。……


 誰か、タバコくれ。


 何処までも世話の焼ける、俺の馬鹿弟…………


「聖ぃ……」


 お前のせいで、口から血ィ垂らした女が、 俺に抱き着いて泣いてやがる……

 有り得ねぇ。この女、どうしろって言うんだよ……? 総長泣かしてんじゃねーよ……!?


 呆れる……。この泣きじゃくっている女が、トップに立っている女か…?

 威厳も格も無くして、壊れている。総長としての顔も、持っているのかもしれないが……今は、ただの女だ。


 気持ちを落ち着かせてから、俺は女を、体からそっと離す。


「俺は、聖じゃない」


 女は哀しそうな目をしながら、俺を見ている。


「聖……」


「聖じゃねーよ? 重ねて見るな……」


「…………」


―――“兄弟”―――


 言いたくねぇな。言いずれぇし……――黙っていた方が、良さそうな気がする。


 ――聖の奴、この女、どうするんだよ?


「……とにかく、俺とソイツを重ね見るな!」


 女はまた、鋭い目付きに変わった。血の付いた指を、俺に近づける……


「……っなんだよ? ……」


 反射的に俺は、女の腕を掴んだ。…――すると、腕を掴んでいる俺の手を、片方の手で女が掴む。そして、女が俺に言う……――


「……私を抱ける?」


「は? ……」


「抱いて」


 また、女の目から、涙が溢れる。


「抱いてよ……」


 俺…? どうして俺が……――


「……聖に頼め」


 有り得ねぇだろう? どうして俺が、聖と重ね見られながら、抱かなきゃいけねぇんだよ。


「……お願いだ…」


 ……―――すっと女が背伸びをする。女の唇と俺の唇が重なる……――


 忘れられそうもない……鉄の味の、口づけ……――


――――――

――――――――――――

―――――――――――――――――――

************


―「やめろ聖!」


 夜のバーに響く、制止の声………――雪哉、陽介、純、三人は血相を変えている……――


純「お前っなんて事するんだ!」


聖「……何がだ?」


陽「“どうしてパフェのアイスの上に、生ハムなんだっ”!」


聖「…――悪いか?」


「「「〝悪い!〞」」」


―――“フルーツパフェ ON 生ハム”―――


 ブーイング続出中。


雪「聖! 何をするつもりだ!」


聖「…………」


 すると無言で、生ハムの上にチーズを乗せる聖。


陽「モッツァレラか!?」


聖「……あぁ」


陽「つっ次はなんだ! ……なんだ? その葉っぱ!?」


聖「……バジルだ」


純「その手に持っているのは何だ!」


聖「………ペッパー…」


「「「……………」」」


雪「……何を注ぐつもりだ?」


聖「………白ワイン……」


「「「……………」」」


聖「………悪りぃ…本当はワインが一番先だ……手順を間違えた……」


純「謝る事なのか?……」


 聖は思い詰めた表情をしながら、申し訳なさそうに、パフェに白ワインを注ぐ……――

 そんな光景を、食い入るように見始めた三人。


雪「駄目だ! アイスにだけかけろ!」


聖「分かってる……」


「「「…………」」」


 謎の行動を繰り返す聖を眺めながら、三人は首を傾げた。……――三人でコソコソと、会話を始める。


雪「聖がおかしい……!」


純「聖は考え事をしていると、可笑しくなる!」


陽「何を考えているんだ!?」


雪「……――見ろ! ワインを溢した!」


純「落ち着かないらしいな……」


陽「アイツどうしたんだ!?」


雪「悩みか!?」


純「病んだか!?」


陽「病み期か!?」


 ………――三人は再び、聖へと向き直る。“悩みか?”……――そう、真剣な面持ちで。――だが…――


陽「待て聖! ワインの割合が多い!」


純「聖! 何に病んでるんだ!」


雪「そのパフェはイタリアンか!」


聖「割合っ……わっ悪りぃ…病んでなんかねぇー…イタリアン風だしな……」


純「お前らが関係ねーこと言うから、意味の分からない返答になったじゃねーか!!」


雪「悪かった……」


陽「聖、さっきから何を考えてるんだ?」


聖「パフェ……」


 聖は無表情のままで、そうとだけ呟いた。


