Episode 8 【BLACK MERMAID】
Episode 8 【BLACK MERMAID】
花火大会の翌日のこと、私は仕事が終わった後、誓と響と一緒に、この間みんなと行ったお店に来ていた。
誓「
瑠「?、黒い人魚」
響「和訳はな……」
昨日の誓の弟の話……――私も妹を心配する姉だ。同じ立場として、誓の弟の事も気掛かりになった。何より、誓が悲しそうな目をしていたから。
だから、弟の事をもう一度聞いてみたのだ。そしたら何故か誓と響は、“黒い人魚って知ってるか?”って、今、私に聞いている。……
〝えっ? いきなり何、おとぎ話でもしてくれるの?〟
それとも、どこかの国で“黒い人魚が発見されました。”……――なんて言う、すごいニュースでもあったのだろうか?
誓「
瑠「黒い海洋……」
誓「……まぁな」
響「族の名前だ」
瑠「へっ海賊ですか?」
響「暴走族」
瑠「へー……さっきから、随分海好きそうだね?」
響「だな」
誓「ちなみにこの二つ、名前は違うけど、実際には同じ集団な?」
瑠「フーン……」
私今、暴走族の話なんて、聞いてないんだけどな……何だか、説明が始まった。……
一応疑問に思った事を、質問しておこうかな……
瑠「何で同じ集団なのに、名前が二つあるの?」
誓「そいつらは、女が総長の代は“BLACK MERMAID”、男が総長の代は“BLACK OCEAN”になる」
瑠「えっ! 女の人も総長とかになるの!?」
響「そいつらの場合、まれにある」
誓「力ばかりが総長になる条件じゃないって事じゃねぇの?」
響「要は、自分は喧嘩とか出来なくても、的確な指示、冷静な判断、それと、全員を従わせる格、それが揃ってる女は総長になれる場合がある」
瑠「へー、格好いい女の人がいたものねぇ」
誓「……俺の弟、昔、BLACK MERMAIDのメンバーだった」
瑠「昔?……」
誓「もうやめた」
誓の弟が昔、暴走族?……――
―――“もうやめた”―――
―――“どこにいるか分からない” ―――
昨日、“どこにいるか分からない”と、そう言っていた。暴走族をやっていて、居場所が分からないと言うなら、ありそうな話だ。……だけど、“もうやめた”のに、どうして居場所が分からないの?
誓「あいつと何人かで、確かに族から抜けた。……瑠璃と同い年か……――1つ上? くらいなんだけどよ。……――高校の卒業に合わせて、やめたんだ」
瑠「うん。……じゃあ何で居場所が分からないの?」
誓「アイツがやめて半年くらいたった頃だ……――BLACK MERMAIDが、相当マズイ連中と手を組んだ」
瑠「うん。……」
誓「だからアイツ、BLACK MERMAIDの事、すげぇ気にかけていた」
瑠「……うん」
誓「それからだ…自分の意思なのか、何か巻き込まれたのか知らねぇけど……――同じ時にやめた何人かと一緒に、またそういう世界に首突っ込みやがった」
瑠「それから……居場所も分からないの?」
誓「あぁ。世話の焼ける奴だろう?」
誓は不機嫌そうに煙草を取り出して、火をつけた…――
響「またか! 瑠璃、コイツ弟の事になるとコレだぞ?」
響が不機嫌な顔をしながら、煙草を吸う誓を指差している。
響「誓、お前ブラコンだろ!」
ブラザーコンプレックス? 響は“俺は結構前から核心に迫ってるんだ! ”と言い張っている。……
そして誓は、その言葉に思わず、くわえていた煙草を落とした。
誓「なっっブラコン!? 馬鹿か?! バカだろ!?」
…………。とっ取り乱し方が!? ハンパないわ?!
いつもなら、響の言葉を軽く流してるのに……誓が、取り乱している。……
響「アレ、誓、タバコ落として、何をそんなに焦ってるんだ?」
―ニヤリ
響が……――楽しそうに笑っている!?
そして誓は……――顔、赤いわ。視線泳がせてるし……何だか、こっちが顔赤くなっちゃうから、やめて下さい。……
そしてしばらくして誓は、平静を装いながら、言った。
誓「アイツも、もうガキじゃねーんだ。かかかかかっわいぃー……なんて歳じゃねーよ」
“かわいい? ”……
本当に、平静を“装っている”だけだ。
けどね、黙っているだけで弟、妹って、何歳になっても心配なのよね……何歳になっても、可愛いわ。……
“お姉ちゃん!”……――頭の中で、小さい時の絵梨がニコニコと笑いながら、私を呼ぶ。私の後ろを、チョコチョコと付いてくる……――ほら、何て可愛いのでしょう!!
