第11話 ポロリもあるよ 【休息回】

 ダンジョン内は湿気が多く、秋口でも服に肌が張り付くような軽い不快感があった。足元も浅い沼のようで、ブーツ越しに重い泥を跳ね上げて進んでいた。


「もう少しで3分の1です。そこで今日は休息としましょう」

「え、でも……!」

「焦っちゃだめだ。こっから先は休める場所もない。戦闘があると更にだしな」

「うっ……はい」

「情報局が向こうに連絡も入れてる。幸い遭遇は無いようだ。慎重に行こう」

「氷を少し魔法で作ります。魔除けの結界も。安心して休んで下さい」


 中佐と和崇は比較的泥の少なく、空気の通気がある玄室に入ると、テキパキと野営の準備を進めた。

 魔除け、探知の陣を玄室前に杖で描き、氷と炎を魔法で製作することで、室内の湿度を快適に調節した。


「すごいですね。私、大規模な魔法ばかりで……」

補助輪スマホ付きでも、その歳であれだけやれれば大したもんだよ」

「徐々に覚えればいいものですし、ふぅ……、あ」

「きゃっ!?」


 中佐はプレートキャリア付きの迷彩服を鬱陶しそうに脱ぐと、小柄な彼女に似つかわしくない、あられもない豊満な胸元がこぼれ出てきた。

 なんの前触れもない彼女の痴態に、雪馬は驚いて軽い悲鳴をあげてしまった。


「中佐」

「すみません。痴女ではありません。軍役時代の癖が、抜けなくってですね……?」

「言い訳は着替えながらで良いので。俺は雪馬ちゃんと向こう向いとります」

「はい……」

「配信活動中に寝ぼけてもやらんで下さいよ。未成年制限では、一発でアカウント吹っとびます」

「ですよね。申し訳ありませんでした」


 和崇は雪馬の肩先を軽く促して、少し離れた。それでも衣擦れの音や、服を脱ぐ際のわずかな吐息、身体を拭く音が聞こえ、雪馬は恥ずかしそうに耳を塞いだ。


「ん? 慣れてないのか、雪馬ちゃん」

「そ、その、私、オオサカでは、大規模探索にしか……」

「ああ、そういう……」

「終わりました。いつも通り翼と尻尾をお願いしても?」


 中佐はロング・ソードこそ腰に吊っているが、ゆったりとしたラフな紺色の服に着替えていた。キラキラとした期待に満ちた目で、和崇と雪馬を上目使いに見つめている。

 雪馬は顔が良い……! と内心思い、目を閉じてふるふるとその場で震えてしまった。


「あー……ま、いいでしょ。雪馬ちゃんもせっかくだしする?」

「え」

「どうぞ、1人ですると時間がかかるので、お願いします」


 しゅるりと被っていた肩掛けケープを外して、ばっくりと開いた翼の付け根があらわになった。

 それだけでバックンと雪馬の心臓は高鳴り、一見やわく、きめ細かい肌に釘付けになった。


「…………む、無理ぃ、ですぅぅ」

「おや、からかい過ぎましたか。では尻尾の方をどうぞ」

「まったくこの人と来たら……」


 和崇は苦笑しつつたっぷりと水筒からタオルに水を含ませ、少量洗剤を混ぜて、丁寧に背中と翼の関節部、鱗の間を磨き上げていった。



◇◇◇



 中佐と和崇の提案で、夜は2人それぞれ交代で警戒することになった。

 雪馬は最初自身も警備するつもりだったが、夜はリモート授業を受けること、明日は今日以上に長距離を移動すること。そして、成長期に睡眠を取ることの重要性を諭され、夜通し休息することになった。


「おー……、これがこちらの授業風景ですか」

「あ、はい。中佐さんは……?」

「故郷では、幼い頃は魔法学院に通っていました。こちらで言う魔法ガッコウですね」


 彼女が勉強していたのは近代史の授業だった。ベテランの頭に毛のない講師が、黒板にチョークとタブレットによる映像を切り替えて、近代戦史について解説していた。


「ではまとめに入るぞ、世界が覚醒して30年。ダンジョンと呼ばれる地形覚醒が起こり、妖魔、亜人と呼ばれる新生物、新人類の誕生。迷い人の発見による、魔力と呼ばれる感染型新エネルギーの発見、そして最後にお決まりの戦争だ」

「我が国でダンジョン戦争は10年続き、諸外国では未だに大規模な戦火が絶えぬ国も多い。多くの将兵の尊い犠牲の元、我々の今日の……」

「父の世代、ですね」

「そうですね。電話とかこーんなに、大きかった世代ですよ」


 中佐は手を縦に大きく広げて説明した。中佐が説明したのは、もうあまり見なくなった電話ボックスの事だった。

 しかし、雪馬は電話ボックスの事は思い至らなかった。また下らない冗談だと取り違えて、控えめにくすくす笑った。


「笑うと、可愛いんですね……」

「う、ぅえぇ……!?」


 ズイッと身を乗り出され、欲望がドロリと詰まった、縦割れの大きな瞳に迫られる。

 からかうように口の端は笑っているが、飛び上がるほど麗しい眼力と色香に、雪馬はとっさに話題を変えるべきだと必死になった。


「あ、あ、あの、彼、とは……?」

「ん……気になりますか?」

「え、えっと、恋人、……なんですか?」

「恋人、愛人、教師、上司、ツガイ……不倫相手だった事も、ありましたっけ」

「え、えぇえ……? また冗談言って……」

「彼は良いオスですよ。ドラゴニュートでないなら、子供を産むことはオススメできますよ」


 なんの事も無いような抑揚で言われたので、雪馬は一瞬言葉の意味を飲み込めなかった。ひくひくと曖昧に笑ってすべて冗談だと決めつけたが、彼女は曖昧にも笑い返してくれなかった。

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