第4話 伝説の始まり【配信回】
粘性すら帯びる不気味な赤い瞳。木洩れ日すら見えない漆黒の中。
もう地上も近い。彼女は血に霞む瞳で、残り魔力のありったけを杖先に込めた。
「灼き尽してェ!! スピム・エクスプロードォオ!」
半ば以上裏返るような、悲鳴混じりのスキル詠唱。刻印付きスマートフォンによる補助まで使用しての、雪馬の切り札。
ことごとく、悉くだ。
耳をつんざく威嚇音は悲鳴に変わり、炸裂し舐め上げる巨大火炎球で、悉く蹂躙されていく。
そんな中、彼女は白む頭で思った。
「(あぁ……豚のホルモン、食べたぁい……!)」
あまりにも芳しい。充満する豚肉に似た焼ける香り。場違いながら本能が訴える。腹が減った。いっそあの不衛生な肉に、喰らいつき返せと。
【やった、倒した!】
【逃げて! 早く逃げてぇ!!】
【火の回り異様に早くね?】
【誰か! 誰かユキメちゃんを助けて!】
「くっ……ァハハッ……ハァ……!」
できる分けがなかった。相手は豚顔。オーク。壁のように群れて、たった今焼き尽くした。安堵と焦り。いっそ笑いがこみあげるまま、彼女は出口に駆け出そうとして。
「……ハァッ……ぇっ?」
カクッと視界がブレた。一歩目を踏み出せず、そのままへたり込む。熱い。苦しい。あえぐ、いきができない。
「大丈夫か!!?」
【キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!】
【つ通報、まにあた】
【救援者キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!】
【おい! 一瞬なんか映ったぞ!!?】
【軍用ドローンじゃねえかwww】
彼女の目の前には、薄いと言って良いソフト・レザーのジャケット。身体に巻かれた太いベルトと、軍服一歩手前の装備。顔全体を覆う、
そして、眩しいライトで周囲を照らす、アクリル・シールドを構えたドローンが一機。
彼女は遠のきかけた意識が、彼に身体を揺さぶられる事で繋ぎ止まった。
「あな……ゲホッ」
「喋るな。これを」
「きゃっ!?」
左手を取られたと思うと、呼吸がいきなり楽になった。一気に引き寄せられて、彼女は素早く身体を担がれた。
背中同士をピッタリくっつけて、ベルトで素早く固定される。彼の方を向くと、頬に鋭い痛みと風切り音。彼女は何が通り過ぎたか、分からなかった。
【銃か!?】
【魔法……いや、弓だ!】
【本命だな。マズいぞ】
「逃げる!! 何でも良い、ぶっ放せ!!」
「えっ!? えぇ!?」
姿勢を低く、バシャバシャと液性の足音を響かせて、風のように男は駆け出す。後方から音もなく緑の小さな影が迫る。一匹は追従する軍用ドローンに構わず、素早く並走してきた。
「甘い!!」
「ゴブゥッ…!」
コンバット・アックスに切り裂かれ、小さな身体が炎に照らされた。撮影用のドローンはそれを見逃さなかった。
【ゴブリン!?】
【変種か!?】
【手練れだ。動きが良いぞ】
【このコメントはセンシティブな内容を含んでいる可能性があります】
さらに二匹が影のように追いつき、よく研がれた武器で、男の背後から襲いかかる瞬間。
「これで! スパーク!!」
「ゲァバァ!?」
背中の少女が杖を構え、ろくに狙いもつけず放電した。最も近かったゴブリン二体は、なけなしの魔力でも煙をあげて動かなくなった。
【光だ!!】
「このまま駆け抜ける!! 耳塞げ!!」
魔力不足であえぎ始める頭で、彼女はなんとか彼の言葉を聞けた。言われるまま杖ごと抱き込んで耳を塞いだ瞬間。外に転がり出た。
わずかに見えた暗がりのゴブリンたちは、踵を返して一目散にダンジョンの奥へと逃げ出していく。
「3……2……1!」
【マジ?】
【田舎って、しゅげー……】
【このコメントはセンシティブな内容を含んでいる可能性があります】
「撃ちィーかた、始めえぇ!!」
彼女は逃げ始めたゴブリンたちに疑問を抱くまもなく、直ぐ側を過ぎる轟音、風切り音。そして爆音を塞いだ耳越しに、耐える事になった。
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