純「パフェはどうでもいい」


聖「……百合乃が変だ……」


雪「百合乃?」


陽「何でだ?」


聖「知らねぇ……」


 聖は視線を反らす……――そう、何も知らない。けれど聖の中で、あの夜の百合乃の表情が、態度が、引っかかっていた。

 ――“どうしてRED ANGELと?”……――あの夜、百合乃は結局、その質問に答えてくれなかったのだ。


 ―――“分からないよね”―――


 ―――“戻ってきてよ”―――


 代わりに百合乃が話したのは、その感情……――

 泣き崩れそうな表情と、黒く冷たい瞳を、思い出す………――


聖「……あんな目、初めてだった……」


 聖は独り言のように、呟いていた。………――そしてその言葉は、空気に馴染むように、消えていく……――元から小さな、独り言だったかのように。


 ――聖の話はさておき、四人はバーのカウンターで眠っている瑠璃へと、向き直る。


陽「よく寝るよなぁ……こんな状況で……」


 寝ている瑠璃を眺めながらの、陽介の呟き。

 カウンターで眠っている瑠璃の顔を、覗き込む。


陽「この子、BLACK MERMAIDの事、聞いてきた。……」


純「……答えたのか?」


陽「何も言ってねーよ。……何でこの子がそんな事を聞くのか、不思議だしな」


 ……――陽介はそっと、眠っている瑠璃の頭を撫でた。語り口調で、瑠璃に言う。


陽「どうしてそんな事、調べてるんだ?……――今のBLACK MERMAIDには、首、突っ込まない方がいい。……」


――──

――――――──

━━━【〝RURIルリ〟Point of v視点iew】━━━


 ん……ん~………―――あれ?? 私、眠っていた?


 ……よく寝た……うぅ……――あ、お酒飲んでそのまま、寝ちゃったんだっけ? ……――


 おぼろげな記憶が浮かぶ……


―「この子、どうするんだよ?」


 ん…? 誰かの声が、聞こえる……“この子”って誰?


―「起きないな……」


 へー……起きないんですか?


―「放っておけ……」


放っておくんですか?


―「放っておいて、大丈夫なのか?」


―「こんなところに放っておいたら……――見ろよ! こんな可愛い子……誘拐されたら大変だ……」


 誘拐? それは大変ですねぇ……


―「見ろって言われても、髪が邪魔で顔が見えねー」


 ―サラ……


 ん? 誰か、私の髪に触れた……?


―「へー……結構可愛いな……」


 へー、可愛いんだ。羨ましいわ……


―「……よく見えねーよ。もう少し髪を避けろ」


 ―ガシッ!


 はひっ!? 何だか、前髪を掴まれている気がする! ちょんまげみたいに、鷲掴み状態……?! ……


 その前に、寝てる人に、いたずらしないで下さい。何処の誰よ……!


―「……これでよく見えるだろう!」


―「……」


 ……へー……。もしかして、さっきから私の話ですか……?

 もしかしなくても、私の話ですか?


 まだ頭が半分眠っていたから、目を閉じていただけで、実は私、もう起きています……

 どうしよう……目を開くタイミングが、分からない。

 今まさに目が覚めたかのように、自然な雰囲気で目を開きたい……。

 “実は結構前から起きていました”。なんて、何だか恥ずかしい……。


―「……可愛いな」


 わっ私のこと!? ヤバイ……――褒められた。少し嬉しい……ヤダ、嬉しくて笑っちゃいそう……。

笑っちゃ駄目だ。寝てる設定なんだから……


 ますます、目を開くタイミングが分からなくなってきた。


―「お前の愛猫に少し似てないか?」


 はい? 私がペットの猫に、似ていると言うんですか?


―「確かに、少しお前のブロンドの愛猫に似てるな?」


 賛成意見ですか? 私はそんなに猫に似ていますか?

 猫にブロンドと言う言葉を、使うものではない気がする。……

 金色の毛並みの猫ちゃんなんだ。なんだかカッコイイですね。


―「そう言えば、最近一緒にいないな? 愛猫はどうしたんだよ?」


―「もしかして捨てたのか!?」


―「……知らね」


 捨てるとか……なんだか嫌だな……


―「じゃあ捨てられたのか!?」


―「……知らねー」


 猫に捨てられたんですか!?