絵梨はお姉ちゃんの事……――大好きよね♪ そしてもちろん、お姉ちゃんも絵梨の事が………――――?! これ、おそらく響の感覚でいくと、私も“シスコン”だわ。……
――にしても、響って結構Sだったんだな。……――ニッて笑いながら、誓の事、いじっているよ?その笑みの意味は? ――“取り乱す誓が面白いから? ”……もしもそう言ったら、もう完全にSだよね。
いつもは誓にテキトーに扱われていたりするのに、絶妙なところで、しっかりとSになるタイプかも……
響はまだ、楽しそうに誓をからかっている……
響「全く、何歳でも変わらないな」
誓「なっ何がだ!」
響「お前が弟可愛いのは、昔からだって事だ」
誓「悪いかよ!」
響「……認めたな」
誓「ちっ違ぇー!」
誓が……イジメられている。
否定の仕方が必死すぎだ。……
響「全く、この誓、聖に見せてやりてーよ」
――聖?それってもしかして、弟の名前? ……――
前に一度、聞いた事がある気がする……
“ヒジリ”……?……――
――その時……
―ガシャン!
―バリン!
―ボトッ!
―バッシャ~ン!!
―ガコンッ!
え?! 何?! 何だか……――仕切りの向こう側の隣の席から、ものすごくいろんな音が、一斉に聞こえてきたよ?!
一体どうしましたか? お隣りさん。
仕切りの向こう側を、然り気無く覗いてみる私たち……――
――するとそこには何故か、奴らがいた。
理由は分からないけれど、奴らは目を丸くしながら、呆気に取られたような顔で私たちを見ていた……
ガシャン! と、フォークを落としたのであろう、隼人。
バリン! と、皿を割ったのであろう、亮。
ボト! っと、持っていたフランスパンを落としたらしい、光。
バッシャ~ン!! と、豪快に水をこぼしたのか、ずぶ濡れの、岬。
ガコン! と頭を打ったのであろう、テーブルに突っ伏している、千晴。
なっ何故コイツらがココに!? と言うか、どうしてコイツら、固まっているの?
そして、奴らは今度はいつも通り、一斉に喋り出すのだ……――
隼「BLACK MERMAIDで聖って事は、あの聖さんですか!?」
どの聖さんですか?
亮「誓さんが聖先輩の兄貴って、ホントですか?!」
知り合いなんですか?!
光「聖さんたち、大丈夫なんですか!?」
知り合いなんですね!?
岬「聖さんがそんなに可愛いですか??!」
そこは突っ込まないのっ!
千「オレらの事もちゃんと、可愛いがって下さいよ!」
そんなに可愛いがってほしいのか……?!
その前に、どれだけ話聞いているんですか?!
絶対に、聞き耳を立てていたでしょう?!
誓「何でお前らいるんだよ……つーか聖たちの事、知ってるのか?」
隼「高校同じでしたもん!」
亮「聖さんたちが卒業してからは、会ってませんけど……」
光「オレらの事、よく可愛がってくれたんですよ!」
どうやらこの五人は、誓の弟たちの後輩だったらしいのだ。聖たちが卒業してからは、会っていないみたいだけど。
――そうして隼人たちとも話をしていると、その時……――
―♪♪♪
私のスマートフォンが鳴った。
スマートフォンの画面を見ると、“絵梨”と出ていた。
絵梨から電話をもらう事は、今まではあまりなかったものだから、私はまた不安に駆られる。
どうかしたのかな……? いきなり電話? もしかして、何かとても、大切な要件なんじゃ……
「ごめん、電話みたい。少し外行ってくる」
私はみんなに一言言って、すぐにお店の外へと出た。
店の外で、すぐに通話を始める。
「絵梨?どうしたの?」
「……お姉ちゃん」
「うん。どうかした?……――」
「………………ヒマ。」
……“ん?ヒマ??”……――
絵梨の声は、とても冷静だった。少し拍子抜けしたけれど、安心したのも事実だ。
今日は出掛けないのかな? ……夜、遊びに行かれても心配なんだけどね。……
「…………グスンッ…ヒマ。……」
「えっ絵梨!?」
やっぱり……泣いてる。……
「ヒマなの。……ヒマすぎて余計っ……グスン……寂しい……うぅ……」
どうしよう……何て言ってあげればいい?
