第53話

裕也が頭を抱え、脳の奥底で叫ぶ。

(モウヤメテクレ、ヤメテクレ、ヤメテクレ、ヤメテクレ!)

真っ白にもやがかってゆく裕也の脳裏。そうして無我夢中で手に触れた空き瓶をつかみあげると、裕也は一志の頭に思い切りたたきつけた。派手な音ともに、一志の頭部ではじける破片。直後、一志の背筋を衝撃が走りぬける。激しい硬直とともに一瞬一志の動きが止まる。

声にならぬ悲鳴をあげる奈央。何度も何度も喉の奥から搾り出す。一志の額が割れ、鮮血が奈央の頬に滴り落ちる。奈央の消音された悲鳴と、走るような激痛に額を押さえる一志。

「…っ」

手のひらにこびりついた自らの鮮血を眺め、うめく。

「お前、なんてことしやがる…」

呆然とした一志を何とか押しのけ、奈央を解放する裕也。すぐに口の中のスカーフも取り除いてやる。そして叫ぶ。

「菅原、逃げろ!」

「…なんで、私の名前…」

朦朧とした様相で奈央が尋ねる。その背中を向こうへ押しやりながら叫ぶ。

「んなことはどうでもいいから、行けよ! 行け! 早く!」

そう急かす。しかし開放されたばかりの奈央の意識はまだうつろだ。それでも、やがて裕也に促されるがままに、奈央はおぼつかない足取りでよろめきながら逃げてゆく。辺りには再び静寂が訪れる。

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