リサイクルショップ魔蒼堂

草加奈呼

リサイクルショップ魔蒼堂


 店の扉にかかるベルが、かすかな音を立てて鳴った。

 フィンは古びたレジ台の後ろから顔を上げるが、入ってくる客は見当たらない。たった今吹き込んだ風が扉を押してしまったのだろう。再び静寂が店内に戻り、フィンはため息をつきながら手元の帳簿に視線を戻した。


「今日もまた、売り上げゼロか……」


 フィンはペンをくるくると回しながら、店の状態を見渡した。


 ここは、リサイクルショップ「魔蒼堂マソウドウ」。

 魔法具や武具が所狭しと並べられているが、どれも古びていて、ほこりをかぶっている。新しいアイテムが次々と登場するこの世界で、フィンの店はもはや過去の遺物だった。取り扱っているのはすべて、他の誰かが使い古し、評価が低いと判断されたものばかり。店に並ぶアイテムたちは、すべてレビューサイト「ゼンリョクネット」で☆1レビューを受けた品々だった。


「これじゃ、売れるわけないか……」


 フィンは肩を落としながら、ハタキを手に取り棚の掃除をし始める。奥の方のほこりをはたいていると、勢い余って細長い箱を落としてしまった。


「なんだこれ……。こんなのあったかな?」


 開けてみると、そこには巻物が入っていた。紐を解いて広げると、「レビューリサイクルの術」と書かれている。今のご時世、魔導書が主流だというのに巻物とは。たいした骨董品である。


 内容を読み進めると、☆1レビューがついたアイテムを再評価し、☆2以上の評価がつくとアイテムの性能が上がる、と説明が書かれている。フィンは、目を見開いた。


「どういうことだ……?」


 実際にやってみないとわからない、とフィンは錆びついた剣、弱まった魔力を持つ杖、色あせた魔法の絨毯をカウンターの前に持ってくる。巻物に書かれた呪文を慎重に唱えると、魔法の力がそれぞれのアイテムに流れ込むのを感じる。


 数秒の後、剣はピカピカに光り、杖は強力なオーラを放ち、絨毯は再び鮮やかな色を取り戻し、空に浮かび上がった。


「いいぞ。この魔法、使える!」


 これはチャンスだ。店のアイテムをすべてこの魔法で強化すれば、売れ残りとはおさらばできるかもしれない。



 翌朝、フィンは店に並べたアイテムすべてに「レビューリサイクルの術」を施し、再び販売を開始した。「成長型アイテム」として宣伝し、以前とは異なる新しいパワーを持つことを強調した。


 最初の客が店に入ってきたとき、フィンは内心の緊張を隠しながら笑顔で迎えた。女性客が手に取ったのは、かつて魔力が尽きかけていた杖。彼女は半信半疑ながらも、フィンの説明を聞いて購入を決めた。


「本当に☆2以上にすれば、魔力が強化されるの……?」


 彼女はつぶやいたが、フィンは自信満々にうなずいた。


「ぜひ試してみてください!」


 フィンは心の中で祈るようにして、彼女を送り出した。


 数日後、その女性客が再び店を訪れた。フィンは一瞬、返品かと思ったが、彼女の顔には笑顔が浮かんでいた。


「あなたの言った通りだったわ! ☆4にしたら、杖の魔力が驚くほど強くなって、魔法の練習がはかどったの!」


 彼女は嬉しそうに話し、フィンの手に追加の注文書を渡した。


 その後も口コミで評判が広まり、次々と客が訪れるようになった。店の棚はあっという間に空になり、フィンはリサイクルショップの成功に目を見張るばかりだった。



 しかし、この魔法には一つだけ大きな問題があった。

 それは、「レビューリサイクルの術」が一度しか使えないという制約だった。つまり、なんらかの理由で新たに☆1を付けられると、元の弱い状態に戻ってしまうのだ。こうなってしまうと、☆2以上に戻してもアイテムの効果は得られない。


 さらに問題が起きた。魔法具メーカーたちがフィンの成功に目をつけ、やり方を模倣されたのだ。

 ある日、魔法具メーカーの一つが、フィンの店で売られるアイテムに対抗するために、同様の☆1レビューをつけるキャンペーンを開始した。レビューリサイクルの術をかけてからアイテムを売り出し、☆1レビューをつけても同等の効果が得られたのだ。


「これは……困ったな」


 フィンは頭を抱えたが、諦めるわけにはいかなかった。フィンもまた、新たに仕入れたアイテムに再び「レビューリサイクルの術」をかけ、敢えて自分で☆1レビューを投稿した。

 その意図は、顧客に「不完全な製品」を見せることで、かえってそのアイテムがどう進化するのかを見守る楽しさを提供することだった。


 フィンの作戦は成功を収めた。顧客は、自分たちのレビューでアイテムの性能を変えることができるというユニークなコンセプトに魅了され、次々と店に足を運んだ。新しい魔法具はあっという間に売り切れ、フィンの店は再び繁盛し始めた。


 魔法具メーカーたちも、この新しい市場の形に適応せざるを得なくなり、フィンのリサイクル術に倣って競争を繰り広げた。市場全体が、レビューシステムに基づく「成長型魔法具」の時代へと移行し、消費者たちはそれを楽しむようになった。


 レビュー戦争が一段落し、魔法具市場が落ち着きを取り戻す中、フィンは成功に満足する一方で罪悪感を抱いていた。レビューリサイクルの術が市場に与えた影響は計り知れず、彼はその責任を感じ始めていた。この術は市場の本来のランキングを混乱させ、レビューサイト「ゼンリョクネット」でも、本来上位にあるべきでないアイテムが見られるようになっていたのだ。


 ある日、フィンは「レビューリサイクルの術」の巻物を再び店の奥にしまい込んだ。彼は誠実で正直な商売を続けることを決意し、かつてのように普通のリサイクルショップとして店を営むようになった。


 魔蒼堂は、以前ほどの派手な繁盛はなくなったが、町の人々からは信頼を寄せられる存在となり、フィンもそれに満足していた。


 店の扉にかかるベルが、カランカランと音を立てて鳴る。


「いらっしゃいませ、魔蒼堂へようこそ!」

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リサイクルショップ魔蒼堂 草加奈呼 @nakonako07

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