第12話 いわゆる本物【配信回】
メイジー・小熊はもう一度、扉に施した結界の様子を確認した。
石造りの堅牢な壁は頼もしいが、高橋が怪我を押して、最後の魔力で結界魔法を施した扉は腐食した木製で、魔法のかかり具合はともかく、頼りないとしか思えなかった。
「め、メイジー……大丈夫だ、もうそこまで来てくれてるんだろ」
「わかってる、どうしてもね……」
昨日は一睡もできなかった。当たり前だ。卒業目前。就職先も全員決まり、仲の良いダンジョン部最後の思い出として、初めて全員で制覇したダンジョンの聖域を、もう一度だけ大人になる前に拝みたかった。
賭けてもいい、油断は無かった。腕が鈍ったわけでも、装備に不備があったわけでもない。むしろ過去最高の戦いだったと自負できる。
だが敗北した。理由は単純。相手が強すぎた。
その結果がこのザマだった。いつも頼もしい神官の高橋。幼馴染で、どんな罠だって笑顔で解除してくれた小林。そして、みんなをいつも纏めて、率先して囮になってくれた曽我。
後悔だ。全員無念と後悔しか無かった。クォーターで碧い瞳のメイジー受け入れてくれた3人。どんな困難だって跳ね除けて来た、これからずっと親友で居るはずの3人。
メイジーは不安からもう一度結界を見て、雫がぽたりと地面を濡らした。頬に触れて初めて自分が泣いていると自覚した。
「うっ……、うぅ……」
「メイ……」
張り詰めていた感情は、一度決壊してしまえば後戻りできなかった。もう随分と小林の笑顔を見てない。彼女を困らせているのが情けない。帰りたい。できるならもう一度、ここに挑む前に。
【泣かないで……】
【失敗は誰にもあるもんや】
【なっさけな。ダンジョンやめたら?】
【黙れ】
【通報しました(ガチ)】
【通報しましたニキ! 迅速にありがとナス!】
【いかん!】
雪馬のDチャンネル。ユキンコチャンネルのコメントがざわついた瞬間だった。一瞬スマホにノイズが走ったかと思うと、結界が消失し、掲示魔法にノイズが走るようになった。
「嘘……魔力干渉……! ここまで来て!?」
「せめて、結界を……ぐぅ……!」
【無理したらアカ……!】
【クッソ……ノイズが……】
【緊急結界……バッグ】
同時に狼のような咆哮。メイジーは涙を拭き、覚悟を決めて拳銃の安全装置を解除した。
「ダメ! メイィ!!」
「役割は決めてたっしょ!! 時間稼ぐから!!」
彼女は小林が止める間もなく駆け出す。斥候と鍵師専行の小林では戦えない。負傷して結界を張れるかどうかもわからない高橋は論外。
1人での応戦、まったく経験のない死線。震え上がる足と、奇妙にこみ上げる笑い。
「どっからでも、こいやぁあああああ!!!」
もう勇ましく威勢を上げれば、真っ先に標的にされると言う事実すら頭に無かった。
動く物が視界をよぎった瞬間。全弾容赦なく撃ち込む。慣れ親しんだ空の薬莢と、消炎のむせる匂い。
「ウォオオオオオオー……!」
「クソッ……!」
1体は仕留めた。だが間違いなく遠吠えで仲間を呼ばれた。残弾も少ない。これまでかと覚悟して、最後のカートリッジを拳銃に叩き込む。
コボルト二匹が爛々とした不気味な瞳で、襲いかかって来る瞬間。
「えっ……」
後方から光とわずかなローター音。玄室で待機していたドローンが一機。背中から寄り添うように、足を止めたコボルトを照らしていた。
「ははっ……!」
「ほう。このような窮地で、笑えるのですね」
思ってもいない援軍に、笑った瞬間。
するりと空間に線が走ったかと思うと、二匹のコボルトの首が、ずるりと外れていく。
血液すらほとんど流れ出ていない。信じられないような太刀筋だった。
そこに、彼女が目にしたことのない。本物の冒険者が立っていた。
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