ごめんね。絵梨……私、何も……――
「え~と……今日は……出掛けたりは? しないの??……――」
「……うぅ。……行くトコ、ないの……グスン。グスン……」
……。言わない方が、良かったかもしれない。……と言うか、夜に“遊びに行かないの?”とか言ってしまった。……ごめんなさい。……何か予定があれば気が紛れると思ったら、口をついて出た言葉だ。……
「うぅ……ヒック……ゆっ……ユキ……いないから……うぅ、行くトコない……グスン……」
――ユキ? ……――友達? 女の子? ――
「お姉ちゃん……寂しい……――お姉ちゃんの所……行っちゃ駄目……? グスン……」
「私のトコ?」
「……うん」
「知り合い一緒だし、私が家に帰るよ?」
「ううん。行く……グスン……家、ヤダ……うぅ、うっ……ユキぃ……ゆっ……グスン……」
「……うん、わかった。」
確かに家にいるよりも、気分も晴れるかもしれない。……
そうして電話も終わり、私がお店の中へ戻ろうとした時……――
「瑠璃」
「誓」
誓がお店の中から出て来た。
「鬱陶しいから出てきた」
誓も隼人たちのノリには手を焼いているのだろう。うんざりとしたような顔をしながら出てきたけれど、すぐに穏やかな表情を見せてくれた。
あの日、初めて誓に会ったとき、誓は冷静な瞳をしながら、涼しげな笑み浮かべていた。
うわてな誓の雰囲気や、余裕そうに口角を上げた表情とか……――手の届きそうもない、余裕のある大人の雰囲気がとても魅力的で、目に焼き付いている気がする……
けれど今私の目の前で穏やかに笑う誓は、力が抜けている感じがして、何だか少しだけ、可愛い気さえもする……――
「隼人たちでしょ? 本当よ。鬱陶しい」
私も面白可笑しそうに笑って返した。鬱陶しいとは言いつつ憎めない。元気な知り合いたちが出来たものだ。
誓といると、気持ちがくすぐったくなって、何だか身体がほてってしまう。
ほてった体に、夜の涼しい風が気持ちいい。――誓の事を、見ていたかった。瞳に映していたい……
瞳に映る誓の横顔は、夜の月と良く似合っていて、暗い夜の闇にピアスが光って見えた。
軟骨のピアスは、誓のチャームポイント。〝それ、好きだ〟。――つい、その耳に触れたくなった。
「誓」
「なんだ?」
私に名前を呼ばれ、誓が振り向く。
私は誓の方へと向き直っていて、それに気が付いていなかったらしい誓は、少しだけ驚いたような表情をして……――結構な至近距離でいきなり瞳が絡んだから、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
誓が恥ずかしそうにしたのが、嬉しかった。私でも、誓の心を乱す事が出来るんだ、って思ったから。
「耳……」
「耳?」
“耳”と言う言葉だけでは当然伝わらない。誓は不思議そうな顔をしている。
「ピアス、見せて」
「これか?」
誓は、軟骨のピアスを指差して言った。
「うん」
「別に、いいぞ」
私の気持ちはパッと晴れやかになる。……――私は少しだけ背伸びをする。よく見たいから。
「仕方ねぇーな……」
そう言うと誓は、私の頭に軽く手を置いた後、その場にしゃがんでくれる。
私もすぐにしゃがみこむ。とても見やすくなった。
「軟骨ピアス、いいな」
「そうか?」
「誓、似合ってる」
軟骨のピアスはシルバーで、ゴールドのラインが一本だけ入っているデザインの、シンプルな物だった。
「キレイ」
触れたくなり、人差し指で軟骨のピアスにタッチした。
すると……――驚いたのかな? 誓は“ピクッ”て反応してる。
“やめろ”とは言わない誓の反応が、私の心をくすぐったくして、心を乱した。
……――そして誓の反応が面白くなった私は、もっとピアスを弄ってみる……
「お前っそんなに……」
“何をそんなに弄る必要があるんだ”、とでも言いたそうに、誓が私の方を向いた。すると……――あれ? 赤くなってる。
何だか今日の誓は、取り乱してばかりな気がする。
けれどしゃがんでいたから、比較的目線が誓と近くなっていて、その状態で目が合ったから……――私も恥ずかしくなってしまう。頬が熱く、熱を帯びる……
誓は顔を赤らめたまま、困ったような表情で言う。
「……顔、近づけながら弄るから、耳に息がかかるんだよ……」
「息?」
「……くすぐってぇ」
「…………」
そう言って誓は困ったような顔をしながら、私から視線を反らしている。
誓の顔、赤いまま。……誓、何その反応?? ……誓のせいでまた、心がくすぐったいよ。“耳、弱いのかな”、なんて不意に思っている私って、一体何なんだ……。
ごめん、誓。私、隠れSかもしれない。 取り乱す誓が可愛いくて、いじめたい。……――いつの間にか、私の口元が綻んでいる。そのまま、誓の耳に顔を近づけて囁く…――
「誓、可愛い」
言葉を一言発する度に誓の耳に軽く唇があたって、艶のあるピンクのルージュが少しかすれる……――
誓はまた、驚いたように私を見た。
「お前……やるな」
?! 誓に褒められた! ………待ってこれ、喜んで良いのかな?!
