第53話

と背後から愛里の声。僕はすぐさまカッターの刃を引っ込める。声の聞こえるままに振り返ると、愛里がダンボール箱を片手に笑っている。




「も一個持ってきちゃった。引き出し、も一個作って」




そう言うと、愛里は僕の脇にしゃがみこんでくる。そうして先ほど作ったダンボールの引き出しを指差しながら言う。




「これのねー、横にね、同じの並べたらもっといいと思うの」




愛里を見つめながら、僕は舌先で口内から右頬を押し出していた。舌先を上にやったり下にやったり、歯茎近くを這わせたり、そうやって数十秒も愛里を眺めていると、なんだか全てがどうでもよくなってきた。




いやむしろちょっと愉快になってきた。僕はカッターを片手に腕まくりをするふりをする。




「おーいいよ。愛里姫、じゃあ、今度のは二倍の高さにしましょうか? 取っ手は三つつけましょうか?」




「同じのでいいよー」




「いやいやー遠慮せずに、取っ手を今度は五つつけよう。気鋭のダンボール家具作家『真一郎』記念すべき、第二作のアート作品ってことで」




「同じのでいいよ~! アートじゃないし」




「いやいやー遠慮せずに、次はもーっとハイクオリティなの作ってあげるから」

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