Episode 6 【聖】

Episode 6 【聖】

***

 今日もまた、一日の終わりが近付く。夜空には、今夜も月が輝く。煙草の煙りが浮かんでは、消えてゆく……――

 夜の街を歩くのは、誓と響。


「今回の事件、あいつらか?」


 響が誓にそう問い掛けた。誓は煙草を吸い終えてから、響に答える。


「“ヒジリ”だろ?」

「……あぁ」


 誓は苛々としたように、またタバコに火を付けた――再び煙草をくわえながら、誓がぼやく……


「あの馬鹿……何してるんだよ……」


 響は然り気無く誓の横顔を眺めた。誓は思い詰めた様に、もの悲しげにただ、煙草を吸っている。


「……お前、あからさまに吸う量増えるよな」「……」


 “この間”だって、そうだっただろう。すぐに煙草に手を伸ばす……――苛々としながらだ。――そう本当は、理由など分かっていたのだ。

 沈んだ様子の誓を横目に、響はため息をついた。

 “この話題はもう止そう”と……――そう考えた響の頭に、ふっと瑠璃の笑顔が浮かんだ。“そうだ”と思い、響は口角にニッと上げながら、誓に問い掛ける。


「……――なぁ、あと俺が聞きたいのは、“昼の事”だ!」

「あ?」

「“あ”じゃねぇーよ! お前っ、隼人に聞いたぞ」

「悪いか?」

「〝悪くない!〞」

「じゃあ聞くな。面倒だ」

「聞く! 聞かせろ! この変態! ホントにオオカミだったのか! 昼間から嫌らしい警官だな! このエロピアス!」

「……隼人から、なんて聞いたんだ?! 勝手にエスカレートしてねぇか?」

「あ?」

「大した事、してねぇよ……」

「そっそうか! ………あのガキ隼人、やたらと話しをでかくしやがったな!?」

「……――」


 可笑しそうに笑ってから、響はまた、何気なく誓の横顔を眺める。瑠璃の話をしている内に、誓の表情も何処か、柔らかく変わっていたように見えた……――


*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*


━━━━【〝RURI〟Point of viewルリ視点】━━━━


「ただいま」


 返事はない。……絵梨?……――寝ているのかな? それとも、何処かに出かけたの?


 疑問に思いながら、家の奥へと進む。……――するとだんだんに、声が聞こえてきた。絵梨の声が……


―「だからっ! なんでそうなのよ! 」


 何があったと言うのか、絵梨は声を荒げている……


 絵梨、どうかしたの?……


―「ふざけないでよ!」


 怒っているの?けれど、他に誰かいる? 電話で話をしているのかな?……


―「あんたじゃっ! 話しにならない!」


 こんなに怒っている絵梨の声は、久しぶりに聞いた。どうしたんだろう?……何か、あったのかな?……


―「この話、分かってる奴に代わって!……――とか、とかよ!!!!」


 “ユキヤ雪哉”に“ヒジリ”? 友達かな? ……


 リビングの前まで辿り着き、ドアノブに手をかける。


「絵梨? ただいま」


 私がリビングへと入ると、絵梨はスマートフォンを耳から外した。やはりさっきの声は、電話で話していたものなんだ。…――電話、終ったのかな?……


「お姉ちゃん……おかえり」

「何だか怒ってたみたいだけど、大丈夫?」


 昨日私のところへ来て、あんなに、あんなに辛そうに泣いていた矢先の事だ。余計に心配になっちゃうよ……

 怒っていたし、さっきの電話は、絵梨が泣いてた理由と、関係しているのかもしれない。……


「……――お姉ちゃん、私、出かけてくる」

「えっ? 危ないよ……もうこんな時間だし。……」


 止めようとしたのに、絵梨はスッと、私の横を通り過ぎていく……――

 私は振り返り、絵梨の背中を眺める。絵梨は小走りで玄関へ向かって行き、そしてあっと言う間に、外へと出て行ってしまった……


〝行っちゃった……〟


 確かに心配だけど、もしかしたら、夜に出かける事は、絵梨にとっては日常的な事なのかもしれない。……

 久しぶりに会ったから、最近の事は分からないけど、一緒に暮らしていた頃は、よく夜に出かけていた。

 絵梨にとっては、いつも通りなのかな?……

 絵梨の事を気掛りに思いながらも、何気無く、テレビを付ける……――


―『……**市の**街で、昨夜、………――暴力団グループの争いとして警察が捜査を進めていますが、詳しい事は、分かっていません――』


 ショップ街が荒らされた事件。このテレビのニュース、私たちの街の話だ……

――やっぱし、この街って危険? 絵梨、どこに行っちゃったの……?



*―*―*―*―*―*―*―*―*―*―*


━━━━【〝■■■???〟Point of v視点iew】━━━━


―ドカッ!!!


