第57話
切りつけた指先が痛い。ただもう痛い。痛い痛い痛い。
愛里のボヘミアン的だか、詩的だか、アーティスティックだか、奇妙な愛里調なるワールドにまどわされた僕を激しく後悔した。僕は必死の止血で手首をぎゅうぎゅう押さえつけ、愛里に心で叫ぶ。
(体を傷つけるなんてバカヤロウのすることだーー!!!!)
痛さのあまり、なぜだか沸き起こる怒り。八つ当たりじみている。
「カットバン、カットバン! 誰か持ってねー!!」
「わ!」
「きゃ! なに!」
「痛そう!」
「なんで?」
「カッターで切ったらしい!」
「すごい血」
「誰か竹内を保健室に連れてけー!」
杉山が、あたりが、周囲が大騒ぎしている。僕は周囲のすったもんだにますます八つ当たり的に怒り心頭して、
(もちろん、全ては僕のしでかしだが)
すっくとその場に立ち上がる。そして次の瞬間、僕は鋭い眼光と共に、軽く離れた教室の隅の灰色のゴミ箱を目指し、半ばキれ気味にカッターナイフを投げ込んだ。
素敵に無責任に回転し、シャープな弧を描くカッターナイフ。ゴミ箱にまるで中身が無かったセイか、予定以上の盛大なる音がし。と同時に、勢いあまってゴミ箱の左底がいくらか浮き上がり、右に左にと円を描き数回ふらついて静止した。
僕のあまりの暴挙に、辺りを見回さずとも、周囲がぎょっとするのが見て取れる。が、知ったこっちゃねー! 痛みと一寸前の愚かな自分への怒りではらわたがふつふつと煮えくり返っている。
「保健室に行く」
僕はそう一言だけ残し教室を後にした。
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