第2話 種馬、初戦に挑む

外の世界へ

 生活が始まり1週間が経った。目覚めてから洞窟の壁に石で線を刻み、あっという間だったなと倫太郎は振り返る。

 二人の少女に朝の挨拶をして今日の収穫だ。昨日よりは生育しきった苗の数は少ないし、昨日の続きでどんどん慣れて効率化していくがそれなりに体力のいる作業だ。それが終わると空いた畑へ再び実を植え付ける。それから水撒き。終わる頃には陽も高く、青々とした空から刺す日差しは痛いほどだ。


 さて、倫太郎は前々から伝えられていたことが、彼にはある権利が与えられている。それは1週間に一度、山を離れて街へ出ることだ。

 現金を手に入れるためまずは収穫した実を、食用のぶんを保管した残りをバケツに入れて管理所へ向かう。入りきらない分はレノミアとアイハに抱えてもらい、三人でそのほったて小屋へ赴くと、自動精米機のような機械が置かれているのに気づく。実をゴロゴロと投入口へ入れると自動で計算され、一個10円の計算に応じた現金が排出された。しめて1600円と少し。この1週間の給料と思うとあまりにも雀の涙だが、久しぶりに感じる『文明』の存在は不思議な安心感があった。


「これさぁ、ガバじゃない?この機械の中にお金入ってるなら壊して盗ろうと思えばできちゃいそう」

「そんなこと言うな、監視されてるんだから……」


 アイハの言葉に倫太郎は苦笑する。しー、と指を唇に当てて眉を下げて。


「それで、倫太郎さんはおでかけ、ですよね」

「そうするつもりだが……」


 話を変えようとレノミアが口をひらく。頷いて探すのは電話機だ。ここへの送迎は車が必須だから、迎えに来てもらわねばならない。三人で管理所の建物の周りをうろうろしているとそのうちレノミアが声を上げた。


「これでしょうか?電話……、なんだか変わった形ですが……」


 発見したのは古びたピンク色の公衆電話のようなもの。もうとうの大昔に廃れたはずのそれは、倫太郎も社会科の教科書でしか見たことがない。よくわかったな、とレノミアに言いつつ触ってみるが、数字が書かれたボタンはダミーのようで押し込めない。適当に触っていると5の数字が書かれたボタンだけ押すことができ、"受話器をとってください"という合成音声が流れる。受話器はこれか、と取っ手のような形のそれを取り上げると、続いて音声案内が流れた。


『これは所直通の連絡用電話サービスです。ご用件をお話しください』

「……ええと。外出をしたいのですが」

『外出要件でございますね。……本日可能です。車を手配いたします』


 AI音声が丁寧に告げると電話は切れてしまう。これでいいのか?と不安だが、とにかく待ってみるしかない。その間に何が欲しいかまとめようと二人と話す。


「とりあえずは、お風呂のために石鹸とタオルが欲しいです。ただ川に流すと汚染が心配なので、自然分解されるものがよろしいかと。それと洗濯の石鹸と洗濯板があるとお洗濯も捗りますね」

「あと水筒!綺麗なところで水くんでおきたいよね」


 二人の意見になるほどと倫太郎は頷く。そうこうしていると土を踏み締めるタイヤの音が聞こえてきて、一台のワゴン車が到着する。知らない研究員が降りてきて、乗ってどうぞと言うのでありがたく乗車。二人に見送られ、車は山を降り雑木林を抜けていった。



***



 下ろされたのは駅前のようだ。山の麓のターミナル駅は、それなりに大きな駅ビルがあるがひどく混雑した様子もない。降り際に研究員から、電車には決して乗るなという忠告とともに腕時計を渡される。これを見て2時間後にここへ戻るようにということだ。倫太郎はそれらの条件に反抗する気こそないが、おそらくしっかりGPSで監視はされているのだろうと思うと村にいる時と違う緊張を覚える。

 駅ビルに入るとまずはフロアマップを確認。できるだけ出費を抑えるため百円ショップを目指してエスカレーターに乗る。久しぶりの娑婆の空気は奇妙に思う。こんなに多くの人を見るのも久しぶりで、元々研究所育ちでありながらも学校へは普通に通っていた彼はなんだか懐かしいような気持ちになりつつも、できるだけ人に干渉しないように気をつけて歩いて行った。

 洗濯板、タオル、水筒というより簡素なボトルは全て百均で揃った。有機石鹸は水源で直接使う以上、まともなものをドラッグストアで探した。無事に発見したが体を洗うための石鹸と洗濯洗剤それぞれ398円。意外と高くつくものだ。一般的な高校生の月のお小遣いの半分にも満たないであろうわずかな現金で買えるものは思ったよりずっと少なかったが、それでもこれまでの原始的な生活から少しだけマシになるのは確かなはず。時計を見つつぼんやりとウインドウショッピングを楽しむなどして、約束の時間よりも早く駅のロータリーに向かえばすでに行きと同じ車がやってきていて。時計を外し返却して乗り込むとまっすぐ車は山を登っていった。


 洞窟へ戻ると早速買ったものを二人に公開する。彼女らは喜んで、早速水をくみに行こうと倫太郎の手を引いた。そして人数分用意した水筒ボトルに水源の水を汲み取ってから、彼女たちは水に足を浸し当然のように倫太郎を囲むのだ。


「それじゃあ石鹸もあることだし……」

「洗いっこ、しましょうか……?」


 服をはだけさせる二人。倫太郎は口を真一文字に結んでどう返答するか迷ったが、両側から両肩を力一杯押されてしまうと抵抗虚しく背は生温い地面に落とされるのだ──。

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