 夜の街に、鈍い音が響いた。一人の男が、壁に思い切り、背を叩きつけられたのだ。

 そして、その男を冷たい目で睨むのは、赤みがかった茶色の髪をした男――

 叩き付けられた男は痛みに表情を歪め、軽くうめき声を上げていた……

 赤茶色の髪の男が、その男の胸倉を掴む。――胸倉を掴まれ引かれた男の体は、強制的に起き上がる……


「何だよ? …もう終わりか?」


 赤茶髪の男が、嫌な笑みを浮かべながら問い掛ける。…――胸倉を掴まれたまま、男は何も言わずにただ、顔を青くする……

 何も答えずにいると、赤茶髪の男がまた、目付きを鋭く変えた。低い声で、赤茶髪の男が言う…――


「……――テメー、誰に盾突いたと思ってやがる?」

「……わっ悪かった……もう、許してくれ……」


 男は酷く脅えたように、震える声でそう言っている。

 赤茶髪の男はそんな男の事を、冷たい瞳をしたまま、じっと眺める……――そうしてから、赤茶髪が男に提案する――


「……そんなに許してほしいのか? なら、“これでチャラ”な? 」

「っ!?」


 赤茶髪は男の片手をガッと掴み、その手の平を…開かせる。……

 そして赤茶髪は、くわえていた煙草を、口から離した。――夜の闇に、ジリジリと燃える煙草の赤い火が映える…――

 赤茶髪は何も言わずに、煙草の火を男の手の平へと近付けた…――


「なっなぁ、やめてくれよ……!」


一度、煙草を近付ける手が止まる。……


「あん? 許してもらいてぇーんだろ? …それとも意識が飛ぶまで、俺に痛ぶられてーか?――」

「……――」


 男は瞳を泳がせてから、黙り込む――


「決まりだな?」


 赤茶髪は再び男の手の平に、煙草を近づける……――


「俺、灰皿欲しかったんだぜ?…――」


 赤茶髪の男は、緩く口角をつり上げた。――その時……


―「あら? 何をやってるのよ?」


 何処からか、紅いハイヒールを履いた髪の長い女が現れ、赤茶髪の男にそう問い掛けた。

 赤茶髪の男は煙草を近付ける手を止め、その女を見た。女に問い掛ける…――


「……早かったな?」

「そうでもないわよ? …………――そんな事より、あんた、何やってるの?……」

「こいつが俺に、盾突いてきやがったんだ」

「……そんな事、私はどうでも良いのよ……――分かった? ……――分かったら、さっさとこっちに来て」

「……――」


 女は不機嫌な眼差しを、赤茶髪へと向けている。

 そして、赤茶髪は男の手の平を開かせたまま、そんな女の事を、ただ眺めていた。

――すると……


「私の事、待たせる気?」


再び女から、不機嫌に催促される。


―チッ


 赤茶髪の男が舌打ちをした。……――そして、掴んでいた男の事を、乱暴に放した……

 赤茶髪は苛立ちながら、放した男に言い放つ――


「おい、邪魔だ! テメェーはさっさと何処かに行け!!」

「へっ?!!」


 いきなりの事に男は一瞬、呆気に取られたようだった。


「あ゛? 何だよ! 逃げたかったんじゃねぇーのか!? ……――テメェ邪魔なんだよ! 早く何処かに行け!!」


―ビクッ


 男は大きく肩を揺らした。

 いきなり“何処か行け”と、見逃してくれるらしいのだ。思わず呆気に取られてしまったが、このまま見逃してもらえるのなら、この男にとって不都合は無い。


「はっはいっ……」


 安堵した男は言われた通り、そそくさと逃げて行った――


 男が立ち去り、この場には赤茶髪の男とハイヒールの女、二人になる。

 男が去り、赤茶髪はようやく女へと向き直った。


「待たせたな」


 だが女は、不機嫌そうに男を睨みつける……――


「悪かった。そんな顔するなよ? ……“さっき”も随分、怒ってたみてぇーだな? ……――」

「……話、全く通じないんだもの」


 赤茶髪を見ながら言った女。すると、女の目がある一点に止まる……――


「……何これ? あんた昨日、ケガしたの?」


 “赤茶髪の右側の額”、そこに傷があったからだ。

 見たところ、先程出来た傷ではないだろう。……――けれどまだ、新しい傷のようだった。

 ソッと女が、軽くその額の傷を指でなぞる……――


「痛っ!」

「触られて痛いような傷、どうしてむき出しにしてるの? 馬鹿じゃないの?」


 女は相変わらず不機嫌そうに言った。……――そうしながら、女はそのまま言葉を続け、赤茶髪に問い掛ける。


「……――で? “さっきの話”、どうなの?」

「…馬鹿はお前だぜ? 無理に決まってんだろ?」


 赤茶髪の男は女のブロンドの髪に触れながら、僅かに口角を釣っている。


「何でよ?」

「俺らと関わりすぎたんだよ……お前は知りすぎた」


 赤茶髪の男は、そっと髪に触れていた手を、女の頬へと移す。


