Chapter 1 【始まり】
Episode 1【ある夜】
Episode 1【ある夜】
空には星と月が浮かんでいる。
アパートの階段を上がり、部屋の鍵を取り出した。
「……あっ……」
部屋の鍵を眺めていると、ふと思い出す。
一気に嫌な汗をかいた。もっと早く思い出していれば良かった。
「……鍵」
家の鍵は此処にある。店の鍵は?……――バックの中を急いで確認する。
今日のシフトはラストの遅番だ。最後に店の鍵を閉めたのが私なら、今私の元に、店の鍵が無くてはならないのだ。
家の鍵は此処にある。そして店の鍵は、“ない”。
最悪だ。一体どうした事か、この日の私は、勤め先の店の鍵を、閉め忘れてしまったのだ。
私は何ていう失敗をしてしまったのだろうか?
焦燥に駆られる。冷や汗をかいた。
とにかく、早く店へと戻らないといけない。
駆け足で、アパートの階段を駆け下りる。着いたばかりの家から、すぐに引き返した………―――
私の名前は、
多くの人が行き交う街で、アパレルをやっている。年はハタチ。腰まである長い髪は、落ち着きのある深い茶色で、緩くコテで巻いている。
お店の近くまで戻ると、だんだんと賑やかになってきた。
楽しそうに笑う人――
嬉しそうにはしゃぐ人――
響くお祭りの音――
空には花火……
季節は夏――
今年も私たちの街の、夏祭がやってきた。
私も仕事でさえなかったら、友達と約束をして、夏祭に来ていただろう。
仕事が終わってからだと思うと、億劫に感じ、初めから夏祭に行く約束もしていなかった。そんな自分に、今更ながらガッカリとした。
楽しそうに夏祭に参加している他の人が羨ましい。
こんなに楽しそうな雰囲気の中を、たった一人で歩くなんて……
自分は参加せずとも、“今宵は夏祭り”……今思えば、その浮かれ立った気持ちも、鍵をかけ忘れた要因だったのかもしれない。
――それにしても本当に、お祭りっていろんな人が集まる。
店への道を急ぎながら、この瞳に映り変わっていく人々――
家族に恋人、学生、子供、お年寄り――
ヤンキーの集団に、ギャル――
ヤクザ??……みたいな人。“みたいな”じゃなくて、ヤクザかもしれない――
あっちは暴走族かな?特攻服だしね――
あれはホスト集団かな?服装と、雰囲気で分かる。その店の前で客引きしているしね。そしてその反対側はキャバクラと――
いろいろな髪色、個性豊かな、いろいろな人々……――〝見ていて全く飽きないのだ〟。
特徴の多い人々が、よくこんなにも集まるものだ。つい首を傾げてしまうような光景だろう。けれど生憎、ここが私の“街”だ。
今宵この街に集まる人々の想いは同じ、“この街の夏祭りが大好き”だって事。
――― バァン ―――
大きな音と共に、夜空に華が開く……――夏の夜空に咲く花火――
それがすごく綺麗で、私は数秒、夜空に見とれながら歩いた……――
――ドンッ――
「っ! ……」
「?! …すみません! ……」
花火に一瞬見とれ、人がいるのに気が付いていなかったのだ。ぶつかってしまった。
反射的に出た、謝罪の言葉――私はとじていた瞳をひらいた。そして、相手の人を見た。正しくは、“見上げた”。
「…………」
私よりも明るい茶髪に、耳にはピアス。耳に三つ輝くそれは、一つは軟骨に付いている。少し開いた口には、タバコがくわえられていた。
そんな彼は驚いた様子もなく、ただぶつかってきた私を、冷静な眼差しで見下ろしていた。
彼を見上げたまま、私は目を見張る――ヤンキー? …まさか、ぼ、暴走族とか?……彼の醸し出す雰囲気はとにかく、そのような感じだ。はっきり言って、私は内心、とても焦った。
すると不意に横から、視線を感じた。私は茶髪の彼から、視線を感じる横へと顔を向ける。
「……」
夜に栄える銀色の髪に、大きなシルバーアクセサリーのネックレス――そこには、私に視線を向けている茶髪さんの、連れらしい人がいた。彼もまた、何も言わなかった。
周りにはあと何人か、連れがいたと思う。
