第45話
「かぁさん、気にしなくていいのにぃ」
と猫なで声の愛里。心なしかシナまで見える。
「そういうわけにはいかないでしょう?」
僕がかくのごとき全ての工程、愛里の舞台裏に呆然としている中、視線の脇には、愛里の黒い靴下の足元付近に転がっている大関の空き瓶が一つ。
さっき愛里がきれいに飲み干した分だ。僕がどうにも気になってそいつをチラ見していると、愛里は相変わらずの甘え声で母親と数言会話を交わしつつ、だけど右足でカラになった大関の瓶をぐいぐいベット下の薄暗い隙間へと押し込んでいく。愛里の右足でみるみる器用に押し込まれ、忽然と消える全ての痕跡。
僕、またも唖然。その様子に全く気づく気配もなく、やがて僕に笑顔で話しかけてくる愛里の母親。
「ごめんなさいね、この子お友達がいないから、仲良くしてあげてね」
愛里の母のちょっとだけ、こびるような笑み。もてなし特有のあの大人の独特の笑顔。なんともはや、どう答えたらいいか。僕はなるべく上手に作り笑いして、だけど、心なしひきつっていたであろう笑顔を浮かべ。
「はい」
とだけ答えた。
なんともはや。だけど、目の前に差し出された紅茶は薫り高く、盛られたお菓子も実にうまそうで。きっと、贈答の包みをわざわざあけたものを出してくれたに違いない。
僕がカップの湯気に気を取られている隙に、愛里の母は部屋から立ち去って行った。かくして僕は、再び愛里と二人きりになった。
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