 友人に対して、『猫に捨てられたのか?』なんて言っていいんですか!?

 そして何故、アナタは『知らねー』と答えたんですか!?


―「逃げられたのか!?」


―「知らねー」


―「お前それしか言わないな!? はぐらかす気か!」


―「どうりで最近、俺らといると思ったら! 愛猫とケンカか!? さよならか!? あの爪痛かったか!?」


―「引っ掻かれてねーよ……」


 猫の爪は痛いですよね……。


―「お前の愛猫の爪、痛そうだよな……あの長い、マニキュア塗ったやつ……」


 猫の爪に、マニキュアを塗ってあげたんですか?溺愛ですね。


―「可愛がってたのにな! 白状しやがれ! 逃げられたんだろ?」


―「いっそ引っ掻かれてこいよ! スッキリするぞ!」


―「引っ掻かれたついでに殴られてこいよ! 目が覚めるぞ!」


―「………」


―「なぁなぁ! 白状しろよ! 惚れてただろ?! 惚れてたんだろ?? 白状しろよ~~……」


―「アイツの前だと、よく取り乱すしな! 見てて面白ぇくらいだ!」


―「惚れてたのか!? 図星なのか!? 金出してくれれば、一緒に飲んでやるよ!」


―「好き勝手に言いやがって……少し黙ってろ」


 何の話だか、よく分からなくなってきました……。

 ――あっ?! ……起きるの、忘れてた……。

 ……そう言えば前髪、鷲掴みにされたままだ。そろそろ放してほしい。私そろそろ起きたいし……。


―「俺の話はもういい。……結局その子はどうするんだ?」


 その子って私? どうするんですか!?


―「悪い奴に誘拐されたら大変だから、俺が誘拐する事にした!」


 Why!? 誘拐!? たっ大変だ! 私、誘拐されてしまうっ!


―「そうか……。」


 反応薄っ!


 Wow!!? 待って待って!? 何だか私、お姫様抱っこされたっ!

 もうタイミングはどうでもいいっ! 起きないと、誘拐される!


 ―パチ


―「あっ起きちまった……」


 誘拐未遂犯と私はバッチリ、目が合った。 えーと、確か名前……陽介だ!未遂犯はお前か……。


陽「おはよう。家まで送ろうとしたところだ!」


 さっき“誘拐”って言ってませんでしたか? その前に私の家、知らないでしょう?


瑠「おろしてもらえますか?」


陽「……寝起きなのに意識しっかりしてるね! 少し残念……」


 “起きてましたから”。……とは、言いませんけど。


瑠「おろして下さい」


陽「どうしようかな?」


 笑ってる……意地悪だ。


瑠「暴れていいですか?」


陽「危ないからダメ!」


 コイツ……下ろさない気だ。


瑠「ほっぺ抓っていいですか?」


陽「痛いからヤダ!」


 一応確認を取った結果、断られた。……――でも、抓ってやる!


陽「痛゛ーっ!!」


 “おろしてくれないなら、仕方がない”と、思い切り、抓ってみた……――早く放してよ!


瑠「放して!」


陽「はっ放せ! 痛ぇーだろ!」


「「放せっ!!」」


 そして二人で、ドタバタと“放せ合戦”をしていると……


 ―ぷに!


 いきなり横から金髪の奴に、ほっぺを優しく抓られた……。しかも、真顔で。

 するとその金髪は、目を泳がせながら言う。


聖「悪りぃ。楽しそうにじゃれてたから、まざってみた……」


 楽しくないです。じゃれてません。まざりたくなったんですか? 意外に無邪気?

 と言うか、アナタが片手に持っている不思議な食べ物は、一体なんですか? パフェですか? 生ハムが乗ってる……

 唖然とパフェを見る私……


聖「……食いたいのか?」


 私の視線に気が付いた金髪が言った。食べたいとは全く思えない。


陽「女は甘いもの好きだもんな!」


 あのパフェ、甘いものとストレートに呼んでいいのかな? ペッパー振ってあるよ……。


陽「そんなに食いたいのかよ? 仕方ねーな! 下ろしてやるから、食ってこい!」


 そう言って陽介は私を下ろした。

 ……頼んでも下ろしてくれないのに、あのパフェを見ていたら、下ろしてくれました……。もしかして、私に毒味をさせる気ですか!?