「ごめんねオネーさん?俺、邪魔だった?」
頭上から声がして視線を戻すと、タバコをくわえた口元を器用につり上げながら、茶髪が発言した。
口元は笑っているけれど、瞳は依然、冷静な色をしていた。
そして彼は静かに、私の前から退いてくれた。
「ありがとうございます。… 」
――〝……良かった。悪い人じゃなさそうじゃない。さっ、お店に戻らないと〟――
ホッと胸を撫で下ろし、彼らの前から立ち去ると、再び店を目指し始めた。店はもう、すぐそこだ。
お店までの少しの道のりを歩きながら、さっきの人の事を、ぼんやりと思い出していた。
私の事、“オネーさん”だって?危険な香りのする“オニーさん”に“オネーさん”って言われても……あの冷静な瞳を見てると、“オネーさん”と言うよりも、“オジョーちゃん”って、そう、言われている気分だった。 子供を軽くあしらう大人、みたいに……
あの目が、そう言っていた気がした。
**
お祭りで賑わう街の中、いつもの場所に何の変わりもなく、私の働く店があった。
思った通りだ。鍵が開いている。思い出して、本当に良かった……まだ、心臓がバクバクと言っている。
これだけ人が集まっているのだ。鍵など開いていたら、今夜は得に、盗難の確率も上がる事だろう。
〝これで一安心って?…いいや。まだ…〟――店内を確認しない事には安心出来ない。
私は一度、店内へと入る事にした。 “盗難になんて、あっていませんように…”――祈るような思いで、店内へ……――
綺麗に畳んで置かれたシャツに、きちんとハンガーにかかったかわいい洋服。
店内中央のトルソーが、綺麗な白いワンピースを着ている。今日入荷したばかりのそれは、今のところ私の一番のオススメであり、お気に入りだ。
店内にも異常はなし。私はようやく、胸を撫で下ろした。
――そうしていろいろとチェックをしていたら、案外時間が経ってしまっていた。
“早く帰らないと…”
今度こそしっかりと鍵をかけ、私は本日二度目になる帰り道を歩き始めた。
**
お店の外に出ると、もう夏祭も終わりの雰囲気だった。沢山ある屋台の光は少しずつ消えてきたし、随分と人が引いていた。
キラキラと輝いていた夏祭の後には、不思議なくらいの静けさ……
道路に散乱するゴミを見ると、一瞬にして熱が冷める。
キラキラと輝く時間の後に、お祭の後の残骸を見て、ほんのりと寂しくなって、また、煌びやかな時間へと戻りたくなる…――
――そう、輝く時って嘘みたいに過ぎ去る。例えるならば、私が見とれた、夜空に咲いた花みたいに。
“来年はちゃんと、夏祭に行こう”
私はそう思いながら、お祭りの後の寂しそうな街を歩いた。
お祭りは終わったけれど、いろいろな若者のチームが、何組も夜の街にたまっていた。
私は極力、そういう場所を避けて歩く。絡まれないように、目を合わせないように、サッサと歩いて行った。
“そう、避けて歩いた”―筈だったのに……――
「キャッ!」
目を合わせないように、少しだけ、俯いて歩いていた。“避けようとも”、俯いていた私の狭い視界には、避ける対象も入っていなかったのか――“私ってバカだ”――避ける対象が見えてないんだもん。避けるにも、上手く避けられないじゃない…
避ける対象に気が付いていなかった私は、どうやら、避けたい対象のすぐ側を歩いていた様だった。
そして私は間抜けにも誰かに腕を掴まれ、小さな叫び声を発した訳だ。
私は恐る恐ると、顔を上げる。
「…っ」
想像よりも距離が近いのだ。近くというか、最早お隣である……
避けようとしていたくせに、こんなに近くに…自分がこんなに間抜けだったなんて、不覚だ。鍵の件と言い、今夜は散々である……
すると頭上から、声がする。
「大丈夫?」
「……へっ!?」
“ダイジョウブ?”って何が?……私の腕を掴んでいる人が、“大丈夫?”って、そう言った。
なんの心配!?私の心配!?
思わず間抜けな声を出してしまった。
私は何かの、心配をされているのだろうか?
