第63話

「いや、しがない一般ぴーぽー。だけど、愛里が次に手首を切りつけたら、オレの英知でもって、愛里をぐるぐるのぐるぐるの簀巻きして、東京湾に全力で蹴り沈める。




そうして魚という魚をめいっぱいたきつけて、絶対えさにするから覚悟しろよ」




僕はロールケーキをフォークでばくばく食べながら愛里に釘を刺す。ひざに置いた、包帯の手がズキズキ痛む。




怒りの頂点からとうに降りた僕の指先に再び鈍いうずきがぶり返してきた。切りたてに比べれば、幾分かましにはなっているものの血管がどくどく脈打つのを、いつも以上に感じ取ってしまう。




だのに愛里といえば、カップを両手に包み、のほほんと僕に切り返す。




「なんかぁ~簀巻きって、ダシ巻き卵みたいだね。ちょっと楽しい。っていうよかぁ、ぐーるぐーる、あーれーって芸者の帯紐ひっぱるやつみたい」




「んじゃあ、ハリセンボン飲ます。針を、千本だ!」




身を乗り出し、僕は愛里に更なる釘を刺す。




「きっちり一本ずつカウントしてな」




身を犠牲にした分は、しっかり取り返さねば。




「なんか真ちゃん、エン魔さまみたーい」




と愛里。口を尖らせケーキをつつく。




「あ、そだ。ゆびきりげんまんの、ハリセンボンて、ホントに針が千本なのかな? それとも魚のハリセンボン? 女芸人のハリセンボン? って、最後のはないよね。こうやってみると、ハリセンボンも色々だー」




ちっともこたえてなさげな愛里に僕はちょっと態度を戻すのが早すぎたかと不安になり、思わず口をついて出る。

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