第59話

夕べああは言っていたが――次の日、正午も間近な午前十一時頃。やはり気になって裕也が一志の携帯に電話する。コールするベル。

(一志はあんな風に笑ってたけど、ホントにそうなのか?)

裕也の脳裏にふと不安がよぎる。受話器を握る手が強くなる。

(だって何もしてないのに、あんなにボコられてたじゃん。タバコの焼け跡までつけて…。やっぱりあれは普通じゃないよ…イヤな予感がする…)

しかし裕也の不安をよそに、何度鳴らしても一向につながる気配の無い電話。無常なるコールが鳴り響く。しびれを切らした裕也は、今度は一志の自宅に電話する。電話は十五コールほどしてようやくつながった。安堵の息をついたのもつかの間、寝ぼけた声で出たのは、一志の母・静江だった。この様子では相変わらずのパジャマ姿なのだろう。

「あ、あの! 早くに済みません! 一志君居ますか?」

『一志ね、はいはい』

静江のけだるそうな声。マッタク緊張感がない空気、心内で少しイラ立ちを覚える裕也。

しかし無理もない、静江はこの緊急の事態を何も知らぬのだから。裕也に促され、静江は受話器を片手に一志の部屋のふすまを開ける。部屋はもぬけの空だ。乱雑にたたまれた布団の端が、押入れからちょっとだけ覗いている。一度着て、再び脱がれたかのように裏返った赤いTシャツ。よく一志が気に入って着ていた、イカしたロゴTだ。洋服ダンスには散々引っ掻き回した痕跡がある。

「あら? いないわ! どこかへ出かけたみたい」

そうして部屋のすわり机の上に転がる携帯電話を見つけ、静江は独り言のようにつぶやいた。

「…あの子、携帯を忘れて行ってるわ…なんかさっきから、音楽が鳴ってると思ってたら、これだったのね」

受話器の遠くでつぶやいた静江の声が、偶然、裕也の耳にまで届いた。電話越しに息を呑む裕也。途方にくれつつ受話器を置き、青ざめた様子でその場に固まってしまった。

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