“ダイジョウブ?”って、貴方に腕を掴まれているから、内心恐くて仕方がありません。“大丈夫じゃない”です。 “貴方が恐いです。なので大丈夫じゃないです”――とは、言えない。……
焦っていた私は、ようやくその人に視線を向けた。すると――
「あっ」
あの時の、“銀髪”……―
「……なっ何が? ですか?」
「下向いて歩いてたから。焦った感じに」
どうやら、私は他人に心配されるほど、目に見えて焦っていたらしい。
だって、一応私は女なわけだし……。危険そうな人たちがたまっている夜道を一人で歩くなんて、怖いじゃない。怖い。………。怖い……? 何が怖いって? ほら、例えば、夜道を一人で歩いていたら、知らない人に、声をかけられたり? …―
「……そんなに不審そうな目で、見んなよ」
いかにも不審そうな目を銀髪に向けてしまった。
銀髪は呆れたように私から視線を外した。
そして、私は考えた。〝暗い夜道、私と見知らぬ男……――二人きり。銀髪ヤンキー……未だ放してもらえない腕…?!〟
やってしまった?! きっと私、今現在まさに、恐れていた展開に巻き込まれている!? どどど、どうしよう!? とにかく、叫ぼうか? いや、まず腕を振りほどいて顔面殴って逃げようか!? 待て待て私! でももしも私の被害妄想だったら恥ずかしいし……何より、親切に声をかけたかもしれない銀髪が、あまりにも哀れだ。あ~もう! どうして恩人か変態の紙一重なんだ!?究極すぎてやりずらい……
ごく数秒の間に、考えを巡らせる私。
結局どうしようかと、そう思っていたら、後ろの方から誰かの声がした。
「おい変態、女取っ捕まえて何してんだ?」
“変態!?”恩人と変態かで悩んでいたら、後ろの方から誰かが答えを発した……
どうしよう……“変態”に、捕まってしまった。……
「馬鹿か? 俺は変態じゃねぇ」
不機嫌そうに、銀髪が後ろの人に言った。そして彼は、“変態”という発言を否定している。
私も後ろを振り返った。そこにいたのは……――
〝あぁ、あの時の、茶髪だ……〟
銀髪の返答の仕方からして、知り合いに返している感じだと思ったら、やはりそうだったらしい。
茶髪の手には缶コーヒーがあったので、買いに行っていたから、さっきまではいなかったのかもしれない。“夜コーヒー”というのも、変な感じだけど。まぁ、どうでもいい。
「いや、変態だな!」
「変態じゃねぇ」
「認めろ馬鹿」
「馬鹿でもねぇよ、ハゲ」
「ハゲてねぇよ、ハゲ」
そして銀髪は、ようやく私の腕を放した。
「どこの銀髪が女襲おうとしてんだと思ったら、生憎のお前だったから、焦った……」
「襲わねーよ!つーか腕、掴んでただけだろ?」「やたら、距離も近ぇし……」
「つーか、誓、真面目に最初俺だって気づいてなかったのかよ?」
「……さぁな!」
茶髪が面倒そうに答えた。
“
何気なく少しの間、二人の会話を眺めてしまっていた事に気が付く。――そして意識を切り替える。“そうだ。帰る途中だった……”
そして、私は頭の中で簡単に解釈。“彼らはきっと、悪い人ではなさそうだ。多分……”
――〝よし、帰ろう〟――私はクルッと方向転換した。そして、歩きだ出そぉー…
――ガシっ!
「どこ行くんだよ?」
「はひッ!?」
と、した……。
と、したら、何故か二人に肩をガシっと掴まれた。そしてまた私は、間抜けな声を出した。一体、何の用でしょーか?
「何か用ですか?」
「勝手に帰ろうとするなよ」
「危ないだろ?」
さも当たり前のように言う二人。先に口を開いた方から、茶髪、銀髪だ。
二人はどうやら親切らしい。
私は躊躇いながら、二人を眺める。
――明るい茶髪
――眩しい銀髪……
――あやしく光るピアス
――胸元を飾る、大きなシルバーアクセサリー……――私を見る瞳は、その髪の色のような明るい茶色。
――反対に、深い色をする瞳を持つのは銀髪……
どうする?……――疑う訳ではないけれど、少しだけ不安。一人で帰るのも怖いんだけどね?……
「……ありがとう」
若者たちの溜まる夜の街を一人で歩く事が怖かった私は、家の近くまで二人に送ってもらう事にしたのだ。
そうして私たちは、家までの道を歩きながら、三人で些細な会話をした。
「こんな危ない道、どうして歩いてたの?」
「職場からの帰り。お店、閉め忘れて……引き返した」
そう言うと、茶髪……―“誓”って言ってたっけ?
