第53話
「みんな、『いおり』って呼ぶんで、『伊織』で大丈夫、っすー」
また、怠そうな口調に戻っている、横顔。
伊織くんがふいに、私のほうへ、視線を送るから。
霧雨の水分を含んだ空気が舞う、古くさいアパートの廊下、で。
しばし、見つめ合う。
一瞬、時間が止まった気さえ、して。
「……、」
「……、」
お互いに、ひたすら、無言、で。
でも、その目の色を、お互いに見つめている。
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