第49話

「なんでダンボール?」




と愛里。




十分ほどして、愛里が家中を引っ掻き回してようやく見つけてきたダンボール箱を僕に差し出して来た。




僕は部屋の中央に配置されていた小さな折りたたみ机を部屋の隅に押しやると、早速、鉛筆立ての黄色いカッターを抜き取った。親指に触れる黒い出っ張りでカッターの刃を一気に押し出す。そこまで動作して、ぎょっとさせられる僕。




露出した銀色の刃のところどころに、かぴかぴに乾いたいくつもの血痕が見える。カッターの刃先が黄色い胴体に収まっていたときには、気にも留めなかった茶色い、だけどあまりにも不自然な汚れ。




気のせいなんかじゃない。こいつは、決して赤サビなんかじゃない。なんて、中途半端な血のふき取りよう。




(血だ、血だ! 血、血! 頼むから、もっと分かんないよう、キレイにふき取ってくれよ!!)




僕は心でめいっぱい悲鳴をあげつつ、恐る恐る愛里を振り返る。




「ひょっとして、これで普段手首を切ってるの?」




「うん、そうだよ」




なんてあっけらかんとした愛里の顔。愛里のかの声、愛里のかの表情、そして僕の声と僕の表情の、ああ! あまりのコントラストよ。やっぱり怖い。




この女、ただもんじゃねぇ! 僕は今すぐにでも、このカッターナイフを窓の外、はるか遠くかなたへと投げ捨てたい気分で一杯なのだが。愛里はというと、これから僕が一体何をしでかすのかと、わくわくしながら僕の手元を覗き込んでいる。




右手には本日三本目、三分の二ほどに目減りした、ワンカップ大関を携えつつ。そんな愛里の山盛りの期待感に水をさすようで誠に申し訳ないけれど、僕は愛里にカッターを突き出す。もちろん、刃をいったんキレイにしまいこんで。




「他にカッターない? できれば普段、手首を切ってないヤツを」




「ないよ」




「これだけ?」




「そうだよ。ハサミならあるけど」




愛里の言葉に、僕はしばし銀色の刃の収まった黄色いカッターを硬直して見下ろしていた。




(手元が狂いそうだぁぁぁーー!!)

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