「年下じゃねぇみたいだ」
それって褒め言葉?! 何だか嬉しい。……だって私、誓に子どもだなんて、思われたくない!
――そう思って私は内心、とても喜んでいたけれど……
「“可愛い”って言われちゃ、俺も黙ってねぇぞ?」
誓があの、余裕そうな顔をしながら笑った。……
「いじめてぇ……」
?! マズイ……いじめられる。……
〝いじめてぇ〟と、意地悪な表情を浮かべながら、スッと誓が体を近づけてくる。――そのまま片手が伸びてきて、私の頭を支える……――
しゃがんでいた私の体勢は、いくらか崩れてしまって、片手を地面へと突いてしまう。
頭を支える誓の手……――もう片方の手は、私の手首を掴んでいる。
「キスしていいか?」
腕を掴まれたままの、至近距離。誓は真っ直ぐ私の瞳を見ながら、そう言った。
……ダメだ。頭が、クラッてする……私を見下ろすその瞳、何だかやたらとセクシーだ。……この人何なんですか? 男の人なのにソレって、反則ですよ……
そして良く、さらりと『キスしていいか?』とか、言えますね?
恥ずかしいよ……けれど、私は視線を反らしながら、小さく頷いた。
「瑠璃、俺の目、見ろよ」
ムリだよ。見たら心臓、もちません。
「なぁ瑠璃? ……―」
誓は私の頭を支えていた手を使って、強制的に私に前を向かせた。
これをやられたら、恥ずかしくても、反らせない。……瞳を見ないように必死なのに、逆に誓は自分から瞳を合わせてくる。
「一番、キス欲しい場所、どこだ?」
てっきり口かと思っていました。選択肢があるんですね? 何だかエロい……
「どこがいい?」
少しずつ身体を近づけながら質問してくる誓に圧倒されて、体重を全て、預けてしまいそう。――目を合わせて、私の口から言わせるつもりですか?
この人、完全にSだ。私、いじめられている……
どうしよう……私も対抗して、張り合おうかな? ……けど何だか、返り討ちにあいそう……今の私には、主導権がない。誓から主導権を取れる、自信もない……
「……答えねぇなら、あんなとこや、こんなとこだな」
だからさ、何だかエロいって! その言い方!絶対にわざとだ、しかも余裕そうに涼しげだ。
誓の事、いじめなければ良かった……
「いいだろう? ……――」
もう、喋る距離近すぎだ。ほぼ、くっついているよ……
頭の中、良く分からなくなりながら、うつろな瞳を、誓に向ける……
――ドキドキを通り越して、ウトウトしています。……何これ? 何だか、心地いい……――全部、奪ってほしくなる……――――
この人は危険。この人といると、私の頭、ショートします……
距離、近い。体から、力抜けちゃうよ……――
「なんでそんなに、顔、赤いんだ?」
このいじめ、まだ続くんですね?この人、口元、笑ってる。……ドSだ。……倍返しだ……
「何考えてるんだ?」
ズルいよ……髪を撫でながら、聞いてくる。……そしてその流し目、罪だ。
……これ、答えるまで、解放してもらえないかもしれない……
恥じらう感情を抑えて、私は口を開く…――
「……キス」
“してくれない”。 してくれそうで、してくれない。
「欲しいのか?」
「……うん」
「お前、可愛いな」
そう言うと誓は、キスではないけれど、私を自分の胸板に優しく抱き寄せた。
少しして、私は抱き寄せられたまま、ちょこんと顔を上げて誓を見た。
誓はもう、あの余裕そうな笑みではない。……――自然な穏やかな表情で、私を眺めていた。
けれどその変わりようで、明らかに分かる。やはりさっきまでは、“確実にいじめられていた”んだって。
「なぁ瑠璃、ここどこだ?」
「えっ?」
誓? いきなりどうしたの? そんなの……
辺りを見渡す私……――
“ここどこだ?”……――ここ、喫茶店の前だ。ここ、公共の場だ。
「……お店の外」
……誰が来るのか分からない場所で、私、危険なムードに片足を突っ込んでいました。
「残念だけどな。……こんな場所じゃ、あんな事とか、出来ねぇ」
――どんな事でしょうか?
