第12話

とあまりの疲労に、内心ボヤきそうになる。相変わらずファンの鳴り響くパソコンに寄り、大あくびでマウスをいじる。あくびごときで退散できる疲労でないが、何度も大きくあくびする。




省電で真っ黒になっていたディスプレイに途端に色がさす。メールボックスには、今朝方来たばかりの新着メールが。差出人にミルクの文字。疲労が一気に消し飛ぶ。僕の脳内をわくわくが駆け巡る。メールをオープン!




『こちらこそ、よろしく! 正直、私がちゃーんとプロの道でやっていけるのもファンのみんなのお陰です。とくにシオンさんは、すっごく素敵なサイトを作ってくれて、オフィシャルじゃ残しきれない細かい情報もちゃんとマメに拾っていてくれるし。私に興味を持ってくれた人が、ちゃんと楽しめるように作りこまれてて感激です。いつも、ありがとう。 by めぐ』




僕は思わずその場で飛び跳ねていた。両手でガッツポーズをかまし、飛び跳ねる。パジャマを脱ぎ捨てるときも、Tシャツに頭を通すときも、ズボンのジッパーをあげるときも、食パンをトースターにセットするときも、トーストをかじるときも、野菜ジュースを飲み干すときも、洗面台で顔を洗うときも、髭をそりあげるときも、後頭部の寝癖を直すときも、歯を磨くときも、玄関先でスニーカーをはくときも、わくわくが止まらない。僕の口角もあがりっぱなしだ。




アパートから飛び出し、僕は駆けりながら道路の真ん中で飛び跳ねる。大またで時に妙ちきりんなスキップも織り交ぜ、飛び跳ねながら、バス停へと向かう。




また、ぐんぐん駆け出す。時折あまりの嬉しさにくるりターンなんかして。飛び跳ねながらバス停に向かう。いつもの数倍の笑顔で定期を見せる。未だかつて、こんなににやけきった顔で通学する若者がいただろうか。こんなに人を満載したぎゅうぎゅうの立ちっぱなしの通勤ラッシュで。




極端なカーブでバスの乗客に押しつぶされそうになろうと、ちっとも痛くも痒くもない。よろめきついでに、前のリーマンの皮の靴底で右足を思い切りねじ踏まれても、てんで気にならない。僕の頭ん中は浮かれっぱなしだ。




僕のこの隠しようのないにやけ顔。このていたらく。周りから見て、きっとみるからに不審だろう。ほら、右ななめ前の座席のOLが僕を見て、ちょっぴりイヤぁな顔してる。そりゃそうだろう。このラッシュにこの表情、このあまりの笑顔は不気味すぎだろう。だけど関係ない。ちっとも関係ない。僕の世界はバラ色だから。

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