第35話

僕のあまりの剣幕に驚き部屋中(なか)で全身をびくり大きくゆらす愛里。一発、不満を投げつけてやろうかと僕が口を開きかけた瞬間だった。




「ごめん、一気に落ちちゃって、出かける気力がなくって」




と愛里。




意外にもしおらしく謝ってくる愛里に、軽く毒気を抜かれた僕が、黙って愛里を見下ろしていると、彼女は突如不穏なことを口走りだす。




「手首やっちゃって」




と愛里。




「え?」




愛里の言葉の意図がわからず、僕は思わず聞き返す。




「リスカだよ」




「え? なに? リスカって」




聞きなれない単語。




「リストカット」




と愛里。




「リストカット?」




僕は愛里の言葉をオウム返しして、眉を潜め小首をかしげる。滞る意思疎通、まどろっこしい掛け合いにちょっとばかりふてくされた愛里が唇をとんがらせる。




「もう知ってるでしょう? 見たじゃん」




そう言うと、愛里はフイに左の袖を腕まくりし、僕に自らの左手首を突き出してくる。目前に突きつけられる異様な景色。愛里の手首の悪寒をいざなう寒々しさよ。




本来すべすべしているはずの女の子の華奢な白い腕の腹が定規の目盛りのよう幾筋も切り刻まれていて、あたかもすりこぎのような大惨事になっている。見たことも聞いたこともない、とんでもない有様よ。

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