誓は、“そうか”とだけ答えて黙り込んだ。
「気をつけた方がいいよ? 運よく、俺が声をかけたから良かったけどよ」
そう言ったのは銀髪、名前は、知らない。
彼の話からすると、どうやら私は運が良かったらしい。まぁ確かに、もしも彼らじゃなくて、たちの悪い酔っ払いとかだったら……―とか考えると、彼らで良かったのかもしれない。
「ここら辺、夜になるとたちの悪い奴らがうろつくからさ、今日は祭の後だから、余計に」
そう言って銀髪は、私たちとは反対側の歩道にいる男たちをチラッと見た。
若者の不良グループだ。その不良さんたちは酒に酔っているようで、一目で危険そうなのが分かった。
そして銀髪は冗談まじりに、口元を緩めながら、こうとも言った。
銀髪「あと一つ、注意するなら……――“隣の茶髪”にも気をつけな?」
瑠「えっ?」
誓「……気にしなくていいよ? 変態の冗談だから」
銀髪「俺は変態じゃねぇーよ!!」
誓「……いちいち全力で否定すんなよ。めんどくせぇから」
銀髪「相変わらず誓は俺の扱いテキトーだよな! 俺、傷つきますけど?」
“へぇ、テキトーに扱われてるんだぁ”と、二人に挟まれて歩きながら、そんな些細な事を考えていた。
銀髪「とにかく! その茶髪のオオカミ危険だから!こっちおいで!」
―グイッ!
瑠「わぁっ!」
そう言って銀髪が、私を誓がいない方の自分の隣へと引っ張った。――そして銀髪は喋り始める。
銀髪「俺の名前は
瑠「……瑠璃……」
誓「……なにニヤニヤしながら自己紹介してんだよ! お前本当はナンパ目的だっただろ!?」
響「あぁー、あのピアスのオオカミは誓。ホント気をつけな?」
誓「誰がオオカミだ? お前だろ!?」
響「ハッ! 生憎オレはそんな物騒なもんじゃねぇ! 言うなら俺は、愛嬌の良い犬だ!」
誓「なんだそれ? 意味分かんねぇよ」
響「オレは純粋に話したくなって、“ワン!”と吠えただけの犬っコロ! そんでお前みたいに、やたら冷静な奴は大抵オオカミだ!」
誓「……」
“そうに違いねぇ!”と言った響を、呆れた表情で誓は見ていた。
誓がオオカミ、響が愛嬌の良い犬なら、送ってもらっている私は……“迷子のワンワン”…? みたいな立ち位置かしらね?
響の頭の中のキャラ設定が謎だ。加えて言うなら、響自体が何キャラなんだ?? 自分を“愛嬌の良い犬”とか言う人に、初めて会いましたけど?
――さておき、そんな他愛ない話をしながら、誓と響と一緒に歩き続けた――
*****
瑠「…ここら辺で大丈夫」
誓「家まで送るけど?」
瑠「ううん。大丈夫。家そこだから」
もう近くに見えている自分のアパート指差した。
私の家がもう目と鼻の先、という事が分かると、二人も“分かった”と言って、足を止めた。
今日は家までの道のりを、短く感じた。二人と一緒だったお陰だ。あっという間に家へと着いてしまった。なんだか、とても楽しかった――二人が私に声をかけてくれて、良かった。
――*“ある夏の夜、私は誓と響に出逢った”*―
瑠「ありがとう。じゃあね」
誓「またな」
響「またね」
“ありがとう。じゃあね。”そう言ったら、“また”って、返ってきた。 “また会えるといいな”……
夏の夜の優しさを、ありがとう……――
夏祭りには参加できなかったけれど、そんな事は、もう気にならない。参加せずとも夏祭りは、私に“優しい時間”をくれたから。
別れる前に、私は自然と、二人に笑いかける。
笑いかけた私を見て、“アナタ”はとても綺麗に、優しく、笑顔を見せてくれた――この熱い夏の夜、一瞬、世界が止まって見えた……
――*“その笑顔に、私はあの夏の夜、見とれていた……――”*――
*―*―*―*―*―*―*―*―**―*―*
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