瑠「それ、美味しいんですか……?」


 私がそう言うと、金髪は一口食べた。……――そして案の定、首を傾げている。


聖「食ってみろ」


 金髪が陽介に、パフェをパス。


陽「……美味くはねぇ……」


 捉えずらい感想を述べて、陽介がユッキーにパス。

 ――上手にペッパーを避けて食べようとしたユッキー。……――だが、それを許さない隣の黒髪が、無理やりユッキーに食べさせた……。

 ペッパーにむせりながら、ユッキーが黒髪にパス。

 問題ないであろう、チーズの部分だけを食べて、黒髪が私にパス!

 流れでも、絶対に食べない私。 男共が回し食いをした、得体の知れない食べ物なんて、尚更食べない……。

 …――受け取らない私を、じっと見る黒髪。


純「何だよ、デリケートな奴だな」


 考えた結果、スプーンを変えて再び私にパス!

 いえいえ……スプーンを変えても、いろんな意味で食べたくありません。……

 一応パフェを受け取った私は、食べずに近くにいた陽介へとパス。


陽「ご指名か?」


 何かを勘違いした陽介が、私に食べさせようとする……。

 そして私は、食べずにそっぽを向く……そこで、黒髪が発言。


純「じゃあ誰に、食べさせてもらいたいんだ!?」


 どんな勘違いでしょうか?


瑠「……食べません」


陽「ノリ悪い!」


 もう絶対に会う事はないと思われるアナタたち4人に、ノリを合わせる必要はあるのでしょうか?…――すみませんね。私はそんなに、砕けた人間じゃありません。


瑠「私は帰ります……」


陽「えぇーー! 帰るの!? 何で何で! つまらねーよ! 朝まで遊ぼー! 待って待って!」


 何で何で? 待って待って? と騒ぎ始めた陽介。もっと遊んでもらいたい、犬みたいだ!

 私の中で陽介イコール犬、と言う印象が定着してきた。――なぜ私は、懐かれているんだ?

 陽介の“待って待って”を振り切り、私は歩き出す。


陽「なぁ~? 一緒に帰ろ?」


瑠「はぅっ!? ……」


 するとまた、首の辺りに腕を回されて抱き着かれた。

 しっぽを振っている犬が、擦り寄って来たようなイメージだ。コイツは何なんだ?


瑠「一人で帰るから離れて」


 私は陽介の腕から、スッとすり抜けて離れる。

 陽介は目をキョトンとさせながら、私を見ていた。また、なんとなくシュンとしている様に見えた。


 何だか、素直に表情が出る人だな。もう犬に見えて、仕方がない……。


 不意に“頭でも撫でてみようか”なんて、可笑しい発想が浮かぶ……――私って失礼だな。何だか、犬がシュンとしてるように見えるんだもん。


 流石に本当に、頭を撫でたりなんかはしないけどね。………。撫でないけれど、何気なく、そのオレンジの髪を見てしまう。


 …――視線を髪に持ってきてみて、“絶対に撫でない”と、再度思った。


 だって、やっぱりコイツ、男だ。私よりも余裕で身長あるし、低くない方だ……それに気が付いて、撫でる気が、全くなくなった。


 “犬”という先入観に“異性”という印象が勝って、抱き着かれた事に、今更恥ずかしくなってきた。


 恥ずかしくなってきた事は内緒で、私は冷静に振る舞いながら、店から出た。


 ――夜の街。夜でも街灯と建物の明かりのお陰で、結構明るかった。


 結局知りたかった事も、分からないままだ。


 私の一応の捜査は、飲んで、寝て起きて、終いには変な食べ物を勧められ……――意味が分からなくなって、今回は終了だ。……これ? 意味、あったのかな?……


……――結局、陽介がBLACK MERMAIDの情報を知っていたのか、知らなかったのか……――その事も、分からないままだったんだ……―――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る