「また今度、だな」
「…………」
女として、頷いて良いものなのか? 複雑だ。けれど絶対に……――〝否定してたまるものか!〞
「俺、瑠璃なら……――」
誓が私の耳元で囁いた。くすぐったい。
「んっ……くすぐったいよぉ」
……―――すると何故かいきなり、誓が私から、“バッ!”と離れた。えっ? いきなり何?
「何て声出しやがる? ……いじめか??」
はい?
「残念でならねぇ、俺は優秀な警察官だしな」
またそうやって、やたらとセクシーな流し目……。
――ずっと思っていたけど、夏だからって少し、ボタン開けすぎじゃないですか? 襟元正してもらえますか? 優秀な警察官さん?…――
****
そうして些細な会話をしながら、お店へと戻る私たち二人。
「外でイチャつきすぎると、公共の福祉に反するかな?」
「反するんじゃねぇの?」
優秀な警察官さんの物言いが、まるで他人事のようなのだった。
「……そっか。響に逮捕されちゃうね」
「………お前、もしかして響に捕まりてーのか?!」
「ねぇ誓? 何の話?」
「瑠璃がいきなり“響”とか言うからだろ?!」
「言っただけですけど?」
「女はそれだからな………他の男の名前出されてみろ?大抵の奴、
「大袈裟じゃない?」
「そんなもんなんだよ」
「へー……」
お店の扉を開いて、店内へと戻る。……――
響「お前ら遅ぇーよ! 俺一人でこのガキ共の相手してたんだぞ?!」
帰ってくるなり、これだ。
確かに響には、悪い事をした気がする。……
テンションの突き抜けたこの五人と、一人でずっと一緒にいたなんて……お疲れ様。……
亮「何で電話しに行った瑠璃さんと、フラッといなくなった誓さんが、一緒に帰ってくるんですか! 怪しくありません??」
隼「……きっと二人で、怪しい事してたんだぜ?また……。」
光「またって何だよ?!」
勝手にいろいろ騒いでる奴らは、放っておこう。怪しい事? 失礼ね!
瑠「……――あぁ、そうだ。妹がね、私の所に来るって」
響「妹?」
瑠「うん」
****
―カランカラン!
店の扉が開き、呼び鈴が鳴る。
ヒールの音を響かせて、一人の女が店内へ入って来た…――
━━━━【〝
お姉ちゃん、どこかな? 一人が寂しすぎて、お姉ちゃんの所へ来てしまった。 迷惑じゃなきゃいいな……
―「おいっ! あの子可愛い……」
―「ブロンドだ! 」
―「人形みたいだな!」
―「誰か話しかけろよ?」
―「急げよ! 行っちまう!」
ん?何あいつら? うるさいわね……私、あんたたちみたいに馬鹿そうな奴ら、絶対に嫌よ? 私の事、ジロジロと見るんじゃないわよ! ……――あいつらもしかして、女癖最悪なタイプ? 女癖悪い男とか、本当に最悪よ! ――だいたい、どうやら私は、 あの馬鹿で……女癖最悪な……アイツが好きだったらしい……あれ? 矛盾してる? まぁ、いいや……
━━━━【〝
「あっ絵梨!」
店へと入ってきた絵梨を見つけた。私は絵梨を呼んだけれど、どうやら私の声は、絵梨には聞こえていないみたいだった。
ん………?! と言うか?! 何て事!?絵梨がっ――……馬鹿五人に絡まれている?! わっ私の妹に、たからないでちょうだい!!
隼「なっなんだよ! ずいぶん勝ち気な女だな!」
―バシッ!!
絵「肩に手、置くんじゃないわよ!!」
岬「すみません……」
千「カワイイんだから、そんなに怒るなよ?」
―サラ
絵「髪、撫でてんじゃないわよ!」
―パシッ!
千「痛い!!」
絵「もっと痛い事、してあげよーか???」
「「「そっそれって! どんな事ですかァ!!!?」」」
亮「…お前ら、なに興味もってんだよ?」
岬「じょっ女王様ですか?!」
絵「ハァー!? 誰があんたたちみたいな奴ら…!」
―ベシベシッ!!!
千「俺はっ!! Mじゃねー!!!」
……何だ? あれ? ……と言うか、絵梨、強い……
瑠「絵梨?」
絵「あっ! お姉ちゃん!」
私には素直で、可愛い表情を見せる絵梨。……
5人「「「「「お姉ちゃん!!? 」」」」」
絵「何よ!!」
光「あっいえ別に……」
絵梨はまた、男共を睨みつけている。この変わりようは、一体?
