Episode 2 【喫煙と飲酒】

Episode 2【喫煙と飲酒】

 夏の夜。夜空には少しかけた月。――沢山の若者たちがたまる街。その街を涼しげな表情で歩く、二人の男……――瑠璃を送った後の誓と響の話だ。

 あの後、誓と響はまた街へと戻った。

「あっ!? 煙草がねぇ……」

 誓が、空になった煙草の箱を見ながら言った。

「切らしたのかよ?」

「みてぇーだ」

「悪りぃけど、俺も今切らしてる」

「チッ……」

「舌打ちかよ? つーか、お前最近、吸う量増えただろ?」

「そうでもねーよ」

 “そうでもなくねぇーよ”と、響がそう言って誓を眺める。

 誓はキョロキョロと、辺りを見渡していた。煙草の売っている自動販売機を探しているのだ。――けれど、“ない”。

「…チッ」

「また舌打ちかよ? 随分荒れてんな……吸う量は増えてるしよ?」

「荒れてねぇ」

 そう言いつつも、誓は響の事を、不機嫌そうな目で眺め返している。

「何だっつーんだよ? 睨むな! お前怖ぇーな!?」

 響は驚き顔だ。そして響は言葉を続け、誓に問い掛ける。

「お前、何かあったか?」

「何もねぇ」

「でも何かよォ、いつもより……――」


――ガシャン!


 響の言葉の途中、何かの割れるような音が響いた。

 思わず響は言葉を止める……――

 先程の音の方へと振り向くと、数人の男たちが騒いでいた。明らかに酔っている。

 地面には、割れた酒の瓶。さっきの音はこれが割れた音だ。

 男たちの歳はおそらく、高校生くらいだろう。酔って馬鹿騒ぎをしている。

「うるせぇガキ共だぜ」

 響がため息をついてから、鬱陶しそうにぼやく。響は男たちの方へと向き直った。

「オイ! うるせーぞ! ギャンギャン騒ぎやがって!」

「――…あん? なんだテメー?」

 男の中の一人が振り返って言った。

酔っているのに、しっかりと響の声が聞こえたらしい。 男は明らかに不機嫌だ。

 そして男たちは、響の方へとやって来た。

「何なんだって聞ーてんだよ?テメー誰だ?」

 瞳を鋭くしながら、金髪の男が言った。それに対して響は――

「お前らこそ誰だ! ギャンギャン騒ぎやがって! 近所迷惑だ! 俺に迷惑だ!! 清く正しく黙ってろ! 餓鬼はさっさと帰りやがれ! 学校に遅刻するぞ!」

マシンガントークで返した。そして――

「あぁ~でもキミら絶対に午後1時くらいに、屋上に登校してるパターンだろ!? 絶対そうだ! 絶対キミらそのパターンの人種だろ!? 全く……悪い子だな! (笑)」

――どうやら、“トーク”でなく“トーキング”、現在進行系だったらしい。

 そして、話しながらだんだんに楽しくなってきてしまったのか、最早笑顔である。

 男たちはマシンガントーキングに呆気を取られ、不審そうな顔で響を眺めながら、ポカンとしていた。

「思ったこと全部言ったらスッキリしてきた……あぁ~なんか眠ぃ……」

 そう一人で話しながら、響は眠そうに伸びをする。“会話ではなく最早独り言だ”。

 そして誓はそんな光景を、壁にもたれ掛かかりながら、腕を組んで見ていた。

 すると、響が誓の方へと振り返る。

 「誓! 俺たちも帰るか? 明日もきっと忙しいだろうしな」

 響はもう、完全に男たちを放置だ。

「じゃあなガキ共、早めに帰れよ?」

 男たちの方を、爽やかスマイルで振り返る響。勝手に話し掛け、勝手に話し続け、勝手に話しを終了させ……――終いには、勝手にサヨナラの挨拶までしている。

「っ!!?まっ待ちやがれ! 銀髪野郎!」

「意味分かんねー事、一方的に喋りやがって!」「まだ話はすんでねー!」

 何人かが一気に言った。

「この野郎!なめやがって!」

  一人が響に殴り掛かる。

  そして響はその拳を、いとも容易くかわす……――

「危ねーな、下手くそな殴り方すると、怪我するぞ?」

「うるせぇ!!!」

 頭に血がのぼった男たちが、一斉に殴り掛かる。

 だが響は、涼しげな表情を浮かべたまま、上手にかわす。

 そして、一人の拳を、初めてかわさずに、手の平で受け止めた。

 拳を受け止めたまま、響と男の視線がぶつかる――あまりにも冷静な、響の瞳――“この男たちの事を、自分の相手だとは思っていない”・その事実を無言で語る、その瞳――無言で語られる、底知れぬ“余裕”――……

