ハートのクイーン
木目ソウ
第1話
そのトランプは私と一緒に段ボールに入っていた。
両親が私を棄てる時、私をさみしがらせないよう、親心からあてた贈り物であった。
院長の話では、幼い私はそのトランプをいつだって離さなかったようだ。
孤児院にいる子供たちとババ抜きで遊んでいると、どうしてもクイーンとジョーカーが残った。どうやら、ハートのクイーンがないみたい。元からなかったのか、孤児院のどこかへ旅にでたのか、わからないけど。
(これじゃあババ抜きはできないわね……。なにか、代わりになるものを探さなくちゃ。そうだ……院長先生が私の絵はとても上手だと褒めてくれた……。せっかくだから、描いてみましょう)
こうして、私は自由時間にトランプのクイーンの絵を描くようになった。最初はへたくそな絵だったけれど、すこしずつ上手になった。友達の女の子が私の絵をみて「わーかわいいー」といってくれた。私はうまくできた一部を彼女たちに分けてあげた。
(彼女の周りのかざりを描くのはいがいとかんたんね……。彼女を描く上で一番むずかしいのは、無表情ながらにも、ほんのりあふれる愛らしさを表現することだとおもう……)
きれいなクイーンを描けるようになったけど、背表紙をトランプの材質にできないから、遊びには使えないのが残念ね……。
そんなことをおもっていると、院長先生がコンテストに応募してはどうかと勧めた。子供だけが参加できる、テーマが自由のイラストコンテストだ……。苦心の末、作品を完成させ応募すると、審査員奨励賞を授与した。
ほんのちょっとだけれど……賞金として銀貨をもらった。お金はいらない。孤児院のシスターに銀貨をわたし、今晩の晩ごはんのおかずを豪華にしてくださいとお願いした。
(おいしそうな鶏肉のチキンだわ。いつもは固いパンばかりだから、小さい子たちはよろこんでいる。女の子たちは、私に称賛の言葉をくれた……。
絵で皆をよろこばせることができるのね、しらなかった)
ある日、私を買いたいという資産家が見つかった。私の描いたクイーンの絵をみて、ぜひ自宅のアトリエで描かせたいとのことだった。資産家が掲示した言い値は、捨てられ孤児である私には破格の値段だったみたい。孤児院は戦争の影響で資金繰りが厳しく、私の返事を残して快諾した。
(どうしよう……)
資産家の代理人という仕えの執事さんは、老齢だけれど身なりを整えており素敵だ。不安にしている私に、柔らかくほほえみかけてくれる。
それに、いつまでも孤児院にいるわけにはいかない……。ここにいる子供たちは、いずれ勤めに出ることになる。それなら、好きな絵をたくさん描けて、生活の保障のある家に住まわせてもらう方がよい。
(……うん)
私はトランプをにぎりしめ、その契約に合意した。
資産家の家につくと、まずはお人形さんが着るような、かわいらしい服に着替えた。そして、美しい庭のみえる、三階の部屋を与えられた。掃除が行き届いた部屋のかたすみに、キャンパスやイーゼル等、画材用具一式が置かれている。窓辺にキャンパスをおき、庭の絵を描いた。……うまくいかない。今まで風景画を描いたことはなかったし、仕方がないのかもしれない。
(心のキャンパスに描画しておこう)
ビリリリッと乾いた音をたて、庭の絵を破られた。いつのまにか後ろにたっていたご主人様が、破いた紙を床に捨てた。
君はあのハートのクイーンだけを描けばいい。私は君のクイーンに心を奪われているのだ。その他にはなにもいらない。
ご主人様はそういい残して部屋を出ていった。カチャリ……無機質な金属音がきこえた。ドアノブを回してみると、施錠がされているようだった。探ってみたけれど、内部から解錠する手だてはなかった。
(閉じこめられている? ……トイレとお風呂は備えつけだし、ごはんは部屋に届けられるから、問題はないとおもうけど)
執事さんにきいてみると、昔買い取った子供に逃げられたことがあるらしく、ご主人様は神経質になっているとのことだった。どうしても外に出たい時は、執事さんに話せば外出できるよう、手はずを整えてくれることになった。執事さん同伴……だけど。だから、暇な時には庭のモミジをみながら執事さんと散歩をした。
夜、読書灯のしたでひとりかんがえる。
(執事さんはやさしい。
食事も豪華で高級な物を準備してくれる。服だって装飾のきれいな高い物。お布団の枕もフカフカで、いつもよい夢をみることができる……。
生活には、ひとつも不自由がないけれど……。
問題は、同年代の友達がひとりもいないことだね)
孤児院にいた時は、周りにお友達がたくさんいた。けれど、今は一緒にトランプをする人がいない。
(執事さんとは歳が離れすぎてて、あまり会話が盛り上がらないんだよね……。トランプをしましょうといっても、わーわー騒ぎながらはできないでしょう。あーあ、孤児院のお友達がなつかしい……会いたいなぁ)
私はひとりでもできるトランプの遊びを考えるようになった。そして、数合わせというゲームを開発する。(後に言う神経衰弱)すべてのトランプを伏せておき、記憶をたよりにおなじ数字を当てるゲームだ。クイーンが一枚かけているので、既存のクイーンを一枚除いてゲームが成り立つようにする。
最初の方は楽しかったけれど、すぐに飽きてしまった。
(やっぱり、誰かと話しながらがいいなぁ。ご主人様、ほしいものがあればなんでもいいなさいっていってたなぁ。お友達がほしいっていってみようかな? ……さすがにダメだよね)
孤独の袋小路の末、行き着く先はつねにハートのクイーンのお絵かきだった。
ご主人様は定期的に私の部屋にきてイラストを視察した。
そして、影のつけ方や微笑の加減、指の角度、細部の大きさなどに注文をつけていった。その通りに絵を改修していくと、ご主人様はウムウムとうなずきながら、絵をもって部屋を出ていった。
やがて、すこしずつ変わっていくクイーンの様相に、私は懐かしさを感じるようになった……。
(……? もしかしたら、孤児院にいた誰かに似ているのかな? どうだろう、ここまで美しいシスターはいなかったような……。では、なぜ私の心は苦しくなるのだろう?)