亮「瑠璃さんの妹ですか?!」
瑠「そうよ、妹にたからないでよ」
隼「ずいぶんと、狂暴な妹さんですね?」
サラッと毒を吐く隼人。……――そしてそれを、ギロっと睨みつける絵梨。
絵「ねぇお姉ちゃん、この馬鹿みたいな奴ら誰? …知り合いなの?」
そしてまた、今度は不安そうな表情で絵梨は私に言う。…――しまいには絵梨は、私の後ろにちょこんと隠れてしまった。
私には、絵梨の行動が不思議に思えた。強気だったり、弱気だったり、絵梨はどうしてこんなに変わるの?少なくとも、私といる時の絵梨は、素直な子だけれど……
瑠「絵梨どうしたの?」
絵「ううん。……何でもない」
絵梨は相変わらず、不安そうな顔をしていた。
岬「あれ? どーしたの?!」
光「あんなに狂暴だったのに……」
千「きっと隼人が怖かったんだ……」
隼「おっオレのせい?!」
亮「……きっと光がうざかったんだ」
響「……女の子イジメんなって!」
話に入ってきたのは響、その後ろには誓もいる。
岬「いじめてないです!」
絵梨は後からやって来た響と誓の方へと視線を向ける。
……――誓を見たとき、絵梨は何故か、一瞬固まるように止まった。そして絵梨は口を開き、何かを言いかける……――
絵「ひじ……――」
えっ??……ひ、ひじ??……“肘”……
絵梨は何かを言いかけたみたいだけど、すぐに言葉を止めてしまった。何て、言おうとしたんだろう?
―チラッ
するとまた、あっ! 絵梨が誓を見た! ねぇねぇ絵梨! “ひじ”ってなに ?!誓を見て“ひじ…”って? ……なに!?
何故かやたらと気になる。 ひじっ? 肘? 誓の肘が何か!?
―チラ
私はチラりと誓の肘を見て見たけれど、普通だ。……ひじ? ――あっ! 誓が絵梨の視線に、気が付いた!
「「…………」」
じーーー……
そして何故かこの二人は、無言真顔で見つめ合ってる。見つめ合ってる……――
可愛い私の妹、絵梨。意中の、誓。 見つめ合わないでほしい組み合わせだ。
可愛い絵梨、そんなに可愛い顔で、誓を見ないで下さい。
誓、私の大切な妹にあんな流し目使ったりしたら、二つの意味で、殴る。
じー……
いつまで、見つめ合ってるんだろう? 何だか、私がそわそわしちゃう。
響「何あたふたしてんの?」
私の異変に気が付き問い掛けてきたのは、響だ。
――なので、私は響を引っ張って、一旦全体の輪から離れた。
そして絵梨と誓に聞こえないように、小声で響と話しをした。
瑠「絵梨と誓がっ……!」
響「誓?」
瑠「うん!」
そう言うと響は、誓たちの方へと視線を向ける。…――するとやはり、響も焦ったように、目を見張った。
響「何でアイツら、睨み合ってんだよ!?」
瑠「えっ!」
“睨み、合っている”? ……そう見える人も、いるらしい。それとも、私が重症なのか?
瑠「違くない? 見つめ合ってる!」
響「そうか?」
瑠「うん! もうずっとだよ!」
すると響が目をパチパチとさせながら、私を見てくる。
響「だから、あんなにアタフタしてたのか」
瑠「べっ別にっ!」
響「気にするなよ。誓が気に入ってるのは瑠璃だ」
瑠「ほっ本当!?」
響「そうだ。気に入られてるの分かってるだろう?」
瑠「………………ウフ♪」
響「“ウフ”じゃねーよ。何思い出して笑ってんだ?」
瑠「………………ウフフ♪」
響「誓に何された?……重症だな」
すると……――
―「お前ら、なに見つめ合ってるんだ?」
誓が不機嫌そうな顔をして、私と響を見ていた。――響が可笑しそうに、フッと小さく笑う。
響「これが、“見つめ合ってるように”見えるのか?」
誓「は? 見つめ合ってる以外に、何があるんだよ?」
響「……瑠璃、聞いたか? 誓には俺らが“見つめ合ってる”ようにしか見えないらしい。“瑠璃と同じだな”。」
瑠「!!……」
――“私と同じ”――
私は誓と絵梨が見つめ合っているのを見て、不安だった。何だか、嫌だった。
――何で、嫌だった…?だって私、誓の事が……―――――
瑠「ウフ♪♪」
響「また……笑ってる……」
瑠「ねぇ響! 同じかな?」
響「ああ。第三者から見ると、明らかに同じだ」
私が嫌だった理由と、誓の気持ちが一緒なら、それって……――――あーもう、想像すると嬉しくて、つい笑っちゃう。
私は一人で喜んで、一人で照れていた。勝手に恥ずかしくなって、自分の頬に手を当てて、勝手にハニカんでいます。……この光景、変かも。
響「…しかたねー奴だな!」
響が私を見て呆れている。響、振り回しちゃったね、ごめんね? 何だか響って、面倒見が良さそうだ。
誓「瑠璃、何がそんな嬉しいんだ?!」
誓はポカンとしながら、私を見ている。
ど、どうしよう?!嬉しくてつい、笑ってしまう……!!誓に変な奴って思われたくない……!!
