第80話

僕は安堵を噛みしめながら、心内でしばしの自己反省。




やがて視線を上げ、愛里の背を眺める。愛里はというと。つい今しがたから、僕がこの場にいることを、もうとっくに分かっているハズなのだが、背を向けたまま、振り向こうともしない。




無理もない。




お互い様とはいえ、今はもう見事な絶縁状態、赤の他人だ。とはいえ、この張り詰めた空気、かなり気まずい。




僕はひざ元の絨毯の癖づいた毛足のいくつかに視線を落としては愛里の背を見やり。部屋のCDラックや本棚に並ぶ本やら小物を見回しては、やっぱり愛里の背中を見やり。




つめをかんだり、頭をうつむかせたり、指の柔軟をしたり、前髪をいじったり、おでこを指の腹でこすっては、もろもろ一つ一つの動作を終えるたびにチラチラと愛里の背中に視線を戻す。貧乏揺すられる僕のひざ。




しかし一向に愛里がこちらを振り向く気配はない。ただぴくりともせず、僕に背を向け横たわる。あまりの反応の無さに、もしか愛里は眠っているのだろうか? と思えども、遠く戸口から聞き耳を立てる限り、寝息を立てている風でもない。




あくまでも僕をシカトしている。それも目一杯強固に。とうとう根負けした僕は、シャツやらズボンのポケットを必死に探り始める。




(こいつの機嫌を直すには……何か気の利いたもの、気の利いたもの)




そうして、しばし探りやがて僕の手のひらに乗せられたのは、キャンディー状に透明なセロハンでラッピングされた茶色いチョコレートが一欠けら。そうお徳用の大袋チョコの一つ。




僕は一欠けらのチョコレートをつまみ僅差でにらみ合う。そうして首をかしげる。




だけど首をかしげどもチョコの数は増えないし、そのチョコは決してゴディバには化けない。あくまでも大袋の安いチョコのまんま。




(女の子の機嫌を直すには、とりあえず甘いものでも食わせとけ! とは、言うけれど……こいつは果たしてどうなの?)




しかもずうっとズボンのポケットに突っ込まれていたセイで、チョコレートが僕の体温で溶けきってすっかり変形し、お世辞にも人様に手渡して喜ばれそうな代物ではない。むしろ、そのままゴミ箱にポイ捨てしてしまいたいくらい。

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