第54話

「わ! 何だよ、あっぶねーなー!」




大学――




講義の合間の休憩時間。僕が机に自堕落にのさばりつつ、手持ち無沙汰に黄色いカッターの刃を出したりひっこめたりして、もてあそんでいると、斜め横から杉山の叫ぶ声が聞こえる。




僕が杉山を振り返ると杉山はグレーのパーカーに身を包み、教科書を脇にして、突っ立っている。黒い縁取りのモテ意識のダテめがねの奥の眉間をしわよせ、引け気味の腰で僕に突っ込んでくる。




「ぶっそーなもん、持ってくるなよ!」




「うーん」




僕はというと、杉山の言葉に生返事で、再びカッターの光る刃先を眺めている。結局、あの日僕は愛里から黄色いカッターを取り上げてきたのだ。




かくして、カッターは僕の手の内でかくのごとくもてあそばれている。僕は愛里の手首の目盛りを思う。腕腹に並ぶ、痛ましくも整然とした目盛りを思う。愛里を傷つけるものは、カッター以外にもなんだってあるだろう。




包丁、ハサミ、キリ




――僕がダンボールの引き出しに取っ手をつけるのに使ったやつ。




そうして、まさかのホッチキス。僕の頭ん中にオンステージした愛里が、早速自らを傷つけだした。一体何のショーが始まるんだ? 




白いスリップドレスに身をまとい、まつげを伏せうつむいて、まずはカッターで白い腕の腹を切りつける愛里。続いて、愛里は包丁で手の甲をしいたけのように飾り切りし、ハサミでちょっきん小指を切り落とし、キリを腕の二本の狭い骨の狭間にぐりぐりとねじさす。




さぁ、愛里、ホッチキスはどう使う? 





僕の一気に引け落ちる血の気と反比例して、みるみる噴出す愛里の血液のシャワー。それはもう豪快に。それら傷口を愛おしそうに見下ろす愛里。血にぬれ首にまとわり付く髪、スプレーを吹き付けられたかのように無造作に染まる赤い頬、うっすらと微笑む愛里の唇。




(愛里……何もかも、使い方を間違っているよ)

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