響「お前のせいだ、バカヤロー! 瑠璃に何したんだ?」
誓「……可愛がった」
響「それが原因だ!」
誓「……へー可愛い奴だ」
響「お前も随分嬉しそうだな! 何かムカつくからやめろ!」
誓「悪いか?」
響「悪くねー!」
誓「なら黙ってろ」
響「……そうだな!」
誓「お前って、結局納得するな……」
……――誓に、一人で笑う変人かと思われる事を懸念していたが、どうやら、心配をする必要はなかったみたいだ。誓が私を……“可愛い奴”と……
そして響はお人好しだ。誓に“可愛い”と言われ浮かれる頭の片隅で、そう思っていた。
そんなこんなで、この賑やかな集いの時間にも、終わりが近付いてくる。
何だか今日は、誓の事や響の事を、いろいろ知れた気がする。隼人たちもいるし、絵梨もいる。とても賑やかな時間だった。こんな日も良いよね?
――――――――――
―――――
――こんな時間の中に、確かな幸せがある。
皆の笑った顔を、鮮明に思い出せる。……――
――小さな幸せが輝く、優しい日々よ、もっと私に、“幸せ”だと気が付かせて。
このささやかな日々を、私にもっと愛させて……――
…………――暗闇は徐々に、目の前に迫っている。
……――全てが終わった後、私は今と同じように、こうして無邪気に笑う事が、出来るだろうか?……――
―――――
―――――――――
******……
その日の喫茶店からの帰り道の事だ。
絵梨と一緒に、アパートを目指す。隣を歩く、絵梨の横顔を眺める……――
……絵梨の泣いていた理由を、聞いてみようかな? 聞きずらいとは、感じるけれど……
―― 今すぐに聞く?……――いや、もう少し、タイミングを見計らってから……――そう、始めるならば、他愛ない会話から。
「隼人たちに絡まれてたでしょう? 大丈夫だった?」
「……うるさかった」
口を尖らせて言う絵梨。横顔が不貞腐れている。やっぱり、嫌だったみたい。
「悪い子たちでは、ないんだけどねー……」
私は苦笑いで返した。苦笑いしか出来ない。あの子たち、悪い子ではないの。……――お調子者なだけ。分かっている。――けれど何とも……彼らを相手にするのは、確かに大変だ。……
「うん。悪い奴らって感じはしなかった」
……――すると絵梨は、とても自然にそう私に返した。
私は呆気に取られた。絵梨は見るからに怒っていたし、その後は私の後ろに隠れてしまっていた。だから、絵梨の返答が意外だった。完全に拒絶しているかと思っていたから。
「意外。だって絵梨、すごく怒っていたから」
するとその言葉に絵梨は、道の先を眺め、目を細めながら答える……――
━━━━【〝
あの五人の男たちの事を、“悪い奴らではない”と私が言うと、お姉ちゃんは“意外”だと言った。それはそうだ、私、男には冷たいから……――
自分の中の闇を見据えるように、目を細めながら答える……――
「私、男には冷たいよ。自然とそうなっちゃう」
自分でも、分かっている。自分でも、嫌だ。
もしも私が、普通の女の子みたいに……ニコニコと愛想良く笑えたら、とか……もっと素直な可愛い女でいられたら、とか……そんな事ばかりを思う。
もしも、そうだったなら……――アイツ、今でも私と一緒に、いてくれたのかな……――? 遊びでもいい……一緒にいてくれた? 私の中で、悲しみだけが渦巻く……――
思い出せば涙なんて、いくらでも溢れるの……――
「絵梨……どうして泣いてるの……――?」
悲しみがグルグルと私の中で渦巻いた後、お姉ちゃんの声で、自分を取り戻した。
? ……――お姉ちゃん、今なんて言った、泣いてる……?