 拳を受け止められた男はもちろん、他の仲間たちも、その無言の圧力を肌で感じ、生唾を飲み込んだ。

 するとその時、ずっと傍観をしていた誓が動いた。誓はその歩みを、響たちの方へと向かわせる――

 響一人が相手でも歯がたたない男たちは、傍観していた誓が動き出したのを見て、明らかに肩を揺らした。

「…? 誓、いきなりどうした?」

 響の問い掛けにも答えずに、ただ誓は、此方へと歩を進める――


――カツンッ・カツンッ……


 静まり返った街に、誓の靴の音だけが響く――


――カツンッ・カツンッ


 男たちは緊張して、表情を強ばらせている。靴の音が徐々に近付く。そして――


――カツン。


 響と男たちの前で、その音が止まる。誓が足を止めた。

「……誓? どうした?」

「…………」

「……おい、また無視か?」

「“お前に、用はない”」

「……ひでぇ!」

「俺が用のあるのは、“コイツ”だ」

 誓は響に拳を止められた男を指差しながら、そう言ったのだ。

「へっ!? おっ俺!? ……ですか……」

 男は苦笑いを浮かべながら、顔を真っ青にしている。

「あぁ、お前だ」


――“ガシッ!!”


「ひぃ!?」

 誓が男の胸倉を掴み、自分の方へと引き寄せる。

 男は小さく、悲鳴を上げた……

 そして、誓の片方の手が、男の方へと伸びる―その手の行くつく先は――男の胸ポケットの中――……の・“タバコ”。

「…………」

 “……コイツ、マダ探シテタノカヨ? ”と、呆れ返る響だった。一同も拍子抜けである。

 そして誓はタバコを一本取り出して、くわえる。ポケットからジッポを取り出した。

 マイペースすぎるこのを、響を初め、他の男たちも唖然と眺め続ける。


――カチッ

――〝スカッ!〞


「あ゛っ? 火がねぇ……」

「「「「「………………」」」」」

 やはり、しんと静まり返る、この場だった。

 〝スカッ! だとよ? コイツ、カッコイイのか悪いのか、よく分かんねぇ。まぁ、誓は見た目は文句なしにカッコイイぜ? ……俺には負けるけどな! つーか誓、少しは空気を気にしろ! もしかして……天然!??〟 ……――なんて言う事を、頭の中で思っていた響だった。

 そして誓は、やはり不機嫌そうに男たちに申し付ける。

「オイ、火!」

「はっはい!!?」


――カチッ!


 男たちがライターを取り出し、誓がくわえる煙草へと火をつけた。

 煙草がジリジリと、燃え始める……――その煙は、夏の夜空と交わり消えていった――……

 そして、煙草をくわえたまま誓が、悪戯に笑いながら言う。

「ガキに煙草は不要だろう?」

 そう言って誓は、男の胸ポケットから拝借したタバコを、自分のポケットへとしまった。更に……――

「ついでにコッチも必要ねぇ!」

―― 続いて、酒の瓶を掴む。

「あっ俺らの酒がっ!?」

「ラストワンなのにっ!?」

「お兄さんひでぇっ!!」

「ちっぽけなバイト代で買ったのにぃっ!」

「俺のタバコ……」

すると……――


――トン・


アスファルトの上に置いたのは、BLACK COFFEE……――

「“交換”」

「「「「「!!?」」」」」

――〝交換の比が、全く釣り合わねぇー!!〟――


「じゃあな、不良少年。」

 “交換”した酒と煙草を持ちながら、片手を上げて去ってゆく誓だった。

「おい!待てって誓!……」

 響もすぐに走り出した。そして響は振り返り、不良少年たちに一言――

「早めに帰れよ? ガキ共!」

――そして最後に、“それとも補導待ちか?”と、に言った。


 去っていく二人の背中を、ポカンと眺める不良少年たち5人。

 誓にタバコを取られた金髪少年A。

 ライターの火をかした黒髪少年B。

 バイト代がちっぽけらしい、赤茶髪少年C。

 BLACK COFFEEを呆然と眺める、金メッシュ少年D。

 酒の空き瓶を名残惜しげに見つめる、黒髪一部編みこみ少年E。

「あいつらホント何なんだよ…?」

「酒まで掻っ払いやがった…ありえねぇ」

「完全にガキ扱いされたな」

「不釣り合いな交換だぜ…」

「……でも何だか、カッケェ……」

「「「「「…………。」」」」」

 アスファルトの上から拾い上げた、BLACK COFFEE ……――

 コーヒーを一度眺めてから、再び視線を上げて、去っていく二人の背中を眺めていた――

 そして夏の夜は、止まる事なく過ぎ去ってゆく……――

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2024年10月3日 00:00

今宵は瞳をとじて Ⅰ フルーツロール @fruitsroll

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