第14話 突撃!お前がお昼ご飯(未遂)【休息回】

 雪馬が呪われてしまってから8日目の朝。ほんの僅かに肌寒くなった中で、彼女は自宅のベッドで眠っていた。


「ん……かずただぁ……」

「ふーん……そんなに彼の事が、好きですか?」

「んぅ………、んんぅ………?」

「あらら、あなた結構大胆に触ってきますね……」

「………………へぁあぁ!!?」


 もいんっ、とでも言いそうなやわらかな感触を、微睡んだ思考で感じたあと、雪馬は驚いてベッドから飛び起きた。

 彼女は中佐と同じベッドで同衾していた。あまつさえ彼女の身体に抱きついて、何度もやわらかな胸を揉みしだいていた。


「な、な、な、な、なぁあ!?」

「またお寝坊さんなんですもの。失礼ですが、今度は鍵開けをして中に入らせて頂きました」

「か、カギ……? え、そんな、簡単に?」

「腕は錆びてますが、ダンジョンの鍵開けよりずっと簡単ですよ」


 テーブルの上には、雪馬の見覚えのない。かなり年季の入った、ゴッツイ鍵開け道具が置かれていた。


「何か寂しそうでしたし、私の翼で暖めてさしあげました。どうです? 心地よかったでしょう?」


 パタパタと畳んだ翼を軽く揺らして、自慢気に中佐は雪馬に尋ねた。確かに心地よく雪馬は感じて、つい先程まで揉みしだいていた自身の手先を見つめて、顔を真っ赤にした。


「ふふっ……えい!」

「きゃあ!?」

「んっふっふっふ、だめですよ、あんなチャチな鍵で一人暮らしなんて。あなたはもう、そこそこ有名人なんですから」


 翼ごと覆われ、そのままの体制で雪馬は中佐に押し倒された。彼女は感じていた。まるで生き物としての生命力が違う。柔らかい山にでものしかかられたように、身動きがまったく取れそうにない。


「は、離して下さい……!」

「嫌です、どうしてもと言うなら、なぜカズくんの名前を何度も寝言で口にしていたのか、聞かせて?」

「え、ほ、本当ですか……? ひゃっ……!?」


 中佐は答えずに、雪馬の首筋を狙って口を大きく開けて、顔を近づけて来た。噛みつかれるかと思い、雪馬は咄嗟に顔を背けてしまった。

 ニヤリと顔を歪めて、中佐は雪馬の耳元で囁いた。


「ウ・ソ♡」

「──── 本気で、キレますよ?」

「怒るならどうぞ。逃げったって良いんですよぉ。ほーら」


 拘束が緩んだ。同時に、中佐は愛おしそうに、雪馬に頬ずりを始めた。一瞬本気で雪馬は逃げ出そうとしたが、やわらかに抱き止められた。

 久々に感じる誰かの体温に、甘い身体の匂いに、雪馬は毒気を抜かれてしまった。


「ごめんね。でもこんな所で1人寂しく寝ていたら、心配にも、切なくだって思うのが人情ってものですよ」

「だからって……もう……」


 コンコンと控えめなノックの音が、ドアの向こうで響いた。


「中佐、どうしました?」

「え、和崇さん!?」

「勝手に入って悪いな雪馬。止められんかった」

「なんでもありませんよ。私もそちらをすぐ手伝いますので。それとも……中で、あなたも楽しんじゃいますか?」

「ほどほどにしてあげてくださいよ。掃除させられて、面白くないのはわかりますが……」

「そっちじゃないですよ。どちらかと言うと……」


 中佐はきょとんとした顔の雪馬を少しの間見て、それ以上何も言わなかった。


 引っ越して一ヶ月も経過していない生活感に荒れていた部屋は、随分と片付いていた。

 元々広い家に最低限の物しか無かったので、掃除をして生活感が薄くなれば、どこかガランとした雰囲気が漂っている。

 

 今日は、夕方からここで次のダンジョン配信に向けて、決起会を行う予定だった。


「お晩でーす。……ここで、合ってるよね?」

「いらっしゃい。メイジーさん」


 女子中学生が一人暮らししているにしてはあまりに花がなく、中佐がエプロンをしながら出てきたので、一瞬メイジーは家を間違えたかと身構えた。


「あれ? メイジーさんお一人ですか?」

「うん。高橋も小林も、もうインターン始まるからさ。3日後にはキョウトとヤマガタなんさ」


 メイジーは元々ダンジョン課志望なので、このまま雪馬の解呪を手伝いつつ、曽我の探索に加わる事になった。

 軍が広範囲を探索しているが、曽我はまだ僅かな痕跡しか見つかっていなかった。


「先に少し始めてるぞ、後輩」

「すいません遅くなりました。先輩」

「おう。まあ飲……めるのは、俺と中佐だけか」


 よく考えたら、女だけだなとぼんやり思いながら、和崇はつい渡しそびれた缶ビールのプルッタブを開けた。


 早速鍋を全員で本格的につつき始める。秋の味覚をふんだんに使った鍋は、メイジーが追加に持ってきた材料を足しても、ギリギリ足りるかと言った具合だった。


「メイジーさんは、スガタニ城跡・ダンジョンは?」

「行ったこと無いです。資料は見た事ありますが……」

「まあ、学生であそこ攻めた命知らずな奴は、聞いたこと無いッスね。限られてる時期と交通の便が致命的すぎる」

「最近だと群馬の最精鋭遠征チームが、Sランク討伐して新聞に載ったのでしたね」

「連中。元気かなぁ……」

「古城山のあたりですよね?」


 メイジーは雪馬と一緒に自分のスマホで位置を確認した。山の中に道もなく。ポツンとグーグルマップに場所が示されている。


「ああ。規模はギリギリ大型ダンジョンって程度だが、聖域結界の外で、山道もかなりキツい。猿程度ならともかく、熊も出る可能性も高い」

「現在、軍の精鋭が先行して探索を行っていますが、元々半ば人域外のダンジョンですね」


「つまり、副次的な難易度は総合して、高難度相当である。準備は全員で行うほうが望ましいと?」

「よくわかってるじゃないか。しらたきを奢ってやろう」

「わーい! はんぺんもく〜ださい!」

「山…………ですか」


 雪馬はメイジーに渡されたスマホをタップしながら、周辺施設を調べてみた。

 谷を挟んだ隣山に大きな寺院と小さな宿集落。随分昔に描かれた手描きの案内板しかなく、そこがどのような場所なのか示す物は、何も出てこなかった。

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