第15話 山の虫はBigSize、マジで 【登山回】
鬱蒼とした森。などという生易しい物では無かった。どこを見渡しても巨木たる木に囲まれていて、まるで巨人の間を動いているようだった。
「うえぇえええええぇぇ!?」
そんな中を雪馬は元気に走り回っていた。正確には悲鳴をあげて、大きな羽虫から逃げ回っていた。
「山の虫は何倍もデカいって、ちゃんと教えとくんだったな」
「できれば使いたく無かったのですが、強めに虫除けスプレー使いますか」
「情けないぞぉ〜ユキちゃん。まあ、都会っ子じゃ仕方ないけど」
「ひ、ひ、ひ、ひぃぃいい……ぐすっ」
半泣きでべそをかきながら、彼女は帰ってきた。装備は十分で肌も露出させず、顔も直接出ない毒虫対策の防虫ネットも装備していたが、それでも耳を責め立てる強力な羽音だけで、怖気が走り耐えられなかった。
「まあ、昔よりも虫はさらに巨大化してるからな。けどすぐに慣れるさ」
「では私は空から、少し探索しますので」
「はい、気をつけて」
「わっぷ」
中佐が飛び上がったと同時に、雪馬は和崇から防虫スプレーを頭から勢いよくかけられた。
独特の匂いに包まれて、虫はほとんどよって来なくなった。
「よし、じゃあ行くぞ。違和感があったらすぐに言えよ」
「うぇええええ……」
「ほーらシャキッとする! オーク一匹よりある意味マシっしょ!?」
「あーいぃ……」
道なき道を彼らは歩いた。途中。何度か高い崖を登る事になり、和崇が自身を段差にしたり、中佐がクライミングロープを固定したりして登って行く。
「きゃあ!?」
「おっと」
先に登り始めた雪馬が落下しかけたところを、和崇は見事に抱きとめた。丁度お姫様抱っこのような格好だった。
「ハハッ、雪馬は軽いな。ちゃんとメシ食ってるか?」
「う、うん……食べてる」
「よし。中佐ぁ! このまま登ります! サポート願います!」
「了解ー!」
「雪馬。しっかり首につかまってくれ!」
「え、え、ええ、きゃあぁ、高い!?」
雪馬の背に手を回して、和崇は彼女をしっかり片手で抱きしめた。ハーネスの補助を頼りに、一気に崖を登り続ける。
「先輩! 手ぇ!!」
「おう! ファイトー!!」
「イッパーツ!! でしたっけ?」
「おう、よく知ってたな」
メイジーが和崇に手を貸して、そのまま引っ張りあげた。雪馬は必死の形相で、和崇の首にしがみつくだけだった。
「ハハッ、すげえ顔」
「あ、危ないじゃないですかぁ!?」
「落とした事は今までねえさ。ほれ、離れてくれ。歩くぞ」
「あぅ…………」
背を何度か安心するように叩かれて、雪馬は名残惜しそうに和崇から離れた。メイジーはニマニマしながら二人のやり取りを目撃していた。
「ふーん」
「な、なんですか……!」
雪馬はメイジーの訳知り顔で、キュートな八重歯を隠す表情に少し納得がいかなかった。
彼女は薄くメイクしてるのも綺麗だし、それに比べて自分はノーメイクで三白眼。そばかすだってある。羨ましい、こんなに綺麗ならきっと彼もと、少し思ってしまっていた。
「べっつにぃー、ほら行くよ!」
何度か同じように崖を登り、景色を見渡せる岩山の上に登り詰めた。清々しい風と共に、遠くに目的地が見えた。
「すごい。あんなところの石垣、まだ残ってるんですね」
「兵どもが夢の跡ってやつだな。今もあの辺りは魔法で多少焼いてるそうだが」
「妖魔はあんまり居ないのかな?」
「居ないこったないだろうが、派手に動けるほど自然が甘くないんだろうな」
「魔法もない時代のはずなのに……どれぐらい前なんだろう」
「3、400年ってとこじゃねえか。ん?」
バサバサと少し慌てた様子で、中佐が空から和崇の方へ向かってきた。和崇は腰のコンバット・アックスを抜いて、周囲を警戒した。
「どうしました! 中佐!?」
「この先に、熊の痕跡です。あまり大きくは無いようですが……」
「どっちで?」
「フンではなかったです。木の方ですね」
「なら迂回するか」
「木? くまが爪痕でもつけてたんですか? 猫みたいに?」
メイジーは爪とぎをする猫のように両手を上下に
ブンブン動かしてみせた。
「背中こすりつけて他のオスにナワバリを示すんだ。この時期だと冬眠の為に食いだめしてんだよ。迂回するぞ、餌にゃなりたくないだろ?」
和崇に脅されて、二人は揃って軽く青ざめた顔で首を縦に振った。
「人の味よりも、妖魔の味を覚えてしまってそうですけどね。昨今は」
中佐はそう言い残し、再び空に戻った。和崇は周囲を自分なりに見回したが、やはり野生動物の痕跡は、何も無いように思えた。
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