第8話

そうして5分ほどすると、カップ一式を持って立ち上がりキッチンでカチャカチャと洗いはじめる。




それをちらり脇目で盗み見る私、そうして、王子とどうやって会話をしていたかしら? なんて、二人の電話での会話に思いを巡らす。




そういえば、王子はただ相槌を打っていただけで、私一人がしゃべっていたかも? 




私ったらうかれちゃってて、なぁにんにも見えて無かったのね。


私は王子に気づかれぬよう小さくため息をつく。




女にもテンションというのがある。




大好きな男やストライクゾーンの男、魅力ある男には、女だって頑張る。必死で話題提供したり、会話中しばしば褒めたり、おだてたり。時に甘えてみたり。それは例えば、電話で1秒でも長くつながっていたいから。




沈黙が1分、2分も続くと、「それじゃあ」で、お互いバツが


悪くなって電話も切れちゃうものね。




実際の王子を目の前にして、私にそのテンションはもはや風前の灯火だった。そうして、電話と違って会話のターゲットの実物が


目の前にいるというシュチュエーションで、会話の余白に対する危機感もガクンと落ちてくる。




そんなこんなの私の気の緩みで、沈黙はますます続く。確かに気まずさはあるものの、ただそれで目の前にたたずむ王子が「それじゃあ!」と立ち去るわけもなく。




やがて、カップを洗い終えた王子は、私に、「これ」と言葉少なに数冊の雑誌を手渡し、部屋の奥へとのそのそとひっこんでいく。そうして、突き当たりのパソコンの前に腰下ろすと、大きな背もたれで私に背中を向けてしまった。

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