第3話

伊佐木は断固言い切る。本当に最悪なマニュアルである。

「え?」

伊佐木の辛口の言葉に戸惑う夫人。アクセスをすごく稼いで、人気のサイトだったため、データーを持って行けば2つ返事で書籍化できると踏んでいた夫人は誤算にとまう。伊佐木ははっきりと告げる。


「ごみです。あなたのご子息は単なるごみです。こんなカスな情報、売れても世に出せませんよ!」

きっぱりと言い切り、伊佐木は誇らしげに胸をはる。だけど、食い下がる夫人。


「売れるとおっしゃいましたね!売れるということは息子の情報が価値があると思いませんか?」

おかしい、どこかおかしい夫人。マナ息子にとち狂ったか?というより、死んでしまったので、少しでもいいから息子の軌跡を残したいと望んだか。


「価値がなくても売れるものはありますが、神に背いてくずな本を出すほど我々はおろかじゃないです。お帰り願えますか?本気でご子息を天才だといいますか?狂っているとしか思えない」

編集者、みんながみんなこんな対応をするわけでもないだろうが、本日の伊佐木は清く正しくしゃべっている。そうして、ちょっと言いすぎかなと内心反省する。


一方泣きながら夫人。

「確かに息子はくずかもしれません。でも、このままでは死んだ息子が浮かばれません。息子はくずかもしれませんが、こちらのデーターはどうですか?」


伊佐木はいやそうな顔で夫人のメモを受け取る。

「また不倫ですか?」

切れ気味の伊佐木。


そんな伊佐木をよそに、夫人は高潔に言い放つ。

「違います。息子は確かに偉業を成し遂げています」


伊佐木が夫人に渡されたメモを読むと見たことのない名前。松澤大樹。

「なんですか?これ」

たいして目も通さずに伊佐木が口を開く。


「統合失調症の治療の記録です。息子はくずかも知れませんが、くずかも知れませんが、私は息子を愛しております。松澤大樹との共著をと息子が自慢げにつづっていたものです」


「松澤大樹ねぇ!」

伊佐木がおうむ返しする。

「統合失調症とうつ病が完治できると、自負している医師です。そう言い切る医師は世界に松澤大樹一人で、この医師のもと、統合失調症の治療を受け、息子は日記をつづりました。後は、松澤大樹の医療の分析です。これは本にできませんか?」


その言葉を聞き、伊佐木の態度ががらり変わる。


「なるほど。なるほど。不治の病の統合失調症を完治させる医師ですか?」


伊佐木は言葉を続ける。

「なるほど、なるほど」

つぶやくように。その態度の変化に、夫人が喜んで口を開く。


「本を出せませんか?」

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