第84話

やはり愛里は宇宙人だ。言っていることが、どこかおかしい。『修行』と『病気』の単語の関連が僕にはよく分からない。ピンとこない。




ただ分かるのは、目の前にいる愛里が必死に僕に苦痛を訴えているということだけだ。愛里は困惑する僕に更なる混乱を巻き起こす。




「そう、長い長い修行の旅、それもそれもすごい苦行だよ。折角、真ちゃんと一緒にいるのに、修行はしたくない!!!」




愛里の興奮の度合いがあがってきた。僕の両腕をつかみ、そうして僕の顔を覗き込み訴える。




「真ちゃんを、嫌いになっちゃうよ。鬼のスパルタコーチなんて好きになれないもん。半日で嫌いになっちゃうよ」




愛里の眉間のしわがいつになく痛々しい。




「真ちゃんは好き? 真ちゃんは好きだった? 真ちゃんの大っきらいな教科を無理やり頭に叩き込もうとする先生、好きだった? 嫌いでしょう?」




愛里の吐き出し続ける苦痛に気圧され、僕はただぼんやり大嫌いだった数学の授業を思い出していた。うっかり当てられないよう、教室で目立たぬようポーズでだけ必死にノートを取っている風を装い、その実一秒一刻でも早く時が過ぎ去らないかと時計の針ばかりを眺めてた。




あくびばかりかみころしてた。テスト前はめまいをおこしそうになった。すこぶる頭が痛かった。




(そりゃーイヤだ、ごカンベンだ! 願い下げたい!)




ただ、僕とのデートが数学の授業と同列にされてしまうのはちょっと悲しかった。どういう事情があれど。だけど愛里は尚も言葉を続ける。




「真ちゃん、野球の鬼監督大っきらいで、野球は好きだったけど、いつもみんなで影で監督の大悪口言ってたって言ってたじゃない。私、真ちゃんを大嫌いになっちゃうよ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る