「…………」


 女は曇った表情をしながら、自分の頬にある赤茶髪の男の手を、何気なく眺めている……

 依然、曇った表情を浮かべる女へと、赤茶髪の男が言い聞かせるように言う――


「ずっと俺らといればいいだろう?」


……――だがやはり、女の表情は晴れない。


「…………」

「そうじゃねぇーなら………二度と、口利けないようにされるぞ?――…」

「…………」


 一瞬瞳を揺らしてから、女はまた、赤茶髪の男へと不機嫌な眼差しを向けた。


「そんな目で睨むなよ?」


 頬にあった手が滑るように移動して、女の胸元に触れる――


「…………私が、何を知っているって言うのよ? 何も、知らない……」

「そんな事実は意味を持たねぇんだよ……――」


……――すると次の瞬間、赤茶髪の男は、女の口に自分の唇を重ねた。


「っ…んん……」


 赤茶髪の男は、女の口内へと舌を入れる。……――先程から不機嫌な表情で言葉を並べる、この女の口を、つぐませるように――…不平ばかりを口にするこの女に、自分の存在を示すように――

 キスをして凭れ合いながら……――そのままゆっくりと、男は女の体を壁に押し付けた。


「んっ……――ハァ、ねぇ……」


 唇が解放されて、女はようやく言葉を発する。


「……――何だよ?」

「わたし……――――」

「…………――」

「「…………」」


 女は何か、口ごもっている。――すると、雪哉と呼ばれた男は、女が話すのを待たずに、また舌を入れた。


「ちょっ! んんー!! ……―話しッ……んッ」


―カッッ!


「っ!?」


――すると女は、ハイヒールで思い切り、雪哉の足を踏み付けた。

 雪哉が怯んで、女の口はまた自由になる。


「人が話そうとしてるのに、邪魔するからよ?」

「…………話、何だよ? ……」

「…………――」


――女は口をへの字に曲げながら、じっと雪哉を眺める…――

 だがそうしていると、ふと、何かに思い至ったように、女は笑みを浮かべたのだ。……――この月夜に相応しく、妖艶に見えた、その笑みを――

 口元を綻ばせながら、女が言う。


「もう、気分が変わったわ。教えてあげない」「あ? ……――相変わらず、気まぐれな女だな」


“本当は何を言おうとしたんだ?”…――そう思いながらも、雪哉はまた、女に唇を重ねた。

 そして、女とのキスに酔いしれていると……―――


―「そろそろ行くぞ」


 何処からか現れた男が、雪哉へと言った。……――暗めの金の髪をした男だった。


か?――」


 唇は放して、聖というこの男へと言葉を返すが、雪哉は女の体を放そうとしない。


「あぁ。招集かかってんだろ?…――」

「……言っておいてくれねぇか? 〝今、忙しい〟ってな」

「どこが“忙しい”ってんだ?自分で言えよ」

「…………――」


 雪哉は聖の言葉に答えない。 ……――聖を無視して、女の首筋にキスをする――。その首筋に、噛み付く――


「あっ……――ねぇ、聖、いるよ?」

「……――」


 女はそうぼやいたが、雪哉は何とも答えない。……

……――首筋に唇を滑らしながら、女の服に手をかける。


「聞いてる? 聖がいる……」


 片腕で女を抱き締めながら、やはり何も言わずに、服のボタンを上から外してゆく……――

 瞳は絡めずただ、首筋を舐めるだけ……――


「ねぇ聖がっ……ちょっと……――」


 そっと肌に触れ、胸元に触れる。――そして耳元で、不機嫌そうに呟く…――


「聖聖って、うるせぇよ……」


 片腕で抱き締めた体は、放さない……――体をなぞるように下へ滑らせた手が、ミニ丈のスカートを捲る……――――


「ちょっと!! 聖の前で何するのよ!!!」


 女は声を荒げて、雪哉を突き飛ばした。


「あんたなんてっ!! 大嫌い!!!」


――『“サイテー”』、そう言い捨てて、女は夜の闇の中へと走り去って行った。を、揺らしながら…――


 走り去る女の背中を眺める……――次第に浮かぶ、怒りの感情――


―ガンッ!!


 雪哉は苛立ちながら建物の塀を蹴ると、怒りの表情を浮かべながら、聖へと向き直った。


「テメーのせいで逃げたじゃねーかよっっ!!」

「あ? 知らねーよ」

「“聖聖”ってうるせぇーんだよ!!」

「うるせーのはお前だ。黙れ」

「あの気まぐれ女っ……!! テメーに、惚れてやがる……!」

「あ?」

「いっそ、テメーの奴隷にでもしたらどうだ!!……――なぁ?…聖?!」


 夜の街に、怒り狂う男の声が響いた……――




〝それぞれのストーリーが・ 始まってゆく……――〟




――――――

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