相談する人は誰もいない。行き場のない心の息詰まりをかんじた。眠れない夜、改修されたハートのクイーンが頭のなかで私に手招きをした。古城のすぐそばの湖の畔に腰かけ、私たちは水鳥の飛ぶ様をみた。(夢か幻か、理解はおいつかない。大事なことは、クイーンが私と歩いてくださっているということだ……)心のゆらぎを飲み込めない私は、知らず知らずのうちにそれを「恋」と定義してしまった。
なにかにとり憑かれたかのように、妄信的にクイーンの絵を描く日々が始まった。完成した絵は部屋の壁に貼りつける。(ご主人様は勝手に入り、気に入った物を持ち出していく)慈愛に満ちたクイーンの目に囲まれていると、言葉にできない充足感につつまれる。……きっと、母の胸の中にいると、こんな気分になるのだろう。眠れない夜、彼女に独り言をきいてもらうと、涙があふれでた後、眠りにつくことができた。そうか、やっとわかった……。クイーンは私の友達であり、片想いの相手であり、母なのだ……。
(親からもらったトランプにハートのクイーンはなかった。けれど今、私のすぐそばにいる。そう、彼女はこうして、ずっと私のことを見守っていた。ごめんなさい、あなたの発見がとても遅くなってしまった)
作業の手を止めている時間は、すべて彼女との会話時間に充てた。クイーンがテニスが好きなこと、リンゴパイが好きなこと、すこしずつ戦況が有利になっていること、夕陽を見おろせる美しい別荘をもっていること。……彼女と会話していくうちに、彼女のことをたくさん知った。そして、今度遊びに行くことになった。念願のお友達とのお出かけに、私の心は浮き足だった。
(クイーンが私とどこかにお出かけしたいといってくれた……。どこにいこうかしら? おいしいお菓子が食べたいとおっしゃっていたけれど、私の知っているお店は、孤児院のお友達が教えてくれた、こじんまりとした個人ドーナッツ店だけ……。女王様のお口には釣り合わないかもしれない。執事さんによい店がないかきいておこうかしら? そうだわ、外出の許可ももらわなくては)
そして、約束の日。
ガチャガチャっ……っ
バンっ!
扉は乱暴に開け放たれた。
そして、扉の前には美しい女性がたっていた!
(あぁ、クイーンっ……! 本物だ……っ。本当に会いに来てくれたのね)
そこにいたクイーンは、私が今まで描いた絵の通り、いやそれよりも……美しい姿をして、そして私にニッコリとほほえみ──
ズドンっ!
からん、からららんっ……
「うるさっ。鉄砲の音ってもう少し静かにならないの?」
「サイレンサーを着ければ消音できますが、今回は隠密作戦ではありませんので」
「この子がニセ札の絵を描いていた子?」
「そうですね、まさかこんな幼い子に描かせていたとは」
「部屋中私の絵だらけよ。全部ニセ札に使う予定だったのかな?」
「どうでしょう? もしくは、狂っていたのでしょう。外には鍵がついていた。こんな狭い部屋に閉じ込められ、ずっとおなじ絵を描いていたら、そりゃ狂いますよ……」
「ふーん。嫌ならボイコットすればいいのにね。ねーあんまり似てないじゃない。本物のお札の方が……いいえ、私の方がキレイだわ……そうおもわない?」
「そうですか? よくにているとおもいますけど。現に市場がニセ札と気づくのが大幅に遅れたのですから」
「おえっ、早く出ましょう。臭いがキツいわ。死体ってこんなに汚いのね」
「女王様……それならついてこなければよかったじゃないですか。詐欺組織への武力介入に、王族が直々に視察にくるなんて聞いたことありませんよ」
「しょーがないでしょー。死体見れるの楽しみだったんだもの。それに♪今回のニセ札の私の絵を描いているのは、小さな少女だというじゃない♪せっかくだから死ぬ前に一目みたかったの♪」
(趣味が悪いなぁ……顔はとても美人なんだけどな。そのせいで自己愛が強すぎて、自分の顔を高価貨幣にしちまう強突張りは、なんとかならんものか。
だから大臣たちは反対してたんだよ。
綺麗なモンってのは形がシンプルな分、贋作が多く出回ってしまうからな。今回のように)
「あーでもなんかつまんなかったなー。ねー、今度こーゆーのがあったら、殺す前に命乞いさせましょ♪泣き叫んでお漏らししながら命乞いする女の子がみたいわ♪」
「やれやれ、命一個無駄にしたこの子が浮かばれませんね……」
「そう? でも」
「?」
「この子、すごく幸せそうな顔してない?」
やがて、戦争の敗北により女王の処刑が決まる。
女王は断頭台にかけられ、泣き叫びながらお漏らしして命乞いをするのだが、
……それは別の話だ。
ハートのクイーン 木目ソウ @mokumokulog
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます