06
志望の私立中学に合格した僕は、父が望む最低限の大学にも行くことができて、とりあえずは期待に応えてやった形だ。
そして、二十歳の誕生日。父の馴染みのショットバーに連れて行ってもらえることになった。
「おう、瞬。場所分かり辛かったろ。よく入れたな」
「今どきは店のレビューとか写真とかネットに載ってるからね」
僕は大学進学を機に一人暮らしを始め、父と会うのは久しぶりだった。
「で、瞬は何飲む?」
「ビールだね」
「父さんもそうするよ」
女性のマスターにビールを注いでもらい、父子で乾杯した。
「んー、バーのビールって美味しいねぇ」
「瞬、今までも酒飲んでたな?」
「ははっ、サークルの先輩と宅飲みしてる」
僕は文芸サークルに入った。あの日、イオリと設定を考えた物語は、きちんと形になり、半分くらいのところまでは執筆ができていた。その他にも、サークル用の短編を書いていた。
「それでね父さん。これがサークルで出す合同誌。一冊渡しとく」
「ふぅん……瞬がそういうのに興味があったとはなぁ……」
合同誌を受け取った父が、タバコを取り出したので、僕は勝手に手を伸ばした。
「一本吸わせてよ。二十歳になったしいいじゃん」
「ええ? 母さんに……いやまあ、何事も経験か……」
父に火をつけてもらい、煙を吸い込んだ。
「……けふっ!」
「ほら、言わんこっちゃない」
カッコつけたかった僕は最後まで吸い切った。
「でね、父さん。答え合わせしたいことがあるんだけど。僕の前に流産した子供っていた?」
「なんだ、突然」
「信じられないかもしれないけど。僕、小学四年生の時にその子供に会ったんだ。イオリ」
「……母さんにも、話してなかったのに」
僕はイオリとの出会いから別れまで詳しく話した。
「そういえば塾、サボってたな。それからは休まず行ってたけど」
「イオリと会いたくてね」
「名前まで当てられちゃなぁ……信じるしかないよ」
流れた子供に名前をつけたのは父だったそうだ。性別がわからなかったから、どちらでも合う名前で。漢字は
「三十年以上前のことだよ。もし、兄さんが生まれてたら……瞬はいなかったかもしれないな」
「ああ、やっぱりそうなんだ。そんな予想はしてた」
ビールがなくなり、次はジントニックを頼んだ。
「父さん、親ガチャってあるじゃん。僕はそっち派。子供は親を選んで生まれたわけじゃないって考えてる」
「親ガチャ、当たり引いたろ?」
「自分で言う? まあ、父さんの凄さはこの歳になってからわかってきたけど。老害にはならないでよ?」
「瞬も言うようになったな……」
ジントニックをちびちびと飲みながら、僕は自分が二十歳になるまで生きてこれたこと、そもそも生きて産まれることができたことを噛み締めた。
バーを出て、父とは別れた。一人暮らしのマンションに向かう途中、自動販売機で水を買った。それを飲み、夜空を見上げる。
――約束、果たしたよ。あとは完結させるだけだよ、兄さん。
あの物語が出来上がったら。そこで一区切り。でも、僕はそれで止まらない。生きている限り、また別の物語を紡ぎ続けるだろう。
あれから何度もノートを見て、気付いたことがあった。イオリと作ったアステリズムは、きっとハートの形だ。もう確かめようがないけれど、おそらくそう。
僕は、兄の愛情に包まれて、生きている。今、ここに、生きている。
了
二人のアステリズム 惣山沙樹 @saki-souyama
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