第37話

「かわいー!」




その様子を脇で見ていた、斉藤の彼女美鈴が腰をかがめながら、少女の顔を覗き込んで来た。




「ねね、お名前なんてぇの? おねーさんはね、美鈴っていうの、みーすーず」




きょとんとした顔で見知らぬ女性を見上げる少女。




「…まなみ」




美鈴の興味はすっかり、この対面したばかりの小さな少女に向けられたようだ。




真奈美のちっこくて丸っこい顔や、ちっこくてぷにぷにした両手足にご満悦なご様子だ。そうして、子犬に触るように少女のまぁるい額をなでながら、美鈴が微笑む。




「そう、マナミちゃんっていうの。ところでマナミちゃんは、オレンジジュース好き?」




「スキ!」




ジュースという単語に反応し、途端に瞳を輝かせる真奈美。かくして、ものの五分としない内に、二人の間の他人行儀な垣根は消えうせた。




美鈴はすぐさまキッチンの奥にある白い冷蔵庫に駆け寄ると、もろもろのやりとりを脇で聞いていた大輔を振り返る。そして、冷蔵庫の扉内に差し込まれた、オレンジ色の紙パックを指差しながら口を開く。




「あの…ここのジュース、マナミちゃんにあげていいですか?」




「はい、どうぞ」




ほんの一瞬だけ大輔の瞳に差し込んだ暗げな視線。

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