2)サンクチュアリとしてのTC~『プリズン・サークル』の衝撃
2-1)『プリズン・サークル』のこと
官民合同で運営される島根あさひ社会復帰促進センター(以下、島根あさひ)にカメラが入り、企画と撮影に五年が費やされた坂上香監督の映画『プリズン・サークル』が公開されたのは二〇二〇年でした。その後、同名の著作も刊行されています。島根あさひは「刑務所」と呼称こそされていませんが、二〇〇〇名を収容できるれっきとした男性用の刑務所です。
なぜ坂上監督は、この島根あさひに五年もの歳月をかけた準備と取材に加え、著作の執筆までの労力を費やしたのか。それは、ここでTC(=セラピューティック・コミュニティー)と呼ばれる収容者の社会復帰プログラムが、一部の対象者に対してにせよ導入されているからでした。
この映画と著作には、主として四人の「若者」と言っていい人物に対して取材が行われています。もちろん、島根あさひ内では「服役者」として取材に応じており、TCの実際も撮影されていました。しかしながら、監督はこの映画を刑務所の映画として製作したのではないと語っています。
「語り合うこと(聴くこと/語ること)の可能性、そして沈黙を破ることの意味やその方法を考えるための映画だと思っている」。(坂上香『プリズン・サークル』)
つまり、この映画と著作とは、島根あさひにおけるTCを舞台とした、対話と回復の物語とも言えるのです。
2-2)TC(=セラピューティック・コミュニティー)とは
TCについて簡単に書いておくと、「依存症や犯罪などの問題を、当事者たちの力を使って共同体の中で解決していこうとする試み」(坂上、前掲書)とされています。ここでの「当事者たちの力」とは、自らを知り、自らを語るという、対話を通して引き出され、回復されていく力であると言えそうです。それについては「感盲」と「感識」という言い方で説明されています。
映画と著作に登場する四人の若者たちは、生育期において例外なく家庭や福祉施設内で暴力の被害を受けてきました。このことが「感盲」という状態を招き入れます。感盲は、「自分の気持や考えに鈍感だったり、特定の感情に眼を向けられない、もしくは逆に囚われてしまう」(坂上、前掲書)状態を指す造語です。これを解きほぐして、「自分の心の動きや感情を感じ取り、それと認識し、表現する」(坂上、前掲書)力を感識と呼び、この感識を得ることがTCの目的です。感識を得ないままだと、自分の感情を表現することができず、幼少期から受けていた暴力についての感情が、他者への暴力に転嫁しやすくなってしまいます。つまり、暴力が連鎖してしまうのです。暴力の負の連鎖を断ち切るために、学び取られ、内面化された暴力を「学び落とす/学び直す」(=アンラーン)こと。TCとは、対話を中心とした方法を通して、感情と言葉とを獲得し直して表出することが目的とされたものと言ってよいでしょう。
2-3)TCは「サンクチュアリ」なのか
一般社会にあって、対話の不調を感じていたこの映画の鑑賞者には、TCに「サンクチュアリ」を見出していた人びともありました。つまり、安心して本心を語り合える、安全な「避難所」または「聖域」をそこに見たのだと思います。そして、映画で取材を受けたのち社会復帰した「翔さん」(仮名)に次のように伝わります。「実は、『プリズン・サークル』の上映会でゲストとして呼ばれるたびに、『社会にはサンクチュアリがない。どうしたらいいですか 』って聞かれてきたんだよね」(坂上香『根っからの悪人っているの?』)。
これはいったい、どう考えればよいのでしょうか。島根あさひは、やはり「刑務所」です。社会復帰と更生を目指すプログラムとは言え、TCにおいては「対話」が有効に機能していると見られているのです。翻って一般社会にあっては、対話は不調であるように見えます。しかし、例えばカウンセリングなどの治療の場では、対話は有効に働いていると思います。
例えそうであっても、私たちは病を得たりするなど、社会復帰を目指す立場に追いやられないと、対話にあずかることはできないのでしょうか。私は、TCを羨んでいるよりは、今ここに、自分が生きている現実に接続している場所で、サンクチュアリを見出したいし、また、見出すことは可能だと考えています。「避難所」であればいいのです。いつもそこに住まわっている必要はなく、必要に応じて「往って還ってくる」場所があればいい。そのことを考えてみたいと思います。ただしその前に、対話における「聞く」側面について見ていくこととしたいと思います。
(つづく)
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