「あ……」
自分の頬に触れて、自分が泣いていた事に気が付いた。
これって何だろう? 何だか、ただ溢れるみたいなの……
あまりにも自然に流れていた涙が、不思議だった。
「絵梨が泣いている理由は、あの日、私の所に泣きながら来た理由と、同じなの?」
私が今泣いてる理由と、あの日泣きながら、お姉ちゃんの所に来た理由?私は何が嫌で、あんなに泣いたんだっけ……?いろいろな事が頭の中でグルグルとしていて、涙の理由なんて、よくは説明できない。
ただ私の中でグルグルと渦巻くソレは、マイナスの感情で出来ている。あの日、その渦巻くマイナスの感情が、いきなり私の中で爆発した。
それで私は、意味の分からなくなった頭で助けを求めて、混乱しながら、お姉ちゃんの所へ行ったんだ。
なんで爆発したかって…それは今泣いてる理由と、同じ? 分からない? いや、違うと思う……爆発したきっかけは……――
「……ねぇ、お姉ちゃん。 “
━━━━【〝
私の中で、誓と響が教えてくれた話が鮮明に思い出された。
――“BLACK MERMAIDって知ってるか?”――
黒い人魚・ブラック マーメイド
暴走族
マズイ連中と、手を組んだ
誓の弟が、前に入っていたチーム
――私の中の“BLACK MERMAID”に対する知識が頭に浮かんだ。
“BLACK MERMAID”……――それが何か、絵梨と関係あるの?……――
「……あ……――」
思い出した。……――
誓の弟、“
どこかで、聞き覚えがある気がしていた。“絵梨がしていた電話”だ。――そう、前に絵梨が怒りながら、誰かと電話で話していた。確かにあの時、絵梨は“聖”って言っていた。
――思えばさっきだって、絵梨はずっと、誓を見ていた。あの時言いかけてやめた言葉 、“聖”だ。誓と聖、似ているのかもしれない。
つまり絵梨は、聖の近くにいる ……――
「……族、でしょう?」
何か、嫌な予感がする……
「知ってるの?」
絵梨は、暴走族と繋がっている。……
「少しだけなら、知ってる」
族が悪いって決めつけたりはしてない、でも……
「私、BLACK MERMAIDと関わっている時期があった」
BLACK MERMAIDは、マズイ連中と、手を組んだって……
「BLACK MERMAIDの中に、知り合いがいたから」
……――誓の弟はそれが原因で、いなくなった。
「……その知り合いは、もう族は辞めたんだけどさ」
それって、誓の弟たちの事……
「BLACK MERMAIDはね、ある裏組織と手を組んだんだって……」
「……裏組織って……」
「“
――“RED ANGEL”……――赤い天使――
「そいつら、何でもやる」
「何でもって……?」
「………誰かを……殺める、とか……」
「…………」
絵梨は顔色を悪くした。震えながら、絵梨が言う……――
「私たち、抜け出せないの」
……何、それ?……どうしたらいいの……? 抜け出せないって……――誓、響……――
「絵梨っ警察に……」
自分を落ち着かせる。“大丈夫、大丈夫”、って。誓と響が、きっと、助けてくれる……
「お姉ちゃん……」
すると絵梨が、カタカタと震えながら言う。
「言わないで……バレたら私たち、どうされるか……」
私の中に、絶望の二文字が浮かんだ。
そんなの、駄目だ……どうしよう……どうしたら……――
〝バレたら〟だなんて、そんな事を言われたら、誰にも言えないよ……
――〝誓〟……――
どうしよう・どうしよう……――
私たちの大切な妹と弟、絵梨と聖を、助けなくちゃ……
――ねぇ誓、貴方の大切な弟、私の妹の近くにいる。本当だったら、すぐに居場所教えてあげたいけれど……私、言えそうにないよ……だって、もしも……“赤い天使”たちにバレたら…………―――
――――――
―――――――――――
―――――――――――――――――
*――*――*――*――*――*――*――*
――黒い海がありました
そこには、黒い人魚が住んでいる
人魚は自由に泳ぎ、
海を従えた様に見えるけれど
人魚は海にそっと包まれて、守られているの
人魚は海がないと、生きていけない
今宵の闇夜を沈めたような漆黒の海、それに染まる人魚……――
―――“それで、良かったのに”―――……
赤い天使と、取り引きしたのは誰?
何が欲しくて取り引きした?
代償として払ったものは何?
今はただ
海と人魚が赤に染まる前に……
〝助け出せ〟――
*――*――*――*――*――*――*――*
“
名前は違うけれど―――“同じ集団だ”―――
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